#97 機関科の魔女
魔女登録がスタートして、1ヶ月が経った。
多くの魔女が登録され、それまで普通の人を装っていた魔女の実態が明らかになってくる。
魔女であることをひた隠しにして、16歳で家を出なかった者、あるいは出た先で魔女である事実を隠しつつけた者など、隠れ魔女が次々と名乗りでてきた。
王国内だけで、すでに魔女は2万7千人を超えた。王国の人口は約400万人、内、半分が女性として、魔女である確率が100分の1であると考えると、すでに7千人ほど多い。
そこで王国魔女の出世を調べると、やはりというか帝都からの流入が多いことがわかった。帝都では10数年前まで魔女狩りをしていたため、王国の流れてきたようだ。これが、王国の女性内の魔女比率を上げる要因になっている。
逆に800万人が暮らす帝都では、魔女の数は4千人ほど。これはまだ全てではないが、確率的には10分の1ほど。やはり、魔女狩りの時代の影響が響いているようだ。
王国内の魔女の平均年齢は24歳。一般人が30歳なので、やや低い。これは、魔女の寿命の低さを物語っている。
以前のロサさんやサリアンナさんのように、人里離れてロヌギ草だけで暮らす人々も多く、これが寿命を下げている要因のようだ。病気にかかれば医療を受けられないからだ。
次々と明らかになる魔女達の実態だが、私の周辺でも思わぬところに「魔女」がいたことが判明した。
それは、駆逐艦0972号艦の機関科に所属する機関士、アニス少尉である。私が艦長を務める艦にも魔女がいたとは驚きだ。
アニス少尉は一等魔女。やや小柄で、この星出身にしては短い髪型の女性。歳は20歳。16歳で教練所に入所して、その後地球401の遠征艦隊で実戦経験を積んだ後に、地球760防衛艦隊創設に伴い、私の艦に配属されていた。
本人の申告によれば、最高速力は時速50キロ、最大高度1500メートル、航続距離は130キロとのこと。一等魔女としての能力は、申し分ない。
一方で機関科での評価も良い。先日のホウキ座γ星会戦では、機関最大出力の維持に貢献。バリア作動時のあの音にも動じず対応したとのことだ。
魔女として高い能力がありながら、それを見せることなく軍務を黙々とこなすアニス少尉。
私も何度か面談などで関わったことはあるが、真面目で冷静、一時期のラナ少尉のようだ。
最近も彼女と面談をした。ちょうど魔女登録がされて、軍のデータベースにもその情報が入った直後だったため、ついでに彼女にこの件を聞いてみた。
「…ところで、貴官は最近、魔女登録をされたとあるが。」
「はい、艦長。小官は3日前に、宇宙港の出張所で登録いたしました。」
「普段の生活で、何か魔女としての活動をしていることはあるの?」
「ありません。プライベート機でも時速700キロも出せる時代に、小官の能力など何の役にも立ちませんし。」
という具合で、魔女であることなどたいしたことではないという認識だった。
確かにアニス少尉の言う通り、魔女ショーでも行わない限り、魔女の能力を使う場面など現実にはほとんどない。
怪力系二等魔女なら活躍の場があるが、一等魔女の能力では航空機にはかなわない。せいぜい私生活で買い物に出かける際に使うくらいだろう。
というわけで、使い道はほとんどないのは分かるのだが、なんだかもったいない気がする。魔女を妻に持つ身としては、魔女は魔女らしくあって欲しいと思うものだ。
が、いくら艦長だからと言っても、個人的見解をアニス少尉に押し付けるわけにもいかず。魔女の話はここまでにとどめた。
今、私は駆逐艦0972号艦の艦橋にいる。定期パトロール任務を終えて、王都宇宙港に帰還しているところだ。
「両舷前進微速、王都宇宙港まで120キロ。」
「入港用の対地レーダー作動開始します。」
いつものように、入港準備に入った時だった。突然、着陸時に使う対地レーダーの異常が発生する。
「…あれ?なんだ、この影は…」
「どうした?」
「いえ、対地レーダーにおかしな影が映ってます。一部、地形情報の把握ができません!」
対地レーダーとは、センチ単位で地形の形状情報を得るレーダーで、着陸地点の高度の把握や、入港時にはドックの接合部の位置を把握するために使われる。入港するにせよ、着陸にせよ、このレーダーが収集するこの地形形状データがないと安全に降りることができない。ところが今、その対地レーダーの画面の半分以上が全く映らないという状態になっていた。
「再起動してみろ、システムエラーかもしれない。」
「了解、対地レーダー、再起動します。」
ところが、再起動後もその影が消えない。不審に思って、レーダーのある部分をカメラで確認した。
対地レーダーは、艦の中央部、砲身部根元の下面に付いている。そのレーダー付近のカメラの映像には、とんでもないものが映っていた。
大きな鉄板のようなものが、レーダー前方を遮るように引っかかっている。この鉄板はコンテナの蓋らしくて、おそらく戦艦に寄港した際に引っかかってついてきてしまったものと思われる。
船体の接合部の隙間にかなり深く刺さってるようで、大気圏再突入時の衝動でも剥がれずついてきてしまったようだ。あれを剥がさないと、安全に寄港することも、着地することもできない。なぜこんな大きなものが引っかかっていることを見逃してしまったのか?
