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#82 妊婦マデリーン再び

生命というものは、死滅の危機に瀕すると、本能的に子孫を残そうとするものらしい。そういえば、アイリーンを授かったのは、まさに命の危機を感じた魔王との対決後であった。


そして、地球(アース)001の威嚇砲撃による生命の危機の直後、またしても私とマデリーンさんの間に、生命の原則が働いた。


マデリーンさんが、第二子を授かったのだ。


「おめでとうございます!いやあ、毎晩励んでいらっしゃったので、いつかはこうなるだろうと思ってましたよ!」


カロンさんがお祝いの言葉をかけてくれた。それにしてもカロンさんはなぜ、我々夫婦の営みについてご存知なのだろうか?


確かにあの砲撃直後から、本能的に私は毎晩のようにマデリーンさんに襲いかかっていた。マデリーンさんも急に盛んになった旦那の相手を快く引き受けてくれた。おかげさまを持って、成果となって現れてしまったわけだ。


だが、前回もそうだったが、マデリーンさんのつわりが酷い。いや、前回以上かもしれない。とにかく、ぐったりとしている。


「う~、ぎもじわるい~…」


ところでマデリーンさん、今度も魔女をお望みかと思いきや、今度は男の子が欲しいらしい。


「いや、このつわりの酷さは絶対に男よね。間違いないわ。」


マデリーンさんの中では、願望が既成事実にされつつある。いや、マデリーンさん、まだ分かんないって。


「でもマデリーンさん、なんで今度は男がいいの?」

「最強の魔女はアイリーンがいるから、もう魔女はいいわ。それに…」

「それに?」

「この男爵家にも跡取りが必要でしょう?でないと、あんたが死んだらお家断絶よ。」


なんと、そこまで考えていたんだ。意外とマデリーンさんも先々のことを考えてることを知った。


言われるまでもないが、今私が死んだら、お家断絶でみんなこの屋敷を追い出されてしまう。これまで跡取りのことを全く考えていなかったが、私もあの砲撃騒ぎで少し考え始めていたところだった。


貴族の家系は、長兄が継ぐことになっている。だから、長兄がいない貴族家は断絶となる。そうならないためにも貴族は何人もの夫人に子供をたくさん作らせる。


うちは夫人が1人だ。別に2人も要らない。だが、軍人という死と隣り合わせの職業で嫡男がいないのはまずい。マデリーンさんも、家のことを気にしていたようだ。


考えたら、マデリーンさんの実家もある王国の伯爵家だった。このあたりの事情は、よくご存知なのだろう。


さて、マデリーンさんのつわりが酷いというのに、家を訪れたリュウジさんが驚くものを持ってきた。


「クレアさんが『ナットウ』を食べたいというので、持ってきましたよ。」


よりによってあの腐った大豆を我が家に持ち込んだのだ。クレアさんは大喜び。だが、このナットウというやつは、見た目がとてもグロい。


臭いもすごいのかと思ったが、思ったより臭わない。ショウユというのをかけて容器の中でかき混ぜると、さらに糸を引いて腐ってる感が増大する。


うわぁ、これはマデリーンさんはダメだわ…クレアさんは美味そうに食べるが、今のマデリーンさんは見るのもダメなはずだ。


…と思ったが、不思議なことに、マデリーンさんもこのナットウというやつが気になるようだ。どうも臭いがいいらしい。そして、クレアさんのご飯を分けてもらって、そのナットウを口にする。


信じられないことだが、マデリーンさんはこのナットウにはまってしまった。あれだけつわりが酷いマデリーンさんが食べられる数少ない食べ物の一つに、このナットウが加わった瞬間である。


ということで、私も恐る恐る食べてみる。発酵食品特有の臭いというものはあるが、このショウユという塩辛い調味料が臭みを消すと同時に芳醇な味わいをこの腐った豆につけてくれる。ネバネバした食感ながら、歯ごたえは悪くない。なんてことだ、予想外の味に私は驚く。


こんなところにも、地球(アース)001の技術力の高さを見せつけられる。ところがリュウジさん曰く、この食べ物は1000年以上も前に生み出されたものだそうで、別に最新の技術というわけではないらしい。それを聞いて、私は益々驚く。そんな昔に、いったいどうして腐った豆を食べようと思った人がいたのだろうか?やはり地球(アース)001という星は奥が深い。


もちろん、ナットウはこの星では売られていない。いったいどこで手に入れているのかと思ったら、なんとリュウジさんお手製だそうだ。大豆からわざわざ作ってるそうだが、意外と手軽に作れるものらしい。もっとも、そこまでして食べたいのかと思ったが、食べてみて少し納得した。だけど、私はもういいかな。


だが、マデリーンさんが気に入ってしまったため、このナットウを我が家でも作ることになった。使われていない小屋があるので、大豆を取り寄せ作ることになった。リュウジさんからナットウを少し分けてもらい、よく煮た大豆にこれを加えて容器に入れ、40度ほどの環境に1、2日ほど放置するとできる。なおナットウ作りは、食べ物好きなクレアさんの仕事になった。


サリアンナさんやロサさん、それにベルクソーラさんが住んでいる別邸と同じくらいの大きさの建物で、突然腐った豆の大量生産が始まったため、この2家族と1人の妖精は何事かと見にやってくる。


