表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/151

#72 グラハム副長

カルラ中尉とラナ少尉に、勲章が贈られることになった。例の敵偵察艦捕縛の功によるものだ。


一方で、戦闘は行われなかったので軍からは何も出ないが、好事例として連合内で共有されることとなった。


で、貴族同席の中、カルラ中尉とラナ少尉に陛下から勲章を授与された。この日のカルラ中尉は軍服姿。我々からすればいつものカルラ中尉だが、男性貴族には、相変わらず我々とは違う見え方らしい。みんなカルラ中尉の方ばかり食い入るように見ている。本人はあまり気にしてはいないが、ラナ少尉が気の毒である。


陛下より勲章を授与されたカルラ中尉。我が艦で唯一勲章のない乗員だったが、これで解消された。また、ラナ少尉は女性武官としては珍しく2つの勲章を授与された。


実は平民でも、勲章を複数持つ者は貴族の行事に参加する資格が得られる。このため、ラナ少尉は社交界への参加が許されることになった。トビアス少佐と共に、次の社交界にデビューすることとなる。これはラナ少尉のキャリア形成にとっても、プラスになるだろう。


さて、そんな我が艦にまた勲章を持たない者が乗艦することになった。グラハム少佐、29歳。地球(アース)401出身の残留組。私が望んでいた副長としてこの艦にやってくる。


ただし、艦長候補としてくるため、半年という期間限定だ。とはいえ、しばらくの間、こちらの負担が減るのはありがたい。


だが残念ながら、あまり嬉しいことばかりではない。


先日、グラハム少佐と共にパトロール任務につく機会があった。艦長候補なので、艦長業務の多くを彼にしてもらったのだが、その時の働きぶりは副長として申し分ない。このまま艦長を務めても大丈夫なほどだ。元々航海士だったので私よりも艦橋勤務は長いためだろう。


が、ひとつだけ問題がある。


それは「女グセが悪い」ことだ。


暇さえあれば、手当たり次第声をかけている。まず餌食になったのはラナ少尉だ。


「ラナ少尉、任務が終わったら宇宙港でご一緒に食事などいかがですか?」

「…はあ?」

「いいお店を知ってるんですよ!是非ご一緒に…」


当然、トビアス少佐が止めに入る。


「あー、副長殿。私の妻に手を出さないでもらえます!?」


で、続いてカルラ中尉にも声をかける。だが、こちらもすでに既婚者。けんもほろろに断られる。


聞くところによると、このパトロール任務の2週間、艦内の女性に手当たり次第声をかけていたようだ。


ちなみにグラハム少佐は独身。この調子だから、なかなか恋人ができないのではないか?


私も注意はしたが、勤務時間外の食堂では御構いなし。私のところに苦情がくるが、いくら注意しても、しばらくすると元通り。困ったものだ。


任務が終わって王都に帰ってきた時のこと。マデリーンさんが駆逐艦0972号艦に向かって飛んできた。で、また誰かに頼んで迎えに行ってもらうが、前回の反省を受けて、着陸が終わるまで艦橋に入れないことにした。で、無事着陸し、マデリーンさんが艦橋に入ってきた時のことだ。


私のところに向かって歩いてくるマデリーンさんの前に、グラハム少佐が立ちはだかる。


「やあ、きれいな魔女さん!私とお茶などどうですか!?」


…なんとこの男、マデリーンさんを口説きはじめた。これはさすがに私もピキッときた。


が、怒り具合はマデリーンさんの方が上だった。手に持った魔女スティックで、なんと副長の頭を殴りつける。


「私を誰だと思ってんのよ!王国最強の魔女にして勇者、マデリーンよ!軽々しく口をきくんじゃないわよ。」


こんなに怒ったマデリーンさんを見るのは初めてだ。私と喧嘩した時でも、殴りかかってはこない。私は頭を抱えてしゃがみこむグラハム少佐のところに駆け寄り、ひとこと言った。


