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──そこをどけ!
勇者が言った。
──どくわけがないだろ?お前たちに大切な儀式の邪魔をされる訳にはいかない
敵が言った。
──...我が奴を食い止めよう。勇者殿はその隙に御友人のもとへ
彼が言った。
──アルダス......ありがとう
勇者が言った。
その瞬間に彼は敵へと斬りかかり、さらに短い呪文の詠唱で小さな魔法をいくつも放つ。
そして出来た一瞬の隙に勇者は彼と敵の横をすり抜け、前へと進む。
──っち
敵は舌打ちをして勇者を追おうとするも、彼の魔法に遮られた。
──貴様の相手は我であるぞ
彼が言った。
──...へぇ、この僕の足止めをするつもりなの?お前が?
敵が言った。
──ああ。正々堂々一騎打ちとしようではないか
彼が言った。
──そんな面倒くさい事するわけがないだろ?僕はお前を殺して勇者を追う。それだけだ
敵が言った。
──では我がそう思う、それだけである
彼が言う、その語尾に食い込むように敵が襲う。
小声で呪文の詠唱を始めると共に、何本かのナイフを彼に向かって投擲し、彼がそれを防ぐ動きを見せた瞬間に詠唱完了。
彼が立っている場所に数個の巨大な岩が降り注ぎ、ついで大爆発。
彼の生存は不明________
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「あぁ...アルダス様...」
目の前の “ てれび ” から流れる音楽... “ えんでぃんぐ曲 ” を聴きながら今さっきまでここに映っていたアルダス様の武勇を思い浮かべる。
剣術に優れ、魔法にも優れ、性格も上々。
弱き者を助け、そして決して驕らない、正しく騎士の見本と言える存在。
彼ならばこの困難も見事切り抜けてみせるであろう。
「...ほんとに、よくまーちゃんは飽きないよね...。何回もみて、もう結果なんて分かりきってるのに」
そう、実はこの “ あにめ ” を観るのは初めてではない。もう何十回と観ていて、展開どころか台詞まで全て覚えているレベルである。
ネタバレをしてしまうと、きちんとアルダス様は生きていて、次回では、土煙の中、勝った気の敵に彼の魔法が飛んできて、なっ生きているだと...!?と敵驚愕、からの戦い再開で勇者視点になる。
「飽きるわけがないのだ!逆に何故姉上は飽きてしまうのである?」
「まーちゃん、口調」
「......逆になんでお姉ちゃんは飽きちゃうの?」
言い直した我に姉上は満足気に頷く。
この、我より3歳年上──つまり6歳──の姉、駿河 鈴花は、妹か弟に “ お姉ちゃん ” と呼ばれることが憧れであったらしいのだ。
初めて姉上を呼んだ時のあの驚愕ぶりと落ち込みようと言ったらもう......。その流れでお姉ちゃんと呼んでと嘆願された我は折れるしかなかった。
その時同時に他の口調も “ 普通の子供らしい ” ものに矯正される事になったのである。
...まあ、そちらの方が父上や母上の反応がいいのも確かなのだから、別に姉上のただの我儘というわけでもないのであろう。
我もただこちらの言葉で一番初めに覚えた言葉がこれだった、というだけなので嫌々というわけでもない。ただまぁ、どちらの方が口に馴染むのか、と問われれば断然こちらではあるが。
ちなみに我の名、 “ まりん ” という音を提案したのも姉上だとか。...いや、鈴は私と同じがいい!とも言ったようだからほとんど我の名は姉上が付けた事になるのかもしれない。
「私だけじゃないよ。お母さんもお父さんも飽きてるもん。全然飽きる気配がないまーちゃんがおかしいんだよ」
「む、おかしくなんかないもん。だってアルダス様だよ?何回観ても飽きようがないもん」
「はいはい、アルダス様ね。まーそれは置いといて、おやつ食べにいくよ。この後は別に興味ないんでしょ?」
姉上はそう言うと、我が “ あにめ ” を観ている間、ずっと遊んでいた “ 携帯げーむ機 ” をパチンッと音を立てて閉じた。それから寝転んでいた子供用の高さが低いソファーから立ち上がる。
「え、次...」
確かに姉上の言う通り、我はこの回のこの後には興味はない。
この後には “ こまーしゃる ” を挟んでチョロっと主人公である勇者の視点が入るだけだからである。
我は勇者に興味がある訳でもないし、話の流れももう既に分かっているのでわざわざ観ようとは思わない。
だが、我はこの次の回の冒頭には興味があるのだ。土煙の中から現れる、アルダス様の勇姿には興味があるのである。
「だぁめ。1日1話って約束でしょ」
「ぬぅ」
この厄介な約束事、我がアルダス様と出会って2ヶ月ほど経った頃に、突然母上と姉上の2人に叩きつけられたものである。一方的に。
...いや、一応、我にも選択肢はあったか。だがそれは、2度と観れないよう “ あにめ ” を消すか、1日1回1話だけと約束するか、というなんとも理不尽な2択だった。これはもう強制的に結ばれたと言っても過言ではないと我は思うのだ。
「ぬぅ、じゃないの。私だっておやつ食べたいもん。お母さんも呼んでるし...それ以上駄々こねてたら、お姉ちゃんまーちゃんの分まで食べちゃうよ?」
「む」
「お母さん今日のおやつアップルパイだって言ってたな〜。それもお母さんお手製の。確かまーちゃん大好きだったけど、私だって大好きだもん。早く来ないとお姉ちゃん、ついつい全部食べちゃうかもな〜」
姉上は宙を見ながらそう言うと、クルリと我に背を向ける。そしてそのまま我に悩む隙を与えず、引き戸を開けて外に出た。リビングから出てしまえば食卓はすぐ側だ。
「ま、待つのだ姉上!___ぬわぁ!我も行く!我も食べる!」
駿河馬鈴3歳、前世も含めれば数十年の時を生きてきた我は、正真正銘6歳の姉上に敵いそうもない。