#8 敵艦隊接近
さて、あれから一週間が経った。
我々は、平穏な日々を過ごしていた。
モイラ少尉はすっかり人目を気にすることなく、ワーナー少尉と一緒に歩く姿をよく見かける。もう仲間内にも婚約の件は話しているそうだ。
一方の砲撃長はというと、相変わらず講義はうるさくて厳しい。むしろ、以前にも増して厳しくなったのではないかと思うほどだ。
しかし、このあいだの休日に見かけた時などは、エドナさんと手をつないで歩いていた。砲撃長、エドナさんが可愛くて仕方がないようだ。
意外な側面も知ってしまったが、本人達がそれでいいなら、それはそれで幸せなカップルの姿だろう。
とまあ、こんな色恋沙汰がおおごとに思えるくらい平和な日々を過ごしていたわけだが、ここに来て事態は急変する。
アステロイドベルトに展開する艦隊主力より、「敵艦隊接近」の報がもたらされたのだ。
発見から一年経ったこの星に、いまさら連盟軍がやってきたようだ。
さて、この宇宙には今、760ほどの人類生存惑星がある。これらの星はある場所を中心に直径1万4千光年の円形状に分布している。
この星々は、二つの陣営に分かれている。我々に多くの技術をもたらしてくれた地球001を中心とする「宇宙統一連合」と、その地球001打倒を掲げる「銀河解放連盟」とが存在する。我々は略して「連合」「連盟」と呼んでいる。
現在その勢力は、連合側に410、連盟側に350となっている。我々地球401は、連合側に属す惑星だ。
この両陣営は、度々武力衝突を繰り返している。といっても年に数回程度、大抵はワームホール帯の交差点となっている星域での遭遇戦が多いが、連盟側が連合側の星系に攻めてくることもある。
なぜこれら惑星は二つに別れてしまったのか?
それは、地球001が原因である。
今から210年以上前に、地球001は宇宙に進出する。
ワームホール帯と呼ばれる、宇宙の通り道を使った超光速航法、通称ワープ航法を確立した地球001は、自身の星系外に進出を果たした。
その数年後に、最初の人類生存惑星を発見する。この星を地球002と名付け、以降、発見順に地球+番号という名前がつけられることになる。
だが、最初のうちは、地球001の一方的な支配が行われた。
地球001はワープ航法だけでなく、強大な軍事技術も有していた。1万隻以上の艦艇に搭載された強力なビーム兵器。今でこそすべての星が保有しているこの兵器は、当時地球001のみが保有する技術だった。
当然、その軍事力に対抗できる星はなく、多くの星が外交・交易の不利益を受け続けることになる。
転機を迎えたのは、今から170年前のこと。地球が180まで増えていた時代、地球001が引き起こしたある大事件がきっかけで、その後の宇宙の構図が大きくかわることになる。
それは「地球003の悲劇」と呼ばれている。特に連盟側では「地球003大虐殺」とも呼んでいる。
地球003で、地球001に対する大規模な反乱が起こった。駐留している地球001の住人の多くが死傷、惑星外に待機せざるを得ない事態となった。
そこで、地球001は地球003に対して、苛烈な軍事行動に出た。
大気圏外から地球003に向けて、一個艦隊、1万隻の艦艇で一斉砲撃を行ったのだ。
この結果、直接攻撃で多くの都市が壊滅、また砲撃による放射エネルギーがもたらした気候変動により、風速300メートル級の巨大ハリケーンが発生、地球003は人類が生存不能な惑星と化してしまった。
地球003の12億いた人口は、3億まで減少、残った人々の多くはすぐ隣の惑星である地球023に移住することとなった。
しかし、今度はその地球023で大規模な軍事行動が起きる。
地球001から軍艦建造技術などを盗み出すことに成功し、宇宙艦隊を密かに結成。3万隻あまりの艦艇で、一気に地球023に駐留する地球001軍を全滅に追い込んだ。
その余勢を駆って、地球023は「銀河解放連盟」を樹立、周辺惑星に参加を呼びかけた。
ところが、態度を明確にしない惑星がいくつか出てくる。業を煮やした地球023はそうした惑星に対し、軍事的圧力をかけてきた。
地球003ほどではないにせよ、いくつかの星で虐殺行為が発生。結果として、数億もの人々が亡くなった。
これらの星では逆に地球001へ軍事援助を要請。その一方で軍艦建造技術などの供与を求めた。
こうして、地球001を中心とした「宇宙統一連合」が設立された。
当初、両陣営の勢力は、連合が60で連盟が120。それを今の状態まで拡大できたのは、惑星開拓政策による。
簡単に言うと、新しい人類生存惑星を探し出して、その星に軍事技術供与と交易を持ちかける。その後、その惑星に艦隊を結成させて、連盟側への対抗とさらに新たな惑星開拓を請け負ってもらう。
