#88 カロンの慕情
「貧民奴隷の分際で、私に意見するな!」
とある男爵家出身の同級生に言われたこの心ない一言が、カロンさんを傷つけた。
クラス内で意見の相違があり、それに口を挟んだカロンさんに向かって飛び出した暴言なのだが、これがきっかけで、カロンさんの心に新たな転機が訪れる。
「なんてことを言うんですか!あなたそれでも誇り高い王国貴族なのですか!?」
エマニエルさんが、その男子生徒に向かって抗議する。だが、相手は取り合おうとしない。
いくら近代的な高校といっても、まだ性別、身分、境遇による差別意識が当然だと思っている人が大半を占めるこの学校の生徒達。この言葉が暴言だという意識は、彼らにはない。
そこに、さらにもう1人の人物が登場する。名はギルバートという生徒だ。
「えっ!?君、奴隷だったの!?」
この無神経な一言で、さらにカロンさんはグサリときたようだ。
「…あなたねぇ、か弱い女子に向かって、なんてことを言うの…」
エマニエルさんは、その無神経な生徒を睨みつける。
「あのさ、奴隷って言うのはそんなに嫌な言葉なの?」
「当たり前でしょ!どれだけ侮辱的な言葉だと思ってるの!」
エマニエルさんが怒鳴りつける。それを聞いたカロンさん、いたたまれなくなって教室の外に飛び出す。
「あ、あの…ちょっと!」
エマニエルさんによれば、このあとこのギルバートという生徒は、カロンさんを大急ぎで追いかけて行ったらしい。
この直後の授業中、2人は帰ってこなかった。が、1時間後の次の授業が始まる直前、2人揃って教室に戻ってきたそうだ。
なぜ、こんなことをエマニエルさんに聞いているのかというと、近頃カロンさんの様子がちょっとおかしいからだ。
どことなくぼーっとしている。ある日突然、どこかうわの空な感じになったカロンさんを心配して探りを入れてみたが、どうやらこの出来事のあった日からこうなっているようだ。
てっきり、その男子生徒の暴言がもとで落ち込んでいるのかと思いきや、そうでもなさそうだ。学校にはいつも通り通っている。エマニエルさんによれば、あれ以来特にトラブルは起こっていない。
ただ、あの日以来カロンさんとギルバートという生徒との接触が増えたと言っていた。休み時間になると、よく2人で話しているらしい。
内容は実にたわいもないことのようだ。やれショッピングモールにこういう店があるだの、宇宙港でこういう船を見かけただの、そういう話題をギルバートという生徒がカロンさんに話し、カロンさんはそれをじーっと聞いている。そういう雰囲気らしい。
何がどうなっているのか分からないが、少し気にはなる。話を聞く限りでは、このギルバートという生徒が鍵のようだ。
で、我が王国最強の魔女によれば、
「あれは絶対に恋だわ!そのギルバートという男に惚れたのよ!」
だそうだ。
確かにそう考えるのが妥当だろうが、エマニエルさんの話を聞く限り、惚れ要素がどこにもない。どちらかといえば、あの男爵の息子の発言に便乗して、さらに傷つけたという男といったところだ。
その直後の空白の1時間に何があったのか?それは、カロンさんとギルバートという人物にしか分からない。
こういう案件に特化した人物がいる。モイラ中尉だ。私は早速彼女を呼んで、この状況を分析してもらうことにした。
「あ!タツジンだ!」
アイリーンが指差す先にいるこの人物は、今我が家のリビングにて帝都紅茶をすすっているところだ。
「なるほど、お話は分かりました。恋ですね、それは。」
恋愛の達人も一瞬で同じ結論を出した。そんなに分かりやすい事例なのか?
「今あそこにいるカロンさんの様子を見れば、今の話を聞かなくても恋に落ちてることがすぐに分かりますよ。」
さすがは恋愛の達人にして、レーダー技術者だ。そんなことは言われなくても、見ればすぐにわかるものらしい。
カロンさんは今、生け垣の剪定をしているのだが、うわの空でずーっと同じところを切り続けている。すでにハサミの直下にある葉は全て切り落とされて、ただひたすら枝の部分を細かく刻んでいる。
「そのギルバートという人物がその相手でしょうね。男爵様の言う通り、その空白の時間に何かあったんですね、きっと。」
ニヤニヤしながらカロンさんを見つめるモイラ中尉。恋愛サポーターとしての本能が呼び覚まされたようだ。
「分かりました、この一件、私も調べてみましょう。必ずやこの恋、実らせてご覧に入れますよ。」
自信満々な恋愛の達人。今まで多くのカップル誕生に貢献してきたモイラ中尉。その手腕は、今回も発揮されるのだろうか?
