#90 伯爵嬢マデリーン
マデリーンさんが自分の家を飛び出したのは、16歳になる手前の、冬の始まりの頃だったそうだ。
そして、もうすぐ25歳の誕生日を目前に控えた冬の始まりに、父上と再会した。
実に9年ぶりの再会ということになる。だが、別れの事情を少しばかり知っている私は、あまり心穏やかではない。
「ところでなぜお前がこんなところに来ているのだ?」
「このダニエル艦長が、私の旦那様だからよ。」
「そうか。すでに結婚していたのだな。噂には聞いとるよ、王国で最強を名乗る魔女が、王国の男爵となった地球401の武官の妻になったと。」
「…で、父上はその後どうされたのですか。」
「ご覧の通り、ずっとこの国の伯爵として務めている。おかげで、反乱に巻き込まれてしまったがね。」
なんだか、よそよそしい話しっぷりだ。マデリーンさんの話によれば、喧嘩別れ同然のこの2人、9年という年月がさらに疎遠にしてしまったようだ。
「で?そんな囚われの私の顔を見にきたというのかね?」
「そ、そうよ。死んでたら一応顔を見ておかないといけないと思ったし。」
「はっはっは、残念ながら、この通りぴんぴんしとるよ。」
「ば、馬鹿!これでも心配してきたのよ!もう知らない!」
「あ、マデリーンさん!」
マデリーンさんは部屋を飛び出していった。ラナ少尉が後を追いかける。
「ダニエル艦長。」
私はというと、エグバート伯爵に引き止められた。
「娘からはある程度のことは聞いておるだろう。わしの詰め込み教育に嫌気がさして、16歳手前で屋敷を飛び出したと。」
「は、はあ。」
「あの頃は魔女というと、忌み嫌われる存在だったからな、だからこそ手に職つけていけるよう、いろいろと手を出してしまったんだよ。ある日それが一気に吹き出して、わしと大げんかになってな。で、そのまま屋敷を飛び出したんだ。」
「はあ、詳しくは知りませんでしたが、家を飛び出したとは言ってましたね。」
「わしも家来も追いかけようとしたが、ホウキにまたがったら、追いつけるものなどない娘だからな。そのまま寒い空に消えていった。」
で、そのうちに16歳の誕生日を迎えてしまい、そのまま屋敷に帰ってくることはなかった。
「もう死んでしまったかもしれないと諦めていたが、数年後に王国の戦で手柄を立てた魔女がいると聞いてな。それがマデリーンというから驚いたのなんのって。わしもまさかこういう形で娘の無事を知ることになるとは、思いもよらなんだ。それからしばらくして、今度は宇宙からもっと強烈なのがやってきて、その宇宙から来た人と王国最強魔女が結婚したと聞いたのは2年くらい前だったか。確かお主が王国の男爵になって、マデリーンと結婚している相手だと聞いたのだよ。お主よく魔女と結婚しようなどと思ったものだな。」
「はあ、いろいろありましてね。私がこの星に来た時に彼女と出会いまして、それがどういうわけか結婚することになり…」
私は少し、マデリーンさんとのこれまでの話をした。出会ってから結婚までのこと、子供がすでに1人いて来年春には2人目が生まれることなど。
「そうか、すでに母親だったんだな。あの娘は幼い頃母親に死なれてな。」
「ええっ!?お母さん、いないんですか!?」
「そうなんよ。流行り病で亡くなってしまい、それから後妻や使用人達に育てられたんだよ。」
知らなかった。そんな過去があったとは。
「あの、マデリーンさんは、一人娘だったんですか?」
「いや、私には後妻、側室合わせて5人の子供がおってな。同じ母親の兄が1人おるぞ。」
「えっ!?お兄さんがいらっしゃるんですか?」
「ああ、うちの跡取りだよ。マデリーンとも仲が良かったぞ。いや、5人とも母親違いながら、皆仲良くやっとったなぁ。」
なんとマデリーンさんは同母、異母合わせて5人の兄弟がいた。そんな話、知らなかったぞ。
「巷では王国一の魔女だとか言われておるようだが、いくら大きくなっても、強くなっても、娘は娘。本当のこと言うと、今でも心配だなあ。」
そういうとエグバード伯爵は、ゆっくりと部屋を出て行った。
艦に戻ると、マデリーンさんは食堂にいた。いつものようにハンバーグを食べているが、落ち込んだ様子で、どこか表情が暗い。
おそらく、あの場を飛び出したことを後悔しているのではあるまいか?私は声をかける。
「あの、マデリーンさん?」
「なによ。」
「せっかくだから、父上様にアイリーンを会わせてあげればいいんじゃないの?」
「誰があんな親父になんか、娘を会わせるものですか!」
まだ9年前のわだかまりがあるようだ。
「さっき伯爵様と話してたけど、もう9年前のことをいちいちぶり返したりするつもりはなさそうだよ。それよりも、娘として心配だって。」
「うう…」
「兄弟も今でもマデリーンさんに会いたがってるようだよ。元気な顔を見せてあげたほうがいいんじゃない?」
「うう…」
最後に、私は艦長として一言申し上げた。