次第に味方の星を増やしていった連合側に対し、出遅れた連盟側はこれらの星に侵入、占拠するという武力行動に出た。
だがこれが多くの星の反感を買うこととなり、連盟内で連合に鞍替えする惑星も出てきた。このため、慌てて連盟側も同じ拡大政策を取り始めた。
以来160年、連合と連盟は戦争状態を続けつつ、新たな人類生存惑星を探し続けているというわけだ。
我々は今、この地球760に軍事、民間の技術や交易による利益をもたらしてはいるが、その見返りとして、将来は連合側として遠征艦隊を派遣し、さらなる勢力拡大に貢献してもらおうというのだ。
現在、連合側に属する400の惑星の内、自星を防衛する防衛艦隊を持つ星は350。さらに遠征艦隊まで備えた星は、320ほどとなる。
発見からだいたい10年で防衛艦隊を結成し、さらに10年かけて遠征艦隊を作るのが一般的だ。防衛艦隊であれ遠征艦隊であれ、通常は駆逐艦1万隻を持って一個艦隊とする。
駆逐艦は、全長250〜400メートルほどの艦艇。30メートル四方の先端部には直径10メートルほどの主砲が1門ついており、ここからビームを放つ。
艦全体が砲塔であり、この1門の砲を撃つための宇宙船が駆逐艦だ。
駆逐艦から放たれる高エネルギー粒子ビームは、直径100メートルほど、射程距離30万キロに及ぶ。出力は臨界量ぎりぎりの「1バルブ」から、砲門の強度限界ぎりぎりの「10バルブ」までの10段階ある。
出力単位が「バルブ」となっているが、これは昔、エネルギー粒子量をバルブの開けた量で調整していたため、こう呼ばれている。2バルブ、3バルブと上がるにつれて破壊力は2倍、3倍と上がるが、臨界達成まで時間が2の2乗、3乗と長くなってしまう。
つまり、1バルブ砲撃は臨界まで10秒。2バルブでは20秒、3バルブ90秒…となってしまう。威力は大きくても、これほど装填時間が長いと戦場では使い物にならない。このため、通常は1バルブでの砲撃が基本となる。
もっとも、1バルブ砲撃でも威力は相当なものだ。王都ほどの大きな街を一撃で破壊できるほどの威力はある。
だが、先の地球003の悲劇や、その後の連盟側の行った残虐行為の反省から、我々の駆逐艦は大気圏内での砲撃が固く禁止されている。特別な許可なく大気圏内で砲撃を行った場合、その被害有無にかかわらず軍規により最高刑、すなわち死刑となる。
駆逐艦の他には、補給や後方支援を主任務とする大型の艦艇がいる。我々が「戦艦」と呼んでいるこの艦艇は、全長3000〜4000メートルほど、砲門は20〜40門を備える。
だが、重くて機動性が低い上に、大きくて的になりやすいため、通常の艦隊戦では後方に控えている。
戦艦は駆逐艦 約300隻辺り1隻いるのが普通であり、平時でも駆逐艦の補給を請け負っている。
この補給時に、駆逐艦乗員は戦艦内に入る許可を得られる。どの戦艦にも艦内に小さな「街」があり、狭い艦内に長期間滞在せざるを得ない駆逐艦乗員のストレスを軽減する役割も担う。
この戦艦内にある400メートル四方の街には、たくさんの飲食店、雑貨屋、スポーツ施設に映画館まで備えており、駆逐艦乗員のために24時間動いている。
そういえば、私とマデリーンさんが最初にデートしたのは、戦艦内の街だった。あの時はスポーツ用品店でバットにまたがったマデリーンさんが空を飛んで大騒ぎになったものだ。
なお、戦艦には艦名が付けられている。我が艦の所属する小隊にある戦艦は「ニューフォーレイカー」という名前だ。一方で、駆逐艦には名前がなく、単に番号で呼ばれている。例えば、我が艦は「6707号艦」と呼ばれる。
しかし、それではあまりにも味気ないからということで、駆逐艦乗員の間で勝手に名前が付けられているのが一般的だ。
なお、我が艦の名は「クレープ」だ。どうしてこうなったのかはわからないが、ともかくこう呼ばれている。同じチームの6706号艦は「ヤキソバ」、6705号艦は「バニラアイス」…というように、食べ物の名前が多い。これは、我々地球401だけでなく、連合側の艦隊では一般的だ。
なんでも、どこかの艦隊で食べ物の名前をつけた小隊では一隻も沈まなかったからそういう風習が始まったとか、駆逐艦の消耗品のような扱いに嘆いて始まったとか、諸説あるがよく分かっていない。
さて、話を現在に戻す。
先にも述べた通り、連盟軍の艦隊がこの星に急速接近中とのこと。数はおよそ1千隻。
我々の艦隊主力は、小惑星がたくさんあるアステロイドベルトにて9千隻以上展開しているはずだが、なぜその9千隻で迎撃しないのか?そして、我々に出動命令がかかったのか?
