#9 砲撃戦
艦内には、まるで雷が何発も落ちたような音が鳴り響いた。
砲撃開始である。
駆逐艦は艦そのものが砲塔のような船であるため、砲撃時の衝撃はそのまま艦内に伝わってくる。
3バルブくらいの砲撃となると、かなり揺れる。食堂のテーブルに乗っているメニュー表などは、みんな倒れてしまった。
ここにいるみんなは、食堂にあるモニターに注目していた。
自軍の砲撃というのは、これまでも訓練で何度も撃っているから、それほど怖くはない。
ところが今回、訓練にはないものが映っている。
それは、敵艦隊からの砲撃によるビームの束だ。音もなく、何本もこの艦のそばをびゅんびゅんと飛び交う。
そういえば、戦闘直前に敵艦隊が転舵したと言っていた。確か左翼方向だと言ってたけど、つまりはこっちに向かってるってことになる。心なしか、敵からのビームの数が多すぎる気がしてきた。
「直撃弾!来ます!!」
「砲撃中止!バリア展開!!」
敵艦隊を光学監視する担当者と、艦長の緊迫した声がモニター越しに聞こえる。その直後に、ものすごい音が鳴り響く。
金属をグラインダーにかけた音、あれを何百倍にした感じとでもいうのだろうか?ぎぎぃーっという耳障りな音が鳴り響いた。
敵の直撃弾をバリアで受け止めたようだ。だがあまりに凄まじい音で、我々は被弾したと思い、思わず伏せてしまった。
周りをみると、なんともない。空気もあるようだし、どこか燃えてるという風でもない。なんとか、持ちこたえたようだ。
しかし、正直生きた心地がしない。オペレーターや砲撃でも担当していればまだ気がまぎれるのだが、こういう時パイロットには何もできない。
その後も、こちらの砲撃は続いている。しかし、さっきから何発も撃っているが、ちゃんと当ててるのだろうか?
と、その時。あの砲撃長が艦内放送で叫んできた。
「弾着確認!一隻撃沈!」
元々声が大きい人だ。さらに大きな声で叫ぶものだから、スピーカーが音割れを起こしていた。
だが、食堂内には歓声が上がる。恐怖と隣り合わせにあって、味方が挙げた戦果を聞けば、自ずと士気は上がる。
ただ、同時に考えた。被弾した敵艦は、当然今頃とんでもないことになっているはずだ。
ビーム砲の熱により一瞬で消滅したのなら、たいした恐怖もなく死ねただろうが、もし生き残ってしまったなら…あの混乱状態では、味方が助けてくれることはない。しかし、宇宙空間は途方もなく広い。音のない、ビームの飛び交う中、味方は振り向いてくれない中で、その生き残った人はどう感じるだろうか?
パイロットの仕事に、もしこの艦が被弾して、私と食堂にいる何人かが生き残ったなら、哨戒機を使って脱出するという任務がある。ただしそれは、食堂部分は残り、私が生き延び、さらに2機ある哨戒機のうち1機でも無事だった場合に限る。実際には、そんなにうまくいかないだろう。
今撃沈した敵艦でも、もしかしたらそんな修羅場になっているかもしれない…そう考えると、戦果を喜ぶ自分が少し怖くなった。
連盟軍と撃ち合っているが、別に私は彼らに恨みがあるわけじゃない。それどころか、誰が乗っているかすら知らない。会ったこともない。でもそういう人間同士が30万キロという距離を隔てて殺しあう。考えてみれば、恐ろしいことだ。
だが、私は敵艦のことを考えるのをやめることにした。ここで私が彼らに同情したところで、この戦闘は止まらない。
とにかく、何としても生き残ろう。帰ってマデリーンさんに会うんだ。ただ、それだけを考えることにした。そうしないと、味方の砲撃音と、時折バリアがビームを弾く音が鳴り響くこの戦場で、正気を保っていられない気がした。
戦闘は膠着状態になった。敵艦隊はうまく止めることができたのか?それとも足止めに失敗したのか?全くわからない。
