#81 レアの勇気と新たなご近所
せっかく宇宙港でリュウジさんとレアさんに出会ったので、ロビーの横にあるカフェに立ち寄ることにした。
そこで、昨日のリュウジさんとレアさんの一連の行動を聞く。2人の話をまとめると、以下のようなものになる。
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いつものように、重力子の測定が終わり、リュウジさんはレアさんに声をかける。
「お疲れ様、今日はもう終わりです。また3日後に来ていただけます?」
そこでレアさんは、リュウジさんに向かって言った。
「あの…リュ、リュウジさん?」
「はい。」
「ええとですね。その…」
「なんでしょう?」
「あの!もしよろしければ、このあとご一緒にお食事でも行きませんか…」
「ええっ!?」
大きな声を上げるリュウジさん、びっくりしたレアさん。
「い、いいんですか?私なんかと一緒で!?」
「もちろんです!むしろ私の方からお願いします!ご一緒させてください!」
ということで、リュウジさんの仕事が終わり、2人揃ってショッピングモールの中のレストラン街に行く。
そこは少し小洒落た雰囲気のパスタと肉料理のお店。2人でワインを片手に料理を食べる。
「いやあ、レアさん。こんなお店でよかったですか?」
「ええ、とてもいい店ですよね。こんなところがあったんですね。初めて知りました。」
2人は、カットステーキとペペロンチーノを食べる。だがレアさん、とても食事どころではない。このあとどうやってリュウジさんのうちに行きたいと切り出すか、ずっと考えていたらしい。
で、食事は終わる。ショッピングモールを出て、リュウジさんはレアさんに声をかける。
「ではレアさん、また今度一緒に宇宙港のレストランにでも食事に行きましょう。それじゃあ。」
「あの!リュウジさん!」
レアさん、ついになけなしの勇気を絞り出す。
「ああああの、今夜…リュウジさんのお宅に泊めていただくことは、できませんか?」
言った本人も、言われた本人も、この言葉に少なからず動揺を覚えたそうだ。
「…えっ!?あの、レアさん?」
「田舎出身の魔女がこんなことを言うのは、とても浅ましいことだとわかってるんです!でも私、自分の気持ちを打ち明けずにいるのはやっぱりできなくて…」
急に涙目になるレアさん。焦ったリュウジさんは、とりあえずレアさんをそのまま自宅に連れて行く。
ショッピングモールから歩いて10分ほどのところにある、できたばかりの高層マンションの30階の一室に、レアさんと一緒に入るリュウジさん。ここはリュウジさんの自宅、3LDKという一人暮らしにはちょっと広い部屋を買ったらしい。
その部屋に、自分よりも13歳も若い娘さんがやってきた。しかも、魔女だ。最も繊細な魔力を操る魔女が、同じ部屋にいる。
「あの、レアさん。お茶でも入れましょうか?」
「あ、はい、いただきます。」
ペットボトルのお茶をもらうレアさん。リュウジさんもお茶を飲む。が、お互いお茶の味など感じている余裕はない。目の前の異性の存在に、気が気ではないからだ。
「あの、レアさん?」
口火を切ったのは、リュウジさんだった。
「はい!」
「…いいんですか?私のようなガサツな男の部屋に来るなんて…」
「はい、私はいいんです。ただ、リュウジさんがどうかなあと思いまして…」
「私が?」
「だって…私のような忌まわしき魔女が転がり込んできて、ご迷惑じゃないかなあと。」
「そんな!魔女さんが我が家に来るなんて、しかもレアさんのような綺麗な方がいらっしゃるなんて、私は大歓迎ですよ!」
「…あの、地球001でも、魔女は歓迎されるんですか?」
「えっ!?それはどういうことです?」
「ダニエル様のいた地球401の方は、魔女と聞いても嫌な顔をなさらず、それどころか歓迎してくれるんです。でも、この王国では魔女といえば忌まわしき呪われた者として、近づきたがらないんです。そういうところで、私は長いこと魔女だということを隠して暮らしてきたんです。」
「あれ?この星では魔女のことは毛嫌されてるんですか?」