どうやら、油断していて突破されたらしい。現在3千隻で追尾しているが、なかなか追いつかないという。
そこで、この惑星上にある全艦艇を持ってこの敵艦隊を足止めし、3千隻の味方と挟撃せよ、と言うのが艦隊司令部からの命令だ。
現在、この惑星上や軌道上に合計1千隻の艦艇がある。ちょうど、敵と同数の艦艇だ。
我々はすぐに出発することになった。家に戻る暇がない。宇宙港に急ぐ。
途中のバスの中で、急遽宇宙に行くことになったとマデリーンさんに電話する。
どうやら、敵艦隊のことをニュースで知ったらしくて、心配そうに私に話しかける。
私は一言言った。
「必ず帰ってくる。心配ないよ。」
「絶対だよ!絶対、帰ってきてね!」
マデリーンさん、ちょっと泣き声で答えた。
一応、エドナさんやロサさん、サリアンナさんのこともお願いした。彼らのパートナーもまた同様に駆り出されているはずだ。ご近所で宇宙に上がる女性は、モイラ少尉だけだ。
宇宙港に着いた。駆逐艦6707号艦に乗艦し、直ちに発進する。
通常は上空4万メートルまでゆっくり上昇して、そこから最大加速で大気圏を離脱するが、今回は時間がない。高度1000メートルで50パーセント出力にて高度4万メートルまで垂直上昇し、そこから最大出力で短時間にて大気圏離脱を行う。
月周回軌道の外側にあるラグランジュポイントが集結地点である。3時間もするとこの惑星上の全艦艇、およそ1千隻が集結した。
現在敵艦隊は、この惑星の一つ外側の第5惑星の軌道付近にいることが分かっている。その後ろを3千隻の味方艦艇が追いかけている。
30分間だけ足止めできれば、後ろの味方艦隊が追いつき、一気に挟撃できる。
彼らの目的はおそらく「威力偵察」。敢えて少数戦力で侵入して、高機動力でもって我々に揺さぶりをかける。これにより我々の戦力分布を分析し、あわよくばここに一個艦隊を引き連れて、攻め入ろうと考えているとのことだ。
このため、まんまと逃げられては戦線拡大につながるかもしれないとのこと。この星を戦場にしないためにも、この戦いで敵にダメージを与え、追い払わないといけない。
集結した我々は、すぐに敵艦隊の追撃に入る。
今回は、この惑星の人間も一部乗艦している。パイロット候補生はいないのだが、艦長候補や参謀候補生が何人か乗艦しているとのこと。
敵艦隊まで、あと2千万キロ。相対速度が早いため、接触まであと10時間ほど。
全員、7時間以内に食事や仮眠、風呂などをすませるよう命令が下る。直前3時間は臨戦態勢となる。
といっても、こんな緊張感の中では、食事をする気にもならないし、眠ることもできない。なにせ実戦だ。
実は、この星に着いた直後に実戦を経験している。
この広い宇宙では、戦闘はそんなにしょっちゅう起こるものではない。全体でせいぜい年に4、5回ほど。多くても10回程度だ。
だが艦隊の数は、我々の側だけで700艦隊以上、遠征艦隊だけでも320艦隊。それだけの艦隊があって、年に数回しか戦闘がない。
数個艦隊が一度にぶつかるほどの戦いというのは滅多になくて、一個艦隊同士、敵味方1万隻づつの戦いか、または今回のような千隻単位の戦闘というのが多い。
となると、戦闘というものは一生のうちに一度、経験できるかどうかというものなのだ。だが、どういうわけか私は、そしてこの駆逐艦の乗員は、2度目を経験する羽目になる。
我々地球401の艦隊が戦闘を行ったのは、この星に来て間もなくのこと。1万隻単位の戦闘だったが、生きた心地のしないあの戦いを、また経験する羽目になるのだ。
だが軍人である以上、攻めてきた敵を追い払う義務はある。こういう時のために給料をもらっているのだ。断る権利はない。
それにここで追い払わないと、マデリーンさんやエドナさんの星が危うくなる。中途半端な対応は戦線拡大を招き、常に戦闘の起こる星域になりうる。敵は徹底的にたたき、この星への侵攻をあきらめさせる。これがこの戦闘の狙いだ。
ところで、戦場におけるパイロットの役割だが、今の戦闘というのは、30万キロ前後のロングレンジ攻撃が主流であり、航空機による攻撃は行われないのが普通だ。
