#74 薪売りの少女
王都はすっかり冬になった。今年は雪が多く、連日大雪が続き悩まされる。
カロンさんは学校に行くのが大変そうだ。ひざの高さまで積もった雪をかき分けて、エマニエルさんと一緒に毎日高校に通っている。
ただ、マデリーンさんは雪ぐらいではビクともしない。魔女だからこういう時は飛べばいいので、雪などかき分ける必要がない。ロサさんも同じだ。分厚いコートを身にまとって、空を飛んで買い物に行く。サリアンナさんは…飛んだところを見たことがないな。この人はこういうときでも歩いて買い物に出かける。
ロサさんが行く先はショッピングモールだが、マデリーンさんの行き先はたいていはコンビニ。こんな時でも魔王グッズを買いに走る。
魔王シリーズはまだ続いている。今、上映中の映画で魔王は3人いるらしい。で、3人同時に倒さないとダメらしく、勇者と剣闘士、魔法使いが同時攻撃を仕掛けるという話だそうだ。だんだんとネタ切れ感が出てきた。
で、その3人の魔王のぬいぐるみを、わざわざこの雪の中買いに出かけるうちの魔女。周りはそれどころではないほど大雪に見舞われて大変だというのに、全く必然性のないものをほいほいと買いに出かける能天気さに、私はむしろ感心してしまう。
雪が降る日は、バスは内蔵された重力子エンジンを使い空中に浮かぶ。雪を避けるためだが、その代わり燃料費が上がるため、料金が上がる。でも、こればかりは仕方がない。
私も宇宙港横の教練所と軍司令部 王都支部の建物に行くのにバスを使っている。この深い雪では、自家用車ではとても通えない。
そんな大雪が続くある日。
その日は休日で、家でぬくぬくとしている時だった。昼間だというのに、空は雪雲に覆われて外は暗い。雪も時折降ってくる。
そんな寒い日にもかかわらず、門の前に誰かがきたようだ。ドアホンのチャイムが鳴る。
「はい!」
カロンさんが出る。
「あの~、薪は要りませんか?」
カメラには、大きな薪の束を抱えた少女が映っている。
「うちは暖炉がないので、要りませんね。」
カロンさんが応えると、カメラの先の少女は半泣きの顔になる。
「ええっ!?ここも暖炉ないんですか?うう…困ったなあ…」
その悲痛な叫びを聞いたマデリーンさんが、ドアホンに向かって話す。
「分かったわよ!その薪全部買ってあげるから、ここに来なさい!」
これを聞いて、私はマデリーンさんに聞く。
「あんな大量の薪なんて、買ってどうするの?」
「知らないわよ、何か使い道はあるでしょ。それよりもあの娘がなんだか不憫でさ。」
確かに、この深い雪の中をあれだけの薪を抱えて歩いているのだ。同情したくなる。
玄関にたどり着いたその少女を、レアさんが家に招き入れる。
今日は一段と雪が降っている。現在の積雪は50センチ、真昼間だというのに気温マイナス5度。寒さのあまり、その少女はガタガタと震えている。
「ありがとうございます。あの、お代は銀貨1枚になります。」
「ええっ!あれだけあって、たったの銀貨1枚!?」
我々の金銭に換算すると、1ユニバーサルドル。スナック菓子一袋分だ。いくらなんでも安すぎやしないか。マデリーンさんは思わず、銀貨10枚を渡していた。それを受け取るこの少女、あまりの多さに喜んでいた。
そのままこの娘をリビングに通し、話をする。聞けば、彼女はいわゆる貧民と呼ばれる階層の人だ。収入は1日あたり平均銅貨2、3枚程度。ちなみに、銅貨10枚で銀貨1枚。その金額で買えるものは…思いつかないな。一口サイズのお菓子が買えるくらいだろうか?
