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#75 王都インフルエンザ

この冬は寒い。日中でもマイナス気温の日が続く。


王都はアドミラル大陸の内陸部にあり、寒暖差が激しい。冬は寒く、夏は暑いのが特徴だ。


新年を迎え、寒さは一段と増す。近ごろは雪も多い。


そんな最中でも、新年恒例行事である観艦式は行われる。私はリーダー艦の艦長として甲板に立つ。


艦長以下、士官48名が甲板にて陛下に向け起立、敬礼をして通過する。さらにそのまま帝都にも赴き、皇帝陛下にも同様に敬礼しつつ通過をすることとなっている。


まず王都上空、艦は速力100で国王陛下の前を通り過ぎる。陛下の前を通過する際に、私の合図で一斉に敬礼。


そのまま、お姿が見えなくなるまで敬礼を保つ。陛下も手を振って応えてくださった。


そのまま帝都上空に向かって移動する。王都から離れたのを確認し、私は叫ぶ。


「総員、艦内へ退避!」


甲板にいた48名は、大急ぎで甲板の上部ハッチから中に入る。私も最後に艦の中に入る。


寒い。とにかく寒い。寒暖計はマイナス7度を示している。甲板下の狭い通路の暖房を目一杯回す。


「うー…寒い寒い!」


私も他の乗員も、とにかく寒くてたまらない。凍えた体を早く暖めようと、エアコンの吹き出し口に集まる。


が、まだ暖まりきれていないというのに、艦橋から艦内放送を使って連絡が来る。


「こちら艦橋、あと3分で帝都上空!」


これは甲板に出ろという合図だ。私は通路内の乗員に号令する。


「総員、甲板に整列!」


私を先頭に、再び甲板に出る。先ほどの王都通過時と同様に、階級順に横一線に整列する。


帝都上空にさしかかる。我々は、あたかも王都からそのまま突っ立っていたように振る舞う。王都の時と同様、涼しい顔で皇帝陛下に敬礼する。


だが、事態はもはや「涼しい」どころではない。寒い、寒すぎる。帝都を通りずぎると、再び艦内に退避する。


ようやく艦橋に戻ることができた。冷えた体を温める。


このあとは恒例の夕食会が行われる。我が艦の士官以上が出席。貴族も多数参加した。


カルラ中尉はアルヴィン男爵と合流して、夫婦で一緒に行動する。二人揃って王族の方々や他の貴族に挨拶に回っている。それを羨む貴族の声が多数聞かれた。


「いやあ、羨ましいですなあ。あれほどの美人と一緒になるなど、アルヴィン男爵殿は一生分の運を使い果たされたのではあるまいか?」


とある男爵の言葉だが、実態は全く逆で、最近のアルヴィン男爵は調子がいい。昨年の夏に領地を取られたが、その後自身の領地で鉱物資源が発見されて収入を増やしたり、投資していた工場が思いのほか利益を上げたりと、カルラ中尉と一緒になってからというもの、むしろ運が良くなっている。


このため、アルヴィン男爵はカルラ中尉のことを「幸運の女神」と称して大事にしているそうだ。常識的に考えて、最近の立て続けに起こった幸運は単なる偶然だと思うが、今まではどちらかといえば不運だったアルヴィン男爵。この先も、カルラ中尉と仲良く、幸あらんことを。


さて夕食会も無事に終わり、私は屋敷に帰りつく。


この辺りから私は寒気を感じ始める。いくら体を暖めても、一向に寒気が治らないのだ。


おまけに体の関節部が痛くなってきた。体温を測ると、すでに38度を超えている。


ああ、この病状はインフルエンザだ。この星に来て初めて、私はインフルエンザにかかったらしい。


「はあ!?インフルエンザ!?なによそれ。あんたが弛んでるから、風邪ひいただけじゃないの!?」


インフルエンザというものを知らないマデリーンさんから厳しいお言葉を浴びながら、私はすぐに、宇宙港の街にある夜間診療所に行く。


「陽性反応が出てますね。A型インフルエンザですよ。」


医者から予想通りの病状を告げられる。そのまま、抗インフルエンザ薬を処方される。


聞けば、今流行っているのは「王都インフルエンザ」と呼ばれるもの、つまり、この星由来のインフルエンザウィルスだそうだ。


地球(アース)401以外の星のインフルエンザにかかったと聞くとちょっと不安になるが、いたって普通のインフルエンザとのこと。むしろこの星のインフルエンザウィルスは抗インフルエンザ薬の耐性がまだないため、昔からある薬でも効くそうだ。


とはいえ、たかが風邪と侮れない。王都ではこのウィルスが猛威を奮っていると聞かされた。


医者が困っているのは、インフルエンザそのものよりも、インフルエンザに対して無知な人が多いことだそうだ。


我々におけるインフルエンザの治療法は、抗インフルエンザ薬を服用し、身体を温めて栄養のあるものを取りつつ、5日間なるべく人と接触せずに感染拡大を防ぐことだ。だが王国では、驚くような治療法がまかり通っている。


