#91 プライベート機購入
平穏な日々が戻り、戦艦ゴンドワナからの地球001の訪問も再開、魔女ショーも復活した。
緊迫した状況から解放されたためか、再開初日は大いに盛り上がる。ロサさんはいつになくテンションが高かった。クレアさんもよく食べる。いや、こっちはいつものことか。
ショーの翌日の日曜日。この騒ぎで延期されていたあるものが、我が家に納品されてきた。そいつは空から降りてきて、我が家の庭に着陸する。
そう、ずっと以前から私が欲しかったもの、プライベート機である。
外観は哨戒機そのもの。元々哨戒機を作っているメーカーが、民間用に機体を流用して作ったため、機体そのものは哨戒機と同じ。ただし、武装はなく、レーダーも民間用のものに変えられている。
装備品が簡素な分、機内は広い。6人乗りなのは変わらないが、武装や大型のレーダー機器を搭載していた場所は広い荷室となっている。
エンジンは普通の哨戒機と同じ。ただし、民間機なので、速力は時速700キロ以上出ないよう制限されている。もっとも、これだけ出せれば十分だ。
ただ、全長20メートルのこのプライベート機をこのままずっと庭に置くのは邪魔くさい。我が家から歩いて10分ほどのところに空き地があったので、そこを買って駐機場とした。普段はここに置くことにする。
「ねえ、せっかくだから、どっか行こうよ。」
今は飛べないマデリーンさんが、届いたばかりの機体を見てうずうずしている。魔女の本能なのだろうか、飛びたくて仕方がないらしい。
ということで、せっかくだらかカピエトラの街まで飛んでみることにした。あそこにはしばらく行っていないし、ついでに温泉に入るのも悪くない。
私は操縦席、その横にアイリーンを抱えたマデリーンさん、後ろにはクレアさん、レアさん、そしてカロンさんが乗り込む。
民間機の離発着は、この辺りだと王都宇宙港の管制塔の指示に従う必要がある。私は無線で離陸許可をもらうため、管制塔に連絡する。
「民間機ナンバー0018、王都よりカピエトラに向け飛行するため、離陸許可願います。」
「こちら王都管制塔、離陸を許可する、高度1600にて、方位0.3.0へ飛行せよ。」
「了解、これより離陸する。」
機体がゆっくりと上昇する。まだ新品のこの機体は、エンジン音も静かで、異音も少ない。
ただ、ちょっと計器類が物足りない。哨戒機ではないから仕方がないが、やはり形が一緒なだけに、どうしても慣れた軍用機と比べてしまう。
だが、航空機は航空機だ。艦長になり、軍務では哨戒機に乗ることがなくなってしまったため、自分が自由に操縦できる機体を手に入れられただけでも嬉しい。
だが、マデリーンさんとは不満そうだ。
「いいわねぇ…私なんてしばらく飛べないのよ。ほんと羨ましいったらありゃしない。」
珍しく、私に嫉妬してるようだ。
「いや、マデリーンさんだってあと数ヶ月すれば飛べるようになるわけだしさ。それに、魔女は我々パイロットと違って、管制塔にお伺いをたてる必要もないし。魔女の方が羨ましいよ。」
私はマデリーンさんをなだめる。航空機と違って、魔女には飛行規制がない。規制のしようがないと言うのが本音だが、ともかく今のところは自由だ。
だがとある宇宙港では、魔女と航空機とのニアミスが起こっている。これを受けて、そろそろ魔女にも飛行規制をしようという動きはあるようだ。
一方でこの星では、魔女の保護と育成を行う動きが出つつある。どちらかというと蔑視や排除の対象であったこの星の魔女の数を、今後増やそうというのだ。
きっかけはリュウジさんの研究だ。この研究がもたらした重力子エンジンの改良という成果は、魔女に大いなる「価値」を与えた。このため、魔女をこの星の重要な「資源」として保護しようというのだ。
なんだか魔女が「もの扱い」な言い様だが、これまでとは180度違う政策転換で、魔女の人権にとってはようやく春が訪れたことになる。
そんなことを考えているうちに、我々はカピエトラの街の上空に着く。私は機体を降下させ、街の広場の横に着陸する。
王都から15分ほどで到着する。やはり航空機は便利だ。山中の街だけに、車では半日はかかる。
ただよくみると、この街の外れに小さな空港ができていた。空港と言っても管制塔もなく、50~100人乗りのリージョナル機が離着陸できる程度の広場があるだけの場所。
どうやら、王都宇宙港とここを結ぶ定期便があるようで、2時間に一度、20分ほどで繋ぐリージョナル機が離発着していた。
