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#73 文化摩擦

私の周りには様々な人がいるが、共通していることが一つある。


それは、あまり細かいことを気にしない人物が多いことだ。


特に結婚に関して、時間をかけて熟慮している様子がない。


つい先週出会ったばかりのグラハム少佐とシャロットさんは、もう入籍したらしい。


この星では、庶民には結婚式をあげるという習慣がない上に、結婚というものの重みが違うというのか、あっさりと結婚を決断してしまう。


かくいう私もマデリーンさんと短期間で結婚にこぎつけてしまったものの1人。人のことは言えない。自分でも分からないが、この星では、私もつい大胆になってしまったようだ。なぜだろうか?理由は分からない。


地球(アース)401と760の星系外結婚をした人は多いが、文化が大きく異なるわりに、うまくやってる人が多い。風習の違いから別れたという人の話は、あまり聞かない。


おそらくは風習の違いが出た時は、地球(アース)401の方に同化しようという作用が働くようだ。実際、星系外結婚であろうとなかろうと、我々がもたらした新しい文化や技術に染まらなくてはならないと感じている人は多いようだ。


だが、若い人はそれでいい。


問題は、年配の人々、特に貴族だ。


新しい文化を取り込むことに理解はしているようだが、やはりある年齢以上の貴族となると、長年慣れ親しんだものと異なる文化・風習を全て受け入れるとはいかないようだ。


例えば、王都を歩く若者の姿を見て憤慨する貴族がいる。私が見れば普通のカジュアルな姿だが、中年の貴族からすればだらしのない姿に見えるらしい。


その服装は地球(アース)401の住人だけだったが、着心地の良さと見た目の斬新さが受けて、次第に王都の若い住人の間にも広がっていく。


このところ、若者のその姿に文句を言う貴族が多い。社交界ではその話題をよくふられる。こんなところで波風立てるのも野暮なので、私はとりあえず彼らに同調している。


ただの愚痴で済めばよかったのだが、これがついに事件にまで発展してしまう。


ある子爵が、カジュアルな格好の若者めがけて斬りつけたのだ。


幸い、その若者は軽傷で済んだ。が、その若者が地球(アース)401出身者であることが、事態をさらに悪化させた。


他惑星の住人の生存権を脅かすこの事態を受け、宇宙港の街の事務所は王都との最短経路となる通路の一時閉鎖を決定した。さらに、地球(アース)401出身者の王都立ち入りを制限すると表明した。街の出入り口では、王都に向かおうとする人を尋問し、理由がない場合は引き返させるという処置に出る。


最悪の事態である。せっかく地球(アース)401と760との文化交流がうまくいってるところだったが、ここに来て急に緊張度が高まってしまった。


当然、この子爵に対する処分を求める声が地球(アース)401側から出る。しかし、それはそれで王国側は実行が困難だ。


貴族という階級は、この王国では長いこと優遇されてきた。だから今回のように貴族が平民を斬りつけることは、王国でも帝国でも日常茶飯事だった。それを取り締まる法もない。


しかも、この子爵が地球(アース)401の住人を斬りつけた件は、彼らが子爵の馬車の前を通り過ぎ、通行を妨げたからだと言う。子爵に落ち度があったとは言えない以上、王国側は子爵の処分を行えないと主張せざるを得ない。


こうなると、お互いの妥協点が見出せなくなる。両者が歩み寄る気配がない。


で、この事態の収拾を、王国貴族であり地球(アース)401出身者でもある私に任されたのだ。


といっても、私は所詮一軍人に過ぎない。こんな政治的、文化的な問題を処理できるわけがない。さりとて、放っておくわけにもいかない。どうしたものか、困り果てていた。


アイリーンは相変わらず私の足に嬉しそうにしがみつく。何が心地いいのか、私にはよく分からない。この世はほんと、分からないことだらけだ。


「どうしたのよ、深刻な顔して。」


マデリーンさんが、心配そうな顔で覗き込んでくる。


「ああ、いや、ちょっと厄介な話に巻き込まれてね…」

「何よ、厄介な話って?」

「先日、ある子爵が地球(アース)401出身者を斬りつけるという事件があってね。」

「ああ、そういう話があったわね。」

「あれをなんとかしろと言われてるんだ。」

「なんとかも何も、子爵様を懲らしめればいいんじゃないの?」

「…それができれば苦労しないよ。ともかく、事態が解決するまで、地球(アース)401出身者の王都への立ち入りを制限してるそうなんだ。」

「へえ、ややこしいわね。でも男爵じゃあ、子爵様を懲らしめてくれだなんて言えないわね。」


格上の貴族が起こした問題なだけに、私には到底公正な解決策を見出すことはできない。


問題を整理しよう。要するにこの子爵が何に対して怒ったのか?


子爵を直接怒らせた直接のきっかけは、あの服装だ。


たかが服装と侮っていたが、思ったよりも深刻な事態を招いてしまうことが今回分かってしまった。


おそらくではあるが、特に年配の貴族ほど我々がもたらした文化に拒絶感を持っているのは、我々の文化に身分という要素がないからではないか?


