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#76 北方の国の妖精

ついにアイリーンが1歳になった。生まれてようやく1年である。ここまで、アイリーンの子育てに奮闘しつつ、艦長としての業務もこなしていった。なぜかこの1年で、使用人も2人増えた。


アイリーンはすっかり立てるようになり、最近は単語を話せるようになってきた。


「パパ!ポジュド!」


もっとも、大半は何を言っているのか分からない。ちなみにこれは「パパ、ポテト」と言っている。アイリーンは、王都ポテトが大好物だ。


こんなにポテトばかり食べさせていいのだろうかと思うほど食べたがるが、マデリーンさんはそう簡単には与えない。


「ダメでしょ、ポテトばっかり!ご飯食べられなくなるわよ!」

「んぎゃあん!ポジュド、ポジュド!」


全く、どこかの魔女そっくりでわがままだ。かんしゃくを起こして、魔力で床にあるスリッパやらおもちゃやらをすくい上げて、投げつけてくる。


「こらっ!アイリーン、物投げちゃダメでしょ!」

「んぎゃーん!」


怒鳴るマデリーンさんに泣きじゃくるアイリーン。我が家ではいつもの光景だ。


だが、そのあとママの膝の上で夕食を食べてご機嫌なアイリーン。喜怒哀楽が激しいのは、やはりマデリーンさんに似たのだろう。


以前はなぜか私の足にしがみつくのが好きだったが、今は全く見向きもしない。近ごろ私に近づいて言うことは、


「パパ、クチャい。」


…いったいどこで覚えたんだ、そんな言葉。第一、私はそんなに臭くはないはずだが。


そんなアイリーンだが、魔女だからなのか、それとも子供っていうのはそういうものなのか、高い高いをすると大喜びだ。満面の笑顔できゃーきゃーと声をあげる。


ショッピングモールで抱っこをすると、周りが気になるのかキョロキョロしている。下に降ろすと、すぐに抱っこをせがんでくる。やはりアイリーンの目線では、低すぎてつまらないようだ。とにかくこの年齢の子供は、好奇心の塊だ。


そんな我が子の成長を毎日近くで見ていたいところだが、そんな時でも任務が課せられる。


今、私は王都から7000キロ離れた北方の国に向かっている。そこはリトラ王国と呼ばれる国。アドミラル大陸とは反対側に位置する島国だ。


すでに我々がここにきて4年は経つというのに、まだこの国は統一政府へ参加していない。もう、この星ではこの国だけになってしまった。


ここが最後まで取り残された理由の一つに、言葉の壁がある。ここは独自の言語で、なかなか通訳が見つからなかったため、交渉開始が遅れてしまった。最近ようやく通訳となる人を確保し、交渉が可能となった。


が、交渉はことごとく失敗。第3人まで送られたが、けんもほろろに断られたらしい。そこで第4陣として、私の艦が行くことになった。


シェリフ交渉官を乗せて、我が駆逐艦0972号艦はそのリトラ王国に向かう。


それにしても、なぜ私がその国に向かうことになったのか?そもそもこういう仕事は地球(アース)401の駐留艦隊の役目であり、本来ならこの星の防衛艦隊の任務ではない。にもかかわらず、私のところにこの話が来たのは、私が過去に2回の交渉を成功させた実績があるからだ。


この地球(アース)760で最初の接触を行い、続く地球(アース)769でも最初の接触者となった。


ならば、この難航するリトラ王国の交渉もうまくやってくれるのではないか?そういう根拠のない理由で、私はここに派遣されることになったのだ。


そんな無茶振りをされたわけだが、任務である以上、全力で取り組むことにした。そこで私は、このリトラ王国についての情報を確認した。


この国は極寒の国で、ほぼ年中真冬のような寒さだ。ましてや今は北半球は冬の真っ只中。つい先日までここは日の登らない極夜だった。今も太陽は低く、すぐに日が沈む。


ところで、この国は魔女のことをとても大事にしているらしい。この国では魔女のことを「妖精」と呼ぶそうだが、他の国ではどちらかというと蔑視の対象とされることが多い魔女を、この国では大切に扱うそうだ。


