#70 騒然とする王都
カロンさんの高校生活がスタートした。
「では、行ってまいります。」
「行ってらっしゃい!気をつけてね!」
昨日は入学式があり、今日から授業が始まる。私と一緒に家を出るカロンさん。まだ新しいブレザーの制服が初々しい。
思えば、私にもつい十数年前に同じように学校へ行った頃があった。でも、高校なんて行くのが当たり前だと思っていたから、学生生活をなんとなく送ってしまい、いい思い出があまりない。
カロンさんの場合は、努力の上つかんだ高校生活。なんとなく過ごすことはないだろう。この学校の他の生徒にしても、学生の多くが地球760出身者で占められており、その多くが地球401の文化を吸収するために入ってきている。だからカロンさん曰く、地球401の高校生とは違って皆士気が高いらしい。
こうして意気揚々出かけていった高校生活1日目のカロンさん。帰ってきて話を聞くと、早くも友達ができたそうだ。相手はなんとカルロス男爵家の長女、名をエマニエルと言う。
カルロス男爵という方にはお会いしたことはないが、名前は聞いたことがある。なんでも、随分と地球401の技術や文化の習得に熱心な方らしくて、自身の領地に実験的な施設を作っているそうだ。
で、カロンさんは土曜日に、そのエマニエルさんを我が家に連れてくることになった。
エマニエルさんが来るその日、庭ではマデリーンさんとレアさんが、例の水の球を作る練習をしている。
「行くわよ、うりゃ!」
掛け声と共に、マデリーンさんの手の上に水の塊が浮かび上がる。が、依然としてそれは「塊」だ。とても球とは呼べない。
「ああ、今度こそうまくいきそうだったのに!難しいわね、これ。」
「いえ、マデリーン様はなかなかのものですよ。私なんて、水の塊を取り出すのにもずいぶんかかりましたから。」
「そお?じゃあ、すぐに綺麗な球を作ることができるかな?」
「ええ、きっとできますよ。」
そこに、エマニエルさんを連れたカロンさんが現れる。
「あの~、マデリーン様、高校の友人を連れてきました。」
「あ、来たわね!ようこそこのダニエル家へ!たいしたものはないけど、ゆっくりしていってちょうだい。」
「こんにちは、エマニエルと申します。ところで皆さん、ここで何をしていたんですか?」
「いや、水の球を作ろうとしてたのよ。」
「水の球?なんですか、それ。」
「そう、レアが得意よ。見せてちょうだい。」
「ええっ!?いいんですか?」
「いいわよ、別に。」
戸惑うレアさん。カロンさんがマデリーンさんに耳打ちする。
「そんなことしたら、レアさんが魔女だって分かっちゃいますよ。」
「いいわよ。ダニエル家に魔女がいることくらいみんな知ってることだから、今さら隠したってしょうがないじゃない。」
マデリーンさんにそう言われて、レアさんは桶に手を突っ込む。
マデリーンさんとは違って、水の球が現れた。まるで宙に浮くガラス玉のようだが、中は液体なので常に流れがあって模様が変化している。
「うわぁ!面白いですね、これ。」
エマニエルさん、空中に浮かび上がった水の球を見て歓喜している。
これを見てちょっと気になったのだが、エマニエルさんは貴族の令嬢にしては魔女に警戒心がない。普通はもう少し遠回しに接してくるものだが、珍しい人だ。
「じゃあ、お茶入れてくるね。テラスの椅子に座ってまってて。」
カロンさんがエマニエルさんに声をかける。
かたや男爵家の娘、もう一方は男爵家の使用人という身分。通常ならもうちょっとお高い態度でも良さそうだが、このエマニエルさんという人は、カロンさんと普通に接している。身分の差を気にしていないご様子。地球401出身者ならごく普通のことだが、彼女は地球760出身者の、しかも貴族だ。
父親はかなり先進的な方だと聞いているが、それにしてもちょっと違和感がある。私はこれまで我々の文化に触れた者をたくさん見てきたけれど、ここまでこっち側の文化に染まった人は見たことがない。
テラスでお茶を飲む2人。邪魔にならないように、マデリーンさんがアイリーンを連れて立ち去ろうとすると、エマニエルさんに呼び止められる。
「あの、マデリーンさん。実はカロンさんとマデリーンさん、それにダニエル男爵にも聞いていただきたい話があるんです。」
「えっ?私に?」
そして、急にエマニエルさんがこんなことを打ち明ける。
「実はですね、私、魔女なんです。」
「…えっ?」
思いもよらない話に、カロンさんは驚いて言葉を失う。
「…エマニエル、それってあの…」
「私ね、いわゆる一等魔女なの。貴族で魔女。つまり、どういうことかお分かりかしら。」
「ええと、あの、どうと言われても…」
