#89 ヴェスミア王国の乱
カロンさんはあの日以来、すっかりギルバートさんとの交際を認めたようだ。あれだけ魔女たちに支援されれば、そうならざるを得ないだろう。
ただ、カロンさんにとってギルバートさんは「気が許せる相手」的な存在であって、恋愛対象という気がしないようだ。でもカロンさん、結婚する相手とは大抵そういう気の許せる相手であることが多いんです。あの恋愛の達人のモイラ中尉でさえ、そういう結婚相手を選んでますから。
さて、皆さんすっかりお忘れだが、マデリーンさんは現在妊娠中である。
季節は秋から冬に入ろうというこの時期。マデリーンさん待望の子供の性別が判明した。結論から言えば、マデリーンさんの希望通り「男の子」だった。
「ね?言ったでしょ?今度は長男よ!跡取りよ!」
この魔女は、時々恐ろしいくらいに勘が鋭いと思うことがある。魔女の勘というが、魔女だからといって勘が鋭いという話は特に他の魔女からは聞かれない。やはり、マデリーンさん特有の感性か?
このまま長男の誕生まで平穏無事に過ごし、アイリーンも成長して平和で騒がしい我が家…と行きたいところだが、平穏無事ではない事態が発生した。
ヴェスミア王国で、反乱が起きたのだ。
ヴェスミア王国といえば、私の領地であるミリア村を超えたところにあるあの国だ。この国には宇宙港もあり、交易による恩恵を受けている国だ。なぜそんな国で反乱が起きるのか?
いや、交易で栄えているからこそ起きた反乱だった。この王国は、国王とその王族に並ぶほどの権力を持ったある公爵がおり、その公爵が国王に対し反旗を翻したのだ。
どう見ても公爵による交易の利益独占が狙いだが、国王の奸臣を撃つという大義名分をたてて突如挙兵した。
まず、この国の宇宙港を占拠、その後この国のナンバー3である伯爵を幽閉し、その後国王を護衛すると称して、国王をも軟禁してしまう。
一部王族が反抗の構えを見せたため、見せしめのため、哨戒機の砲でその王族の屋敷を攻撃。一族もろとも吹き飛ばした。
この事態を受け、地球760統一政府は非常事態宣言を発令、ヴェスミア王国の首都より半径70キロを飛行禁止とした。
言い換えれば、この上空を飛ぶ機体は無条件に迎撃することが許可されることを意味する。
これまでも小さな反乱はあったが、いずれもこの星の従来の武装、すなわち剣や槍での武装蜂起だ。
だが、今回は哨戒機が使われた。つまり、地球760防衛軍所属の一部兵士が、この反乱に加担していることになる。
近代兵器を使ったクーデター、この事実が事態をより深刻なものにした。
統一政府からは、この防衛軍所属の兵士に向けて、原隊復帰を呼びかける。24時間以内に復帰すれば、減刑またはお咎めなしとするとの旨を通達。しかし指定時刻を過ぎても、復帰者は皆無。緊張はますます高まる。
この時点をもって、ヴェスミア王国のクーデター勢力を「反乱軍」と呼称することになった。以降、彼らの原隊復帰は不可、投降しても軍事裁判で裁かれることになる。要するに、逆らっても降伏しても極刑ということだ。
この事態を受けて、戦艦ゴンドワナからの来客受け入れは一時中止となる。おかげでショッピングモールでの魔女ショーも中止となり、魔女達の間でも不安が広がる。
「ど、どうなっちゃうんですか?このままじゃ週に一度のフードコート食べ放題が楽しめないです!」
クレアさんの食べ物の心配はさておき、このままでは味方同士の撃ち合いという最悪な事態があり得るかもしれないのだ。
ついに防衛艦隊の出動命令が出る。王都宇宙港所属のチーム艦隊10隻に、ヴェスミア王国反乱軍を制圧せよとの命が下された。
…って、私のチーム艦隊じゃないか。ヴェスミア王国から最も近いところにいるチーム艦隊という理由で選ばれたのだが、そういうことに駆り出される機会が多過ぎる気がする。
だが、今回は地球001のアーノルド大佐のチーム艦隊10隻もバックアップに入ってくれることになった。一度はにらみ合ったもの同士だが、今回は心強い味方だ。
なお、ヴェスミア王国の宇宙港にある駆逐艦10隻は、遠隔操作でロックされている。起動コードを送信しない限り、駆逐艦は動かない。
このため、最大の敵は哨戒機ということになる。反乱軍が所有する哨戒機は、総数15機。防衛艦隊の規模からすればわずかな数だが、たったこれだけの数でも一都市を焼き尽くすだけの力はある。油断はできない。
どうやって哨戒機を有する反乱軍を、最小限の被害で無力化するか?