作物がほとんど育たない地域で暮らしているため、空から鹿やアザラシなどの獲物を見つけてくれる一等魔女は重宝されている。この国では、まさに魔女なしには成り立たないらしい。


それゆえに、魔女を蔑視している他の国々とは疎遠になっている。ましてや、魔女を苛烈に扱った歴史を持つ帝国が統一政府の中心にいる。これも、この国が統一政府への参加の障害となっている理由だ。


まだ日が出ているうちに、我が艦は降りる。哨戒機に乗り、シェリフさんと私、それに通訳とパイロットのヴァリアーノ大尉、通信士の5人でこの国の王宮に向かう。


王宮に着くが、誰の迎えもない。これだけでも歓迎されていないことを知らされる。


哨戒機を降りて、王宮の中に向かう。衛兵に我々がきたことを伝えると、中に案内された。


玉座の間らしきところに通される。奥には、この国の国王と思われる人物がいる。我々に向けて喋りかけてくる。


「オ、オパットパラ、ナラネーヤ…」


よくわからない言葉で話される。だが、口調で機嫌が悪いことはよく分かる。


「おい、お前達、妖精を汚す愚か者よ、何の用で来た、と申しております。」


通訳がこの王の言葉を訳して伝えてくれたが、通訳の必要がないくらいストレートにそのままの意味だった。我々は改めてこの国に、統一政府への参加を呼びかけるため来たと伝えてもらう。


すると、答えはやはり今まで通り「拒否」だった。我々とは交流するつもりがないらしい。


この国は周りと隔絶されているが、それでもやっていけている。だから、わざわざ妖精を汚すような連中と付き合う必要はない。そう主張する。


よほど魔女のことが大事なようだ。我々が拠点とする王都や帝都のことも彼らはよく知っており、特に帝都での魔女狩りの歴史は、彼らにとっては許しがたい事実だ。それゆえに、態度が頑ななのだろう。


だが時代は変わった。今や魔女は我々地球(アース)401出身者にとってはまるでアイドル的存在であり、それにつられて王都や帝都でも堂々と魔女と名乗ることがかないつつある。第一、ここにいる2人の妻は魔女だ。


そのとき、玉座の間の上から木の枝にまたがった魔女…いや、妖精が現れた。我々の方を見ながら、ゆっくりと降りてくる。


北方民族特有の透き通るような白い肌、青い目、銀色の髪の毛。その神秘的な姿は、まさに「妖精」だ。


王の座る玉座の横に降り立った彼女は、我々の方を睨んでくる。最初から敵対的な態度で接する。よほど我々のことが気に入らないらしい。


彼女はこのリトラ王国で最強の妖精だそうだ。この王曰く、空を飛ぶ能力もさることながら、彼女には他の妖精にはない、特殊な能力があるという。


その妖精さんがこちらに来る。どうやら今からその特殊な力とやらを見せてくれるらしい。


彼女は私の前に立つ。そこで、私に向けて手をかざす。


すると、私の体が突然浮き上がる。よく見ると、彼女は私に触れていない。手を触れることなく、私を浮き上がらせているのだ。


これは確かにすごい。こんな能力の魔女、初めて見た。リトラ王国最強の名は伊達ではない。


続けて、王は我々に言った。これほどの力を持つ妖精は、妖精を汚すお前達の国にはいない。この通り、お前達なしに我々はやっていけるだけの力がある。だから、何度来ても答えは変わらない。そう主張する。