春から秋にかけてはじゃがいも畑の労働に従事し、冬はこうして薪を売って暮らしている。が、昨年あたりからこの王都では電化が進み、暖炉を使う家庭が激減した。
加えて、じゃがいも畑も機械化が進み、貧民と呼ばれる人々のじゃがいも畑での仕事も激減している。
一方で、宇宙港などでは増え続ける民間船の受け入れで人手不足が続き、じゃがいも畑を追われた人々を受け入れている。その影響でこの王都でも、貧民と呼ばれる人は減少しつつある。
ただし誰でも宇宙港で働いているというわけではない。依然として今までの仕事を続けようとする人々もいる。この娘もその一人だろう。
ファンヒーターで冷えた手を温めるこの薪売りの少女。よく見ると、アマンダさんといい勝負くらいの背丈で、丸っこい愛嬌のある顔つきをしている。
「いやあ、あったかいですね。薪がなくてもこんなに暖かくなるんですね。どおりで皆様、薪を買わないわけです。」
この娘は王都にいながら、すっかり文明から取り残されているようだ。
せっかくなので、ついでにこの娘の身の上話を聞いてみた。彼女の名はクレア。歳は18歳。帝都の貧民街の生まれで、16歳でこの王都に来たのだという。
去年あたりから急に薪が売れなくなって、さらに今年は全く売れなくなり、ほとほと困り果てていたそうだ。クレアさんはもう3日も何も食べていないらしい。
それを聞いた私は、とりあえず残っていたピザをレンジで温めてクレアさんにあげる。初めて食べるこの食べ物を、彼女はばくばく食べる。
「んーんまいでふ!こえ!」
よっぽど美味かったらしい。あっという間に食べてしまった。
カロンさんが入れるお茶も美味そうに飲み干す。体があったまって、ほっと一息付いている。
「はあ…生き返ります。このままだと本当に死ぬかと思ってましたから…」
「いや、いくらなんでも死にはしないでしょう。」
「えっ!?そうでもないですよ。うちの近所は冬はよく死んでますよ。昨日も私の隣人が冷たくなってましたし。」
「えっ!?それ、ほんと…?」
いきなり凄惨な話をさらりとするクレアさん。この厳しい冬はそれくらいの現実、貧民には普通なはずだ。だが、自称貧民街出身のカロンさんにはあまりにショッキングな現実だったようで、しばらく言葉を失っていた。彼女は貧民の本当の暮らしを知らない。そういう私だって、知らないことは多い。
マデリーンさんがクレアさんに聞く。
「ねえ、あんたさ。宇宙港に行けばもっといい仕事があるだろうに、なんでこんな仕事をしてるのよ。」
「あ、ええと…私は薪を拾ったり、じゃがいもを収穫するくらいしかできないので…」
「いや、それだけできれば宇宙港でもやっていけるでしょう!いつまでも薪なんて売ってたら、あんたも死んじゃうわよ!?」
「うう…そうですよね…」
クレアさんはまた半泣きな顔になる。私もちょっと聞いてみた。
「この先のことを考えると、やっぱり宇宙港なりその横の街の仕事をするのがいいよ。あちらは人手不足だから、いくらでも仕事を見つけられるはずだ。」
「はい、分かってはいるんです。このままじゃダメだって。でも私どうしてもあんなきれいな街に行くわけには…」
何かを言いかけて、彼女は口をつぐむ。これを見たマデリーンさん、クレアさんに食ってかかる。
「あんた!何か隠してるでしょ!?ちゃんと言いなさいよ!」
「は…はい!」
「生きるか死ぬかの問題なのよ!なんでそんなに生きることに及び腰なのよ、あんたは!」
王国最強の魔女マデリーンさんに怒鳴られ、クレアさんは血相を変える。
「わ、分かりました!話します!でも、これを言ったら私、ここにいられなくなるので…」
「そんな冷たいことはしないわよ!で、なんなの?」
「…実はですね、私、ま、魔女なんです…」
…もう何人目だろうか。私の前に魔女が現れたのは。
「そうなの。で?」
「だから大きな街では嫌われるのでとても働けなくて…って、あれ?お、怒らないんですか?魔女だということを隠してたんですけど…」
