#72 グラハム副長
カルラ中尉とラナ少尉に、勲章が贈られることになった。例の敵偵察艦捕縛の功によるものだ。
一方で、戦闘は行われなかったので軍からは何も出ないが、好事例として連合内で共有されることとなった。
で、貴族同席の中、カルラ中尉とラナ少尉に陛下から勲章を授与された。この日のカルラ中尉は軍服姿。我々からすればいつものカルラ中尉だが、男性貴族には、相変わらず我々とは違う見え方らしい。みんなカルラ中尉の方ばかり食い入るように見ている。本人はあまり気にしてはいないが、ラナ少尉が気の毒である。
陛下より勲章を授与されたカルラ中尉。我が艦で唯一勲章のない乗員だったが、これで解消された。また、ラナ少尉は女性武官としては珍しく2つの勲章を授与された。
実は平民でも、勲章を複数持つ者は貴族の行事に参加する資格が得られる。このため、ラナ少尉は社交界への参加が許されることになった。トビアス少佐と共に、次の社交界にデビューすることとなる。これはラナ少尉のキャリア形成にとっても、プラスになるだろう。
さて、そんな我が艦にまた勲章を持たない者が乗艦することになった。グラハム少佐、29歳。地球401出身の残留組。私が望んでいた副長としてこの艦にやってくる。
ただし、艦長候補としてくるため、半年という期間限定だ。とはいえ、しばらくの間、こちらの負担が減るのはありがたい。
だが残念ながら、あまり嬉しいことばかりではない。
先日、グラハム少佐と共にパトロール任務につく機会があった。艦長候補なので、艦長業務の多くを彼にしてもらったのだが、その時の働きぶりは副長として申し分ない。このまま艦長を務めても大丈夫なほどだ。元々航海士だったので私よりも艦橋勤務は長いためだろう。
が、ひとつだけ問題がある。
それは「女グセが悪い」ことだ。
暇さえあれば、手当たり次第声をかけている。まず餌食になったのはラナ少尉だ。
「ラナ少尉、任務が終わったら宇宙港でご一緒に食事などいかがですか?」
「…はあ?」
「いいお店を知ってるんですよ!是非ご一緒に…」
当然、トビアス少佐が止めに入る。
「あー、副長殿。私の妻に手を出さないでもらえます!?」
で、続いてカルラ中尉にも声をかける。だが、こちらもすでに既婚者。けんもほろろに断られる。
聞くところによると、このパトロール任務の2週間、艦内の女性に手当たり次第声をかけていたようだ。
ちなみにグラハム少佐は独身。この調子だから、なかなか恋人ができないのではないか?
私も注意はしたが、勤務時間外の食堂では御構いなし。私のところに苦情がくるが、いくら注意しても、しばらくすると元通り。困ったものだ。
任務が終わって王都に帰ってきた時のこと。マデリーンさんが駆逐艦0972号艦に向かって飛んできた。で、また誰かに頼んで迎えに行ってもらうが、前回の反省を受けて、着陸が終わるまで艦橋に入れないことにした。で、無事着陸し、マデリーンさんが艦橋に入ってきた時のことだ。
私のところに向かって歩いてくるマデリーンさんの前に、グラハム少佐が立ちはだかる。
「やあ、きれいな魔女さん!私とお茶などどうですか!?」
…なんとこの男、マデリーンさんを口説きはじめた。これはさすがに私もピキッときた。
が、怒り具合はマデリーンさんの方が上だった。手に持った魔女スティックで、なんと副長の頭を殴りつける。
「私を誰だと思ってんのよ!王国最強の魔女にして勇者、マデリーンよ!軽々しく口をきくんじゃないわよ。」
こんなに怒ったマデリーンさんを見るのは初めてだ。私と喧嘩した時でも、殴りかかってはこない。私は頭を抱えてしゃがみこむグラハム少佐のところに駆け寄り、ひとこと言った。
「私の妻に手を出したのは不味かった。そういうことだから、このまま下艦しなさい。」
まだ痛むのか、頭をさすりながら艦橋から出て行くグラハム少佐。
それを見ていたラナ少尉がマデリーンさんのところに駆け寄る。
「いやあ、さすがはマデリーン様です。胸がすっとしました。」
「ふん!何考えてるのよ、私を誘うだなんて、300年早いわ!しかし、さっきのは一体誰なの?」
名前も名乗らせないまま殴ったため、相手が誰だか分かっていない。私が答える。
「ああ、あれはこの艦の副長だよ。」
「フクチョウ!?なにそれ?」
「艦長の補佐役だよ。」
「補佐って言うのは、あんたを助ける役ってこと。」
「まあ、そんなところかな。」
「その助け役さんが、何を思って私に言い寄って来たのよ!?」
「いや、ずっとあの調子なんだよ。この2週間も艦内の女性武官に声をかけているし、注意しても聞かないし、困ったものだよ。」
私も、まさかマデリーンさんにまで言い寄ってくるとは思わなかった。ずっとこの調子なのだろうか?頭が痛い。
任務が終わった翌日。任務のあとの数日間の休暇に入り、私は屋敷にいた。
アイリーンは立って歩けるようになってきた。よちよちと歩いて、私の足にしがみついてくる。
なぜか私の足が気に入ってるようで、いつまでもしがみつく。私が抱きかかえて引き離そうとするものなら、
「やーっ!」
と大きな声で拒否してくる。それにしても、なぜそんなに私の足が好きなのか?