通常、駆逐艦同士の撃ち合いというのは長くて5時間。一方、30万キロもの距離を高速の複座機でも、だいたい10時間はかかってしまう。到着前には戦闘が終わってしまうため、航空機による攻撃は行われなくなった。同様に、ミサイルなどの物理攻撃も使われていない。
だが、パイロットの役目がたったひとつある。
それは、レーダー探知任務である。
主砲から放たれるビームは、しばしば電波障害を引き起こす。このためよくレーダーが効かなくなることがあるそうだ。
そこで、電波障害の空域外に航空機を配置し、哨戒機のレーダーをくみあわせて駆逐艦のレーダーの代わりを行うという任務がある。
これにうってつけの機体が、まさに私の乗る哨戒機なのだ。全身がレーダーのような機能を持つこの機体、駆逐艦にも引けを取らない索敵能力がある。
その任務に備えて、私にも出撃命令がかかった。
でも、そういう任務が発生する時は、ビームの飛び交う中発進する羽目になる。王都をも一撃度吹き飛ばせるほどのビームが飛び交う中を、ちっぽけな哨戒機で飛び出すわけだ。多分、生きた心地がしないだろう。できれば、そういう事態が起こらないことを切に願う。
もっとも、一番嫌なのは直撃弾を受けること。一発でも受ければ、駆逐艦はひとたまりもない。
もっとも、これを防ぐ手段はある。耐衝撃粒子散布装置、通称「バリア」と呼ぶ防御兵器だ。
これを使えば、駆逐艦は正面からの攻撃に対してはかなり高い防御力がある。2バルブ程度の砲撃までなら跳ね返すことができるほどだ。
だだしこちらが砲撃する際は、バリアは解除しなくてなならない。その瞬間に着弾すると、もちろん駆逐艦は一瞬で消滅する。
いくらバリア越しであっても、直撃というのは生きた心地がしないらしい。バリアがビームを弾く際には、凄まじい音が艦内に響く。一度経験しているが、あれは不愉快な音だ。
そういう経験を、あと数時間後に味わうことになる。できれば戦闘を回避できればいいのだが、こうなったらどんな形でもいい、生き残って家に帰りたい。
戦闘まで、あと3時間となった。私は食堂に向かう。
ここは戦闘時には持ち場がない乗員や、非番のものが集まってくる。駆逐艦でもっとも中心部にあるため、直撃時に生き残る確率が最も高い場所とされているからだ。その食堂には大きなモニターがあって、艦外の映像や、レーダーの画像が映し出されるようになっている。
敵艦隊まで、あと200万キロまで迫っていた。敵は速度を落とさない。我々はその行く手を阻むよう移動する。その50万キロほど後ろを、味方の3千隻が迫っていた。
敵は進路を変えようとせず、まっすぐこっちに向かってくる。どうやら後ろの3千隻の艦隊に気をとられ、我々の艦隊に気付いていないようだ。
このため、我々は3隊に分かれて、鶴翼陣形を敷いてまちぶせることにした。
駆逐艦というのは、バリアによって正面からの攻撃に対する防御は堅い。だが、少しでも正面以外からの方向の攻撃になると、途端に弱くなる。
そこで、敵艦隊を3方向から撃ち、敵の防御力の低いところを突く。これに驚いて少しでも足止めできれば、後方の味方との挟撃が実現する。突破しようとしても、損害が大きくなる。
だが、もし右翼または左翼に進路を変えてくれば、数を3つに分けてる分だけ我々が不利になる。敵に逃げられることになるばかりか、味方の損害が大きくなる。
なお、我々の艦は左翼だ。奴らが左翼方向に転舵してきたら、こっちに攻撃が集中する恐れがある。
「敵艦隊まで、あと45万キロ!」
レーダーサイトを見る限りは、まだまっすぐ向かってるようだ。どうやら、本当にこちらを見落としているようだ。
船外服着用命令が出た。食堂の皆は全員、着用していた。
モイラ少尉もここにいる。だが、彼女の未来の旦那さんは砲撃長と同じ、砲撃管制室にいて戦闘に備える。
「敵艦隊まで、あと31万キロ!接触まであと3分!」
オペレーターの声が響く。
「砲撃戦用意!初弾は3バルブ斉射!のちに1バルブの通常射撃を行う!」
最初だけ大出力ビームを撃ち込むことにしたらしい。
「砲撃臨界点まであと10秒!」
「敵艦隊!進路を変えます!左翼方向に転舵!」
戦闘開始直前、我々の主砲へのエネルギー装填を感知したのか、こちらにようやく気づいたらしい。
「敵艦隊、射程内に入ります!砲撃準備よし!」
「撃ち方、始め!」
艦長の声が響く。ついに戦端は、開かれた。