#96 魔女ハンターのセシリアとのんびり魔女
「なんでセシリアがここにいるのよ!?」
「やだなぁ、お姉様。私今日からこちらで魔女登録の受付をすることになったんですよ。」
「はあ!?魔女登録の受付!?なんでそんなことやってるのよ!」
急にマデリーンさんの口調が変わったので、カメラマンが焦っている。役所の人が慌てて駆け寄る。
「おい、新入り!どうなってるんだ!何かこの方に気に障ることを言ったのか!?」
「いえいえ、そのようなことは…」
「じゃあなんで急に雰囲気が悪くなるんだ…すいません、マデリーン様。別の係員が対応いたしますので…」
「いいわよ、別に。私の妹だから。」
「…ええっ!?マデリーン様の妹君!?」
その場は撮り直しになり、もう一度マデリーンさんが窓口に向かうところから始めることになった。
若干ひきつった顔で、社交辞令的に窓口での対応をするマデリーンさんとセシリアさん。登録証がマデリーンさんに渡される場面では、2人でにこやかに受け渡す場面を披露していた。
「…あとでじっくりと聞かせてもらうからね。」
別れ際にマデリーンさんは、セシリアさんの耳元にぼそっとつぶやいた。
続いて、ロサさん、アンリエットさん、エマニエルさんと続く。レアさんはリュウジさんと一緒に来場。今やこの地球760の功労者ともなったリュウジさんの登場とあって、カメラマンはリュウジさんとレアさんが一緒に歩く姿を追いかけていた。
この日、王都魔女会にいる24人の魔女たち全員が登録を行った。なお、リトラ王国の「妖精」であるベルクソーラさんも、王都の「魔女」として登録された。
「これを登録すると、何かいいことあるのか!?」
「そうですね、生活面でいろいろと優遇されますよ。ベルクソーラさんの場合は、大好きなアイスが食べ放題になります。」
「ハ、ハーデス…そんなすごい登録証なのか…早速試さねば。」
いや、今でもわりと食べ放題でしょう、ベルクソーラさん。それはともかく、生活面でいろいろと優遇されるのは間違いなさそうだ。
この日は王都魔女会の人達だけの登録で終了した。まあ、せっかく集まったのだからということで、そのままショッピングモールのいつものフードコートに集合ということになった。
魔女たちの緊急集会がフードコートで催されたが、そこにセシリアさんも現れる。早速マデリーンさんが突っかかる。
「ちょっと、セシリア!なんだってあんた、あそこで働いているのよ!?」
「いい職場を見つけたんですよ、お姉様。まさに私にうってつけの働き口。それもこれも、お姉様のおかげですわ。」
「はあ!?なんで私のおかげなの?」
一見何のとりえもなさそうなセシリアさんだが、実は一つだけ特技があったのだ。
セシリアさんには、魔女かどうかを見分けられる能力があった。
魔力を持つ人が近づくと、セシリアさんは皮膚にぞわぞわっという感覚を覚えるそうだ。魔力の弱い二等魔女であっても敏感に分かるため、隠れ魔女探しをするのにうってつけの能力だ。
セシリアさんは魔女ではないが、魔女と一緒に長く暮らしていたため、「魔女探知機」的な能力を身に着けたのではないか…かなり適当な推測だが、それくらいしか理由が見当たらない。
ちなみに、駆逐艦や民間船に近づいても同じ感じがするのだという。つまりセシリアさんはどうやら「重力子」を感じているようだ。
人の五感で重力子を感じることができる。よく考えたら、とんでもない能力だ。ともかく、この能力のおかげで「魔女登録」の担当を任されることになったそうだ。
「これで私も輝ける女よ!みてらっしゃい!王国一の魔女登録人になってやるんだから!」
なったところであまり自慢できそうにない職業だが、ともかくもセシリアさんは念願のキャリアウーマンへの道を歩み始めたようだ。
が、そのセシリアさん、かなり危ないキャリアウーマンになりつつあることがを知る。
というのも、この魔女検知特性を活かした魔女探しが、やや度を越しているのを目撃してしまったからだ。
ある日、家族4人で王都の公園を散歩していたら、セシリアさんが道端にいる娘に、なにやら話しかけているところを見かけた。
「…隠したって無駄よ。私にはあなたが魔女だって分かってるんだから!」
「えっ!?あの、私は…」
「いい加減観念なさい!さて、私と一緒に、そこの役場まで来てもらおうかしら?」
まるで犯人を追い詰める警官のような口ぶりのセシリアさん。それを見たマデリーンさん、持っていた飛行用スティックでセシリアさんの後頭部をど突く。