私の艦隊には、すでに反乱軍の哨戒機に対する撃墜許可は下りている。また10隻全てに、1発に限り大気圏内での主砲発射許可も特別に出ている。
航空隊の編成も通常と異なる。今回特別に複座機を10機揃えた。フレッド少佐の元には複座機10、哨戒機10の総数20機の航空隊が配備された。
国王や王族と貴族の多くが人質に取られている。このため、救出のための特殊部隊まで加わった。10機の哨戒機に分乗して、降下作戦を行う予定だ。
なお反乱軍内には内偵者がおり、その人質の居場所や、反乱軍の中心人物である公爵の居場所などは把握されている。
あとは反乱軍が行動を起こす前に、ヴェスミア王国の王都グラスター上空に達し特殊部隊を展開できさえすればいいのだが、どうやってそれをやるのか?
ただ艦隊をまっすぐヴェスミア王国に向かって進軍させると、それを見た反乱軍が人質になった国王や王族、貴族に危害を及ぼすかもしれないし、哨戒機隊が暴発しかねない。場合によっては自暴自棄になった反乱軍の哨戒機隊が、王都グラスターとその周辺を焼き尽くすかもしれない。これには、私の領地であるミリア村も含まれる。
「うーん、どうしたものか…」
チーム艦隊の艦長と、作戦参謀で会議中、私は考え込んでしまった。
航空隊だけで発進し、グラスターに達する方法も考えたが、ここからグラスターまではどんなに速くても航空隊の足では30分はかかる。低空で侵入しても、ヴェスミア王国国境を超えた時点で哨戒網に引っかかる。
かといって駆逐艦でフルスロットルで飛んでいけば、その衝撃波で地上に害が及ぶ。地表面では駆逐艦ほどの大きさの船を目一杯飛ばすわけにはいかない。
実は、我々に反乱軍の制圧の命令は来たものの、作戦の提示はない。王都グラスターを制圧せよ、ただそれだけ。なんの案も司令部からは提示されていない。丸投げされた格好だ。
「この際は犠牲はやむを得ないのではないですか?グズグズしている方が、かえって防衛艦隊への不信感につながり、反乱軍を利することになります。」
0974号艦 艦長が言った。いや、ごもっともな意見だが、だからと言って無策に突入するのはまずいだろう。
「あのー、そろそろ意見具申してもよろしいですか?」
なぜか遠慮がちに話すのは、戦術マニアの作戦参謀、カルラ中尉だ。
「カルラ中尉、何か策があるのかね。」
「ヴェスミア王国の王都グラスター上空に、反乱軍が動く前に我々が達すればいいんですよね?それなら簡単な方法がありますよ。」
「なに?本当か?」
「まず10隻で、上空4万メートルに上昇します。」
「なんだ、宇宙に出るというのか?」
「いえいえ、そうではありません。ただ、反乱軍から見ればまるで宇宙に向かうように見えますから、特に警戒はされないと思います。で、そこから王都グラスターに向けて一気に加速するんですよ。我々の艦隊は全て重力子エンジンを改修済み。通常の3倍の出力ですから、あっという間にグラスターに到達できます。高空ですから、衝撃波が地上を襲うこともないですし。」
「いや、そうだが、それだと駆逐艦が王都グラスターを追い越してしまうぞ。」
「大丈夫ですよ。タイミングを見て艦を180度回頭し、逆噴射すればいいんです。」
「駆逐艦で180度ターンをするのか…だが、そんな無茶な操艦をすれば、何隻かは王都を通り越してしまうんじゃないのか?」