いや、たかだか人を遠隔で浮かせる能力があるくらいで、この先もやれると言い切るのはいささか無理があるだろう。これを聞いて、私はつい叫ぶ。


「私の元にも、優れた魔女がいますよ。」


突然声を発した私を、王と妖精さんが驚いた顔で見る。通訳の人が私の言葉を伝えると、王は私に向かって何かを言う。


そんな妖精がお前達のところにいるはずがない、戯言を言うな!と言っている。そこで私も応える。


「では明日にでも連れて参りましょうか?我が王国最強の魔女を。」


この挑発的な発言が受け入れられて、明日もう一度その魔女を連れてここに来ることになった。


王宮を出ると、シェリフさんが私に言う。


「ダニエル君、あれはちょっと言い過ぎじゃなかったのかな…」

「そうですか?私は事実を申し上げただけです。それにさっきから彼らは我々のことを、魔女を大事にしない連中だと決めてかかっているじゃないですか!そうじゃないことを示すのも、交渉の打開策になるんじゃないですか?」

「うーん、確かにそうだな…今までうまくいってないわけだし、ここはあえて今までとは違うアプローチをするのがいいかも知れないな。」


シェリフさんも私の案を了承してくれた。というわけで、我々は一旦王国に帰る。


家に戻ったのは、それから3時間後のことだ。私はマデリーンさんに今日の話をする。


「何ですって!?こっちの魔女がダメだって言うの!?冗談じゃないわよ!そんな奴ら、私が相手になってやるわ!」

「いや、マデリーンさん、別に喧嘩するわけでは…」

「似たようなものよ!こっちの魔女がすごいってこと、思い知らせてやるわ!」


息巻くマデリーンさん。そしておもむろにスマホを取り出して、電話をし始めた。


「ああ、もしもし。私よ、マデリーン。あのさ、明日朝、こっちに来られない?…ああ、いいわよ、私がアイリスに話ししておくから。」


何人かに電話をかけていた。誰にかけてるんだ?


翌朝、マデリーンさんが誰に電話していたかがわかった。我が家の前には、大勢の魔女が集まったのだ。


アリアンナ、サリアンナ、ロサ、ミリア、ペネローザ、アウレーナ、ジーナ、ロージィ、アンリエット、エリザ、パナラット、アマンダ、シャロット、デーシィ、エマニエル、そして我が家にいるレア、クレア。マデリーンさんを入れて全18人、この王都にいる私の知り合い魔女が集結していた。ここにいない知り合い魔女は、帝都で中年係長と暮らしているアリエッタさんくらいだ。


おまけに、あの会社がカトリーヌさんの船を出すと言う。アイリスさんも来る。イレーネさんからは、子持ちの魔女の子供の面倒を見るために、アンナさんを派遣してくれた。うちのカロンさんも、子守役でついてくる。なんだか想像以上に大事になってきた。


宇宙港に着くと、シェリフさんはあまりの魔女の多さに驚く。まさかアリアンナさんまで来るとは思っていなかったようだ。


「あれ?アリアンナまで行くのかい?」

「そうよ。この王国の魔女に喧嘩売ってきた冷凍チキン野郎がいるって言うから、みんなで行くことになったの。」


これだけの魔女が集結すると、なかなか圧巻だ。今では子供を抱えてる魔女も多いから、あちこちで泣き声が聞こえる。


「なんでこんなにたくさん魔女がいるのよ~!」


大人で泣いているのも1人いた。ロージィさんだ。相変わらずだなあ、この人は。


こうして、王都魔女会全軍でリトラ王国最強の妖精に立ち向かうことになった。


宇宙港から、我が駆逐艦0972号艦が発進する。


「両舷微速上昇!高度4万まで上昇し、リトラ王国に向けて発進する!」

「グレイス貿易所属の民間船より入電!貴艦の指示に従う、航路の指示を乞う、です!」

「了解、我が艦の航路を送れ。ついでに一旦規定高度まで上昇し、そこで合流すると伝えてくれ。」

「了解!」


カトリーヌさんが船長と航海士を務める船がついてくることになった。全長90メートルの小型船が、我が艦の右後方500メートルにつく。


一旦高度4万メートルまで上昇し、そこで機関最大。弾道飛行で目的のリトラ王国までひとっ飛びする。その間わずか10分。宇宙船なら、地球(アース)760の裏側などひとっ飛びだ。


