#86 クレアの活躍
パーティーのあと、そのままゴンドワナホテルに宿泊した我々。翌日は、この戦艦内を「観光」することになった。
と言っても、ここは観光地ではない。10キロメートル四方の空間に120万人もの人を詰め込んだ世界。ちなみにこの第2ゴンドワナシティーは、商業中心の都市だ。
第1は農業、第3は工業都市となっており、この700キロメートルの戦艦内はある程度の自給自足ができるように作られている。我々の戦艦では考えられない体制だ。
なにせ大きすぎるため、大会戦でもない限り出番はない。そこでこの艦、普段は「動く交易都市」として機能しているようだ。
第2ゴンドワナシティーはまさにその交易の中心街。あちこちで活発に展示会やら商談やらが行われている。我々はゴンドワナホテルの下の階にある、展示市場へ行くことにした。
移動型交易施設としては最大のこの船には、実に様々なものがある。家電に雑貨、服、食べ物、車…などなど、あらゆる商品にあふれている。いずれも地球001のものばかりだ。
ただ、正直言って家電や服といった生活用品は我々とはあまり違いはない。しかし、イザベルさんはそういうものでも興味津々だ。
だが、王国の魔女たち、特にクレアさんは食べ物に関心がある。市場のようなところで売られている肉や野菜、それに新鮮な魚が売られており、すぐ横ではそれらの食材を使った食べ物屋が軒を連ねる。
ところで、肉や野菜はまだわかるが、なぜ新鮮な魚が売られているのか…と思って市場の人に聞くと、なんとこの戦艦の中には「海」があるそうだ。我々の想像を絶する大きさの生け簀で、多くの魚が養殖されているらしい。恐るべし超巨大戦艦。
「ん~んまいでふ~!」
もうすでに何かを食べ始めるクレアさん。見ると、大盛ご飯に生の赤み魚の切り身を載せたものを食べている。「マグロ丼」というそうだ。
生の魚を食べるなどとは私には考えられないが、ここがそれだけ新鮮な食材を扱っているという証拠なのだろう。それゆえに、宇宙船の中にいるとはとても実感できない。
マデリーンさんとカロンさんは、その横でソーセージのようなものを食べている。マデリーンさんはケチャップとマスタードをたっぷりかけ、見るからに酸っぱそうなソーセージを手に持っているが、そのまま平気な顔で食べる。やはり、こういうところは妊婦だ。しかしあんなに味の濃いものを食べて大丈夫なのだろうか?
ベルクソーラさんはアイスクリームを食べようとしている。60種類のアイスが売られた店があるのだが、その60種類から3つを選んでカップに載せてもらうところで大いに悩んでいる。
「ハ…ハーデス…こんなにたくさん、いったい何を選べばいいのか…」
確かに、60種類は多すぎだろう。結局、黒と水色と紫の怪しげな色の組み合わせに落ち着いた。
リュウジさんとレアさんは2人で焦げ茶色の真四角な焼き魚の載せられたご飯を食べている。なんでも、これはリュウジさんの故郷でよく食べられている「ウナジュウ」という食べ物らしい。その焼き上げる前の魚の姿を見せてもらったが、まるで蛇のような魚。よくこんなものを…と思ったが、一口もらうとこれが絶妙な味で思わず私もうなってしまった。
この料理に使われるウナギという魚は一時絶滅寸前にまでなったらしいが、数百年前には完全養殖を確立して数を増やし、再び食卓にあげられるまでにしたそうだ。この戦艦内の生け簀でもたくさん養殖されてるそうだ。
そういう私は、ケバブという肉料理を食べる。大きなロール状の肉の塊から薄くスライスした肉を切り出して、薄いパンのようなもので挟んだものを手渡される。随分とワイルドな食べ物だが、なかなかこれが美味い。
とまあ、気づけば皆、思い思いに食べ物を堪能していた。ここは本当に食べ物の種類が豊富で、おまけにおいしい。ここは本当に戦艦の中なのだろうか?