「いいですよ、別に。駆逐艦をグラスター上空に配置するのが目的じゃないですから。あくまでも特殊部隊を乗せた哨戒機をグラスター上空に放出するのが目的、さらに護衛に複座機も発進させれば大丈夫でしょう。もしなんなら、せっかくいただいた主砲発射許可を使い、主砲を撃って見せて本気で潰すつもりなところをアピールなさればよろしいのではないですか?」
これが王国一の美女と謳われたカルラ中尉の正体である。目的のためには手段を選ばず、駆逐艦ですら手駒としか思っていないようだ。
だが、このカルラ中尉の策を行うことで決した。作戦も決まり、いよいよ発進する。
発進にあたり、ちょっと揉め事があった。
「私も行く!あそこは私がいたところなんだから、絶対役に立つって!」
マデリーンさんが乗り込んできたのだ。私は当然反対する。いくらマデリーンさんの故郷とはいえ、彼女が行ったところでたいして役に立つとは思えない。
「よろしいのではありませんか。我々の中にはヴェスミア王国の事を知る者がおりませんし、マデリーン様ならば、アドバイザーとしてお連れすれば何かと役立つのではありませんか?」
というカルラ中尉の意見具申で、マデリーンさんとアイリーン、それにアイリーンのお守り役としてクレアさんを連れて行くことにした。
「これより、反乱軍制圧に向けて発進する。両舷微速上昇!」
私の号令とともに、10隻の艦は上昇した。ゆっくりと高度4万メートルまで上昇する。
マデリーンさんは艦橋にいるのだが、いつになく顔が険しい。こんなマデリーンさんを見るのは初めてだ。ヴェスミア王国の王都グラスターはマデリーンさんの故郷。そこが今、反乱軍により占拠されている。心穏やかではないだろう。
ただ、私はあの国でのマデリーンさんを知らない。マデリーンさんがヴェスミア王国出身だということ、その国のとある伯爵家の娘だったということ。知っているのはそれだけだ。
10隻が規定高度に達する。いよいよ、作戦開始である。
「全艦、機関最大でグラスター上空に侵入する!両舷前進強速!」
10隻が一斉にエンジンを吹かす。我々チーム艦隊は、ヴェスミア王国の王都グラスターに向けて一気に駆け下りる。
カルラ中尉ら作戦参謀による計算では、10秒間全速で吹かして、メインエンジン停止後5秒で180度回頭、その後さらに10秒間吹かせば、ちょうど王都グラスター上空付近で停止できるという。
逆噴射中に航空隊を全機発艦させ、グラスター制圧に向かわせる。
停船後、この王都上空でさらに威嚇行動に出ることになっている。これで彼らの戦意を挫く。
手順を考えているうちに、もう回頭が始まっていた。横一線で全艦回頭、逆噴射が始まった。
後ろ向きのまま、グラスター上空に滑り込むように到達する。戒厳令が敷かれているようで、街にはほとんど人が見えない。まだ減速中だが、私は航空隊発進命令を出す。
「航空隊、全機発艦!グラスター制圧作戦、開始!」
各艦からハッチが開き、哨戒機と複座機が飛び出す。哨戒機はそれぞれ公爵邸と、王族、貴族が囚われている建物に向かう。
早速、反乱軍側の哨戒機が上がってきた。宇宙港ではなく、王都グラスターのあちこちに配置していたようで、街のあちこちで上昇してきた。その数15、我々の到着に慌てて発進したようだ。
が、すでに制空権は我々にある。複座機の編隊が、上昇中の哨戒機に襲いかかる。