「ちょっとセシリア!なに街中で娘を脅してるのよ!」
「…あら、後ろから何か魔女の気配がすると思ったら、お姉様でしたか。いや、仕事ですよ、仕事。」
「…いつもそうやって脅し口調なの?あんたは。」
「やだなあ、この娘がなかなか魔女だって認めてくれないから、つい口調が変わっただけで…」
本当だろうか?まるで魔女狩りしているような口ぶりだったぞ?危険すぎないか、セシリアさん。
「で、あんた、本当のところどうなの?」
「えっ!?私?」
「そうよ。セシリアが言う通り、魔女なのかってこと!どうなの!?」
「ううっ…なんで今日はこんなに責められるんですか…」
なんだかマデリーンさんまで責め口調だ。どうしてこの姉妹はこの調子なのか。私は思わず口を出す。
「ちょ、ちょっと、マデリーンさんまで脅し口調じゃダメでしょう。もうちょっと抑えて…」
「あーもう!しょうがないでしょ!?私は元々こういい喋り口調なんだから、しょうがないでしょ!」
「えっ!?マデリーン!?」
突然、この娘は「マデリーン」という名前に反応した。
「あ、あの、マデリーンって、あの王国一の魔女、雷光の魔女と言われている、あのマデリーン様ですか?」
「そうよ!私こそ王国最強魔女のマデリーンよ!よく知ってるわね。」
「うわぁっ!ほ、本当にいらっしゃったんですね!伝説の魔女マデリーン様!まさか王都に来たその日に会えるなんて、夢みたいです!」
急にこの娘の態度が一変する。マデリーンさんに憧れるとは、やはりこの娘は魔女なのだろう。直感でそう察した。
「で、そういうあんたも魔女なの?」
「はい、一応これでも一等魔女なんですよ。名はベシィ、歳は16になったばかりです。」
「16歳!?てことは、もしかして…」
「はい、1週間前にペトロの村を出て、今日王都にたどり着いたところなんです。」
ペトロ村とは、王国の北にある小さな村。まだそれほどこちらの文化が浸透していなさそうな村のようで、未だに魔女は16歳で自立するという風習が残っているようだ。
「てことはあんた、ここで暮らすところもないんじゃない?」
「はい、それで今から働く場所を探そうかと思ってて。でも公園のこの場所があまりにも心地いいので、ついぼーっとしちゃってたら、この方に声をかけられたんです。」
「ふうん、そうなんだ。災難ねぇ。こんなガサツな妹に出会うなんてさ。」
「いやあ、お姉様にはかないませんよ。この娘、むしろお姉様の方を恐れてましたよ~。」
仲がいいのか悪いのか、ひきつった笑顔でにらみ合う2人。そこにベシィさんが話す。
「あのぉ…ところで、こちらのマデリーン様の妹さんは、いったい何の用事だったんですか?」
「ああ、そうそう。魔女登録しましょうってお誘いよ。」
「魔女登録!?なんですか、それ?」
「王国に魔女であることを登録し、その証明書をもらうの。」
「いやぁ、そんなことしたら私、魔女だって知られちゃいますよ。それじゃあ、なにされるか分からないですよね。」
「何言ってんのよ、今や魔女は憧れの存在なのよ!一等魔女なら、もっと胸を張りなさい!」
「えっ!?魔女が憧れの存在!?それ本当ですか、マデリーン様。でも、魔女だって登録するのはやっぱり…」
「ほら、私だって登録してるのよ。王国一の魔女だけに、登録番号1番。これが私の魔女登録証よ。」
「で、でも、大丈夫なんですか?昔は魔女だというだけで、帝都では殺されていた時代があるんですよ。だいたい、魔女なんかに憧れる人なんているんですか?」
「もう、しょうがないわねぇ…ちょっと私についてきなさい。」
そういうとマデリーンさん、家族とセシリアさん、そしてベシィさんを連れて、王都と宇宙港の街の境目辺りにやってきた。
「よく見てなさい。」
そういうとマデリーンさん、飛行用スティックにまたがり、突然浮上する。
「私は王国最強の魔女、マデリーン!クロスボウの矢よりも速く、雲よりも高く飛ぶ、雷光の魔女とは私のことよ!」
などと意味不明なことを叫びながら、宇宙港の街の境界上の門の周りをひらりと一回りする。こんな人目を引く行動を取れば、辺りの人が集まってくる。
「おい、あれ、魔女のマデリーンさんじゃないか!?」
「本当だ!マデリーンさんだ!あれ?今日、魔女のイベントって、予定されてたっけ!?」
あっという間に、この狭い路地には人だかりができていた。
マデリーンさんはベシィさんの上で停止し、彼女に言う。
「ベシィ!あんたも飛ぶのよ!」
「ええっ!?私、飛ぶんですか!?」
「そうよ。大丈夫だって、ここじゃあんたも人気者なんだから!」
