#83 高速駆逐艦0972号艦 誕生
さて、マデリーンさんがつわりと格闘している頃。私が艦長を務める駆逐艦0972号艦は第47番ドックにて、ある改造を受けていた。
リュウジさんの理論を実践するため、改良型重力子エンジンを搭載することになったのだ。
と言っても、これまでの重力子エンジンを一部改造するだけで出来るという。この全長300メートルの艦の後ろ側を、何人もの工事業者が出入りしている。
リュウジさん曰く、まだ発展途上の技術でありゴールにはほど遠いというが、これが完了するとこの艦の推力は一気に3倍になるという。まだ未完成でこの推力、本当ならすごいことだが、どう見てもエンジンをちょっと改造しただけにしか見えない。本当にそんなに変わるのだろうか?
しかし、なぜ私の艦がこの実証実験第一号に選ばれたのかと言えば、ただ単に魔女の奥さんがいる艦長の船だからということらしい。いや、それならばつい最近まで私の艦の副長を務め、今は駆逐艦4012号艦の艦長を務めているグラハム少佐だって、シャロットさんという魔女の奥さんがいるじゃないか。
だが、今までだって私は都合よくこういうことに利用されてきた。ましてや、今回は魔女の関わったプロジェクトだ。王国一、いや、おそらくこの星で1番の魔女を妻に持つ私の責務にふさわしい。そう思うことにした。
駆逐艦0972号艦の改造作業は1週間続いた。その間、私は自分の艦を動かすことができない。艦長なのに、駆逐艦がない。個人的には寂しい状態が1週間も続く。
ようやく駆逐艦0972号艦の改造が終わり、早速試験航行に出ることとなった。
「これより、重力子エンジンの試験航行を行うため、出航する。各部点検、出航準備!」
いつもより念入りにチェックを行う。各部点検は30分で終了、いよいよ出航だ。
「両舷微速上昇!規定高度まで上昇する!」
「機関始動、出力10パーセント!両舷微速上昇!」
ゆっくりと艦は浮き上がる。いつも通りの調子で上昇している。ここまでは特に違いを感じない。
規定高度である高度4万メートルに達し、いよいよ全開運転を行う。私は艦内放送で呼びかける。
「これより、最大出力で宇宙に向かう。一気にラグランジュポイントを抜けて、第5惑星軌道上まで向かう。各員、なんらかの予想外の衝撃があるかもしれないので、留意されたし。これより、大気圏離脱を行う!機関最大、両舷前進いっぱい!」
「機関最大出力、両舷前進いっぱーい!」
航海士であるトビアス少佐がいつものようにレバーを目一杯引く。すると突然、加速度がかかる。私の身体がシートに押し付けられる。
「ぐぅ!」
ラナ少尉も今まで経験したことのない加速度を受けて、懸命に踏ん張っている。
艦橋にいる全員が、突然かかる加速度にそれぞれ対処している。だが、この艦には慣性制御がついており、いつもなら艦内でこんな加速度はかからないはずだ。
推力が3倍、ということは、これまでの1.7倍もの加速度がかかることになる。この増速分に、従来の慣性制御装置が対応しきれていないようだ。
私は航空機乗りだから、これくらいの加速度には慣れている。が、艦内の多くの乗員は慣れない加速度に耐えるほかなかった。
とはいえ、かかった加速度はせいぜいジェットコースター並みで、しかも前後方向のみ。耐G訓練を受けていないものでも、耐えられないほどではない。
これまでにない推力を得た駆逐艦0972号艦。だが予想外の衝撃に、艦内一同は混乱している。
しかし、さすがは推力3倍。この星系の第5惑星軌道まで、これまでは約2時間かかっていた。それが、このエンジンではわずか45分で到達する。
今までのエンジンでは、光速の5パーセントまでしか出せない。相対性理論により、光速に近くなるほど加速を妨げる慣性質量がかかるため、それ以上の速度が出せなくなる。しかし推力増加によって、それが13パーセントまで増速できるようになった。推力3倍の恩恵は大きい。
これならば、ワープポイントであるワームホール帯の間の移動に、今までの38パーセントの時間で移動できる。地球401まで行くのに2週間はかかるが、これが5日ちょっとまで短縮されることになる。
だが、いいことばかりではない。課題も見えてきた。まず、この加速度に艦内の慣性制御が追いついていない。これでは、フル加速のたびにジェットコースターだ。
さっきの加速で艦内でも被害が出ている。急な加速で転んだものが多数出たり、食堂のテーブルの上にあった調味料が食堂の壁に叩きつけられたり、各部屋の中の固定されていない荷物は全て吹っ飛んでいる。私の部屋でも、スーツケースが壁に叩きつけられていた。
他にも、噴射口付近に亀裂が見られるなど、何ヶ所か推力増加に耐えられない部分があることも分かった。これらも改修が必要だ。