さっきからモニターを見ても、艦の外の映像しか流れていない。激しい戦闘で艦橋に余裕がなくなったようで、艦長の声も中継されなくなった。
ちなみに、通常3、4時間のほどの戦闘で、だいたい損耗率は2、3パーセントと言われる。つまり1万隻なら、少なくとも200隻が撃沈されるという計算だ。
もっとも、人にすると2万人。一度の戦闘で、これだけの人が死んでしまう。恐ろしいことだ。
今我々の戦闘は、その10分の1の規模。それでも2千人は死んでしまう計算だ。それだけ多いと、自分もそこに入ってしまうんじゃないかとつい考えてしまう。
そんなことを考えてると、また直撃弾がきた。激しい擦れ音が鳴り響く。バリアが防いでくれたが、何度聞いても嫌な音だ。
そこに突然、艦内に放送が入った。
なんと、戦艦ニューフォーレイカーが前面に出てくるようだ。
やはり、左翼に攻撃が集中しているらしくて、それを補う為に、戦艦が出張ってきたらしい。
この戦艦ニューフォーレイカーは、我が地球401でも旧式の部類に入る。
今どきの戦艦にはあまり見られない、大口径砲を持つ戦艦だ。
通常、戦艦だろうと駆逐艦だろうと、砲門の直径は10メートルが主流。ところがこの戦艦ニューフォーレイカーには、直径30メートル級の主砲が2門付いている。
昔の戦艦には、大型砲が付いているのが普通だったらしい。が、戦艦そのものが戦闘に参加しなくなったため、徐々に大型砲を搭載する戦艦が減り、今ではすっかりなくなってしまった。
大型砲の利点は、その大きさゆえの破壊力である。
戦艦ニューフォーレイカーに搭載された大型砲なら、1門当たり通常の10メートル口径砲と比べて約9倍の破壊力がある。
が、欠点もある。臨界までの時間が長く、なかなか発射できないのだ。1バルブ装填でも、発射まで90秒はかかる。
撃てば強いが、発射効率の悪さゆえに運用しづらい砲。おまけに、特注品になるため作るのにコストがかかる。それを搭載する戦艦はほとんど戦闘に参加しない。そりゃ大型砲はなくなるのが当然だ。
だが、今回は少しでも火力が欲しい。敵艦隊はこの左翼に向かって進撃中らしいから、奴らを足止めするには左翼に展開する約300隻だけで、1千隻の敵を食い止めねばならない。
そこで、後方に控えていた戦艦の大型砲も使うことにしたようだ。
戦艦ニューフォーレイカーには通常砲も30門搭載されている。火力としては、駆逐艦30隻分だ。
だが、駆逐艦の10倍以上あるその大きさゆえに、集中砲火を浴びやすい。
通常砲を撃ちながら前進する戦艦ニューフォーレイカー。この大きな標的の出現に、敵のビームが向けられ始める。
バリアを使いつつなんとか着弾を食い止めているが、映像で見る限りでは痛々しい姿だ。
少しでも戦艦への攻撃をそらすため、我々駆逐艦も必死に打ち返している。
それにしても、あれだけ撃たれてしまうと、戦艦といえども無事ではすまないのではないか?マデリーンさんと初デートしたあの街も、破壊されてしまうのではないか?
などと心配をしていると、突然戦艦ニューフォーレイカーから巨大なビームが放たれた。
明らかに太いビーム、大型砲を使ったようだ。
これを食らった敵艦は、きっと無事では済むまい。バリアを使った駆逐艦でも、あの巨砲による攻撃を受ければ、跡形もなく消えてしまう。
と言っても、ここからでは敵の姿が見えない。結局どうなったのか?全く分からない。
再び、撃ち合いが続く。一撃を浴びせた戦艦ニューフォーレイカーはお役御免となったのか、後退していった。
そうこうしているうちに、30分が経った。
予定なら、味方の3千隻が到着する頃だ。
しかし、全くここからは戦況が分からない。もうその3千隻の攻撃が始まっているのか?それともまだ、たどり着いていないのか?
