#93 ワーナー中尉の決意
モイラ中尉はワーナー中尉の姿を見て、急にいきり立つ。
「な…なによ!あんたは!」
「やだなぁ、君の夫だよ。」
「何言ってるのよ!あんた私に出て行けって言ったじゃないの!」
急に始まった夫婦げんかに、魔女たちが集まってきた。
「…何やってるの?この2人。」
さっきまで上機嫌だったマデリーンさん、この2人の様子を見て怪訝そうな顔をしている。
「『売り言葉に買い言葉』じゃないの、何も真に受けなくったって…」
「冗談じゃないわよ!私がどれだけ傷ついたと思ってるのよ!軽々しく言わないで!」
「反省しているよ?僕だって。だからこうして迎えに来たんだよ。」
「…何か月かかってるのよ…もう7か月たってるわよ、あの日から。」
「僕だって軍務があるんだ、こんな遠くまで簡単には来られないよ。でも、私だってこの7か月間、平気でいられたわけでは…」
と、話している途中で、ワーナー中尉が突然倒れた。私は思わずワーナー中尉を受け止める。
そこで気づいたのだが、ワーナー中尉の体が熱い。ものすごい高熱だ。おまけに全身が濡れている。これは、本能的にやばいと感じた。
「クレアさん!」
「は、はい!ダニエル様!」
私はクレアさんを呼んだ。後片付けをしていたクレアさんだが、こっちに走ってくる。
「ワーナー中尉を診療所に運んでくれ!大急ぎだ!…ああ、そのまま運ぶのはまずい、これでくるんであげて!」
応急処置で、宣伝用の横断幕で濡れたワーナー中尉を包む。そしてクレアさんがその横断幕に包まれたワーナー中尉を持ち上げ、走って運んでいく。
私はモイラ中尉に言う。
「わだかまりがあるかどうかは知らんが、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろう!すぐに診療所に言ってやれ!」
「で、でも…」
「艦長命令だ!人命救助を優先!急げ!」
別に私はモイラ中尉の上官というわけではないのだが、思わず彼女に命令した。軍人というやつは、上位階級の者から命令されると勝手に体が動くように訓練されているので、モイラ中尉はそのままクレアさんを追いかけて行った。
が、そのクレアさんがワーナー中尉を抱えて戻ってくる。なんだ?なぜ戻ってくる、クレアさん。
「あの~、ダニエル様。診療所って、どこですか?」
…さて、ショーの後始末が一段落したのち、ショッピングモールの4階にある診療時に、私とマデリーンさんは向かった。
すでにクレアさんがワーナー中尉を担ぎ込み、モイラ中尉も診療所にいた。ベッドの上には、気を失ったワーナー中尉がいた。
「…こりゃ、肺炎だな。40度近い熱が出とる。2、3日は入院せにゃならんよ。」
医師の言葉に、モイラ中尉は涙目になって聞いた。
「あの…直るんでしょうか?」
「安静にしとりゃ直るよ。しかしこんな高熱で、よくまあこの冷たい雨の中をずぶぬれになって歩いとったもんじゃ。そりゃ肺炎になるわて。」
そう言いながら、医師はそばにいた看護婦に点滴の用意をさせる。そして、入院手続きの書類をモイラ中尉に渡す。
モイラ中尉は、その書類を黙々と記入する。突然目の前に夫が現れたかと思ったら、会話もそこそこに倒れてしまった。口にこそ出さないが、かなりショックを受けたようだ。
それにしても、ワーナー中尉がなぜ今ここに現れたのか。私はそのあたりの事情を知っている。
実は来週、この地球760の周辺で、地球104、221、346、401、561の周辺5惑星と、今この星にも一部駐留している地球001の第5遠征艦隊、それに我々、地球760の防衛艦隊が合同で、大規模砲撃訓練をすることになっている。
これだけの大艦隊が来る理由だが、ここの星にある重力子エンジンの改修技術を取得するという目的も兼ねているらしい。
そうでなくても、重力子エンジンの強化技術のことを聞きつけて、連合側の各惑星の技術者が集結しつつある。私が知るだけでも地球93、98、180、205、246…等、全部で20惑星ほどから技術者が来ているようだ。
その大規模砲撃訓練に参加するため、ワーナー中尉はこの星に来たのだろう。そこで、この機会にモイラ中尉を探すためにこの雨の中をさまよって、結果こうなってしまったようだ。
多分、ワーナー中尉にとってこの7か月間は苦しかったのではあるまいか?この雨の中をさまようだけで、いきなり肺炎までは至らない。心労がたたって、元々体調を崩していた可能性が高い。
モイラ中尉も同じだろう。今日のあの呆けぶりは、普通ではなかった。それに、あれだけ派手に口論していた相手だと言うのに、その相手のベッドの横にじっと座り込んでじっと見つめている。
「ねえ…なんかあったの?」