そんなやりとりを娘としていると、ドアホンが鳴った。カロンさんが出ると、見知らぬ男の人が立っていると言う。
アイリーンを足にしがみつかせたまま、私はドアホンのモニターを見る。そこにいたのは、なんとグラハム少佐だった。
昨日ああいうことがあって、なぜ私のところに来たのか?ともかく、私はグラハム少佐を招き入れる。
…のだが、それをレアさんにお願いしたのは間違いだった。玄関から、こんな会話が聞こえる。
「うわあ、お姉さん。私とお茶などいかがですか?」
「あの…急に何ですか!?」
早速レアさんにちょっかいを出している。私は玄関に向かう。
「あー…グラハム少佐。私の家に来たのは、うちの使用人を口説くためかね?」
「あ、艦長。おはようございます。いえ、実は昨日のことでマデリーン様に謝罪を致したく、参りました。」
なんとまあ、この男、わざわざそんな用事で来たのか。律儀というか、それでいて大胆というか。謝罪ついでに口説かれたレアさんもびっくりだ。
グラハム少佐をリビングに通して、マデリーンさんを連れてくる。この男の顔を見るなり、マデリーンさんは不機嫌になる。
「…で、私に殴られた男が、いったいどのツラ下げて現れたのよ!」
「はい、昨日のことをちゃんと謝っておこうかと思いまして、参上いたしました。」
そういうとグラハム少佐、マデリーンさんに向かって頭を下げる。
「いや、昨日は不快な思いをさせてしまいまして、申し訳ありませんでした。まさか艦長の奥様で、あの有名な魔女マデリーン様だとは存じあげず、失礼なことを致しました。改めてお詫び申し上げます。」
「ふん、今度から気をつけなさい!全く…」
「すいません、艦長からも再三注意されてますが、私はきれいな方を見るとつい誘いたくなってしまうんですよ。」
「へ…へえ、そ、そうなの!だからって、手当たり次第ってのは考えものよ!」
グラハム少佐から「きれいな人」認定されたマデリーンさん。急にきれいだと言われて悪い気はしていないようで、ちょっと顔が赤い。
私はグラハム少佐に尋ねる。
「で、なんであんなに声をかけてるの?以前からあの調子なの?」
「いえ、少し前までは全く女性に興味がなかったんです。ここ1か月くらいですかね。」
1か月といえば、私の駆逐艦に配属される直前からだ。いったい何があったのか?
「なぜ急にそんなことになったの?」
「はい、実は駆逐艦0972号艦に来ることが決まった時、軍司令部から艦長としてのお話があったんです。」
「そうだな、私にも副長の話があったとき、君を近々艦長にするためだと言われた。うちの艦隊は特に指揮官が足りない。君のような人材なら当然声がかかるだろう。」
「はい、有り難い話ですが、すると急に私は自分が独身であることが気になり出してですね。」
「そうなの?なぜ。」
「艦長とは、駆逐艦を統率する者。いわば100人もの家族を守る立場にある存在です。そんな立場の人間が、プライベートでは奥さんがいないということに違和感を覚えてですね。」
いや、私はその発想に違和感を覚える。思考の過程に飛躍が多過ぎる。
「…つまり君は、奥さんになってくれる人を探してると、そういうことなのか?」
「はい、そうです。ですが今のところ全戦全敗。やはり慣れないことをしても、上手くいきませんね。」
うーん、真面目なのか節操がなさ過ぎるのか、よくわからない男だ。
どうも思ったことをすぐ口に出して行動してしまう性格のようだ。空回りしてても、自分の信念に向かって突っ走る。そういうメンタルの強さは指揮官としては得難い資質だが、こういう形で現れると正直困る。
まあ、思ったより不純な動機ではなかったのはいいのだが、困ったことには変わりない。おそらく付き合う人が現れれば、この病状も治るのだろうが、そんな人がいるのかな。
カロンさんがグラハム少佐にお茶を出す。すると早速グラハム少佐はカロンさんに声をかける。
「やあ、綺麗な人ですね。私と一緒にお茶などいかがですか?」
「…お茶を運ぶのが私の仕事ですので、ご遠慮させていただきます。」
さっきの話を聞いていたカロンさん。誘われたことは不愉快ながら、グラハム少佐から事実上「綺麗な人」認定を受けたことはまんざらでもなさそうだ。