2隻の軍民混成の船団は、あっという間にリトラ王国にたどり着く。


王宮のそばの雪の平原に2隻の船が降り立つ。マデリーンさん達18人の魔女を引き連れて外に出る。


「じゃあ、カロンさん、アンナさん、アルベルト大尉にロレンソ先輩、子供のお世話をお願いしますね。」

「いいよ、頑張ってこいよ。」

「行ってらっしゃいませ、ダニエル様。」


ここは寒いので、魔女の子供らはお留守番だ。この4人に5人の幼児の世話をお願いして、我々は王宮に向かう。


外に出ると、向こうから誰かが歩いてくる。


「やあ、ダニエル殿、久しぶりだな!いつも旦那が世話になっている!」


船長のカトリーヌさんだ。相変わらず元気そうだ。


「カトリーヌさんまでいらっしゃるとは、これまたどういうわけで?」

「ああ、魔女たちの争いついでに、我が社の宣伝もしておこうかと思ってな。この国への贈り物も運ぶ用事も承って来たというわけだ。」


やっぱりあの会社が絡んでいるのか。ここで統一政府に恩を売っておけば、なにかと都合がいい。そういう魂胆が丸見えだ。


アイリスさんも後からついてきた。何やら嬉しそうだ。


「皆さんこんにちは!いやあ、これだけ魔女が集まると圧巻ですねぇ。ところでダニエルさん、アウレーナとジーナ、アマンダを連れて行ってもいいですか?」

「ええ、いいですけど、どうするんで?」

地球(アース)401と統一政府、それに我が社から、こちらの王様に贈り物があるんです。それを運んでもらうんですよ。」


この3人を使うということは、コンテナごと運ぶつもりだな。何を持ってきたんだか。まさかまたポケットティッシュではあるまいな。


魔女3人はあちらの船に向かう。残りは王宮に向かって歩く。


「わくわくしますねえ。そのダニエルさんが見たっていう妖精さんって、すごく興味あります。」


途中、アンリエットさんが話してくる。そこに用事もないのについてきたフレッドが言う。


「相手がどんな美しい妖精でも、俺にとっての妖精はアンリエットただ一人さ!王国一の美女魔女として、その王に見せつけてやろうぜ!」

「まあ、調子いいわね、フレッドは。」


このお調子者の言葉をまんざらでもない顔で聞き流すアンリエットさん。フレッドの適当な性格で、アンリエットさんから見限られないか心配していたが、夫婦仲は上々のようだ。


「他にもいらしたんですね、貴族の魔女って。私だけかと思ってましたわ。」

「私だって知らなかったわ。まさか同じ男爵の娘で、魔女がいらしたなんて。これからもよろしくね、エマニエルさん。」


アンリエットさんとエマニエルさんが話している。この2人が対面するのは今日が初めてだ。


「はあ…私も飛ばなきゃいけないのか。」

「何言ってんのよ!王国の魔女に喧嘩売ってきてるのよ!?負けてられないわよ!」


憂鬱そうに話すサリアンナさんを、マデリーンさんが鼓舞する。そう言えばサリアンナさんが飛んだところを私はまだ見たことがない。


「お姉ちゃん、なに文句言ってるのよ!うちの豚野郎が冷凍チキンに勝てるかどうかの戦いなのよ?本気出さなきゃダメでしょう!」


アリアンナさんもサリアンナさんを焚きつけている。それにしても、アリアンナさんにかかれば、豚とチキンの争いにされてしまうのか。


我々は王宮にたどり着く。あまりにたくさんの魔女が来たため、衛兵が大慌てで王宮の奥に知らせに走る。


こうして、王国魔女とリトラ王国の妖精との戦いの火蓋が、切って落とされた。

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