さすがのマデリーンさんも、この2人の異変に気付いてしまった。そこで私は、先週のモイラ中尉の話をする。
「ええっ!?別れた!?なんでよ!」
「いや、そこまでは知らないよ。だけど、喧嘩別れして7か月あまりの間、ずっと顔を合わせてなかったようだよ。」
「なんなのよ、もう!恋愛の達人だとか言いながら、自分が別れちゃってどうするのよ!」
恋愛の達人だからと言って、その後の結婚生活を維持できるというものでもないだろう。ただ、モイラ中尉の場合はまだ完全に決別したわけではないようだ。戸籍上も、心理上も。
ワーナー中尉には点滴が投与され、その影響でしばらく目を覚まさないだろうとのこと。翌朝にまたここを訪れることになった。
我々家族4人とモイラ中尉は、ショッピングモールの中を歩く。マデリーンさんは突然立ち止まる。
「ねえ、モイラ。」
「マデリーンさん、なんですか急に。」
「なんですかじゃないわよ!これからどうすんのよ、あんた!」
「どうするって、何をですか?」
「誰がどう見たって、ワーナーとなんかあったのは見え見えよ!あんた、どうするつもりなのよ!」
「どうするってったって、どうしようもないですよ…」
「そう。じゃあ、ワーナーと永久にさよならするつもりなの?」
そのストレートな一言に、モイラ中尉は涙目になる。
「ま、マデリーンさん、そんな酷なこと言わないで下さいよ~」
「何言ってんのよ!7か月も飛び出したまま、ワーナーに連絡もしてないんでしょ!?そっちの方が酷なことよ!」
「ううっ…」
「ワーナーのやつ、相当参ってるわよ。嫌いなら嫌いだとはっきり相手に伝えないと、相手はいつまでも引きずるのよ。あんたがちゃんとした態度を取らないと、ワーナーのやつそのうち死んじゃうわよ、きっと。そうなったら本当に永遠のお別れ。それでいいの!?」
「ううっ…良くはないですよ~!でも私、恋愛のことなら分かるんですが、仲直りの方法は分かんないんですよ~!」
「簡単よ、素直に謝っときゃいいんだって。」
「あ、謝る?」
「どうせ夫婦喧嘩なんてものは、両方に原因があるものだから、自分の悪いところは悪いと認めるのよ。そうすりゃ、ワーナーくらいの男ならすぐに許してくれるって。」
「で、でもあいつ、私に酷いことを言ってきたんですよ!それを謝れだなんて…」
「ああ、もう!7か月も口を聞いてないのはあんたが悪いんでしょうが!謝るべきは謝るの!いい!?」
「は、はい!」
「たかがそれくらいで済むこと、なんだって7か月も引きずってるのよ。めんどくさいわね。あんた1人で不安なら、私も立ち会うから。それでどお?」
「はい、お願いします…」
めんどくさい魔女から、めんどくさい認定をされてしまったモイラ中尉。ともかく明日、そのモイラ中尉はワーナー中尉との「仲直り作戦」を実行することになった。
翌朝、私とマデリーンさん、それにモイラ中尉は診療所に来る。まだ開店直後のショッピングモール、この時間は人もまばらだ。
診療所に着くと、ワーナー中尉はまだ寝ていた。医師によると、すでに鎮静剤は投与していないとのことで、もう目覚めても良さそうなころだと言う。
ワーナー中尉の寝顔を見るモイラ中尉。昨日、マデリーンさんに言われ、目が覚めたら謝るつもりのようだ。
するとワーナー中尉が目を覚ます。薬のせいか、まだボーっとしているようで、周りを見回している。
「ワーナー!ごめん!」
モイラ中尉が目覚めたばかりのワーナー中尉に向かって叫ぶ。それを聞いたワーナー中尉。おもむろに口を開く。
「…あれ?モイラ?なんでここにいるの?ここはいったい…」
「ここはショッピングモールの中にある診療所。あなた、私に会うなり、高熱を出して、ぶっ倒れちゃったのよ。」
「えっ?僕が、モイラと会った?どこで?」
話をすると、どうやらワーナー中尉、ショッピングモールに入ったあたりから記憶がないらしい。このため、モイラ中尉と会ったことすら覚えていないという。
「なによ!せっかく覚悟して謝ろうと思ったのに!なんで昨日のこと忘れてるのよ!」
「えっ、えっ?昨日、僕なにかやらかしたの?」
わんわんと泣きながら、ワーナーに抱きつくモイラ中尉。状況理解に必死なワーナー中尉。うーん、なんだか想定していた形とは随分と違うが、これはこれで納まったのかな。
「なんだ、随分と騒がしいな。」
そこに、別の人物が入ってきた。
「…あ、か、艦長。」
ワーナー中尉、モイラ中尉、そして私は、その人物に敬礼した。
そう、この人物、地球401遠征艦隊所属の駆逐艦6707号艦 艦長だ。私のかつての上官だ。
「お久しぶりです。艦長。」
「おお、ダニエル君。君だって今や艦長だと聞いたぞ。元気にやっとるかね。」