「そうですよ、気味が悪いって近寄りたがらないんです。帝都に至っては、つい最近まで魔女だというだけで、処刑されていたほどです。」
「ええっ!?なんで!?なんで魔女だというだけでそんなことに…」
「さあ、私にも分かりません。でも、あなた方のように宇宙からいらした方が現れるまでは、この星はそんなところだったんです。」
「じゃあ、レアさんも魔女だってことは…」
「はい、ひたすら隠してました。でもある日、魔女だと知られてしまって、いかがわしいことをさせられる寸前にダニエル様と出会って、それから私は、ダニエル様やマデリーン様のところでお世話になることになったんです。」
「へえ、いろいろあったんだね。」
「それまでは、私はずっと自分が魔女だってことを呪っていたんです。なんで私、こんな力持ってるんだろうと。でも、王都にきてからというもの、魔女を好意的に思ってくれる人達の存在を知ったんです。」
「それが、我々宇宙から来た人というわけなんだ。」
「ダニエル様もそうですが、宇宙からいらした方は、どういうわけか魔女を毛嫌いなさらないんです。それどころか、魔女に会いたいだなんて人もいるようで…」
「うーん、うまく言えないけれど、俺も魔女に会ってみたいと思う側の人間かなあ。こんな凄い力を持ってるのだから、そりゃ会ってみたいと思う気持ちはわかるよ。」
「そうなんですか…ただ、その宇宙から来られた方が好むのは一等魔女さんばかりで、私のように力のない二等魔女はどちらかといえばあまり相手にされなかったんです。せいぜい水の球を作るくらいでは、あまり凄いとは思っていただけないようで。」
「確かに、派手さはないよね。でも以前から申し上げてるように、あなたの力はとても繊細なものだ。俺から見れば、これはこれでとても貴重なものなんだよ。」
「そうなんです、私の力を特別だなんておっしゃってくれたのはリュウジさんだけなんです。そして。」
そういうと、レアさんはリュウジさんの手を握る。
「…そう言ってリュウジさんは私の手を握ってくださったんです。そんなあなたが、私は好きになってしまったんです…」
ここでリュウジさんは、レアさんの気持ちをようやく知ったようだ。だから、こう言い返したらしい。
「あの、レアさん。」
「はい。」
「俺はあなたよりも13歳も年上で、しかも研究者としてあなたの力に興味を抱いているだけの男ですよ?いいんですか、そんな男に想いを寄せてしまって。」
「いいんです。あなたがいなければ、どのみち私は誰にもこんな想いを抱かなかったはずですし、それに今は、あなたの研究のお役に立ててることが嬉しいんです。」
そういうとレアさんは、リュウジさんにそっと抱きついた。リュウジさんもそっと抱き寄せる。
さて、それからはベッドにお風呂にと、場所を変えての行動が続いたらしい。何があったのかは特に話さなかったが、お察しの通りだろう。ちなみレアさん、お風呂であの技を使ったとだけ教えてくれた。
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「…というわけで、無事にリュウジさんのところに行くことができました。マデリーン様に勇気を頂いたおかげです。」
「そういうわけで、俺…いや、私もレアさんとお付き合いしたいと思いまして、ダニエルさんの承諾をいただきたいと思っていたんです。ここでお会いできてよかった。」
「あ、いや、私の承諾だなんて…2人の意思で決めていただければいいですよ。マデリーンさん同様、私も2人のことうまく言ってほしいと願ってましたし。」
「ありがとうございます。じゃあ、心置きなくお付き合いさせていただきます。」
リュウジさんは嬉しそうだ。どちらかといえば研究一筋で、あまりこういうことには興味がないという印象だったが、ちゃんと人の心を持っていることがこれでよく分かった。
今日の出来事がなければ、このままいい思い出として刻まれる日となったのだろうが、その後はとんだトラブルに巻き込まれたものだ。この先は順調にいってくれることを願う。
リュウジさんと別れて、レアさんと一緒に我が家に帰る。もうすでに夕方を過ぎて、日が沈もうとしていた。
「あれ?あんた、宇宙に行ってるんじゃなかったの!?」