これを作ったのはエイブラムのやつだ。ここを観光地にすると言っていたが、その思惑は着々と進んでいるようだ。我々が着いた直後にも、100人乗りのリージョナル機が着陸態勢に入っているところだった。
街を歩くと、以前来た時よりも人が多い。明らかに観光客だ。こちらの星の住人らしき人もいるが、着ているものから地球401や001の人々もいると分かる。
山際には、この街の名物である温泉を扱う建物が集まっている。いつのまにか大きなホテルもできている。
「なんだか、急に賑やかになったわね。どうなってるの?」
「本当です。以前も賑わってましたが、これほどではなかったですね…」
マデリーンさんもレアさんも、賑やかなカピエトラの街が変わったことに気づいたようだ。
「多分、エイブラムも仕業だよ。ここを観光地にすると言ってたし。」
「ええっ!?あの男が絡んでたの!?相変わらずやることが派手ねぇ…」
そんなことをマデリーンさんと話しながら歩いていると、向こう側に人だかりができているのが見えた。
何事かと思って見ていると、その人だかりの上には、魔女の姿があった。
一等魔女だが、2人いる。2人ともロサさんがよく着ている魔法少女の姿をしていた。何が行われているのか気になったので、我々もその人混みに向かう。
1人はミリアさんだった。どうやら、魔女ショーをしているらしい。もう1人はよくわからない人だ。随分と背の高い魔女でまるでデーシィさんのようだが、どう見ても別人だ。
地上では3人、魔法使い風の姿をした人が立っている。そこに置かれた銅像や観客を持ち上げているので、彼女らは二等魔女だと分かる。
ただ、1人だけ何もしないでじっと立っている魔女がいる。何をする魔女なのだろうか?見ていてもよくわからない。ただじっと突っ立っているだけだ。そのうち、係員らしき人が観客を整理し始める。観客の中央を空けて、何かをするつもりのようだ。
そして、開けられた場所の真ん中を囲むようにアクリルの板が並べられる。その中にあの魔女さんが歩いてくる。別の二等魔女さんが、背丈の二倍ほどの銅像を運んできた。
「では、行きますよ~。」
銅像から2メートルほど離れた場所に立ったその魔女さん。いったい何をするつもりか?もしかして、アリサさんやベルクソーラさんのような遠隔系魔女さんなのだろうか?だがそれじゃいったい、周りを囲むあのアクリル板はいったい何なのか?
その魔女さん、手のひらを銅像に向ける。周りはシーンとして、何が起こるのか、固唾を呑んで見守っている。私もマデリーンさん達も、ジーッとその魔女さんを見つめる。
すると、銅像がガタガタと揺れ始めた。そしてその直後に、この銅像は突然粉々に砕け散った。
アクリル板にその破片がばちばちと音を立ててぶつかってくる。観客は大興奮だ。あまりに激しく銅像が砕けたため中にいる魔女さんが心配だが、まるでバリアでも張っているように、飛んでくる破片はその魔女の回りで弾かれている。
この魔女さんは「破壊系」の魔女のようだ。こんな魔力の使い方、初めて見た。こんな人物がカピエトラの街にいたのか。
「いいえ…こんな人はいませんでしたよ。私も初めて見ました。」
レアさんに尋ねたが、どうやらカピエトラの街にはいなかったようだ。ということは、どこからか連れてきた魔女のようだ。
とまあ、こんな感じでショーが行われていた。観客も盛り上がっている。私には、このショーを仕切っている人物はだいたい想像がつく。間違いなくあの男だ。
「よお!魔女さん達に領主様じゃないか!」
思ったそばから現れた。エイブラムだ。
「お前、魔女を集めてショーをしているな?」
「ご明察。でも、お前らだって王都でやってるじゃないか。あれをこっちでもやったら受けるだろうと思って、魔女を探して集めたんだよ。」
にやにやと嬉しそうなエイブラム。この男、本当に商魂たくましいというか、思いついたら即実行するやつだな。
「最後に出てきた二等魔女のレイラは、帝都でひっそりと暮らしてたんだぜ?俺が見つけ出して説得して、こっちにきてもらったんだ。おかげで今じゃここの一番の人気者だよ。もっとも、ミリアのやつは主役を取られて悔しがってるけどな。」
私も初めて見るタイプの魔女だ。派手だし、確かに人気が出るだろう。それにしても、ここで魔女を集めていたとは…まあ、以前やつが考えていた、いかがわしいサービスをさせていないだけマシか。
「そうだ。せっかく地球001で有名な魔女さんが2人もいるんだ。少し貸してくれ。」
「はあ!?我々はここに観光に来てるんだよ。ペットじゃあるまいし、ほいほいと貸せるようなものか?」
「かたいこと言うなよ、お前の領地だろ?あとで入浴券と料理をおごるからさ。」