いずれも解決可能な課題ではあるそうだ。改修後に再び実証試験を行うことになった。
王都の宇宙港に戻り、いつも通り第47番ドックに着陸する。早速、修理や改修が始められた。
私がドックに繋留された艦を見上げていると、誰かが声をかけてきた。
「すっかり艦長らしくなりましたね、男爵様。」
振り向くと、そこには懐かしい人物がいた。地球401、遠征艦隊所属の技術武官、自称恋愛の達人、モイラ中尉だ。
「…あれ!?モイラ中尉!?どうしてここに?」
「はい、実はこの艦に付けられた重力子エンジンの技術を受領するために、地球401の技術武官がここに派遣されたんです。私も当面、こちらにいることになりました。」
「それじゃあ、旦那さんとは…」
「ワーナーとはしばらく離れ離れです。半年くらいは単身赴任かなあと。せっかくの独り身なので、こちらの恋愛サポートをやらせていただきますね!」
いったい何しにきたのかわからないモイラ中尉だが、せっかくこの星にきたのだから、ぜひ我が家に来て欲しいと誘った。
翌日、モイラ中尉が我が家にやってくる。
「うわぁ!モイラ、久しぶり!元気してた!?」
「マデリーンさんもお元気そうですね。」
「いやあ、それがそうでもなくて…うっ!またきた…」
つわりが酷いマデリーンさん、カロンさんがマデリーンさんの背中をさすっている。
「あらら、大変ですね~、2人目ですよね。」
「そうよ、今度は男を産むの。」
まだ性別もわかっちゃいないというのに、モイラ中尉に宣言している。
「それにしても、このお屋敷はいいですね、さすがは男爵様。それにカロンさん以外の使用人も増えたんですね~。」
「いろいろあってね。こちらはレアさんで、その横がクレアさん。どちらも魔女なんだよ。」
「へえ~、魔女だらけじゃないですか。横の別宅にはロサさんとサリアンナさんもいるから、魔女が5人もいるんですね。」
「いや、このアイリーンも魔女なのよ。もう魔力が出始めてるの。さらにもう1人、リトラ王国ってところから『妖精』てのが来ててね。全部で魔女は7人いるのよ。」
「へえ~、さらに魔女だらけなんですか。いやあ、さすがはマデリーンさんです。」
カロンさんが入れてくれた帝都紅茶を飲むモイラ中尉。
「ところでモイラ中尉。これからどういう予定で技術を受領をしていくことになってるの?」
「いやあ、それがですね…全くノープランなんですよ。」
「ノープラン?なんでまた?」
「実は、予めアポを取ってここにきたわけじゃないんです。ただ、地球401の残留部隊からの情報を元に、ここで行われてることを聞きつけ、おまけに地球001の艦艇まで駐留してるというので、このままじゃ我々のところに重力子エンジンに関する技術が入ってこなくなるんじゃないかと懸念した政府が、見切り発車で我々技術陣をここに派遣しただけなんです。だから、これから関係者を探し出して接触するしかないんですよ。」
なんとまあ、無茶な任務を押し付けられたものだ。そんなことのためにモイラ中尉を単身赴任で送り込んできたのか。
「モイラ中尉以外にも何人か来てるの?」
「いますよ。全部で10人。でも機関部の専門家は2人で、私みたいに専門外の人が多いですね。」
「なんで専門外の人なんか送って来るの?」
「そりゃ私みたいに、この星に常駐した経験があるからですよ。当時の人脈をたどっていけば、そのうち重力子エンジン技術を持つ人にぶち当たるんじゃないかって。私は、それだけの理由で選ばれたんです。」
そういうとモイラ中尉は、帝都紅茶を一口飲んで言った。
「で、人脈と言えばダニエル男爵様。ぜひ男爵様にお聞きしたいことがありまして。」
「はあ、なんです?」
「地球001出身の、リュウジ研究員をご存知ですよね?」
「ああ、知ってるよ。」
「まずはこのリュウジ研究員にお会いして、そこから徐々に攻めていこうかと思ってるんですよ。どこにいけば、リュウジ研究員とお会いできますか?」
いきなり重要人物に接触するとは、モイラ中尉らしい。しかし、その人物がまさか私と関わりが深いなどとは、モイラ中尉は知る由もない。
「そうねえ…一番手っ取り早いのは、ここに来てもらうことかな。」
「ええっ!?リュウジ研究員、このお屋敷に出入りされてるんですか!?」
「そりゃ、ここで奥さんが働いてるからね。わりとよく来るよ。」
「ええっ!?お、奥さんがいるって、いったい誰なんですか!?」
「そこにいるレアさんだよ。」
それを聞いたモイラ中尉、レアさんの方を向き、手を握る。
「あの、私モイラって言います!旦那様にぜひお会いしたいんです!お願いします!」
「えっ!?あ、あの…」
戸惑うレアさん。それを見てマデリーンさんがモイラ中尉を注意する。
「モイラ、あんまり詰め寄ると、レアがびっくりするじゃないの!」
