#78 魔女と妖精と研究所
いろいろあって、ベルクソーラさんは結局、うちの屋敷の敷地内に住むことになった。
まずリトラ王国の王宮から派遣された人ということで、まさか王都の平民層のところに住まわせるわけにはいかないということになった。かといって、宇宙港の街にある集合住宅ではちょっと遠すぎる。いい場所がないか、コンラッド伯爵様に相談してみると、
「お主の屋敷でいいではないか。すでに魔女たちも何人か一緒に暮らしておるのだろう。」
…ですよね、やっぱり、私の屋敷がぴったりですよね、どう考えても。
ということで、サリアンナさんとロサさんが暮らしている離れの住居の空き部屋に、ベルクソーラさんが暮らすことになった。2階の部屋に荷物を持ち込んでいた。
サリアンナさんやロサさんは1、2階を使っているが、ベルクソーラさんは1人なので、1階の部屋は要らないと言ってきた。このため、6つのうち1つだけ余るという中途半端な状態になってしまった。またいずれ使い道を考えよう。
こうして、また我が家に魔女が増えてしまった。いや、彼女は一応「妖精」だが。
その妖精さん、この王都では毎日が新発見の連続だ。先日、ショッピングモールに連れて行った時のこと。
フードコートでマデリーンさんお勧めのハンバーグを食べると、
「ハ、ハーデス…こんな食べ物があったとは…」
映画館の横で流されてる映画「魔王」シリーズの予告を目にすると、
「ハ…ハーデス!?なんだこの板は!?中に化け物がいるぞ!?」
服屋に行けば、
「ハ、ハーデス!なんて綺麗な衣装!ここは王宮か!?」
シャロンさんの魔女グッズ専門店に行けば、
「ですのでで、この棒を使えばたちまちあなたの魔力が増大し、もっと高く速く飛べるはずですよ!」
「ハ、ハーデス!?なんてことだ。妖精のための道具を売る店があるなんて…」
あの独特の接頭語を連発し続けている。よほどここは刺激的なようだ。毎日、何かを発見している。
ところで、最近王都のそばに新しい建物ができた。その名も「重力子研究所」という。名前からすると怪しさ満点な建物だが、要するに重力子を測定するための施設。2年半前に地球401でマデリーンさんとロサさんを測定した、あの施設と同じものだ。
宇宙船を点検するためには欠かせない施設なので、いつかは作る必要があるものだが、地球760の宇宙進出4年目を前に、ついに完成した。
で、その施設の機器チェックのために、我が艦が呼ばれた。
「両舷停止、慣性航行で建物内に進入する。」
「了解!両舷停止!」
建物の横に開いた大きな入り口から、駆逐艦0972号艦はゆっくりと進入する。駆逐艦がくぐるにはぎりぎりの大きさなので、かなり慎重を要する。
「繋留アンカーに接続します、艦固定用意!」
ガシャンという音と共に、我が艦は固定された。艦の固定と同時に、入り口のハッチが閉じられる。これで駆逐艦0972号艦は、すっぽりと建物内に収まった。
艦の外、建物の壁際にある休憩所から手を振る人がいる。この研究所の所長さんだ。あれは無線機をつけてくれという合図。通信士に、民間バンドの通信回線を開くよう指示する。
「いやあ、上手く入ったね。じゃあ早速、重力子のチェックするよ。」
所長からの通信だ。この艦の重力子分布を測定する。
といっても、我々はただそこでじーっと待っているだけだ。特にこれといってすることはない。動くわけにもいかないので、ただひたすら測定が終わるのを待つ。
しばらくすると、所長から連絡が入る。
「測定終了!いやあ、残念ながら、どこにも異常がない。綺麗に重力子が分布しとるよ。残念じゃなあ…」
えらく残念そうに話すのだが、異常がないことはいいことじゃないのか?まだできて1年半ほどのこの艦に異常があったら、それはそれでやばいでしょう?