「哨戒機で接近し、なんとか剥がせないか?」
「いや、ダメです。ロボットアームでも使わないと、引っぱり出せません。」
「鉄板にワイヤーをつけて、引っ張れば取れるのではないか?」
「そのワイヤーをつけるために、鉄板にワイヤーを通すという作業が必要ですが…哨戒機を足場にして、ワイヤー取り付けをしますか?」
「いや、それは危ないだろう。ホバリング時の哨戒機はかなり揺れ動く。作業どころではないし、最悪、駆逐艦と哨戒機にその作業者が挟まれてしまう。とても許可できない。」
いっそ哨戒機を体当たりさせて鉄板を叩き落すと言う案も出されたが、それでは哨戒機が墜落する恐れがあるため、却下する。
他にも、もう一度宇宙に出て無重力下で除去作業をするという案や、船体を逆さまにして艦底部に人が乗りワイヤー取り付け作業を行うといった案が出たが、宇宙に戻る案は燃料不足のため却下、船体逆さま案は宇宙港の管制から懸念が出て許可されなかった。
万策尽きたその時、航海士がぼそっとつぶやく。
「ああ、こういう時に艦長の奥様が現れてくれれば、あの鉄板に穴を開けてワイヤーを通してと頼めるのだが…」
そうか、その手があったか。それを聞いた私は、機関科に連絡する。
「艦橋より機関室。艦長だ。アニス少尉に艦橋に来るよう伝えてくれ。」
しばらくすると、アニス少尉が来た。
「アニス少尉、参りました!」
「ご苦労、早速だが一つ頼まれてほしい。」
「はい、何なりと。」
「貴官にしかできない任務だ。」
「はっ!」
「艦底部の対地レーダー前の鉄板を除去するため、貴官は外に出て溶断機にて鉄板に穴を開けて、ワイヤーを通す作業を実施してくれ。」
「…はい?」
「ワイヤー接続後、これをヴァリアーノ大尉操縦の哨戒機に渡し接続し、これを牽引する。なお、フレッド少佐の複座機は、アニス少尉が万一の場合に備えて、下方で待機せよ。」
「はいよ!」
「了解しました!」
「…あ、あの、艦長。」
「アニス少尉、現在のところ、貴官の魔女の能力に頼る他、手立てがない。私の部屋にマデリーンさん用の飛行用スティックがあるから、これを使って飛んでほしい!以上だ!」
アニス少尉、いきなり魔女としての任務を言い渡されて考え込んでいたが、腹を決めたようで、私に敬礼し、応える。
「はい、微力を尽くします。」
我が艦を高度1000メートルまで降下させる。その間に、アニス少尉は携帯型の溶断機を背負い、無線機をつけて甲板に向かう。
「高度1000メートルまで降下、現在、速力70!」
「両舷停止!これより地上レーダー復旧作戦を開始する!」
「こちらアニス、準備完了、いつでも出られます!」
「了解、直ちに作戦を開始!送れ!」
「アニス、了解!甲板に出ます!」
艦橋から甲板を見ると、アニス少尉が出てきた。
背中に大きな溶断機を背負い、無線用ヘッドセットをつけたアニス少尉。その場でふわりと浮き上がった。
「飛行姿勢良好、問題ありません。このまま、レーダー取り付け部に向かいます。」
アニス少尉は甲板の右側に飛び、そこから下側に潜り込んだ。
艦のくびれ部につけられたカメラに映像を大型モニターで見る。アニス少尉の姿が見えた。鉄板に近づき、状態を確認している。
「こちらアニス、対地レーダー前に到着。これより作業を開始します。」
「了解。慎重に作業せよ。」