「だって、私も魔女だもん。」
「ええっ!?で、でもここは貴族のお屋敷ですよね!?魔女の方がいらっしゃるなんて…」
「私は王国最強の魔女マデリーン!弓矢より早く飛ぶ、雷光の魔女とは私のことよ!貴族の家にいたっておかしくはないでしょ!?」
「ええっ!!ま、マデリーン様!?王国でもっとも有名な魔女様じゃないですか!私、そんなお方と話していたなんて…」
「私だけじゃないわよ!娘のアイリーンに、そこにいるレアも魔女よ。すぐ横のある建物にはあと2人魔女が住んでいるわ。」
「ま、魔女だらけじゃないですか!なんなのですか、このお屋敷は!?」
変な話だが、魔女が魔女のことを知って驚いている。言われてみれば、こんなに魔女がいる貴族のお屋敷なんて、他では見かけない。
追い出されるのを覚悟で魔女だと告白したのに、むしろこの屋敷の魔女の多さに驚かされるクレアさん。しかも話している相手が魔女界では有名なあのマデリーンさん。思わぬ展開に、やや混乱しているようだ。
「で、あんたさ、どういう魔女なのよ。」
「私ですか?私はただの二等魔女です。あの薪の束を抱えるのにも魔力を使ってますし。」
ああ、言われてみればこの小さな身体でこの大雪の中、あの大量の薪の束を抱えていたんだよな。よく考えたら、普通の人にはまず無理だ。
「空腹だとあれくらいが限界ですが、お腹いっぱいだともっと大きなものを持ち上げられますよ。」
「そうなの?大きなものって、どれくらいのものを持てるのよ。」
「そうですね、一度、夏の王都の街道で、露店ごと持ち上げたことがあります。」
「なにそれ!?すごい力じゃないの!?」
「で、でも私、地面から足が離れると、途端に力が出なくなるんです。だから、飛ぶことができなくて…」
いや、想像以上の怪力だ。露店といえば売ってるものを合わせると軽く1トンはあるだろう。
ペネローザさんもそうだが、怪力系二等魔女さんは自分自身を浮かべることができない。同じ魔女でも、何か違う原理が働いているんだろうか?
「ねえ、あんたさ。このままずっと薪を売るの?」
「いや、できれば他のことをしたいんですけど、魔女じゃどこも雇ってくれなさそうなので。」
「じゃあさ、うちに来ない?雇ってあげる。」
「うちって…このお屋敷ですか!?」
「そう、この屋敷。カロンとレアがいるけど、広すぎて正直人手が足りないのよ。あと1人くらいいると助かるなあって思っててね。」
「はい!私でよければ、働きます!薪割りとじゃがいも堀りができます!何なりとお申し付けください!」
「薪もじゃがいもも要らないわよ。でもあんた、その馬鹿力があるでしょ?それなら何かできるかもしれないし。」
「そうなんですか?でもお役に立てるなら、なんでも持ち上げてみせます。なんなら、このお屋敷でも持ち上げましょうか?」
いや、それはやめてくれ。せっかくの我が家が壊れてしまう。
「そんなことしなくていいわよ。とにかく、あんたを雇うってことでいいわね!?じゃあ早速だけど、あんたの住む部屋を決めなきゃね!」
私の意見も聞かずに、クレアさんを雇うことが決まった。もっとも、私も賛成ではある。が、この屋敷の女子率が高すぎる。クレアさんが来ると女はこれで5人、男は私1人。なんだか肩身がせまい。
荷物を取りに一旦家に戻るクレアさん。見送るため外に出る私とマデリーンさんとカロンさん。そこに、空からロサさんが降りてきた。
防寒着と帽子にマフラーで防寒対策をしたロサさん。ショッピングモールで買い物をしてきたようで、魔女スティックに袋を3つほどぶら下げて降りてくる。
「あら、皆さんお揃いで、どうしたんですか?」
「ああ、ロサ。いや、この娘を今日から雇うことにしたのよ。いまから荷物を持ってここに来るのよ。」
「へえ、そうなんだ。私はロサと言います。よろしくね。」
「は、はい。私はクレアって言います!よろしくお願いします!ほ、本当に他の魔女さんもいらっしゃるんですね。」
