#84 子爵の許嫁と高校
話は少し遡る。
以前、カロンさんが、同じ高校に通うある子爵の嫡男に憧れたことがあって、その人には許嫁がいるという話が出た。そんなに気になるなら、第2夫人でも目指せばいいんじゃないかとマデリーンさんから言われた途端、カロンさんの恋は冷めてしまったということがあった。
ところがその後、なんとその子爵の嫡男からカロンさんに側室のお誘いがあったそうだ。カロンさんはその高校でもなかなかの成績、逆にその男子生徒から気に入られてしまったようだ。
だがカロンさん、私のような卑しい身分の女など相手にされてはいけません、などと言ってその誘いを断ってしまったようだ。
で、その話が今頃になって新たな騒動を引き起こす。
ある日、この屋敷に来客があった。ドアホンで見ると、大きな馬車が止まっている。
馬車のサイズからして、相手は子爵クラスの人物。立っているのは、いかにも貴族な女の人だった。
「だ、誰でしょうか?なんだかすごい身分の方のようですが…」
カロンさんは尻込みしている。確かにカロンさんではハードル高そうな相手だ。今日はマデリーンさんも検診のためいない。そこで、私が出ることにした。
「ダニエル男爵様ですか?」
「はい、そうですが。」
「お初にお目にかかります。わたくし、アンドリュー家の娘、イザベルと申します。」
「は、はあ。で、イザベル様がいったい、この男爵家にどのようなご用件で?」
「ここにカロンという使用人がいらっしゃいますよね?」
「はあ、おります。彼女が何か?」
「その人に直接お聞きしたいことがございまして、わざわざ参りましたの。」
なんと、カロンさんに用事があるという。でも、カロンさんはこのイザベルさんのことは知らないようだし、そもそも私も子爵のアンドリュー家とは接点はない。
しかし、我々よりも高貴な方のお越しを断ることもできず、私はリビングにイザベルさんを通す。
話を聞いたカロンさん、恐る恐るイザベルさんの前に現れる。
「あなたがカロンですか?」
「は、はい、そうです。」
「あなた、アルフォンス様のお誘いをお断りされたと伺ってますが、本当ですか?」
「あ、はい、そうです…」
アルフォンス様?また別の人物の名が出てきた。だが話の流れから、もしかして以前、カロンさんを側室にと誘ってきた、あの子爵家の嫡男のことじゃないかと思われる。
ということは、この人がその子爵の嫡男の正室となる、許嫁の方なのだろうか?
「あなた、貧民街のご出身だそうですね。」
「は、はい。」
「ならばなぜ、栄えある子爵家の方にお越し入りする機会を、断ったりするのですか!」
「えっ!?いや、私はとても子爵家などとは見合わない身分の者で…」
「見合うかどうかなど、我々が決めることです!しかもあなたは、あの学校でも成績優秀だというではありませんか!それだけのものをお持ちなら、お誘いを断るなどもってのほか!あなた、ご自分の立場を分かっていらっしゃるのかしら!?」
急に怒り始めた。が、一方でカロンさんのことを評価してくれてるようにも聞こえるし、何が言いたいのかよく分からない人だ。
「で…あなた。貧民の出身で、なぜこんなに成績がおよろしいのかしら?」
「…はい?」
「要するに!あなたいったいどんな勉強をしていらしたのか、それをお聞きしたいんです!分かりませんか!?わたくしの言いたいことが!?」
なんだか変な方向に話が逸れていった気がする。何が言いたいのだ?このイザベルさんは。
「あわわ、私は参考書を買っていただいて、それを使って…」
「そんなもの、わたくしもやりましたわよ!だけど、どうしてもあの学校の試験とやらにどうしても受からないんです!だから、文字も習わない貧民でありながら、いきなり学校の上位に入れるあなたの話を聞けば、わたくしも今度こそは受かるのではないかと、そう思ったんですよ!」
だんだんと読めてきた。イザベルさん、カロンさんが自分の結婚相手の側室を断ったことを口実に、勉強方法を探りにきたようだ。それならそうと最初から言えばいいのに、なぜこんなに上から目線で話すのだろうか?貴族のプライドってやつか?