「いや、マデリーン様、私全然速く飛べなくって…」
「つべこべ言わない!さっさと飛ぶ!」
マデリーンさんにせかされて、ベシィさんも浮上する。
持っていたホウキにまたがる。いや、腰かけるといった方が正確か。横向きに座ってふわふわと浮かび始めるベシィさん。
もう一人の魔女の出現に、周りも騒然となった。宇宙港の街なので、地球401、001出身者が多い場所でもある。いくら王国といえど魔女というのはそう滅多に会えるものではないため、突然の2人の魔女の登場で辺りは騒然となった。
ところでベシィさん、速く飛べないと言っていたが、確かに遅い。ちょっと小走りで追いつくくらいの速度、大体時速10キロといったところか。
おまけに高度も低い。手を伸ばせば届くくらいの高さを飛んでいる。まるで低空を漂う風船のような、そんな飛び方である。
だが、魔女が現れたというだけで地上の人々は大喜びだ。特に子供は魔女の飛ぶ姿に興奮しており、宙に浮かんだマデリーンさんとベシィさんを歓喜の顔で見上げている。
で、2人そろって降りてくる。ぐるりと群衆に囲まれる2人。戦々恐々とするベシィさんだが、マデリーンさんが愛想よくふるまうと、周りもそれにこたえて歓声を上げる。2人の魔女は、集まった人から握手を求められた。
「どうよ、ベシィ!ご覧の通り、今や魔女は人気者なのよ!」
「は、はい、マデリーン様…ああ、どうもどうも、えっ!?握手ですか?いいですよ、はい…」
ベシィさん、おそらくはいままでは魔女だということで何かと苦労したものと思われるが、ここにきて急に雰囲気が違うことに驚いているようだ。握手を求める群衆に戸惑いながらも、一生懸命応えている。
で、ようやく握手の嵐も収まり、解放されるマデリーンさんとベシィさん。マデリーンさんはベシィさんの手を引いて、セシリアさんのところに連れて行く。
「と、言うわけで、魔女登録するのよ。後は頼んだわよ、セシリア。」
「はぁい、お姉様。お任せあれ。」
「そうそう、登録が終わったら、セシリアと一緒にうちに来なさい。とりあえず住むところを貸してあげるから。」
「は、はい!マデリーン様!」
というわけで、ベシィさんはそのままセシリアさんに役所に連れていかれた。
「ママ、飛んだね!」
「そうよ、アイリーンもそのうち飛べるわよ!」
「私も飛びたい!」
アイリーンも嬉しそうだ。すでに2歳で水を入れたバケツを浮かせるほどの力を持ったアイリーン。この調子なら、空を飛ぶのも時間の問題だろう。一方のユリエルは、マデリーンさんの飛行用スティックが気になるようで、まじまじと眺めている。
で、ベシィさん、結局うちの屋敷の敷地内にある別宅の、ベルクソーラさんが住む部屋の下の空き部屋に住むことになった。
「やれやれ、また魔女なの!?よろしくね。」
サリアンナさんが珍しくベシィさんを迎える。呆れ返りながらも挨拶は欠かさない。これでも、以前よりも丸くなった気がするサリアンナさん。そこにロサさんも出てきた。
「こんにちは、あなたが新しい住人なのね。どこからきたの?」
「はい、王国の北、ペトロ村から来ました。よろしくお願いします。」
「あら、ペトロ村と言ったら、私とサリアンナが以前住んでたところの近くよ。懐かしいわね、ペトロ村。」
そういえば、ロサさんとサリアンナはこの王都に来る前、王国の北にあるロヌギ草群生地のあたりに住んでいた。日用品を買うため、時々ペトロ村に行っていたそうだ。3人で、ペトロ村の話題で盛り上がる。
「ようこそ、ダニエル家へ。私はカロン。よろしくね。」
「あ、ベシィです。よろしくお願いします。」
そこにカロンさんもやってきた。カロンさんからすれば、一つ年下の妹のようなベシィさん。どちらかといえば歳上ばかりだったこの屋敷に妹のような魔女が現れて、どことなく嬉しそうなカロンさん。ベシィさんをぎゅっと抱きしめていた。
さて、住む場所は決まったが、仕事を探さなくてはならないベシィさん。が、こちらはあっさりと決まる。セシリアさんの補佐をすることになったのだ。
「ちょっと、あんた魔女よね。」
「えっ!?いや、その…」
「魔女登録しませんか?私も登録したんですよ?。」
セシリアさんが魔女を見つけ、ベシィさんがすかさず優しく魔女登録の勧誘をする。責め気味のセシリアさんとゆるすぎる魔女のこの組み合わせは、登録率の向上に貢献しているらしい。
セシリアさんの仕事が順調なことは、多分いいことなのだろう。このまま魔女登録が進み、魔女の生活と地位の向上につながることを、私は切に願う。