再び研究所のハッチが開き、ロック解除。私はそのまま艦を後退させる。建物を出たところで駆逐艦を着陸させ、私は外に出てここの所長に会いに行く。
「艦長のダニエルです。」
「ああ、どうも。所長のアイザックだ。ほれ、これがこの艦の重力子分布じゃよ。」
青から赤で色分けされたコンター図を渡される。駆逐艦の居住区の形に沿ってくっきりと赤色が分布。これは、まんべんなく慣性制御が機能していることを示している。
これ自体は正常なデータで、なんら問題はない。が、このアイザック所長は残念そうな様子。何かもっと変わったデータを取りたいらしい。
「うーん、つまらんのお…こんな分布をいくら見ても、この研究所の真価を発揮してるとは言えないのぉ…」
ちなみにこのアイザック所長。地球401出身で、わざわざこの星に移住してこの研究所を作ったのだ。
なんでも、地球401は重力子研究者にとってはとてもつまらない星だという。大学や研究機関は学閥や権力闘争の巣窟となっており、純粋に研究ができる環境が失われつつあるらしい。一人息子は独立したらしいので、奥さん共々第2の人生を求めてこの星にやって来たというわけだ。
「別にいいんじゃないですか?元々こういう船の重力子異常がないかを確認するための施設ですし、目的通りに役目を果たしていれば何も問題ないのでは?」
「うむ、それは工学的な発想じゃな。わしは理論派の理学出身なんじゃよ!何か新しいものを見つけ出すことこそ、わしの願いなんじゃて!」
そんなもの、地球401だろうが、760だろうが見つからないでしょう。連合内でも、重力子研究はもう随分やり尽くされた学問だというし。
ところがアイザック所長、急に私の方を向いてこんなことを言い出す。
「そこでこの星なんじゃよ!この星にしかないものを求めて、わしは来たんじゃて!」
「はあ、この星にしかないものですか…っていったい何ですか?」
「とぼけんでもええじゃろ。あんたの奥様じゃよ。」
「ええっ!?マデリーンさん!?」
「王国一の魔女の旦那が乗っとる船を呼んだのは他でもない。あんたに魔女を連れて来て欲しいんじゃよ!」
「ああ、魔女のことですか…」
そうだ。そういえばこの星には魔女がいる。言われてみれば宇宙でも珍しい、生身の身体で重力子を操る魔女がたくさんいる星だ。確かに重力子の研究にはうってつけの場所だろう。
「あの…でもうちの魔女は、もうすでに地球401で調べ尽くされててですねぇ…」
「そんなこたあ分かっとるよ。あの場にわしもおったからのぉ。じゃがここには他にもいろんな魔女がおるじゃろ!?この星には一等魔女だけじゃのぉて、二等魔女というのもおると聞いたぞ?あんたの知り合いには空飛ぶ魔女ばかりでなく、コンテナを持ち上げるのもいるんじゃろ?」
「はあ、確かにそういう魔女がいますね…」
「その謎を解明したいんじゃよ!ぜひあんたには協力して欲しい!」
よく知ってるな、私のこと。どこからそんな情報仕入れたんだ?というわけで、所長からはありったけの魔女を連れて来て欲しいと頼まれる。急に言われても、魔女さんの意思もあるから期待しないで欲しいと、私は渋々了承する。
そんな話に乗るかなあ…と思いつつ、私はマデリーンさんに研究所のことを話す。
「ええっ!?あの研究施設が、ここにもできたの!?」
「…うん、そうだよ。今日、駆逐艦0972号艦を入れてテストしてきたんだ。」
「へえ、そうなんだ。」
「で、そこの所長さんが言うには、魔女たちを調べてみたいというんだ。」
「ええっ!?魔女を調べるの!?」
「いや、魔女たちが来るかどうかわからないって、一応断っておいたけどね。」
「いいわよ、私行く。なんなら他の魔女も呼んでみましょうか?」
「ええっ!?いいの!?」
「いいわよ、別に。あの時も結構楽しかったし。」
「で、でもさ、まるで実験動物みたいに調べられるんだよ!?いいの、ほんとに?」
「いいんじゃない?何かの役に立つのなら、それでいいわよ。ねえ、レアとクレアも行く?」
「えっ?どこにですか?」
「魔女の研究所だって。」
「魔女の研究所?それってまさか魔女を殺してその体を…」
「そんなおっかないことしないわよ!自由に飛んだりものを持ち上げればいいだけのところよ!うまくいけば、魔力を強めるための何かを教えてくれるかもよ。私も以前そういうところに行って、速く飛べるようになったんだから。」
「そんなすごいところなんですか!?行きます!是非行かせてください!」
こうして、またマデリーンさんは魔女宛にメッセージを送っていた。
翌日、我が家に集まったのはロサさん、ミリアさん、ペネローザさん、アウレーナさん、ジーナさん、アンリエットさん、エリザさん、アマンダさん、そしてエマニエルさんの9人。さらに「妖精」のベルクソーラさんも加わり、うちの魔女を合わせると全部で13人が集合。
「魔力を強化してくれるって、本当?そんなことできるの?」
ミリアさんが興味津々だ。
「私はそこで強化してもらったのよ。ロサだって、速く飛べるようになったし。」
「そうだったんだ…どおりで急に2人とも速くなったなあと思ったのよね…」
リトラ王国からやってきたベルクソーラさんも、この研究所に興味津々だ。
「ホントか?その研究所に行くと、強くなれるのか?」
「本当よ。まあ、行けばわかるわよ。」
13人と付き添いの人が数人で、王都の郊外に向かう。バスで10分、最寄りのバス停から20分ほど歩くと、その研究所がある。
この王都もだんだんと暖かくなってきた。春の到来が感じられる季節だ。こうして歩くだけでも心地よい。
が、一緒に歩く相手が13人の魔女、それにアルベルト大尉にフレッド少佐、レーガンさんにバーナルド大尉、それにエイブラムとアイリスさんまでいる。
ところでなぜ、アイリスさんまでついてきたのか?