「…もしかしてイザベル様、あの学校に入りたいんですか?」
「そうよ!だってアルフォンス様の許嫁でありながら、同じ学校に入れないとあってはアンドリュー家末代までの恥、ましてやあの学校を出た人間がもし側室としておさまれば、正室であるわたくしの立場がありませんわ!だから、今度こそわたくし、あの試験とやらに受からねば、わたくし、アルフォンス様に見限られてしまう…」
急に涙目になったイザベルさん。それを見たカロンさんは、イザベルさんに語りかける。
「あの、私の勉強法はちょっと特殊ですよ。それでよろしければ、お教えいたします。」
「えっ!?ほんと!?本当にいいの!?あ、いや…そ、そうよね!わたくしのような者に頼まれれば、断るわけにはいかないわよね!」
「はい、だから今度こそ受かるために、頑張りましょう!」
結局、このツンデレ貴族嬢のお受験の手伝いをすることになったカロンさん。それからというものイザベルさんは、毎日我が家にやってくる。
すでに試験まであと3日に迫っていた。だが、どうやらイザベルさんは数学が苦手らしい。特に算術が苦手で、計算間違いによる減点が響いているようだ。
簡単に言えば、この王都の算術の教え方が悪いようで、計算手順が非効率的。そこでカロンさん、地球401流の算術を伝授する。
「…さんにがろく、さざんがきゅう…すごいわね、これならすぐに計算できてしまうわ!」
「桁が多いのもこうやって解けば…」
「うーん、さすがね!ならこっちの問題はこうやって…」
イザベルさんの能力は決して低くはない。すぐにカロンさんの算術を理解した。基本さえ出来てしまえば、あとはどうにかなるレベルの力の持ち主だ。そういうところは、さすが貴族だ。
で、3日後の夜。イザベルさんに待望の合格通知が届いた。
「おめでとうございます!これで秋からは学校生活ですね!」
「まあ、あなたの一年遅れですけど、わたくし、すぐに追いついてあげますわよ。」
口ではああ言ってるが、カロンさんには感謝しているのだろう。なればこそ、こんな夜遅くにわざわざ知らせにやってきたのだ。
「ところでカロン。」
「はい、何でしょうか?イザベル様。」
「…あなた、絶対に貧民街出身の奴隷ではありませんわね。」
「えっ!?いや、その…」
「あれほどの算術、貴族のわたくしですら知らない技を、貧民出身の者が短期間で身に着けられるものではありませんわよ。いくら地球401出身の男爵家にいるからといって、そう簡単に身につくとは考えられないわ。あなた、どう考えても、地球401の者ですわね。」
「ううっ…」
…やっぱり、バレちゃうよな。カロンさんの設定にはやはり無理がありすぎる。エマニエルさんもそうだったが、見る人が見れば、すぐにバレる。
「あのですね、私、訳あって地球401に帰りたくないんです…だからこのお屋敷にも地球760の出身者ということでおいていただいてるんです…お願いです、内緒にしておいてください…」
「…やはりね、何だかおかしいと思いましたのよ。いいですわよ、わたくしは何も知らなかったことにいたしますわ。そのかわり!」
「は、はい!?」
「…わたくしの友達ってことに、してあげてもよろしいですわよ…」
素直に友達になって欲しいといえばいいものを、相変わらずのツンデレだ。
「それにしても、なんだって地球401出身だということを隠して、貧民街出身ということにしたのですか?しかも奴隷だなんて…」
「ええと…奴隷というのは本当なのですよ…いろいろあって、私、ダニエル様とマデリーン様に買われたんです。」
「ええっ!?ど、奴隷は本当だったの!?なんで地球401生まれの方が、そんなことになってるのよ!?」
というわけで、イザベルさんにはカロンさんの、短くも波瀾万丈の人生を打ち明けていた。
こうしてまた1人、カロンさんに貴族の友人ができた。こちらは魔女ではないが、ある意味魔女以上に変わり者な人だ。夏季休暇明けから、賑やかな学園生活を歩むことになりそうだ。




