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宇宙艦隊所属パイロットの奥様は魔女  作者: ディープタイピング
第13章 第二子誕生と魔女変革編
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#94 ホウキ座γ星会戦

地球(アース)760の北半球で夏の夜空を眺めると、「ホウキ座」という星座が見える。


明るく一直線に並んだ3つの星の先に、ホウキの穂先のように細かい星が広がって見えるためそう呼ばれているのだが、そのホウキ座の柄の部分の3つの星の中程にある、3番目の明るさの星が「ホウキ座 γ(ガンマ)星」と呼ばれている。


明るい星だが、実際のこの星は、地球(アース)760星系の太陽の30パーセントほどしかない小さな恒星。明るく見えるのは、地球(アース)760から7光年という比較的近い距離に存在しているためだ。


そのホウキ座γ星に、演習参加予定だった7惑星の艦隊を集結させることになった。我々地球(アース)760の防衛艦隊からも4000隻が参加することになった。


どうやら今回の合同砲撃演習の件、最初から演習目的ではなかったらしい。周囲の偵察部隊から、連盟側の複数の艦隊がここ地球(アース)760に向かって侵攻中であるという情報を得ていたため、演習という名目で周辺艦隊を呼び出していたようだ。


この地球(アース)760には今、地球(アース)001最大の戦艦「ゴンドワナ」が機関改修のため、停泊している。おまけに、最近は重力子エンジン改修技術習得のために、連合側の星々の技術者が盛んにこの星に訪れている。おそらく、これらの情報をどこかから手に入れてきたのだろう。


その両軍の接点が、ここホウキ座γ星というわけだ。


魔女の力の研究成果である重力子エンジンの技術は、味方の連合側の星々の人だけでなく、敵方の連盟側の艦隊まで引き寄せてしまった。よりによってその接触点が、魔女の象徴であるホウキをかたどった星座の星というのは、偶然ながら皮肉な事実である。


もっとも、ホウキの柄のように見えるのは我々地球(アース)760からだけで、他の星からこれらの星がホウキの形に見えるわけではない。ホウキ座の3つの明るい星のうち、1、2番目に明るい星であるα(アルファ)星とβ(ベータ)星はそれぞれ30光年、250光年の距離にあるやや大きな恒星。たまたま我々の星からは一直線に並んでホウキの柄のように見えるというだけだ。


そんなホウキ座γ星に次々と艦隊が集結してくる。一方、敵の連盟側も集結しているようだ。


偵察部隊の情報では、ホウキ座γ星を挟んだ向こう側、距離1億7000万キロ先に集結、侵攻中とのこと。両軍はあと1日半で接触する見込みのようだ。


敵は6惑星、6万隻の艦隊を集結しつつあるようだ。一方の我々も7惑星ながら地球(アース)760が4000隻、地球(アース)401が5000隻、地球(アース)001が8000隻のため、総数では敵より3000隻少ない5万7千隻。


こちらには長射程のビーム砲を持つ地球(アース)001艦隊を有するという強みはあるが、それでもこの数の少なさをカバーするために、さらにある作戦が提案された。


それは、重力子エンジン改修済みの艦艇を集結させ、その機動力で圧倒するという作戦だ。


現在、地球(アース)001が2000隻、760が3000隻、401が1000隻改修済み艦艇を保有している。この6000隻の艦隊を右翼に据えて、敵側面を急襲するという作戦だ。


この6000隻をもって左側面に対し全速で突入、射程30万キロギリギリで敵艦隊をかわしながら砲撃を敢行、そのまま離脱する。


それでも敵艦隊が崩れなければ、今度は後方から急襲する。敵の陣形が乱れ、撤退に追い込むまでこの別動隊はこの一撃離脱を繰り返す。残り5万1千隻は敵正面から間断なく攻撃を行う。


改修型重力子エンジンを活かした作戦だが、急襲担当の別動隊にとってはリスクの大きい作戦だ。なにせたった6000隻で、6万の敵に殴り込みをかけるわけだ。せめて全軍が改修型重力子エンジンを搭載していれば、我々だけ出張ることなどなかったのに…いや、無い物ねだりをしても始まらない。我々は作戦通り艦を動かす。それだけだ。


このホウキ座γ星には大きな惑星やアステロイドベルトがない。あるのは、若干頼りない恒星と、その周りに小さな準惑星が数個、それだけだ。


この星系には障害物と呼べるものはなく、おかげでレーダーの感度は極めて良好。正確に敵艦隊を捉えている。


「敵艦隊までの距離、約400万キロ。接触まで、あと20分。」


ラナ少尉の声が響く。すでに我々は船外服を着用、臨戦態勢に入っている。


「分艦隊司令より暗号を入電、『雷光はフォーマルハウトより出でよ』です!」


雷光とはマデリーンさんの異名、つまり、魔女の技術から得られた我々改修型重力子エンジンを搭載した艦隊を示している。フォーマルハウトとは、我が王国の国王陛下の住まう王宮の南側にある門のことで、そこから出ろと言うのは、すなわち後退せよと言っている。