さて、その日の晩のこと。マデリーンさんはカロンさんに向かってこう切り出した。
「カロン、あんたさ、最近ぼーっとし過ぎじゃない?」
「え?あ、あの、そうでしょうか?」
「今日も生け垣を切り過ぎてたでしょう。あの一箇所だけ、葉っぱはおろか枝の部分まですっかりなくなっちゃってたわよ。」
「…すいません…気をつけます。」
「いいわよ、それくらい。でもちょっと気になるわね。何かあったんじゃないの?」
「いえ、そんなたいしたことはないですよ。」
「いやあんたさ、多分、恋してるでしょ?」
「え?こ、恋ですか?私が?」
マデリーンさんもデリケートな部分も御構い無しに踏み込んでいく。そのマデリーンさんに、カロンさんは応える。
「いや、ギルバートとはそんなんじゃないですから!」
「へえ、相手はギルバートって言うんだ。」
カロンさんの口から、あっさりと相手の名前が出てきた。
「いや、だってあいつ、私のことを奴隷だって言うんですよ!」
「事実じゃないの。今さら気にするようなことじゃないでしょ?」
「うう…で、でもあいつ、その後私に向かって、この星の人間じゃないだろうって言ってきたんですよ。」
「なんだ、またバレちゃったの!?うーん、前々から思ってたんだけど、やっぱりあんたさ、貧民街出身の奴隷という設定にはちょっと無理があるわね…」
「いや、それがそのギルバートのやつもこの星の人間じゃないんですよ。」
「へえ、同じ地球401出身なんだ。」
「違います。彼は地球001出身なんですよ。」
ここで衝撃の事実が判明した。なんと相手は地球001の人間だと言う。
「なんであの学校に地球001の人間がいるのよ!?」
「私にも分かりません。でも、当分ここにいるらしくて、この学校に通うことになったらしいですよ。」
そういえば、アーノルド大佐が言っていたな。地球001の小艦隊が当分ここにいると。しかもこの王都にも10隻の地球001艦艇が常駐しているから、地球001の乗員は少なくとも1000人はいる。アーノルド大佐もそうだが、家族と一緒に来た人もいるだろう。
「で、なんでバレちゃったのよ。」
「いえ、ギルバートが言うには、地球760の人達より、401の人達と行動が良く似てるって言われてですね…」
「そうよねー。あんたさ、やっぱり根っからの地球401人間なんだよ。私らじゃ使えないものをほいほい使うしさ。」
「え?そんなもの、ありましたっけ?」
「だってあんた、鉛筆だのシャープペンシルだの平気で使ってるじゃない。あんなものでも、私だけじゃなくてこの星の人間はあそこまで簡単にさらっと使えないわよ、普通。」
ああ、マデリーンさんでさえ違和感を感じているところがあるんだ。カロンさんの設定、やはり無理があったのだろうか?