「私の妻に手を出したのは不味かった。そういうことだから、このまま下艦しなさい。」


まだ痛むのか、頭をさすりながら艦橋から出て行くグラハム少佐。


それを見ていたラナ少尉がマデリーンさんのところに駆け寄る。


「いやあ、さすがはマデリーン様です。胸がすっとしました。」

「ふん!何考えてるのよ、私を誘うだなんて、300年早いわ!しかし、さっきのは一体誰なの?」


名前も名乗らせないまま殴ったため、相手が誰だか分かっていない。私が答える。


「ああ、あれはこの艦の副長だよ。」

「フクチョウ!?なにそれ?」

「艦長の補佐役だよ。」

「補佐って言うのは、あんたを助ける役ってこと。」

「まあ、そんなところかな。」

「その助け役さんが、何を思って私に言い寄って来たのよ!?」

「いや、ずっとあの調子なんだよ。この2週間も艦内の女性武官に声をかけているし、注意しても聞かないし、困ったものだよ。」


私も、まさかマデリーンさんにまで言い寄ってくるとは思わなかった。ずっとこの調子なのだろうか?頭が痛い。


任務が終わった翌日。任務のあとの数日間の休暇に入り、私は屋敷にいた。


アイリーンは立って歩けるようになってきた。よちよちと歩いて、私の足にしがみついてくる。


なぜか私の足が気に入ってるようで、いつまでもしがみつく。私が抱きかかえて引き離そうとするものなら、


「やーっ!」


と大きな声で拒否してくる。それにしても、なぜそんなに私の足が好きなのか?


そんなやりとりを娘としていると、ドアホンが鳴った。カロンさんが出ると、見知らぬ男の人が立っていると言う。


アイリーンを足にしがみつかせたまま、私はドアホンのモニターを見る。そこにいたのは、なんとグラハム少佐だった。


昨日ああいうことがあって、なぜ私のところに来たのか?ともかく、私はグラハム少佐を招き入れる。


…のだが、それをレアさんにお願いしたのは間違いだった。玄関から、こんな会話が聞こえる。


「うわあ、お姉さん。私とお茶などいかがですか?」

「あの…急に何ですか!?」


早速レアさんにちょっかいを出している。私は玄関に向かう。


「あー…グラハム少佐。私の家に来たのは、うちの使用人を口説くためかね?」

「あ、艦長。おはようございます。いえ、実は昨日のことでマデリーン様に謝罪を致したく、参りました。」


なんとまあ、この男、わざわざそんな用事で来たのか。律儀というか、それでいて大胆というか。謝罪ついでに口説かれたレアさんもびっくりだ。


グラハム少佐をリビングに通して、マデリーンさんを連れてくる。この男の顔を見るなり、マデリーンさんは不機嫌になる。


「…で、私に殴られた男が、いったいどのツラ下げて現れたのよ!」

「はい、昨日のことをちゃんと謝っておこうかと思いまして、参上いたしました。」


そういうとグラハム少佐、マデリーンさんに向かって頭を下げる。


「いや、昨日は不快な思いをさせてしまいまして、申し訳ありませんでした。まさか艦長の奥様で、あの有名な魔女マデリーン様だとは存じあげず、失礼なことを致しました。改めてお詫び申し上げます。」

「ふん、今度から気をつけなさい!全く…」

「すいません、艦長からも再三注意されてますが、私はきれいな方を見るとつい誘いたくなってしまうんですよ。」

「へ…へえ、そ、そうなの!だからって、手当たり次第ってのは考えものよ!」


グラハム少佐から「きれいな人」認定されたマデリーンさん。急にきれいだと言われて悪い気はしていないようで、ちょっと顔が赤い。


私はグラハム少佐に尋ねる。


「で、なんであんなに声をかけてるの?以前からあの調子なの?」

「いえ、少し前までは全く女性に興味がなかったんです。ここ1か月くらいですかね。」


1か月といえば、私の駆逐艦に配属される直前からだ。いったい何があったのか?


「なぜ急にそんなことになったの?」

「はい、実は駆逐艦0972号艦に来ることが決まった時、軍司令部から艦長としてのお話があったんです。」

「そうだな、私にも副長の話があったとき、君を近々艦長にするためだと言われた。うちの艦隊は特に指揮官が足りない。君のような人材なら当然声がかかるだろう。」

「はい、有り難い話ですが、すると急に私は自分が独身であることが気になり出してですね。」

「そうなの?なぜ。」

「艦長とは、駆逐艦を統率する者。いわば100人もの家族を守る立場にある存在です。そんな立場の人間が、プライベートでは奥さんがいないということに違和感を覚えてですね。」


いや、私はその発想に違和感を覚える。思考の過程に飛躍が多過ぎる。


「…つまり君は、奥さんになってくれる人を探してると、そういうことなのか?」

「はい、そうです。ですが今のところ全戦全敗。やはり慣れないことをしても、上手くいきませんね。」


うーん、真面目なのか節操がなさ過ぎるのか、よくわからない男だ。


どうも思ったことをすぐ口に出して行動してしまう性格のようだ。空回りしてても、自分の信念に向かって突っ走る。そういうメンタルの強さは指揮官としては得難い資質だが、こういう形で現れると正直困る。