この戦艦ゴンドワナは、つい5年ほど前に行われた大会戦に投入されたらしい。その時は連盟艦隊の虚を突き、敵艦隊のど真ん中にこの戦艦の持つ2000メートル級主砲を2発放ったそうだ。そのたった2発の砲撃で、駆逐艦約1200隻、戦艦1隻、約13万人もの人命を奪ったそうだ。
戦場においては悪魔のような戦艦だが、一方でこのようなにぎやかな食材市場を抱えた平和な船でもある。ここで人々は美味しい食べ物を食べ、最先端の情報機器に触れ、華やかな衣服を身にまとう。およそ戦場に投入される船とは思えない生活風景がここには存在する。
外にはひっきりなしにトラックがやってきて、たくさんの食材や物品を運び込んでいる。トラックがつくたびに運搬用ロボットが現れては、荷台から大きな荷物を引き取っている。
ケバブを食べながら、私は外のトラックの様子を見ていたのだが、突然、そのうちの一台から叫び声が上がる。
「ああっ!ちょ…ちょっと待った!」
何事かと見ると、トラックがのろのろと後ろに動き出していた。運転手らしき人物がそれを追いかける。
どうやらパーキングブレーキを引き忘れたらしい。外の道路はわずかに傾斜があるようで、みるみるうちにトラックはバックして、ガードレールを乗り越えて道路からはみ出した。
ここは高さ50メートルの2層目。幸いトラックは道路から少しはみ出したところで止まったが、もし止まらなければそのまま50メートル直下まで落っこちるところだった。
「バカ野郎!!なにやってるんだ!!」
だれかが運転手を怒鳴っている。背広姿から察するに、おそらくこのトラックを所有する運送業者か、市場関係のマネジャーのようだ。彼はすぐにそばにある運搬用ロボットを使って、トラックを引き上げようと試みた。
が、このままロボットで持ち上げるとトラックは再び動き出して落下するのではないかということになり、全く手出しできなくなった。
「おい!しょうがない、誰か航空機を手配してくれ!空から引き上げるほかあるまい!」
といってるそばから、トラックが再び動き出した。ずるずると後ろに下がっている。運転手が慌てて中に乗り込み、パーキングブレーキを引くとなんとか止まったものの、さっきよりもさらに道路から車体がはみ出してしまった。
このまま放置すると、また動き出しかねない…焦ったマネジャーは、大急ぎで航空機を手配しようとする。そこに、すたすたとマネジャーに近づく者がいた。
「あの~、私が動かしましょうか?」
クレアさんだった。メイド服姿の、身長130センチほどのこの小さな女の子が、突然マネジャーに向かっておかしなことを口走るので、少し怪訝そうな顔で彼女をにらみつける。
「…お嬢さん?危ないから離れた方がいいよ。どう見たってあんたじゃ、こんな重いものは動かないよ?」
「いや、これくらいなら大丈夫ですよ。」
そういうとクレアさん、トラックに手をかける。
突然今にも落っこちそうなトラックに、おかしな少女が手をかけるものだから、周りは唖然として見ている。
が、その次の瞬間、彼らは信じられないものを目にする。
トラックが浮き始めたのだ。クレアさんの手に張り付いて、そのまま空中に浮かぶ大きなトラック。周りは何が起きたのか、全く分からない様子だ。
そう、クレアさんは怪力系二等魔女。せいぜい重さ10トン超のトラックなど、彼女にかかればどうということはない。
「あの~、そっちに置くので、どいてもらえます?」
クレアさんの言葉に慌てて場所を開ける周囲の大人たち。そこにトラックを動かして、そのまま降ろすクレアさん。
ドシンという音と共に、トラックは無事道路わきに着陸した。
「…あ、あんたいったい何者だ!?」
「私、クレアといいます。」
「いや、なんでこんな重いものが持てるんだ!?」
「ああ、私、二等魔女なものですから。」
リュウジさんが駆け寄ってきて、そのマネジャーに話しかける。
「ああ、彼女はこの地球760に住む魔女の一人なんですよ。中でも彼女は怪力系の魔女で…」
「ええっ!?ま、魔女さんなのかい!?いや、話には聞いていたけど、見るのは初めてだ!…って、そういうあんたも、あのリュウジ研究員さんじゃないの!?」
なんて、マネジャーの男が叫ぶものだから、周りに大勢の人がやってきた。
「ええっ!?魔女!?」
「なに!?リュウジ研究員だって!?」