「もう1人、魔女があの家にいるわよ。ちょっと性格が悪いけど、そんなに悪い人じゃないから、仲良くしてあげてね。」
「はい!頑張ります!」
そう言って、クレアさんはいったん家に帰っていく。
「そういえばロサ、あの娘も魔女なんだよ。」
「ええっ?そうなの?」
「二等魔女だけど、ペネローザみたいにすごい力があるみたいでさ。仕事もないっていうんで、うちに雇うことにしたの。」
「じゃあ、またこのお屋敷、魔女が増えるの?いいのかしら…こんなに魔女がいて…」
こう言っては何ですが、いまさらあと1人増えようがたいした違いはないと思う。
荷物を抱えて戻ってきたクレアさん。今日から、この屋敷での生活が始まった。
クレアさんは小さい。背丈は130センチほど。アマンダさんと同じくらいだ。だがこの体でよく食べる。私の倍は食べるんじゃないかと思うほどよく食べる。この体のどこに入るところがあるのかと心配になるが、本当によく食べる。
食べる分、力もすごい。満腹になると力が出ると言っていたが、屋敷の敷地内にある大きな小屋を持ち上げてしまった。クレアさん、やはりペネローザさん級の力の持ち主だ。
クレアさんを使えば、雪かきはすごく楽だ。あたり一面の雪を一気に持ち上げてくれる。魔力の届く範囲が広いようだ。屋敷の庭の雪が一度に集められる。これはすごい。
しかし、力を使った後は本当によく食べる。お米が大好きなので、お椀に入れて渡すが、すぐにおかわりをする。何度もおかわりをするのは大変なので、専用の大きなお碗と大型の炊飯器を買った。
せっかくこれだけの力があるので、近所の雪かきもやってもらった。体が小さいくせに馬鹿力の魔女ということもあって、最初は近所の貴族の方々もびっくりしていたが、あまりの便利さに歓迎されるようになる。
性格的には明るい。それゆえ好感度も高い。魔女に偏見のある貴族相手にこれだけ歓迎されるというのも、その性格ゆえだろう。
ところで彼女、ガチの貧民だったので、表向き「貧民街出身」ということになっているカロンさんの「貧民街」知識の先生にもなってくれる。
「トイレって、どうしてたの。」
「ええとですね、これくらいのツボに用を足してからですね…」
「うんうん。」
「窓から投げ捨てます。」
「…えっ!?窓から!?人がいたらどうするの!?」
「御構い無しですよ。私もしょっちゅうかけられてましたし。」
「で、でも捨てたものってどうなるの!?まさかどんどん溜まっていくんじゃ…」
「いえ、道に溝があって、時々水が流れるんですよ。溝の中に投げ入れればあとは勝手に流れてくれるので、なんとかなります。ただ、大雨が降ると、家の中に流れ込んできて…」
「うげぇ…臭そう…」
とまあ、カロンさんの知らない世界を事細かに教えてくれる。相当ショッキングな話が多いようだ。
クレアさんが王都にきたときは、ちょうど我々の宇宙港の建設が始まったときだった。空を飛ぶ宇宙船を見て、なんとなくここに住むと決めたらしい。ただ、空飛ぶものがいったい何なのかということをあまり知らないらしくて、てっきり王国が作ったものだと思っていたようだ。
地球401という名前は知っていた。が、宇宙ではなく帝国領内のどこかの国のことだと思っていたようだ。そもそも彼女に、宇宙という概念はない。
「へえ~…では、旦那様は星の世界からやってきたんですか?」
「そうだよ、ここから210光年離れたところからやってきたんだ。」
「へえ~…どれだけ遠いのかよくわかりませんが、王都まで歩いていらっしゃったんですか?」
この調子だ。本当に基礎的なところから教えてあげないといけない。
ただ、それほど理解力がないわけではない。知識の吸収は早い。1週間もすると、文字もなんとか読めるようになってきた。宇宙の概念も、おいおいわかることだろう。
「いやあ、ご飯美味しい~」
専用の炊飯器からご飯をよそおい、ほっぺを真っ赤にして美味しそうに食べるクレアさん。この新しい家族の出現により、我が家は輪をかけてにぎやかになってしまった。