急に帰ってきた私を見て驚くマデリーンさん。
「ああ、実はちょっとトラブルがあって、今回の任務は中止になったんだ。」
「トラブル!?まさかまた戦闘でもしてきたんじゃないわよね!?」
「いや、そういうのじゃなくて、単に機械の故障というか、そういうんだよ。」
「ふうん…で、なんでレアと一緒にいるのよ?」
「ああ、レアさんとはちょうどそこのバス停の辺りでばったり会ったから、一緒に帰ってきたんだ。」
「そうなの。」
するとマデリーンさん、今度はレアさんに関心が移る。
「レア、ちょっと来なさい!」
「は、はい!」
リビングに連れていかれたレアさん。マデリーンさんから早速尋問される。さっき私が聞いた話を、再びマデリーンさんにしていた。横ではカロンさんもクレアさんも一緒に聞いている。
「…で、それから2人でお風呂にも入りまして…それから一緒に…寝たんです。」
「ふうん、そこんとこ詳しく聞かせてよ!」
「ええっ!?それはさすがに…」
「大事なところじゃないの!まずお風呂のシーンから!で、お風呂場に行って、それからどうしたの!?」
「そりゃお風呂場ですから、2人とも服を脱いで、まずシャワーを浴びてですね…」
生々しい話が続く。私が追求しなかった部分を、マデリーンさんはしつこく聞き出そうとする。お風呂の中からベッドでの一連の行動まで聞き出していたが、横にいる微妙な年頃の娘さん達に聞かせていい話だろうか?カロンさんとクレアさんは、顔を真っ赤にしながら食い入るようにレアさんの話に耳を傾けていた。
「パパ!あそぼ!」
ママ達が大人の会話に夢中なので、アイリーンが私のところにやってきた。私はアイリーンの相手をする。
アイリーンが今はまっているのは、魔王のぬいぐるみ。マデリーンさんが買い込んだ歴代の魔王のぬいぐるみが、今はアイリーンの遊び相手だ。きゃあきゃあと魔王をもてあそぶアイリーン。魔王を立てて、それに別の魔王のぬいぐるみを投げつけて倒しては喜んでいる。そんなに面白いのか、この魔王を倒すのは?
もっと女の子らしいおもちゃを与えた方がいいんじゃないだろうか。他にも、あの魔女グッズ店で買ってきたドクロの置物もおもちゃにしている。見ようによっては、おぞましい光景だ。いくら魔女の娘とはいえ、あまりよろしくないおもちゃばかりだ。
それにしても、今はこんなちっちゃくて無邪気なアイリーンだが、いつかは今のレアさんのように誰かを好きになって、それを私とマデリーンさんに話す日が来るのだろうか。今はとても信じられないが、女の子である以上、そういう時がいつかはやってくる。もっとも、それはまだ遠い未来の話だ。
「パパ、抱っこ!」
今はまだ、私に抱っこをせがむ可愛い娘だ。遠い未来にこの娘と出会うはずの男も、今ごろはどこかの家で同じように抱っこされてるはずだ。
…いや待てよ?もしレアさんと同じように13歳年上の相手だったら、今ごろは中学に通ってる頃だろう。でも、そんな相手が現れたら、私は果たして受け入れられるだろうか?
まだ見ぬ未来に思わず不安を感じてしまった。だが、そんなことを今考えても仕方がない。その時が来たら、考えることにしよう。
さて、マデリーンさんから尋問を受けたレアさん。それからというもの、研究所に行った日はそのままリュウジさんの部屋に泊まって、翌日に帰るという日々を過ごす。仲は上々のようで、一緒に食事を楽しんだり、ショッピングをしたりしてるようだ。さらに、休日にも一緒に出かけることが増えた。映画などに行ってるらしい。
そんなレアさんから、リュウジさんとの生活が語られる。
「…そういえば、リュウジさん、変なものを食べるんですよ。」
「変なもの?どんなものよ。」
「それがですね…『ナットウ』ていう腐った大豆なんです。」
「げげっ!?何よそれ!」
「おまけに『ショウユ』というこれまた大豆から作った黒い香辛料のようなものをかけてですね、混ぜてご飯にかけるんですよ。」
「なんなのよ、それ。大豆だらけじゃない。」
「しかもここに『ミソ』と呼ばれる、これまた大豆から作られたスープを飲んでですね。」
「どんだけ大豆が好きなのよ。リュウジってそんやつだったの?」