ただでさえ大勢の人で賑わうこの市場は、突如現れた有名人と魔女のおかげで大騒ぎになる。
「本当か!?こんなにちっちゃいのに、あのトラックを持ち上げたというのかい!?」
「いや、ほんとだって!俺もこの目で見るまでは信じられなかったが、危うくこの下に落っこっちまいところを、この娘が持ち上げてくれたんだよ!」
こうなると当然、クレアさんに何か別のものを持ってくれるようリクエストがかかる。そこで、トラックの中にある荷物を持ち上げることになった。
そこにあるのは、クレアさんの3倍ほどの高さの樹脂の箱だ。中はトマトソースなどの調味料が収められているらしい。見るからに、かなり重そうだ。
だが、これを軽々と持ち上げるクレアさん。ついさっきは、これが何個も収められたトラックをまるごと持ち上げたクレアさんの手にかかれば、荷物の一つくらいはどうってことない。
ここでは有名人のリュウジさんでさえ、かすんでしまうほどのインパクトある魔力を見せつけるクレアさんを一目見ようと、あちこちから人が集まってくる。
荷物を持ち上げたクレアさんと記念撮影したり、握手したりする人が現れる。
「魔女って、空も飛べるんじゃないの?」
「私は無理ですね。空を飛ぶのはあちらにいる一等魔女の方々です。」
「なに!?魔女さんって、他にもいるのか!?」
で、ロサさんとベルクソーラさん、それにレアさんまで呼ばれてしまう。ロサさんとベルクソーラさんは、そこら辺にあった棒を使って空を飛び、レアさんは水槽の水で球を作る羽目になる。
特にレアさんはリュウジさんと一緒に写っている昨日の会場の写真を見たと言う人が多く、ここでは有名人だった。
マデリーンさんは今、魔力が使えない。この様子を傍観するほかないが、特に気にすることなくアイリーンと一緒に遠くから見ていた。
「あれ、何が起こってるんです!?何ですか、この人だかりは!?」
我々と別行動をしていたモイラ中尉とカルラ中尉が、我々と合流するや、あまりの人だかりができていることに驚いている。
「ああ…実はクレアさんが事故を起こしたトラックを引き上げたため、急に注目を集めてしまってね。」
「そ、そうなんですか。だからクレアさん、あんなもの持ち上げてるんですね。」
モイラ中尉の視線の先には、子供のように小さなクレアさんが自分の数倍はあろうかという大きな荷物を片手で持ち上げてる姿を、一生懸命スマホのカメラに収めてる人々がいた。また、ベルクソーラさんも調子に乗って、テーブルの上にあるものを例の遠隔魔力で持ち上げる。それを見て驚きの声をあげる人々。
この騒ぎはしばらく続いたが、クレアさんが魔力を使いすぎて空腹に陥ったため、魔女たちのショーはそこで終わる。で、その空腹のクレアさんに、市場の人がいろいろな料理を振舞う。
「ん~んまいでふ~!」
軽く5皿を平らげるクレアさん。この大食いの魔女は、この食べっぷりでもたちまち注目を浴びていた。
結局、予期せぬ魔女ショーに巻き込まれて、市場を回っただけでその日は終わってしまう。我々はホテルに戻る。
「あれ!?これ、クレアじゃないの!?」
ホテルで見たテレビに、クレアさんが荷物を持ち上げる様子が映っていた。いつのまにかあの騒ぎが撮られていたようだ。
「あれ?本当ですね、私が映ってる!」
クレアさんは無邪気に喜んでいる。テレビには、市場の人達から振舞われたマグロ丼を美味そうに平らげている様子まで映されていたが、あまりに美味しそうに食べているクレアさん、あの姿を見て市場に行きたくなる人もいるのではあるまいか?
図らずも、あの市場の宣伝になったようだ。きっとクレアさんに振舞った分以上の元は取れるだろう。
で、翌日にはすぐに艦に戻る。高速のリニア鉄道に乗って、さらに電車を乗り継ぎ、駆逐艦0972号艦のあるドックにたどり着いた。72時間の滞在時間はあっという間だ。艦橋の窓から見える風景が、我々がいる場所は宇宙であることを思い出させてくれる。
こうして我々は、この宇宙最大の戦艦の滞在を終えた。大量殺戮の兵器だが、その中には魔女たちを歓迎してくれる平和な人々が住む街を持つ船。だが皮肉なことに、この魔女たちの力を調べ得られた技術を使い、この船の戦闘力は強化される。
願わくばこの先、この船が戦場で活躍することのないことを祈りたい。軍人ながら、私はそう思った。