「なお、当艦は明日1100に当地を出発、王都宇宙港に帰還予定である。当艦搭乗員は翌1030までに艦に戻られたし、以上。」
それを聞いたマデリーンさん、私に一つ注文をつけた。
「艦長が一緒なら、行ってもいいかな…」
というわけで、アイリーンと世話役のクレアさんも連れて、伯爵家に向かう。
入り口に現れたメイドさんがマデリーンさんを知る人だったため、すぐに通された。エグバード伯爵と今の奥様、それに長兄のマンセルさんと、異母兄弟の1人、妹のセシリアさんが出迎えてくれた。あと異母兄弟の弟が2人いるそうだが、反乱の後処理に追われていて、ここにはいないそうだ。
この家族で、魔女はマデリーンさんだけ。亡くなった母親も魔女ではなかったそうだ。だが、魔女云々は関係なく本当に兄弟仲がいいようで、初めは硬い表情だったマデリーンさんも、次第に打ち解ける。
マデリーンさんと同母兄弟ということで、てっきり面倒くさい人が出てくるのではないかと思ったが、このマンセルさんという人物、伯爵と似ておおらかそうな人だった。いったい、誰に似たのだろうか?マデリーンさん。残るは亡くなった母親だけだが…
アイリーンは初めて見る親戚にきょとんとしていた。だが、そこはやはり肉親同士、すぐに打ち解け、普段通りの行動をとる。要するにいたずらが始まった。
エグバード伯爵曰く、アイリーンはマデリーンさんの小さい頃にそっくりらしい。特にいたずら好きなところはマデリーンさんそのものらしい。ということは、この娘も大きくなったら、ああなってしまうんだろうか?伯爵の一言で、私に不安が一つ増えた。
「お、男の子が生まれたら、絶対会いに来てよねっ!」
最後にはマデリーンさん、エグバード伯爵に抱きついていた。面倒くさい王国一の魔女を抱きしめる伯爵。9年前のわだかまりとやらは、取り除かれたようだ。
翌日、いよいよ王都に向け出発する我々のところに現れたエグバード伯爵。我々夫婦は出発直前、甲板に出て手を振って応えた。
「これより、王都に帰還する。両舷微速上昇!」
「機関出力5パーセント、両舷微速上昇!」
駆逐艦0972号艦は、ゆっくりと浮上し、王都に向け出発する。
こうして、反乱は鎮圧された。そして、マデリーンさんは9年ぶりに父親と再会を果たした。
きっかけとしてはあまりいいものではなかったが、反乱のおかげで、マデリーンさんの長年の心のつかえは解消された。
さて、反乱のその後だが、まず首謀者の公爵は、特殊部隊により捕らえられた。
公爵は弁明するが、王族を1人葬った上に、統一政府の指揮下にある防衛軍の哨戒機とそのパイロットをそそのかして利用したため、重罪となる。3日の審議ののち、極刑となった。
…のだが、これがよりによってヴェスミア王国の法に則り行われた。何が問題かというと、ヴェスミア王国の極刑とは「ギロチン」なのだ。
しかも公開処刑で、関係者出席の上執り行われた。もちろん、反乱鎮圧を行なった私は関係者として招待される。私の目の前で公爵の首が飛び、それを執行人が手にとって参列者に見せる。このおぞましい光景を目の当たりにしたため、しばらく私はローストビーフが食べられなくなった。あれを見ると、あの時の光景が目に浮かぶ。
反乱側のパイロット達は、撃墜された際に全員死亡。痛ましいことだが、その後の調査で、彼らは公爵だけでなく、上官にもそそのかされていた、と分かった。
作戦直前に発せられた原隊復帰命令は、彼らの元に届かなかったことが判明。これを伝えずにパイロット達を反乱戦力に引き留めてしまった航空隊隊長は、軍事裁判ののち極刑となる。つまり、ヴェスミア王国でギロチン刑になり、また私は関係者として出席し…それはともかく、亡くなったパイロット達の名誉が、ある程度守られたのは幸いである。
なお、我々のとったヴェスミア王国王都グラスターの制圧作戦は「グラスターの逆落とし」と呼ばれた。上空4万メートルからの高速艦による意表を突いた侵入作戦。この電撃作戦により、犠牲を抑えられたと防衛艦隊内でも高く評価された。
この作戦も立案者であるカルラ中尉は大尉に昇進、我が王国とヴェスミア王国から勲章を授与され、ただでさえ貴族から注目の的だった彼女に、ますます箔がついた。
マデリーンさんはというと、屋敷に帰ってからは相変わらずだ。ハンバーグを食べ、魔王シリーズの映画をチェックし、コンビニにグッズを買いに行く。ただ、一つ変わったことがある。
それは、アイリーンの写真をよく取るようになったことだ。
いままであまりスマホのカメラを使わなかったマデリーンさんだが、あれ以来急にスマホで写真を撮るようになった。
理由は単純で、その写真を送る相手ができたからである。すなわち、エグバード伯爵宛にアイリーンの写真を送っているのである。
「なに!?もっと全身を写した写真が欲しい!?何言ってるんだ、クソ親父!」
…本当にこの親子は仲直りしたのだろうか?私は少し、心配になった。
 