とにかく熱が出るので、まず冷やすらしい。そこで高熱状態で水浴びをするんだそうだ。特に騎士ほどこういう行為に走る。当然、かえって病状が悪化する。


重症化してからこちらの病院に来る人が多く、そのたびに医師はこのウィルスの正しい治療法を説明をする羽目になる。


また、我々にとっては普通のインフルエンザでも、貧民クラスの人々にとっては致命傷となるケースが多いとのこと。


すでに王都の郊外にある貧民の集落では、20人以上が亡くなっている。このため宇宙港の事務所では、宇宙港のそばに作られた大型の集合住宅に、貧民達の一時受け入れを表明したほどだ。


病気そのものよりも、無知や栄養不足が深刻な事態を招いているようだ。こういうところに、まだ王都の前近代的な側面を痛感する。


これは、決して王都だけの問題ではない。我が家でも、同様だ。


すっかり我々の文化が浸透したと思っていたマデリーンさんでさえ、ウィルスというものが理解できないらしい。


「はあ!?私と一緒に寝られないの!?なんで!?」

「インフルエンザがうつっちゃうよ。最低でも発病後5日間は別々じゃないとダメなんだって。」

「やだやだ!なんで同じ家にいて、別々に寝なきゃいけないのよ!そんなの絶対に嫌!」


この調子だ。仕方がないので、カロンさんにお願いして、ウィルスに関する説明動画をマデリーンさん達に見せるよう頼む。


この家で私以外に唯一、感染病の正しい知識があるカロンさん。魔女3人相手に大変だが、ここは頼る他ない。マデリーンさんはもちろんだが、特に抵抗力のないアイリーンに感染させるわけにはいかない。


幸い高校が冬休み中だったので、カロンさんにいろいろとお願いできる。5日間の食事を運んでもらうのと、屋敷内の感染予防をお願いする。


翌朝には薬が効いて、すっかり熱は下がる。だが、ここからがむしろ本番だ。


見た目は完治しているから、マデリーンさんは近づこうとする。が、この時が感染力が最も強い時期だ。極力離れてないとダメだと言っても、理解しない。


挙げ句の果てに、


「もしかして、私のこと嫌いになったんじゃないの!?他に女ができたんじゃないわよね!?」


と叫んで泣き出す始末。精神的に堪える日々が続く。


この5日間、カロンさんにはとても苦労をかけてしまった。マデリーンさんをなだめ、レアさん、クレアさんのことまで気を遣いつつなんとかインフルエンザを乗り切った。


5日目たってようやくマデリーンさんと一緒に寝た時は、彼女に抱き枕のようにしがみつかれた。よっぽど寂しかったのだろう。それにしても、何年経っても面倒くさくて可愛い魔女だ。私もマデリーンさんを抱き寄せる。


しかし、これで改めて彼らの衛生意識を変えないとダメだと感じた。細菌やウィルスという存在と、それらを防ぐための手段など、きっちり教えないといけない。


大人はまだいいが、アイリーンが病気にかかると大変なことになる。抵抗力がない分、大人以上に警戒しなきゃいけないことを、当の大人がまるで理解していないのはやっぱりまずい。


それからというもの、動画などのコンテンツを使って病気の予防についての知識を植え付けていった。


「…要するに、体内に魔王が住み着いて、手下を増やすんだよ。すると体がだるくなって、熱が出てくるんだ。」

「へえ、そうなんだ。」

「それを倒す勇者が抗インフルエンザ薬というやつで、あっという間に魔王を倒してくれるんだよ。」

「そうなんだ。でも、なんでその後も、しばらく病人から離れなきゃいけないのよ?」

「瀕死の魔王は、勇者のいない世界を求めてさまようんだよ。あの時、私の中で死にかけた魔王が、もしマデリーンさんを見つけていたら…」

「げげっ!私の中に、魔王が入ってきちゃうの!?」

「そう、そして敵がいない世界で魔王は再び復活し、マデリーンさんの体を蝕み始め…」

「うわぁ!いやだそんなの!」


ウィルスを魔王に例えると、途端に理解が進むマデリーンさん。魔王シリーズもこういう時は案外、役に立つものだ。


で、魔王…じゃなくて、ウィルスや細菌に打ち勝つために、手洗いやうがいという手段があることを教える。


こうしてマデリーンさんの衛生感覚は大きく向上した。これで今後はもう少し病気の予防ということに理解をしてくれることだろう。


と、安心したのもつかの間。


「あのさ、シャロンの店に行ったら、このユーカリとペパーミントのアロマオイルを、このドクロ型のアロマランプに入れて使うと、インフルエンザっていうやつに効くって教えてくれたよ!」


…あの魔女専門店め、オイルはともかく、ドクロ型ランプは余計だろ。下手に知識を持たせると、それを利用するやつもいるようだ。


私のインフルエンザとの戦いは、終わった。だが、彼らの正しい現代知識の植え付けは、まだ始まったばかりだ。

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