「いやあ、重力子の研究所と聞いて、何か面白そうかなぁと思ってですね。それに、うちの魔女を強化してくれるなら、とってもありがたい話ですし。」
なにか商売の香りでも嗅ぎつけたのだろうか?エイブラムも絶対同じ理由だ。何か商売になりそうなものがないか、探りに来たようだ。
重力子研究所につくと、アイザック所長がお出迎え。あまりの魔女の多さに驚いていた。
「…いやあ、本当にたくさんの魔女の知り合いがおるんじゃなぁ。驚いたわい。」
「あの、多すぎました?」
「いやいやなんの!たくさんいてくれるのはありがたい!じゃあ、ここで主役にご登場願うか。」
「えっ!?主役!?」
何を言っているのかと思ったら、その場にもう一人の人物が現れた。白衣を着ており、いかにも研究者というこの人。どこかでお会いしたことがある。
「いやあ、ダニエルさん、お久しぶり。」
私を見るなり、声をかけてきた。
「…あれ?もしかして、リュウジさん!?」
研究者のリュウジさんだ。一度、地球401の研究機関でお会いした、地球001出身の方だ。なんとわざわざ地球760まで来てたんだ。
「なぜまた、こんなところまでいらっしゃったんですか?」
「魔女の本場の星に重力子測定装置ができたんで、大急ぎで来たんだよ。ここにはいろいろな魔女がいるというし、研究のしがいがあると思ってね、2か月かけて地球001からはるばるやってきたんだよ。」
そういえば地球001は、ここから3400光年の彼方だ。わざわざそんな遠くからいらっしゃるとは、この人の研究者精神は半端ではない。
「リュウジじゃないの!久しぶり!」
マデリーンさんもリュウジさんを見て歓喜していた。マデリーンさんの能力を引っ張り出した張本人だ。マデリーンさんにとっても忘れられない人だろう。
「やあ、王国一の魔女マデリーンさんだよね、お久しぶり。」
マデリーンさんだけでなく、ロサさんもリュウジさんのところにやってきた。
「お久しぶりです、リュウジさん。ロサですよ、覚えてますか?」
「覚えてるよ、確か人見知りな魔女さんだよね。」
そういえばロサさんは最初、リュウジさんとちょっと距離を置いていたようだった。だんだんとなじんできて、2週間ほどかけて気軽に話せる間柄になっていた。
そんなマデリーンさんもロサさんも、すでに子供がいる。2人とも1歳を過ぎた子供を抱えているのを見て、リュウジさんも年の流れを感じていたようだ。
「でもリュウジさん、なんだってわざわざこの星に来たんです?以前、マデリーンさんとロサさんを調べて、得られるものはなかったんですか?」
「いや、大いにあったさ。ただ、新たな疑問が出てきたんだよ。作用反作用が成り立たないことや、重力子以外の素粒子の介在が…」
このあたりから専門用語のオンパレードで、何を言っているかわからない。だが、要するに前回の調査だけでは不足だったようだ。それでわざわざここまでやってきたらしい。
そんな専門用語を淡々と述べるリュウジさんが、突然私にこんなことを聞いてきた。
「ところで、ここにものすごい重さのものを持ち上げる魔女さんがいると聞いたけど、誰なんだい?」
「ええ、3人ほどいますよ。一番強いのはあそこにいる小さい魔女さん、ペネローザさんですね。」
私は手招きしてペネローザさんを呼ぶ。夫のレーガンさんもついてくる。
「やあ、あなたが怪力魔女さん?こんなに小さい体で?すごいねぇ!」
「えっ?えっ?怪力!?いや、そんなにすごくはないですよ!」
ペネローザさん、初めて会うこの研究者を前に緊張している様子だ。
「早速、ここで重力子の測定をしてみたいんだ。ペネローザさんから始めちゃっていいかな?」
「はい、外にずっといるのも寒いですし、いいですよ。始めちゃいましょう。」
所長とリュウジさんが魔女さんたちに中に入るよう手招きする。私を含む魔女以外の人々は、横の控室に向かった。
測定センサーのある施設内には、魔女がたくさん集結している。以前はマデリーンさんとロサさんだけだったが、今度は13人だ。いったいどんなデータが取れるのだろうか?