「うーん、女の立場としてはさ、いきなりお茶に誘われてもねぇ、警戒しちゃうわよ。『何言ってんの、この人』って感じね。」
「そうなんですか、そうですよね。では、どうするのがよろしいですか?」
「どうって言われてもねぇ…私は私に見合うやつじゃなきゃ口もきかないって性格だから、まずはその力を見せてくれなきゃ誘いに乗る気も起きないわ。」
「そうなんですか。でも、力と言われても私、あんまり力はないんですよね…」
いや、腕力のことを言ってるわけではない。マデリーンさんの言う力とは、何かの能力のことだ。
「これは私のことだから、他の人はどうか知らないわよ。まずは相手を知り、己を知ること。そうしなきゃ、また逃げられるわよ。」
マデリーンさんにしては、随分と兵法にかなったアドバイスをしている。全くその通りだ。
「とは言ってもねえ…最初のとっかかりがないと、どうしようもないわね。この男に見合うようなちょうどいい人はいないのかしら…」
グラハム少佐は、見た目はそんなに悪くない。性格も真面目で、頭のキレも良い。ただ、自分に正直過ぎるのだ。
そんなことを考えてると、また来客があった。
カロンさんが出ると、相手はシャロットさんだった。3人組魔女の中間サイズの魔女さんが、わざわざうちに来るなんて珍しい。
「おはようございます、近くに寄ったので来ました。来週の女子会のお誘いの返答をしておこうかと思って…」
と現れたシャロットさんに、グラハム少佐のいつもの癖が発動した。
「やあ、お綺麗な方ですね!お茶などご一緒にいかがですか?」
ああ、またやってる。このパターンがダメだって、さっきマデリーンさんからダメ出しされたばかりだというのに。
「えっ!?はい、いいですよ。」
ところが、今までにない返答が帰ってきた。なんとシャロットさん、OKしてしまう。
「そうですか!いいお店を知ってるんです!今からどうでしょう!?」
「は、はい。用事を済ませたら、いいですよ。」
シャロットさん、グラハム少佐の誘いに乗ってしまった。
「ちょ、ちょっとシャロット!いいの?そんなにあっさりと誘いに乗って!」
「えっ!?ああ、でも私、お茶など好きですし、わざわざ私を誘ってくれるだなんて有り難いなあと思って。」
なんとも警戒心のない魔女だ。シャロットさんって、こんなに無防備な人だったのか?
「あんたねえ、そんなにあっさりと知らない人の誘いを受けるものじゃないわよ。悪い人だったらどうするのよ!?」
「えっ!?ここにいるってことは、男爵様やマデリーンの知り合いってことでしょ?悪い人じゃないと思って…それにこの人の服、なんだかちょっといい感じなので…」
なんとまあ、シャロットさんらしい見極めっぷりだ。服だけで相手を見定めるとは。
で、シャロットさんとグラハム少佐は、そのままうちのリビングで話し始める。シャロットさんがふった話題は、やはり服のことだ。
「あの…その服、どこで手に入れたんですか?」
「ああ、これですか?実はこれ、オリジナルデザインなんですよ。」
「ええっ!?ご自分でデザインされたんですか!?」
「ええ、そうです。最近、機械縫製をするお店がショッピングモールや王都にできたんですけど、あそこに自前のデザインを持ち込むと、それ通りに作ってくれるんですよ。地球401そのままの服じゃこの王都では目立つので、少しこちらの衣装に近いデザインにしてみたんですよ。」
「そ、そんなことができるなんて、思ってもいなかったです。へえ、言われてみれば、全体は地球401風のカジュアル服ですが、この辺りが燕尾服っぽくてまるで貴族のようですね。」
「艦長のお屋敷は、貴族の方が多いところですからね。少し気を使わないといけませんよ。」
意外と細かいことに気遣う副長だ。ついさっきまで、手当たり次第に女の人に声をかけていた人物とは思えない。それにしても、グラハム少佐にこんな才能があったとは思わなかった。軍人やめて、衣料業界に転職した方がいいんじゃないか?
ということで、当然この2人は意気投合する。そのまま2人揃って王都にあるカフェに向かった。
全くの偶然だが、あの副長に合う人が現れるとは思わなかった。グラハム少佐の思わぬ特技も知った。意外なカップル誕生に、私はホッとしたような、かえって心配なような。