相変わらず、モニターは外の様子しか映さない。せめてレーダー画面を映してくれるだけでも、戦況がわかるのだが。
ただ、ここから見てひとつだけ変わったことがある。
先程から敵のビームの数が減っている。急に少なくなった。なんらかの戦況の変化があったものと思われる。
そのうち、敵のビームが止んだ。しかし、こちらの砲撃はまだ続いている。
それからさらに10分ほどして、こちらの砲撃も停止した。何が何だか分からないうちに、戦闘は終了したようだ。
ここでモニターはレーダーサイトの画像に切り替わる。手前に我々の艦艇、奥が3千隻の増援艦隊、間にいるのは敵艦隊のようだ。
我々の左翼側からすり抜けていこうとして、多くが挟まれてしまったようだ。多くの艦艇は脱出したようだが、何割かは我々の間に取り残されたようだ。
艦内放送で戦況報告があった。
我々の鶴翼陣形による敵の進行阻止を図る作戦であったが、これは成功したそうだ。
ただ、その際に敵艦隊は右へ転舵、我々の左翼側に進路を変えた。このため、中央と右翼は左へ移動し、敵艦隊側面に回りこむ。
ところが敵は一向に速度を落とさない。右へ右へと回ろうとする。このため、我々左翼も追従する。たった300隻ほどで、1千の敵を受け止めることになった。敵の足止めができないままついに戦闘開始から10分後経過、距離20万キロを切ったため、戦艦ニューフォーレイカーを投入、敵前衛部隊に向けて大型砲を発砲。これでようやく、敵艦隊の進行が止まった。
そこでしばらく撃ち合いとなったが、戦闘開始から30分後に味方の3千隻が到着、後方から攻撃を開始、この時点で敵艦隊は戦意を喪失。損害覚悟の撤退行動に移った。
味方艦艇の損害は、撃沈35隻、大破7隻、約4千人が死亡と伝えられる。たった30分の戦闘で損害率は3パーセントを超えた。しかもこのほとんどが左翼の艦だ。いかに今回の戦いが激しいものであったかを物語る。
一方で敵艦隊は、撃沈およそ300隻、200隻が降伏し停船したと伝えられた。
つまり、敵艦隊は半数が撃沈または未帰還ということになる。我々にとっては大勝利だ。
思えば、我々が1年をかけて深く入り込んできたこの星に、たった1千隻で強行偵察をかけるというのが無謀すぎる。なぜ連盟軍は、こんな無謀な軍事行動に出たのか?
後方の3千隻がこの200隻の降伏艦の拿捕の任にあたる。乗員2万人は捕虜として収容されて、後日捕虜返還協定に基づいて中立星の地球075を経由して連盟側に引き渡し、艦艇は破壊処分となる。
こうして、戦闘は終結した。
幸か不幸か、私の出番はついになかった。
戦闘時間は50分程度。この短時間でこれだけの戦果を挙げられたのは、極めて珍しいそうだ。もっとも、これは単に敵が無謀だったためで、味方も特に左翼の損害が大きい。手放しに喜べる状況ではない。
さて戦闘は終わったものの、敵本体が攻めてくる可能性があるため、それから1週間は待機状態が続いた。
この1週間は、特筆すべきことはない。
この1週間の間に一度、戦艦ニューフォーレイカーに立ち寄って補給を行い、その中の街にも寄ったくらいだ。
戦艦ニューフォーレイカーは多数被弾し、いくつかのブロックと砲塔がやられたらしいが、街は無事だった。
いや、そういえば、あの自称「恋愛の達人」モイラ少尉がこんな状況で活躍していたらしい。
彼女、戦闘前に何をしているのかと思えば、ある女性事務員と補給科の少尉との交際を後押ししていた。
ある少尉に好意を抱いていたその事務員をけしかけて、なんと「戦場告白」させたそうだ。
これが見事に成功。戦闘が終わり生き残った2人は、戦艦ニューフォーレイカーに立ち寄った際に、その街で初デートした模様だ。
無論、モイラ少尉は、ワーナー少尉と街でデートしていたのは言うまでもない。
だが、地球760上にパートナーを残している砲撃長、ロレンソ先輩、アルベルト少尉、そして私の男4人は、その街では揃いも揃ってあてどなく歩くだけであった。
で、1週間経って、警戒態勢解除。ようやく帰還することになった。
大気圏再突入、あの王都上空にさしかかる。展望室の窓から、私はその様子を眺めていた。
とその時、艦橋より呼び出しをくらう。行ってみると、上空2000メートルに時速70キロの飛行物体が接近中とのこと。
なるほど、またきちゃったようだ、我が妻が。
「あの~、艦長。また甲板に行ってもよろしいでしょうか?」
私は、艦長に許可をもらう。
「構わんが、あまりいちゃつくんじゃないぞ。」
艦長から、釘を刺される。
駆逐艦6707号艦の上面甲板に出ると、ホウキにまたがった魔女が飛んできた。
この可愛くて面倒くさい魔女が住む星に、私は生きて帰ってきたのだ。