アニス少尉は保護メガネをかけて、溶断機を鉄板に当ててスイッチを入れる。まばゆい光が、鉄板を溶かしていく。
手のひら程度の穴が開いたところで、アニス少尉は哨戒機に向かい、ワイヤーを受け取る。これを穴に通して再び哨戒機に戻り、その端を渡す。
ヴァリアーノ大尉操る哨戒機は、ワイヤーを固定後、その鉄板をゆっくりと引き始めた。ところがこの鉄板、全く抜ける気配がない。ヴァリアーノ大尉からは、どこか引っかかっているようだと伝えてきた。
「アニス少尉、鉄板が何かに引っかかっているようだ。そちらから分かるか!?」
「確認します、待機を。」
再び鉄板に接近するアニス少尉。鉄板周りをぐるりとチェックすると、どうやら何かの配管に引っかかっていることが分かった。
「やむを得ない、その配管を溶断する。できるか?」
「了解、やってみます。」
再び溶断機を使うアニス少尉。切られた配管からは液体が漏れ出す。どこかの冷却用の冷媒が漏れたようだが、この際はやむを得ず。作業を続行してもらう。
配管が溶断機で切断されると、支えを失った鉄板がずれ始め、アニス少尉に向かって落っこちてきた。危うくアニス少尉にぶつかるところだったが、アニス少尉は素早く避けて無事だった。一同、胸をなで下ろす。
鉄板は哨戒機から切り離されて、そのまま真下の森に向かって投棄される。この鉄板は事故究明のために、のちほど回収されることになっている。
鉄板が除去されて、対地レーダーは正常に機能し始めた。影もなく、地形を正確に把握できている。
「作戦終了、アニス少尉および各航空機、直ちに帰投せよ!」
「了解!アニス、これより帰投します!」
艦橋内は拍手が沸き起こっていた。これで無事帰港できる、この作戦成功は我々に安堵をもたらした。
「報告!艦長よりの任務、遂行いたしました。このスティックはお返しします。」
「ご苦労!疲れているところ悪いが、これより入港する。直ちに持ち場に戻れ。」
「了解、これより機関室に戻ります。」
艦橋内の人は皆、アニス少尉に拍手を送っていた。いつもは硬い表情のアニス少尉が、心なしか微笑んでいるように見えた。
こうして、魔女の活躍により、駆逐艦0972号艦は無事入港できた。
万事うまくいったと思っていたのだが、この鉄板除去により、別の問題が起きていた。
機関室から出てきた機関科の乗員が、皆汗だくで出てくる。何事かと聞いてみると、着陸寸前には機関室内は60度を超える室温になっていたらしい。
どうやら、アニス少尉が溶断したあの配管は、機関室を冷やすための冷媒を送るための配管だったようだ。冷房が効かず、核融合炉の排熱でぐんぐん気温が上がり、機関室内はまるでサウナのようになってしまった。
汗だくでウンザリした表情の機関科の面々。アニス少尉もその1人だ。
「…すまなかった。アニス少尉。」
「い、いえ、仕方ありません。では。」
せっかくヒーローになれたというのに、思わぬしっぺ返しを受けてしまったアニス少尉。汗だくの彼女は、再び硬い表情で艦を降りていった。
だが、彼女の魔女の能力に対する意識は、これで少しは変わったのではあるまいか?航空機にはできなくて魔女にできることがあることを、アニス少尉自身が証明してみせたのだ。マデリーンさんのように、魔女としての誇りを持って欲しいものだと、汗だくで小柄な魔女の後ろ姿を見送りながら、私は思った。