「はい、おかげさまで。」
そして、艦長はベッドで横になっているワーナー中尉に声をかける。
「昨日の夜に知らせを受けた時には、何事かと思ったよ。最近どこか調子が悪そうで心配しとったが、まさか倒れてしまうとは…」
「はっ、ご迷惑をおかけしました。」
「だが、その顔を見ると、どうやら悩みは解決したようだな。一日も早く治し、持ち場復帰に努めよ。」
そういうと艦長は敬礼し、部屋から出て行く。
私は艦長のあとを追う。診療所の出入り口あたりで、艦長に追いついた。
「あの、艦長。ワーナー中尉のことですが…」
「だいたい察しているよ。原因は、モイラ中尉なのだろ?」
「はあ、その通りです。」
「だから、2人が一緒にいるのを見て安心した。しばらく落ち込んだ様子だったからな、ワーナー中尉は。」
「すいません、こんなところまでお越しいただいて、ご心配をおかけすることになってしまいまして。」
「なあに、ダニエル艦長が謝ることではないだろう。終わりよければ、全て良しだ。まあ、一件落着だろう。」
そう言って、艦長はショッピングモールをあとにした。私はその後ろ姿を見守った。
診療所に戻ると、マデリーンさんが2人に何かを語っていた。
「全く、こうなる前に誰かに相談できなかったの!?」
「いやあ、地球401にはマデリーンさんのような人がいないんですよ。ましてや僕ら軍人ですし、どこか警戒されててですね。」
「はあ!?なんでよ!あんたら、自分の星を守ってるんでしょう?なんで警戒されなきゃいけないのよ!」
「でも、軍人というのは一種の暴力集団ですからね。夫婦揃って武官だと、近所からも敬遠されていてですね。」
「そうなんですよ。おかげで、恋愛相談どころじゃなくてですね。お互い、結構溜まっていたんですよ。それがある日爆発して、喧嘩別れしてしまったと、まあ、そういうところですね。」
この2人の地球401での生活について聞くのは初めてだが、やはりいろいろとあったようだ。言われてみれば、あっちの星では軍人という職業を快く思っていない人は、決して少なくない。
「あのね、ワーナー。私、こっちで暮らそうと思うの。」
突然、モイラ中尉が切り出す。
「ええっ!?ほ、本当かい?モイラ。」
「うん…ここで7か月暮らして、分かったことがあるの。やっぱり私は、こっちの方が合っているんだなあって。」
「…そう。じゃあ、僕もそうするよ。」
モイラ中尉の決断を聞いて、ワーナー中尉もあっさりとこの星への移住を決断する。
「ええっ!?だってあんた、もうすぐ昇進して大尉になるって、そう言ってたじゃないの!いいの!?せっかくの努力が無駄になっちゃうわよ!」
「いいよ。僕は昇進するために生きてるんじゃないんだから。モイラがいない星で、階級だけ上がったって、何も嬉しいことはないよ。」
それを聞いたモイラ中尉は、涙目になってワーナー中尉に抱きついた。
「…そろそろ、私達はお邪魔よね。」
そう小声で言って、マデリーンさんは部屋から出ようと目配せしてきた。私とマデリーンさんはそっと部屋を出る。
「やれやれ、また厄介な住人が増えたわねぇ。」
マデリーンさんは呟く。そうは言いつつも、どことなく嬉しそうだ。
こうして、騒がしい住人が増えることが決まった翌日。私は7惑星合同砲撃演習に参加するため、王都宇宙港を出発する。
私と共に、アーノルド艦長率いる地球001艦隊10隻も上昇する。すぐ横には、駆逐艦6707号艦を含む地球401のチーム艦隊10隻も現れる。
さすがにワーナー中尉は、今回の演習には参加できない。あと2日ほど入院が必要とのこと。この星で留守番だ。
地球001、401、760のチーム艦隊群30隻は、同時に大気圏離脱をする。ただし、地球401の艦艇にはまだ重力子エンジンの改修が行われていないため、我々の速力に追いつけず、置いていかれる。
ラグランジュポイントで艦隊集結を行い、アステロイドベルトに向かう。そこにいる各惑星の艦隊と集結し、砲撃演習を行うことになっている。
ただ、私はどうも腑に落ちない。なぜ、7惑星で合同の大規模な砲撃演習などする必要があるのか?未だかつてそんな演習など、聞いたことがない。
それもなぜこの地球760の星域で行うのか?どうせなら、これらの惑星の中間点にいる地球221で行えばいいのではないか?
この私のもやもやした違和感は、その後思わぬ方向に現れる。
アステロイドベルト付近に到着した我々に、突如艦隊司令部から新たな命令が2つ発せられた。
それは、行き先変更に関するものと、演習ではなく本物の艦隊戦に備えよというものである。
その新たな行き先とは、ここより7光年先にある「ホウキ座 γ(ガンマ)星」である。