「あ、いや、ごめんなさい!私つい興奮してしまい…いやしかし、まさかリュウジ研究員ほどの人の奥様を使用人として雇われてるとは…どういう貴族なんですか、ダニエル男爵様っていう人は。」
「いや、レアさんは元々うちの領地の人で、いろいろあってリュウジ研究員とは最近夫婦になったばかりなんだよ。」
「へえ~、その『いろいろ』というのが聞き捨てなりませんね。お聞かせ願いましょうか。その『いろいろ』とやらを。」
「恋愛の達人」スイッチが入ってしまった。おかげでレアさんは、またあの馴れ初めの話をさせられる羽目になる。
「…それで私、リュウジさんのお宅に行ってですね。一夜を過ごして参りまして…」
「へえ~、地球001出身のあの有名人相手に大胆ですねえ!で?それからどうしたんですか?」
「あ、いや、そのあとはお風呂に入って…」
「いや、だからその晩のことじゃなくて、それからどういうおつきあいをして来たのかなあと思って。」
モイラ中尉はどちらかというと、どこにデートへ行ったかとか、どうやって口説いたかという話に関心があるから、お風呂やベッドの中がどうとかいう話には興味がない。
「ええっ!?じゃあまだショッピングモールの中でしか食事していないの!?」
「は、はい、でも私はそれで満足してますよ。」
「男爵様!」
レアさんに根掘り葉掘り聞いていたモイラ中尉が、急にこっちに振り向いた。
「男爵様とあろうお方が、ご自分の領地のブランド牛のお店に行かせていないとは、どういうことですか!?」
「いや、行ったよ、ここにいるみんなで。」
「違いますよ!レアさんとリュウジさんのお2人であのお肉を食べて、窓の外の王都の夜景を見ながら愛を語らうのがいいんじゃないですか!そういうご配慮があってもいいんじゃないですか!?」
ダメだ、すっかり恋愛サポーターのスイッチが入ってしまった。それにしても久しぶりだな、モイラ中尉に詰め寄られるのも。
その時、カロンさんが私に声をかける。
「あの~、お取り込み中失礼します…リュウジ様がいらっしゃいました。」
「ああ、そう。レアさんのお迎えかな?ここにお通しして。」
急にリュウジさんが我が家を訪れたので、モイラ中尉も我に返って黙り込んでしまった。リビングにリュウジさんが現れる。
「いやあ、ちょっと今日は早めに上がれてねえ、せっかくだからとレアを迎えに来たよ。」
「わざわざいらっしゃらなくても、メールか何かでお知らせくだされば伺いましたのに…」
リュウジさんとレアさんが仲睦まじく話しているところに、モイラ中尉が割り込む。
「あ、あの!お取り込み中失礼します!」
「…あんた、誰?」
「私、地球401遠征艦隊所属の技術武官、モイラ中尉と言います!リュウジ研究員殿に、お願いがございまして、男爵様にお取次ぎをお願いしていたところだったんです!」
「ふうん、そうなの。」
「以前、モイラ中尉とは私の所属していた艦で一緒に働いていたんですよ。技術武官ですが、恋愛サポートも得意で、マデリーンさんと一緒になるときもお世話になった人なんですよ。」
「へえ、そうなんだ。俺もこの2人がいなかったら、レアと出会わなかっただろうから、そういう意味では俺もお世話になってるんだ。いや、よろしく。」
「はい、よろしくお願いいたします!」
で、モイラ中尉はリュウジさんと後日、重力子研究所で会うことになった。そのあと、リュウジさんとレアさんは一緒に帰っていった。
「…いやあ、ありがとうございます。ダニエル男爵様のフォローのおかげで、私も目的を果たすことができました。」
わりと冷静なモイラ中尉だが、いきなりの要人登場で焦ったらしい。汗だくになった顔をハンカチで拭きながら、モイラ中尉は紅茶を飲む。
その姿が気になったのか、アイリーンがタオルを持って近づいてきた。
「タオル!」
アイリーンが持ってきたタオルを手渡す。そのタオルを受け取ったモイラ中尉、アイリーンの頭を撫でながら話した。
「うわぁ!ありがとう!アイリーンちゃんも大きく、賢くなりましたね!いやあ、可愛いなあ、この子!」
「パパ、なにこれ?」
せっかく褒めてくれてるモイラ中尉を指差して、無愛想に私に尋ねるアイリーン。
「ああ、この人はね、モイラ中尉って人なんだよ。」
「そうですよ~またの名を『恋愛の達人』ていうのよ~」
「…タツジン?」
きょとんとした顔でモイラ中尉を見上げるアイリーン。以降、アイリーンはモイラ中尉のことを「タツジン」と呼ぶようになった。
リュウジさんの研究が実を結び、高速化された我が駆逐艦0972号艦。その技術の主導権を握り、あわよくば独占を目論む地球001と、それを阻止せんと動く401の思惑が錯綜する。それらに挟まれた私やリュウジさん、そしてモイラ中尉。この先我々はいったい、どうなるのだろうか?