「クレア、またなんだって大豆を腐らせてるの!?」

「いや、それがですね、マデリーン様がお子様を授かったものですから。」


マデリーンさんが懐妊したから、大量の大豆を腐らせ始めた。私がこの飛躍した説明の補間を求められたのは、いうまでもない。なおその後、ロサさんとアルベルト大尉もナットウの虜になってしまった。


季節はすっかり夏になった。豆を腐らせるにはちょうどいい季節だが、北国出身のベルクソーラさんには辛い季節だ。


部屋ではエアコンが欠かせない。外に出るとあまりの暑さに行き倒れそうになる。このため、必然的に夜に活動することが増える。


大きな冷凍庫を買ってきて、そこに大量のアイスクリームを入れている。昼間は部屋に閉じこもってアイス三昧なため、ちょっと心配になる。


ただ、夜になるとショッピングモールに出かけていく。何をしているのかと思ったら、なんと魔法少女のコスプレショーをしていた。ロサさんに次ぐ2代目で、おまけにこの魔女…じゃなくて妖精は、アイテムを空中に飛ばせるとあって人気がある。


「ハ…ハーデス!?この私にプレッシャーを与えるとは…」


ただし、セリフの一部がリトラ語になっており、ちょっとおかしな魔法少女だ。


カロンさんはというと、ちょうど夏季休暇に入った。夏が終われば、いよいよ2年生だ。マデリーンさんの世話をしつつ、エマニエルさんと一緒にあの研究所へ通う。


エマニエルさんはごく普通の一等魔女だが、なにせ一番若い魔女だ。魔女の成長過程を見るにはうってつけの人物だとリュウジさんはいう。


「リュウジさん…だんだんと重力子から魔女研究者になってませんか?」

「そんなことはない。これはこれで俺の研究には必要なことなんだよ。でも、魔女の研究に鞍替えするってのも、悪くないかな?」


怪しい研究者になりかかっている。レアさんは大丈夫かと気になるけれど、相変わらずこの2人は仲がいい。たくさんの魔女を相手にすることは、あまり気にしていないようだ。


ただ魔女を集めて研究するだけのおかしな研究者のようだが、どうやら画期的な論文を発表したらしい。その理論を重力子エンジンに応用するために、最近は別のエンジニアが研究所を出入りしている。


で、アイリーンはと言うと、屋敷の中を駆け回って遊んでいる。


リサちゃんとダリアンナちゃんともよく一緒に遊んでいるが、明らかにアイリーンの方が動きが活発だ。母親に似たのだろう。


そして、いたずらも多い。


外で泥遊びをしてそのまま家に上がり込んだり、ボックスティッシュのティッシュをせっせと取り出して部屋中ティッシュだらけにしたり、庭に出た私に向かっていきなり水をかけてきたり、やりたい放題だ。


マデリーンさんがつわりでぐったりしてるのをいいことに、アイリーンの暴走は止まらない。いつぞやはイタズラが過ぎて、ダリアンナちゃんとリサちゃんを泣かせていた。さすがの私も怒った。


「こら!アイリーン!何やってんだ!」

「うわぁーん、パパ大嫌い!」


怒られると、この小悪魔はすぐパパに精神攻撃を仕掛けてくる。娘に嫌いだと言われるのが、私には効果的だと知っているようだ。しかし、しばらくすると何事もなかったかのように私にすり寄ってくる。すでに2歳手前で飴とムチを使い分け、パパを懐柔しにかかるアイリーン。恐ろしい娘だ。


夕食の時間、ピンクグレープフルーツジュースにナットウご飯、それにハンバーグというイカれた組み合わせの夕飯を食べるマデリーンさん。レアさんはもうリュウジさんの部屋で暮らしており、夕方6時になると帰っていくため、夕飯には私とマデリーンさん、アイリーンの他にはカロンさんとクレアさんだけになった。


時々、ベルクソーラさんも夕飯に来ることがある。先日、この北国の妖精もナットウデビューを果たした。


「ハ…ハーデス!?なぜ腐った豆がこんなに美味いのか…」


味をしめたベルクソーラさん、時々ナットウを食べに来る。最近は自宅でも作るそうで、ナットウアイスなるものを作って食べてるそうだ。うげえ。


ところで、カロンさんだけはナットウを食べようとしない。カロンさん的にはあのネバネバがダメらしい。確かにあの見た目は、万人ウケする食べ物ではない。


が、そんな平和な夕飯の場でも、アイリーンのいたずらは続く。ある日、クレアさんが夕飯の支度をしていると、その足元でアイリーンがもがいているのが見えた。


何をしてるのかと思ったら、なんと頭からナットウを被ってしまったようで、身体中があのネバネバで覆われていた。


「こら!アイリーン、あんた何やってんの!」


マデリーンさんが怒鳴ると、アイリーンは泣きだす。


アイリーンにしてみれば、このナットウが気になってたようで、つい手を伸ばしたのだろう。だが突然容器がひっくり返り、ベトベトとまとわりつくこの物体に襲われて、驚いてもがいていたようだ。


ママに怒られながら、風呂場でネバネバと格闘する羽目になるアイリーン。


「うわぁーん、ナットウ大嫌い!」


アイリーンに嫌われてしまったナットウ。これで彼女も、カロン派に仲間入りだ。


こんなアイリーンが、1年後にはお姉ちゃんになっているはずだ。だが、弟なのか妹なのかはまだ分からない。マデリーンさんの妊婦第2節は、始まったばかりだ。

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