特にクレージーな飛び方をするのはご存知フレッド少佐だ。あっという間に5機を撃墜。他の10機も、我々の複座機隊により撃墜された。
可哀想だが、反乱軍の哨戒機パイロットは機体もろとも跡形もなく消滅したことだろう。せっかく養成したパイロットだが、どのみち生き残っても、反乱加担により極刑は免れない。しかしそうは言っても、哨戒機が叩き落されるさまを目の当たりにするのは、パイロット出身の私としては実に嘆かわしい光景である。
私はここで次の命令を出す。
「艦橋より砲撃管制室へ、当艦のみ1バルブ砲撃を行う!威嚇射撃用意!」
「了解、主砲発射準備!」
「砲撃を開始!」
「軸線上航行物なし!撃ち方始め!」
落雷の数倍大きな音が鳴り響く。そして王都グラスター上空で青白いビームが光り、一直線に空を貫く。
軍人ならば、この砲撃の意味がわかるはずだ。通常ならば、大気圏内での主砲発射は禁止されている。それなのに我々が未臨界砲撃ではなく通常砲撃を行なったということは、防衛艦隊司令がすでに最終手段に出ていることを示すことになる。つまり、彼らにもう勝ち目はない。そう思わせるための威嚇砲撃だ。
哨戒機は全機破壊、王都グラスター上空は複座機と駆逐艦が抑えた。おまけに特別砲撃が許可された駆逐艦。反乱軍はなすすべもない。
そして、特殊部隊から通信があった。
「地上部隊より入電!『王冠と鷲は手に入れた』です!」
「王冠」とはヴェスミア国王のことを、「鷲」とはこの国のナンバー3の伯爵のことを表している。この伯爵家の紋章に鷲が描かれていることからつけられた暗号だ。
その後次々と軟禁されていた王族、貴族が救出される。要人で亡くなったのは、この反乱の最初に屋敷ごと殺害された王族だけだ。我々防衛艦隊側の完全勝利である。
だが、手放しには喜べない。パイロットである私が、同じ防衛艦隊所属のパイロットの命を奪ったのだ。後味の悪い戦いだ。
ちょうど私の艦の真下あたりに、最初に幽閉された伯爵が囚われている場所があると分かったので、私は艦を着陸させてそこに向かうことになった。
街の広場の横に駆逐艦を着陸させる。私とカルラ中尉、トビアス少佐とラナ少尉、それにマデリーンさんまでついてきた。
「あの…マデリーンさんは来なくてもいいですよ。ここはまだ制圧中で…」
「あんたには関係ない。私が行きたいから行くの。」
何故だろうか?マデリーンさん、さっきから妙にピリピリしている。結局私は、マデリーンさんの同行を黙認した。
地上に降りると、特殊部隊からの1人がその伯爵のいる場所まで案内してくれた。我々はその場所に向かう。
役所の建物の一室に、その伯爵はいた。エグバート伯爵というこの方、ここ3日ほどの間この建物の奥の狭い部屋で監禁されていたそうだ。
「伯爵様、私は防衛艦隊所属の駆逐艦0972号艦艦長、ダニエルと申します!ヴェスミア国王陛下並びにエグバート伯爵様救出の命を受け、この王都グラスターに参りました!」
私は伯爵に敬礼する。エグバート伯爵も私に向かって敬礼してきた。
「任務ご苦労であった。私はこの通り無事だよ。国王陛下も無事と聞いている。本当にありがとう。」
微笑むエグバート伯爵。そして伯爵は、その横にいる人物に目を向ける。
「久しぶりだな、マデリーン。」
あれ、この人マデリーンさんを知ってるのか?それに応えるマデリーンさんの言葉に、私は衝撃を覚える。
「お久しぶりです、父上。」