「ええっ!ご飯くれるんですか?私やります!」
渋る私だったが、料理と聞いてクレアさんがやる気になってしまった。レアさんもカピエトラの街のためと聞いて、参加することになった。
さすがに地球001の人々の間では名の知れた2人が出てきたので、特に地球001から来た観客はこのサプライズに歓声を上げる。レアさんは早速、桶にくまれた水を使って、いつもの球造りをする。不思議そうに、その水球に触れる観客達。
クレアさんはというと、そばにあった荷物運搬用の大型車を持ち上げていた。その姿をスマホにカメラでバシャバシャと撮られている。
結局、30分ほどショーに付き合ってしまった。結果として、我が領地カピエトラの一角はおおいに盛り上がった。魔女達も活躍できる場ができて嬉しそうだ。
ついでに、ここにいる4人の魔女達のことを教えてもらった。
背の高い一等魔女は、ビアンカさんという。背は高いが、ごく普通の一等魔女。まあ、一等魔女である時点ですでに普通ではないのだが。
フェリスさんという二等魔女は、重さ500キロ前後のものまで持てる魔女だそうだ。銅像を運んでいたのは、この魔女さんだった。
もう1人、観客を持ち上げていたのはジゼルさんという二等魔女。この人は重さ200キロ程度まで可能。クレアさんと比べると能力は低いが、それでもなかなかの能力だ。
そして、最後の破壊系二等魔女はレイラさんという。彼女はちょっと変わった経歴の持ち主だ。
ここにくる前は、なんと帝都の牢獄にいたという。帝都で暴漢に襲われた時にあの能力を発揮してしまい、ある商店の壁を破壊してしまった。
器物破損であるから、当然罪となり牢獄行き。ところがそのまま牢獄に住み着いてしまう。食べ物は粗末だが、外と違って安全に暮らせるのが気に入ったらしく、もし釈放したらまた建物を破壊するぞと脅して居座っていたそうだ。
その話を聞きつけたエイブラムが、牢獄にやってきて彼女を説得。カピエトラの街に連れ出すことに成功した。
経歴のわりには、わりとポジティブ思考な人物のようで、カピエトラの街が気に入ってすぐに馴染んだようだ。
彼女らはレアさんやクレアさん、そして王国最強の魔女マデリーンさんともすぐに仲良くなり、意気投合してしまう。
そのあとに食事を頂くことになった。4人の魔女さんとミリアさんも我々と一緒に食事をすることになる。クレアさんは早速ここの名物である温泉卵とご飯を食べていた。
「ん~んまいでふ~!ひあわへ~!」
あまりに幸せそうに食べるものだから、周りの人もつられて温泉卵を注文している。
ここでは、あのミリア牛も食べることができる。産地直送で、しかも安い。ミリア豚、ミリアチキンなど、他のブランドも扱っている。さすがはエイブラムが関わっているだけのことはある。ここはブランドの見本市も兼ねているようだ。
食事が終わると次は温泉だ。魔女達とカロンさんは、女性用大浴場に向かう。
が、私はプライベート風呂で一人きり。見事なくらい女性だらけで、男は私だけ。エイブラムのやつは忙しいらしくて私とは入らないといって引き返していった。まあ、一緒に入るのは私からも願い下げだ。
寂しく1人で風呂に入っていると、誰かが突然入ってきた。
誰だろうかと見上げると、マデリーンさんだった。アイリーンを連れてこの小さなお風呂場に入ってきた。
「あれ?マデリーンさん、他の魔女達と一緒に女風呂に行ったのでは?」
「…あんた1人きりでしょ?私とアイリーンだけじゃない、今ここであんたと一緒に入れるのは。」
少し大きなお腹のマデリーンさんが、私の隣に入ってきた。お腹は大きいが、胸は小さいマデリーンさん。すでに見慣れた姿だが、こうして一緒にお風呂に入るとなぜか心中穏やかではなくなる。
長い髪を頭頂部で束ねており、白いうなじが見える。マデリーンさんって、こんな綺麗なうなじをしていたんだ。改めて私はそんな事実を知る。
「もうちょっと待ってなさい。お腹の中の子が、そのうちあんたと一緒に入ってくれるわよ。」
「うん…そうだね。お腹の子が大きくなったら、またここに来ようか。」
アイリーンは湯船で手足をバシャバシャしてはしゃいでいる。私にお湯をかけてきては、ゲラゲラと笑う。楽しそうだ。
「ん~いいわねえ、こういうのも。航空機も買ったし、この街にもしょっちゅう来られるわね。」
マデリーンさんは上機嫌だ。そうだな、せっかく航空機を買ったのだし、時々ここにくるのも悪くない。
マデリーンさんの笑顔を見てると、やはりプライベート機を買って正解だと、私はそう思った。