「でも、食べてみるとこれが意外に美味しくてですね…ちょっと塩辛いんですが、およそ大豆とは思えない、不思議な味でしたよ。」
「げげっ!?あんた、その腐った豆を食べたの!?」
そんな青春真っ只中のレアさんを見て、カロンさんも刺激を受けてしまったようだ。聞けば、学校に想いを寄せてる人ができたらしい。
「ええっ!?カロンにもいるの!?で、告白したの!?」
「いや、してないですよ。第一その人は王国の貴族の方で、すでに許嫁の方がいるそうなんですよ。私なんてとても…」
「いいじゃないの、第2夫人を狙うっていうのもありだよ!」
「ええっ!?だ…第2夫人!?」
学校生活にこの星の常識を当てはめると、なんだかとても妙な感じだ。私の高校時代には、許嫁のいるクラスメイトなんていなかったし、ましてやその男の2番目の夫人の座をを狙おうだなんて発想はない。
しかし、この星では15、6で結婚することはそう珍しくない。だから、高校生でも許嫁や既婚者がいてもなんらおかしくはないのだ。
おまけに貴族なら、奥さんが2人や3人いることも珍しくない。聞けば、カロンさんの気になる相手は子爵様の嫡男だという。ならば夫人を2、3人くらい作って当然の身分だろう。
でもカロンさん、第2夫人と言われて急に想いが冷めてしまったようだ。どうせならレアさんのような普通の恋がしたい。レアさんのケースが普通の恋かどうかは別として、一途に自分だけを見てくれる相手がいいらしい。まあその気持ち、分からないでもない。
さて、最近私にも「一途に」誘いをかけてくる人がいる。しかも、男でだ。
その相手とは、アーノルド大佐である。
「ダニエル中佐殿、今日もご一緒に食事などいかがですか?」
別に恋心を抱かれているわけではない。単にあの一件以来、私のことを気に入っていただけてるだけだ。私も快く誘いを受ける。
一度マデリーンさんと一緒に食事をしたことがある。王国一の魔女に会えたとあって、アーノルド大佐はとても喜んでいた。他にも、地球001の駆逐艦に乗せてもらったこともある。
中は我々の標準艦とほとんど変わらない。アーノルド大佐曰く、主砲以外は我々の駆逐艦とほとんど一緒らしい。特に機関部分はこのところ全く技術革新がなく、同じ作りだった。
「我々はこの宇宙で一番の技術保有惑星だと言っているが、実態はこんなものだよ。人殺しの技術だけは手厚く支援し、そのほかは手付かず。ただ、この機関部に大きな革命をもたらすかもしれない発見をリュウジ研究員がもたらすかもしれないと知ると、支援どころか自分の星の連れ帰ろうと画策した。全く、ろくでもない星だよ。地球001は。」
そうアーノルド大佐は言う。私は地球001に行ったことはない。どんな星かは知らない。ただ、この宇宙で最も高度に発達した文明を持つ星だと言うイメージだった。しかし、リュウジさんといいアーノルド大佐といい、こうして話してみると我々とあまりに同じで、拍子抜けしたというか、安心した。
実はアーノルド大佐が所属する第7遠征艦隊は地球001ではなく、ここから240光年離れた地球561に常駐しているらしい。あの星の近辺では連盟軍の動きが激しいため、地球001の艦隊が長いこと支援しているようだ。アーノルド大佐も地球561での生活が長いらしい。
だが、どうやら当分の間、この星にいることになったそうだ。重力子制御技術に革新をもたらすかもしれない、地球760にいる魔女を保護するという名目で、地球001の300隻の小艦隊が常駐することになったからだ。これを受けて、アーノルド大佐もこの星に引っ越してくることになった。
ちなみにアーノルド大佐は妻一人に長男一人。子供さんはちょうど高校1年生で、カロンさんの通う高校に転入してくることになった。
さすがに宇宙一の戦闘艦10隻を操るリーダーの艦長というだけあって、王国も特別に住居を与えてくれた。15部屋ほどあるお屋敷で、3人で暮らすには大き過ぎるほどの住居で、引っ越してきたアーノルド大佐一家は目を丸くしていたようだ。
レアさんは新たな生活を歩み始め、ご近所には新たな住人がやってきた。偶然にも、どちらも地球001が絡んでいる。この宇宙で最も進んだ星の住人の出現は、我々に何かをもたらすのだろうか?