この暗号電文を受け取った我々の右翼艦隊は、減速を開始。艦隊主力から30万キロほど後ろに移動する。


敵が見たら、おかしな陣形に見えるだろう。我々の通常の戦闘は、30万キロギリギリで砲撃戦を行うため、横陣形(おうじんけい)での間断なき撃ち合いが基本。この星系のように、障害物がなければなおのこと奇策が取れないため、横一線に並んで対峙するのが当然だ。


ましてや、我々は敵より数が少ない。一隻でも攻撃力が欲しいこの状況で、6000隻も主力から離れた艦隊を配置させている。全く意図が分からないだろう。


それ故に、敵は我々右翼艦隊を注視しているはずだ。この艦隊が何かを仕掛けてくるのは明らかだ。


それを悟らせた上で、我々は作戦を遂行する。


「敵艦隊と艦隊主力との距離、35万キロまで接近!味方の主力艦隊右翼、砲撃を開始!」


この距離で発砲できるのは、いつもの地球(アース)001艦隊だ。改修型エンジンの艦を除く6000隻によるアウトレンジ攻撃で、敵の左翼はいつものようにダメージを受けていることだろう。


我々右翼艦隊は、味方の艦隊から40万キロも右側にいる。距離を保ったまま、突撃の瞬間を待つ。


そして、ついに30万キロに達する。両軍の撃ち合いが始まった。


敵味方で総勢約9万隻の撃ち合い。青白いビームのシャワーが、暗い宇宙空間を照らし出す。


大艦隊による戦闘は、私にとって2度目の経験だ。あの時は哨戒機でレーダー任務についており、今回も同じように離れた場所からビームのシャワーを見ていた。


この全面砲撃開始を合図に、我々右翼艦隊も行動を開始する。


「艦隊司令部より入電!『雷光はノルマノンより下れ』です!」

「きたか!最大戦速!エンジンを目一杯吹かせ!」


ノルマノンとは、帝国のある大陸で2番目に高い山。断崖絶壁が2000メートル以上も続く山で、それを「下れ」と表現している。つまり、断崖絶壁から下り落ちるように全速で敵に突撃せよ、と言っている。


ついに我が右翼艦隊が動いた。敵の左翼側面に向かって突撃を敢行する。


右翼艦隊全艦、エンジン全開で突撃を開始した。我が艦にもゴォーッというエンジン噴射音が響き渡る。


距離はおよそ50万キロ。通常、この距離で射程内に入るには、4分はかかる。が、我々の改修型エンジンでは、1分半ほどで敵の懐に入り込む。


おそらく敵も我々の動きを察知しているはずだが、この短い時間では備える間も無いはずだ。敵の側面を急襲し混乱させられれば、敵はすぐにでも撤退してくれるはず。こんな無益な戦いなどさっさと終わらせたいというその一心で、私は突撃する。


「距離、40万キロ!」


もう40万キロまで来た。取り決め通り、ここで軌道変更を行う。


「艦首左20度回頭!」

「20度回頭、ヨーソロー!」


私の合図とともに、トビアス航海士は艦首を左側に向けた。周りの艦も、各々艦首を左側に向け始める。


あとは、タイミングを合わせて一斉に逆噴射を行う。すると、我々の右翼艦隊は敵の左側面をかすめるような軌道を描くことになる。


そのかすめる瞬間が砲撃のチャンスだ。


「艦隊司令部より合図来ました!」

「よーし、全速後退!」


艦首にある減速用のエンジンを吹かす。約10秒の噴射ののち、後退終了。これで艦隊は、やや右寄りの軌道を描き始めた。


ここまでは予定通り、我々は砲撃準備をする。


「敵艦隊側面まで距離30万キロ!」

「よし、砲撃開始!」

「砲撃開始!1バルブ装填、撃ち方始め!」


敵が射程内に入るのは、30秒ほどの間。この間に撃てるのは多くて3発。時間との勝負になる。


だが、敵とて我々をすんなりとは見逃さないだろう。必ず撃ち返してくるに違いない。


我々にとっては最大のチャンスであり、最大のピンチでもある瞬間だ。


もしかしたら、私の艦はいきなり敵の一撃を受けて、撃沈するかもしれない。


だが、今はユリエルがいる。私が死んでも、私の家は断絶しない。ユリエルが跡を継いでくれる。あの屋敷も、男爵の地位も、マデリーンさんの生活もロサさんやサリアンナさんの住処も皆安泰だ。


もっとも、ラナ少尉とトビアス少佐の夫婦生活は終わってしまう。乗員の中には同様に家族を抱えているものがいる。例えば、カルラ中尉にはアルヴィン男爵が、フレッドにはアンリエットさんが、砲撃長にはエドナさんがいる。彼ら、彼女らの家族の生活は、この艦が沈めばどうなってしまうのか?