「で、あんた正体をバラしちゃったの?」
「はい…お願いだから黙ってて下さいって言ったんです。そしたらギルバートのやつ、付き合ってくれたら黙っててあげるって、そんなこと言いだすんですよ?」
「何だって!?そんなこと要求してきたの?で、あんたなんて応えたの。」
「いくらなんでも、どんな人か分からないのに付き合えないって言ったんです。すると彼は私に自分のことを語り出したんですよ。」
「へえ、そうなんだ。」
「なんでも彼は地球001出身なのに、地球001のことを知らないらしいのです。物心ついた時にはすでに地球561にいて、そこで育ったらしいんです。」
そういえば、アーノルド大佐も言っていた。あの艦は元々地球561に常駐していたそうだ。急に転属となって、ここに来たと言っていた。
「へえ、あっちはどんな星だって?」
「もう40年以上前に発見された星で、その時はちょうどこの王都のようなところだったらしいですが、今はもう高層ビルも立ち並ぶ都市ができていて、だいぶ面影が消えつつあるらしいですよ。」
「じゃあ、ちょうどロージニアのような場所だったのかしら?」
「らしいですね。友人もたくさんいたらしいですが、それが突然ここに来ることになったため、みんなと別れてしまって…それで何とか友人を作ろうと頑張ってたらしいんです。」
「ふうん。」
「ちょっと無神経ですけど、明るい性格で人当たりはいいですからね。この1ヶ月でかなり友人ができたらしいですよ。でも…」
「でも?」
急にカロンさんがうつむいて黙り込んだ。
「なんなのよ?急に黙り込んで。」
「い、いえ、彼が言うにはですね、ずっと同じクラスに気になる人がいて、ずっと声をかける機会を伺ってたらしいんです。で、その機会が急に訪れてですね…」
「人ごとのように言ってるけど、それ要するにあんたのことよね。」
「ううっ…だからこそ恥ずかしいじゃないですか。」
「別にモテるのは初めてじゃないでしょう。ついこの間もそういう話があったじゃないの。」
「あれは貴族の方でしたから、なんとなく恋心とかそういうのとは無縁な感じでしたね。」
「へえ~、じゃあ今は恋心と縁があるんだ。」
「えっ!?あ、いや、その!」
「どうなのよ!そこが一番大事なところよ!」
「ううっ…マデリーン様は厳しいですね…でも正直いうと、最初は恋だとか好きだとか、そういう感情はそれほど湧かなかったんですよ。」
「ということは、今はちょっと違うってこと?」
「うーん、分かんないんです。」
「分かんない?」
「ギルバートが毎日話しかけてくるんで、ずっと話を聞いてるんですけど、なんだかちょっと面白くて…でも、恋かどうかと言われると、なんだか違うような気がしますね。何でしょう?まだ友達という感じかなあって。そういうモヤモヤ感があって、ちょっと考え込んでるんですよ。」
あまり自覚がないようだが、どうやら話しっぷりからすると、決して悪い関係ではないようだ。
「でも、今度の土曜日にショッピングモールに行こうって言われたんです。なんでも、面白いイベントをやってるらしいので、一緒に行かないかと誘われたんです。」
「へえ~、行けばいいじゃない。」
「でも、その日はクレアさんとレアさんも出かける日ですよね?いいんですか?私がいなくても。」
「いいわよ、どうせその日は私もアイリーンもダニエルも出かけるから、大丈夫よ。」
なんとなくカロンさんの言う「面白いイベント」というのが、まさに土曜日に予定されている「魔女ショー」のことを言ってるような気がする。
今や地球001の人々の間でも魔女は大人気だ。多分ギルバートという男がカロンさんをそのイベントに誘ってもおかしくはない。
さて、金曜日の夜にはモイラ中尉から、重大な事実を知る。
モイラ中尉によると、なんとギルバートさんというのは、アーノルド大佐の息子さんだった。
そういえば、アーノルド大佐のご家族とはまだ会ったことがない。知らなかった。だが、そうなるとギルバートさんとは縁が深い間柄ということになる。因果なものだ。
で、その翌日。
「じゃあすいません。行ってきますね。」
「行ってらっしゃ~い。」
マデリーンさんに見送られて、カロンさんは出かける。彼女が門を出たあたりで、私はスマホを取り出す。
「こちらダニエル、目標の外出を確認、東方向に転進、予定通り第2目標へ進行中、送れ!」
「こちらモイラ、追跡を開始します!」
「了解!健闘を祈る!」
カロンさんの追跡は専門家に任せて、我々はショッピングモールに向かう。
かれこれ3回目となる魔女ショーイベント。クレアさんとレアさんも含む18人の魔女が集結。もちろん、我々も会場に向かう。
ショッピングモールに着くと、開演15分前だというのにすでに人だかりができていた。
吹き抜けの4階から観客を眺めていると、モイラ中尉より打電があった。目標到着、現在、アイリスさんの会社のテントの右横あたりに待機中とのこと。私は双眼鏡でその付近を見る。
いた、カロンさんと、その横にいる同じくらいの歳の男の子と話している。あれはアーノルド大佐の一人息子、ギルバートさんか?