もちろん、我々の社会にも収入差というものはある。が、機会平等というものが存在している。つまり、今お金持ちだからといって、将来も金持ちだという保証はない。一方で、今貧乏でも金持ちになる機会は存在する。


我々の文化を知れば知るほど、貴族にとっては危機的な未来しか描けない。誰もが貴族になれる時代。しかし一方で貴族はその身分を保証されない時代がやってくる。


これは、多くの貴族にとって受け入れがたい現実だろう。


おそらくはその危機感が、今回のような事件を引き起こしたものと思う。服装はきっかけに過ぎない。


だが、時代の流れはすでにその貴族たちにとって不都合な方向に動き始めている。いまさら時代の流れを戻すことなどできない。


ならば、ここは対処療法を取るしかない。すなわち、地球(アース)401の住人には、王都内では刺激しない服装をしてもらう他ない。


だが、地球(アース)401出身者にこちらの服装をしろと言っても、着慣れない服装ばかりで不満が出る。地球(アース)401出身者でも違和感なく受け入れられて、それでいてここの住人を刺激しない服装などあるのだろうか?


ああ、そういえばそういう服装をしている人が身近なところに1人いた。


グラハム少佐だ。


先日我が家を訪れたグラハム少佐は、まさにそういう格好をしていた。あれが使えないか?


この深刻な状況に、まさか自分の艦内の人物が突破口を開くことになるとは思わなかった。しかも彼は、最近まで艦内の問題児だった男。問題児転じてキーマンとなる、これだから人生は分からない。


早速、私はグラハム少佐に連絡する。休日の急な呼び出しにもかかわらず、グラハム少佐はやってきた。


ところでグラハム少佐、シャロットさんと一緒になってからというもの、女グセの悪さはピタリと収まった。今度は、シャロットさんとの生活の話をされることが多い。よほど気に入ったようだ。


なお、シャロットさんが魔女であることは、グラハム少佐は気にしてはいない。むしろ喜んでいる節がある。


そんなグラハム少佐、シャロットさんも引き連れてやってきた。


「艦長、どうしたんですか?急にお呼び出しとは。」

「うん、実は軍務とは無関係な話なんだが…」


私は例の事件の話をする。もちろんこの事件のことはグラハム少佐も知っていた。


「で、あの事件と艦長が、いったい何の関係があるんですか?」

「いや、困ったことに私はこの事件の裏にある文化摩擦の解消策を求められてるんだよ。」

「ええっ!?軍人に、文化的な問題をなんとかしろとおっしゃるんですか?いくらなんでも無茶でしょう。」

「そうなんだよ。だが一つ、私には打開策が見えた。それが今日、副長を呼び出した理由だ。」

「えっ!?私に何かあるんですか?」


そこで、私はグラハム少佐が先日着ていた服の話をする。地球(アース)401出身者でも着やすく、かつこちらの人を刺激しない服装。これを普及させることが、文化摩擦の緩和につながるのではないかと話す。


「…というわけで、副長が持つこちら向けの服を、貴族と宇宙港の街の両方で披露して反応を探ってみたいんだ。」

「なるほど、そういうことですか。いや、よろしいですよ。協力いたします。」

「うわあ、面白そうですね!私の会社もその話、絡んでもいいですか?」


シャロットさんまで乗り気だ。そういえば、シャロットさんの仕事も衣料関連だった。それに、グラハム少佐だけでは男性向けの服しかないが、シャロットさんが加われば、女性向けの服も提案できる。こちらとしても、好都合だ。


ということで、翌週は軍務そっちのけでこの仕事にかかる。軍司令部も事情が事情だけに、協力してくれた。それにしても、軍にいて服のお披露目会を主催することになるなんて、思ってもいなかった。


それから2週間。まずショッピングモールの一角で、王都向け衣装のお披露目会を行った。


服だけでなく、モデルも投入してのわりと本格的なお披露目会だ。ちょっと中世の香り漂う外観だが、カジュアルな服装が次々に現れる。


女性モデルに、あのデーシィさんを投入したのは良かった。おかげで、アイリスさんも自身の会社の宣伝になると大喜びだ。また、ロサさんとマデリーンさん、ミリアさんにロージィさん、アウレーナさん、ジーナさんコンビまで投入。空から現れる魔女の服装に注目が集まる。


会場には男子会、女子会がサクラとして投入された。が、結論から言えば、サクラなど不要なほど人が集まった。私の持つ人脈を惜しげもなく投入したこの総力戦が功を奏して、大好評のうちに終わった。


早速、このデザインの服の注文が入る。王都の住人にも噂になり、あちらからも注文が入る。


さて、地球(アース)401側は上手くいった。次は貴族だ。


陛下のご協力も頂き、社交界の一角で同様のお披露目会を行う。ただし、こちらは魔女を投入するわけにはいかない。男爵や騎士とその夫人にモデルをお願いした。


モデル役は、ローランド中佐とイレーネさん、トビアス少佐とラナ少尉、私とマデリーンさん、ヴァリアーノ大尉とカトリーヌさん、フレッド少佐とアンリエッタさん、そして貴族向け最大の切り札、アルヴィン男爵とカルラ中尉も加わる。


カルラ中尉の持つ破壊力は、ここでもいかんなく発揮される。貴族向けも大好評のうちに終わる。


この新しい衣装のデザインは「コルマール・ヌーヴォー」と呼ばれた。コルマールとは、シャロットさんがあの会社内で立ち上げたブランド名。そこから発信された新しいものという意味でこう呼ばれることになった。


このコルマール・ヌーヴォーの服装をすることを条件に、地球(アース)401出身者の王都立ち入り制限は解除となった。王都の街を、両者の文化の入り混じったこのデザインの服装が埋め尽くす。


こうして、両文化の一触即発の危機は回避された。


だが、これはまだ文化衝突のひとつを解消しただけに過ぎない。礼儀作法や機械、道具に至るまで、まだ多くの文化摩擦が存在している。いずれまたなにかをきっかけに、深刻な事態がやってくるかもしれない。そのときもまた私にふられるんだろうか?今から憂鬱になってしまう。

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