まあ、思ったより不純な動機ではなかったのはいいのだが、困ったことには変わりない。おそらく付き合う人が現れれば、この病状も治るのだろうが、そんな人がいるのかな。


カロンさんがグラハム少佐にお茶を出す。すると早速グラハム少佐はカロンさんに声をかける。


「やあ、綺麗な人ですね。私と一緒にお茶などいかがですか?」

「…お茶を運ぶのが私の仕事ですので、ご遠慮させていただきます。」


さっきの話を聞いていたカロンさん。誘われたことは不愉快ながら、グラハム少佐から事実上「綺麗な人」認定を受けたことはまんざらでもなさそうだ。


「うーん、女の立場としてはさ、いきなりお茶に誘われてもねぇ、警戒しちゃうわよ。『何言ってんの、この人』って感じね。」

「そうなんですか、そうですよね。では、どうするのがよろしいですか?」

「どうって言われてもねぇ…私は私に見合うやつじゃなきゃ口もきかないって性格だから、まずはその力を見せてくれなきゃ誘いに乗る気も起きないわ。」

「そうなんですか。でも、力と言われても私、あんまり力はないんですよね…」


いや、腕力のことを言ってるわけではない。マデリーンさんの言う力とは、何かの能力のことだ。


「これは私のことだから、他の人はどうか知らないわよ。まずは相手を知り、己を知ること。そうしなきゃ、また逃げられるわよ。」


マデリーンさんにしては、随分と兵法にかなったアドバイスをしている。全くその通りだ。


「とは言ってもねえ…最初のとっかかりがないと、どうしようもないわね。この男に見合うようなちょうどいい人はいないのかしら…」


グラハム少佐は、見た目はそんなに悪くない。性格も真面目で、頭のキレも良い。ただ、自分に正直過ぎるのだ。


そんなことを考えてると、また来客があった。


カロンさんが出ると、相手はシャロットさんだった。3人組魔女の中間サイズの魔女さんが、わざわざうちに来るなんて珍しい。


「おはようございます、近くに寄ったので来ました。来週の女子会のお誘いの返答をしておこうかと思って…」


と現れたシャロットさんに、グラハム少佐のいつもの癖が発動した。


「やあ、お綺麗な方ですね!お茶などご一緒にいかがですか?」


ああ、またやってる。このパターンがダメだって、さっきマデリーンさんからダメ出しされたばかりだというのに。


「えっ!?はい、いいですよ。」


ところが、今までにない返答が帰ってきた。なんとシャロットさん、OKしてしまう。


「そうですか!いいお店を知ってるんです!今からどうでしょう!?」

「は、はい。用事を済ませたら、いいですよ。」


シャロットさん、グラハム少佐の誘いに乗ってしまった。


「ちょ、ちょっとシャロット!いいの?そんなにあっさりと誘いに乗って!」

「えっ!?ああ、でも私、お茶など好きですし、わざわざ私を誘ってくれるだなんて有り難いなあと思って。」


なんとも警戒心のない魔女だ。シャロットさんって、こんなに無防備な人だったのか?


「あんたねえ、そんなにあっさりと知らない人の誘いを受けるものじゃないわよ。悪い人だったらどうするのよ!?」

「えっ!?ここにいるってことは、男爵様やマデリーンの知り合いってことでしょ?悪い人じゃないと思って…それにこの人の服、なんだかちょっといい感じなので…」


なんとまあ、シャロットさんらしい見極めっぷりだ。服だけで相手を見定めるとは。


で、シャロットさんとグラハム少佐は、そのままうちのリビングで話し始める。シャロットさんがふった話題は、やはり服のことだ。


「あの…その服、どこで手に入れたんですか?」

「ああ、これですか?実はこれ、オリジナルデザインなんですよ。」

「ええっ!?ご自分でデザインされたんですか!?」

「ええ、そうです。最近、機械縫製をするお店がショッピングモールや王都にできたんですけど、あそこに自前のデザインを持ち込むと、それ通りに作ってくれるんですよ。地球(アース)401そのままの服じゃこの王都では目立つので、少しこちらの衣装に近いデザインにしてみたんですよ。」

「そ、そんなことができるなんて、思ってもいなかったです。へえ、言われてみれば、全体は地球(アース)401風のカジュアル服ですが、この辺りが燕尾服っぽくてまるで貴族のようですね。」

「艦長のお屋敷は、貴族の方が多いところですからね。少し気を使わないといけませんよ。」


意外と細かいことに気遣う副長だ。ついさっきまで、手当たり次第に女の人に声をかけていた人物とは思えない。それにしても、グラハム少佐にこんな才能があったとは思わなかった。軍人やめて、衣料業界に転職した方がいいんじゃないか?


ということで、当然この2人は意気投合する。そのまま2人揃って王都にあるカフェに向かった。


全くの偶然だが、あの副長に合う人が現れるとは思わなかった。グラハム少佐の思わぬ特技も知った。意外なカップル誕生に、私はホッとしたような、かえって心配なような。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