カロンさんはこのイベントがなんなのかを知っているので、ちょっと及び腰だ。なにせここに出てくる魔女は、カロンさんとは知り合いだらけだ。
だが、ギルバートさんは楽しそうだ。なにせこの星でしか味わえないイベント。仕掛けもCGもなしに人が空を飛んだり、ありえないほど大きなものを持ち上げたりするのだ。どうやら好奇心が旺盛な人物らしいから、楽しみで仕方がないのだろう。
「さあ、みんな!これから魔女ショーの始まりよ!」
いつものように4階から現れるロサさん。一等魔女が一斉に現れ、ぐるりと吹き抜けの中をくるくると飛ぶ。
第1回目では演技っぽいことをしていたが、2回目からは、どちらかというと「触れ合い」重視に転換した。空を飛ぶ魔女たちは、各階の吹き抜けに集まった人のところに飛んでいく。
ロサさんは相変わらずあの魔法少女の格好だ。別にあの格好でいる必然性はどこにもないのだが、あれでないと緊張してしまうらしい。おかげで、あのアニメショップにはイベントのたびに大きなお友達の買い物が絶えないらしい。
1階では二等魔女たちが早速お客さんの間に入って魔力を披露している。私とマデリーンさんはレアさんのいる水槽のところに向かった。
相変わらず、まん丸な水を作ってお客さんに触れさせているレアさん。そこにちょうどギルバートさんとカロンさんが現れた。
「…あれ?カロンさんじゃないですか。」
レアさんがカロンさんを見つける。カロンさんは少し焦っている。
「こちらの魔女さんって、カロンさんのお知り合いなの?」
ギルバートさんがカロンさんに尋ねる。
「…実は、レアさんとは同じお屋敷で働いているんです。」
「ええっ!?そうなんだ!すごいね!魔女と知り合いだなんて!」
「いえ、私のお屋敷には王国最強の魔女であるマデリーン様がいてですね…ここの魔女たちは皆、マデリーン様が呼び寄せたんですよ!」
「ええっ!?てことは、もしかしてここにいる魔女さん達とは…」
「…はい、実はみんな知り合いなんです。私。」
なんだか恥ずかしそうに語るカロンさん。まあ、ギルバートさんに対してというより、他の魔女にギルバートさんと一緒にいるところを見られたことが恥ずかしいのだろう。
「あれ?カロンじゃないの。今日はお出かけだったんじゃないの?」
「あらカロンさん、ここにいらしたんですね。ところで、お隣のお方はどちら様です?」
上からロサさんとキャロラインさんが降りてきた。
「あ、いや、その…」
「ああ、今日は僕がデートに誘ってきたんですよ。それにしてもすごいなあ、カロンさん。本当に魔女とは知り合いなんだね。」
「ば、馬鹿!こんなところでデートって言わなくてもいいじゃないの!」
「ふうん、カロンもそういう年ごろになったのねぇ。」
カロンさんは知り合い魔女に囲まれて、かなり恥ずかしそうだ。
さて、一通りショーが終わると、いつものようにフードコートで打ち上げだ。当然、カロンさんとギルバートさんも強制的に参加させられる。
「ギルバートさん、あなたこういうお店に行くとカロンさんは喜ぶわよ。」
モイラ中尉がスマホを片手に、ギルバートさんにお勧めのお店を紹介していた。
「ちょ…ちょっとモイラさん!何をアドバイスしてるんですか!?」
「へえ~、こちらがカロンの彼氏さんなんだ。いい男だねぇ。」
「あら、ギルバートさんってなかなかいいお方ですね。そりゃあカロンさんも惚れちゃいますよね。」
モイラ中尉にアマンダさん、それにレアさんにいじられるこの高校生カップル。カロンさんはすでに顔が真っ赤、一方のギルバートさんはまんざらでもない様子だ。
「いやあ、やっぱりお似合いですか?僕達。」
「似合う似合う!いいよぉ~若くてピチピチしてて!」
「も、もう!エリザさん!」
「あはは!恥ずかしがることないじゃない。今しか若い時はないんだから、大事にしなさい。」
「ん~んまいでふ~!」
カロンさんをいじる者、一心に食べる者、談話する者、様々だ。
はじめはうつむき気味だったカロンさんだが、途中で開き直ったのか、顔を上げて魔女たちと張り合っていた。
この打ち上げ会場では終始いじられっぱなしのカロンさん。いじりながらも周りの魔女はカロンさんのことを気にかけて、フォローしているようだった。そんな魔女たちに応援されて、果たしてこのギルバートさんとの仲は深まるのか?初々しい高校生カップルの付き合いは、まだ始まったばかりだ。