最初にペネローザさんが測定されていた。あらかじめ用意されたコンテナを、いともあっさりと持ち上げる。
以前はマデリーンさんとロサさんの2人だけだったが、今回はなにせ13人もいるので、一通り測定が終わったのはここにきて3時間後のことだった。
それにしても、あのとき地球401から帰ってきてからというもの、魔女の知り合いが増えたものだ。当時は空飛ぶ魔女しか知らなかったが、今は怪力系二等魔女さんや、水球を作る魔女までいる。
「いやあ、ありがとう!いいデータが取れたよ!これから分析してみるけど、また来週に来てもらってもいいかい?」
「いいわよ!みんなもいいでしょ?」
「いいよ!また来るね~!」
魔女の側としては、ここで調べてもらうと自分の魔力が強化されると思っているから、みんなとても協力的だ。
たくさんの魔女達が話に盛り上がってる横で、私はリュウジさんと話す。
「魔女さんは元気だねえ。やっぱり、この星にきてよかったかな。」
「いや、女の人って、どの星でもこんな感じじゃないですか?」
「そうかもしれないけど、ここは特別さ。なにせ重力子を扱える女性が存在するんだよ?こんな星は数えるほどしかない。しかも、これほどたくさんいるのはここくらいのものだ。」
「へえ、そうなんですか。」
「魔法使いのいる星というのは他にもあるけれど、どこも1万人に1人くらいの割合で、なかなか巡り会えないのさ。そんなわけで、ここはたくさんの魔法使いに会える貴重な星。だから私は、この星にこの研究所を作るよう働きかけてきたんだよ。」
なんと、この施設の建設にはリュウジさんが関わっていたのか。どおりで完成してすぐ現れたわけだ。
「最近の重力子研究は、学閥だの権力争いだのがはびこっててね。そのわりに新しい発見がなくて停滞状態なんだよ。そんなこともあって、私は地球001を飛び出してきたんだ。」
「ええっ!?ご自分の星を飛び出した!?」
「うん、あそこにはもう帰らないつもりだ。できれば、ここで研究しながら暮らしたいと思ってやってきたんだ。」
リュウジさんは淡々と話すが、私には今ひとつ理解できない。地球001といえば、我々の持つほぼ全ての技術の発祥地、この宇宙で最も進んだ星だ。その星を出てこんな辺鄙な星に来たいと思う人が現れるとは思わなかった。
「今はホテル暮らしだけど、近いうちに王都のどこかに引っ越すつもりだよ。そういうわけで、今後ともよろしく。」
そういうとリュウジさんは、研究所の建屋の中に帰っていった。
しばらくすると、魔女たちは解散して、私の家族と使用人、同居人たちと共に王都の屋敷に帰る。家につくと私はマデリーンさんに、リュウジさんがここに住むつもりらしいという話をした。
「あの進んだ地球001を離れて、わざわざこの星でクラスだなんて言うんだよ。ちょっと意外でさ…」
「別にいいんじゃない?魔女の力のことが知りたきゃ、ここで暮らすのが一番じゃない。」
と言ってあまり深く取り合わない。まあ、その通りなんだけど、何か引っかかるなあ…
こうして、魔女達と研究所の付き合いが始まった。あの重力子の研究者たちは、個性的な魔女達を相手にすることになる。それにしてもリュウジさん、地球760という地球001と比べると大きく立ち遅れたこの星に、果たして馴染めるのだろうか?何故だか私は、何かが心に引っかかっていた。