1バルブ装填から発射までの9秒という短い時間の間に、私はそんな考えを巡らせていた。我に帰ったのは、装填が終わり砲撃音が轟いた時だ。


青白い閃光は暗闇の宇宙に吸い込まれていく。


相手は敵の左翼艦隊。正面にいる地球(アース)001艦隊に撃たれているとは言え、まだ数は9000隻以上いる。


一個艦隊の側面に向かって、この中途半端な6000隻の艦隊が突撃をする。こちらの動きを読んでいた敵も一斉に撃ってきた。


周りには、たくさんのビームの束が音も無くかすめる。


それにしてもたくさんのビームが降り注いでくる。左翼艦隊が総力を挙げて撃ち返して来たようだ。


「直撃、来ます!」


光学監視員が叫ぶ。私もハッとなって叫んだ。


「砲撃中止、バリア展開!急げ!」


次の瞬間、ギギィーっというあのバリアをビームがかすめる時の不快な音が鳴り響く。この音はもう何度も聞いているが、何度聞いても慣れることはない、嫌な音だ。


だが、この艦の乗員、特にラナ少尉はこの音に驚いたようだ。思えば、艦砲の直撃はこの艦にとっては初めてだ。


今まで、海賊船と少数の偵察艦隊、最近では地球(アース)001の威嚇砲撃を経験してはいるが、直撃はない。我々が熾烈な艦隊戦にさらされていることを思い知らされる。


カルラ中尉は地球(アース)401遠征艦隊所属時に艦隊戦を経験している。が、やはり恐ろしいことには変わりなく、またラナ少尉の気持ちも察したのか、ラナ少尉を背中から抱きしめていた。


間髪入れずに、第2射が撃たれる。雷音のような発射音が響き渡る。


「敵艦側面に直撃!撃沈を確認!」


艦内放送で、砲撃長が叫ぶ。艦橋内は一瞬わっと歓声が上がった。が、その直後すぐ横にビームがかすめて、皆、緊張状態に引き戻される。


続いて第3射を発射。その直後に我々は射程外に出てしまう。だが、地球(アース)001の2000隻だけは長射程を活かして撃ち続けていた。


レーダー画面を見る。敵の左翼はかなり混乱したようで、陣形が乱れている。だが、敵艦隊は後退を始めない。これを受けて、艦隊主力の司令部から打電があった。「第2次攻撃の要を認む」と。


あの緊張の時をまた体感することとなった。個人的には嫌だが、命令に逆らうわけにはいかない。


右翼艦隊は再び最大戦速で、敵艦隊に突入を開始する。今度は敵のやや斜め後ろからの突撃となる。先ほどと同様に、一撃離脱で敵を混乱させる。


我々は1度目の攻撃で手の内を見せたため、敵もこの2度目の攻撃は予測していることだろう。だが、彼らにはこの攻撃を防ぐことはできない。なにせ彼らにはない機動力、3倍の速度である。これを追撃することは今の彼らには不可能である。


マデリーンさんやロサさん、レアさんなど、今や地球(アース)001、401の人々に愛されているあの魔女達から得られた力によって、目の前の敵が次々に沈められていく。魔女達の多くは、そんな結末を望んだわけでもない。それを調べたリュウジさんだって、こんな使われ方を望んではいないはずだ。


だが、私は砲撃をやめない。ここで躊躇すれば、我々がやられる。今最良の戦術は、敵に攻撃を諦めてもらい、帰っていただくことだ。


再び射程内に入った敵を撃つ。3発撃ったのちに、再び射程外に出る。


今度は敵の後ろ側だったこともあり、さっきよりは反撃が少なかった。バリア直撃もなく3発を発射し、離脱した。


さすがに後ろからの攻撃はかなりダメージが大きかったようだ。敵の陣形は大きく乱れており、大混乱しているのが伺える。


ついに敵が後退を始めた。これを受け、我々右翼艦隊は敵艦隊を大きく迂回して、艦隊主力の左側に回り込む。艦隊主力と合流する頃には、敵艦隊は大きく後退していた。


私の艦長として初の艦隊戦、そして地球(アース)760防衛艦隊として初の実戦は、1時間ほどの戦闘で幕を閉じた。


味方艦艇は300隻、一方の敵は2800隻が宇宙の塵となった。味方は3万人が、敵は30万人近くが死んでしまった。全体から見れば3パーセント程度の人員だが、その数字分の家族や友人や恋人に悲劇がもたらされたことになる。


だが、私とこの艦の乗員は生き残った。次の戦いまで命をつなぐこととなった。


こうして、私にとって4度目の、艦長としては初めての大規模艦隊戦は、終わった。

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