エマニエルさんが魔女に警戒心がない理由、それは自身も魔女だったからということか。私はようやく合点がいった。
貴族で魔女という意味を問われても、カロンさんはピンとこない様子だ。この帝国領内の魔女が辿った歴史の意味を彼女はよく分かっていないためだ。魔女が16歳で家を出るという風習があること、その背景にある魔女迫害の歴史。カロンさんも知識としては知っているが、自身の思想に根付いてはいない。だから、貴族で魔女であることを打ち明けることの重大さが、カロンさんは分からない。
「で、でも、今はもう魔女だなんだという時代じゃないでしょ?わ、我が家もマデリーン様という立派な魔女がいますし、貴族で魔女だからといって、気にする時代ではもうないと思うの。」
「そうね、あなたのいう通りだわ。私もそう思う。でもね、貴族の間には依然として魔女に偏見があるのは事実よ。地球401の文化が入ってきて随分と変わったけれど、まだしばらくはまだこの偏見と戦わなくちゃいけないのよ。」
エマニエルさんのこの急な告白に、カロンさんは戸惑っている。このしどろもどろな答えが、その証拠だ。
「ところで、あなたについても聞きたいことがあるの。」
「えっ!?私?」
カロンさんに向かって突然こんなことを言い出す。
「あなたも私と同様、隠し事があるでしょ。」
カロンさんどころか、私もドキッとした。なんだ、突然。そして続けざまに、こう切り出した。
「あなた、地球401の出身じゃないの?」
カロンさん、これを聞いてかなり動揺する。
「えっ、あ、いや、その…」
「帝都の貧民街出身だとおっしゃっていたけど、学校でのあなたのスマホの使いこなしぶりや文房具の扱い方を見ても、同じクラスの地球401出身者とほぼ同じ。私もここ2年ほど地球401の文化に触れているけれど、貴族の私でさえあそこまで自然に地球401に道具を使いこなせはしない。それに今の問いかけに対する答え方を聞いて、ますます確信した。あなたやっぱり、地球401の出身じゃないかって。」
「あわわ私はその…」
言われてみればカロンさんは、鉛筆や消しゴムと言った地球401の持ち込んだ文房具を普通に使っている。冷静に考えれば、貧民街出身者どころか、この星の出身者でもありえないことだ。鉛筆一つ使いこなすのに、いきなりは無理だ。貴族ゆえに早くから地球401の道具を取り寄せて使っているエマニエルさんでさえ、文房具を使うのには苦労したらしい。
思わぬことで正体がばれたカロンさん。我々の間に、緊張が走る。ところがエマニエルさんはこう話す。
「大丈夫よ、私も自分の秘密をばらしたわけだし、あなたの秘密もばらしたりしないわ。ちょっと確認したかっただけ。でも、わざわざ地球401出身でありながら、地球760出身者のふりをしなきゃいけないなんてよっぽどの事情があるのだろうから、これ以上私は詮索はしない。」
「…うん、ごめんね。あなたの言う通り、私は地球401のロージニアから来たの。」
「ロージニアね。私も父上に連れられて一度だけ訪れたわ。大きな街だった。王都もいずれ、ああなるのだろうと思って見てたのよ。」
「そうだね、地球401でも一番大きな街だよ、あそこは。でも私、いろいろあってもうあそこには帰らないと決めたの。私にとってはこの王都が故郷。ダニエル男爵様やマデリーン様にはよくしていただいてるし、こうして学校まで行かせていただいて、本当に感謝してるの。」
「ふうん…何があったのか知らないけど、あれだけ進んだ文化や街にも逃げたくなるほど嫌なことってあるのね。でもね、私と父上はむしろこの王国に地球401の文化が早く染まって欲しいと願ってるのよ。」
「そうなんだ。でもまたなんで…」
「それは、私が魔女だからよ。王国貴族の娘が魔女だなんて知れたら、少し前なら大変なことになってたわ。隠し通すためにかなり苦労したのよ、私も、父上も。」
「そうだよね、貴族で魔女だなんて、ばれたら大変だもんね。私も似たような立場だったから、よく分かるわ。王国なんてまだマシで、帝都じゃ魔女だとばれた自分の娘を殺したっていう貴族もいたくらいだからね。」
「ひえっ…そ、そうなんですか?そんなことがあったなんて…」
魔女の闇に触れるカロンさん。エマニエルさんのいう言葉の意味が、ようやく分かったようだ。
「でも、地球401の人たちって不思議なことに、魔女だからって恐れたりしないのよね。それどころか、むしろ魔女が好奇心の対象にされてる気がするの。なぜかしら?」
「さあ…私にもうまく言えないけど、優れた能力を持ってることは、地球401では賞賛されることだからね。それに、アニメや漫画、ドラマでも魔法を使う主人公が活躍するような話って多いから、魔女はかっこいいと思っちゃうよ。」
「そうなんだ。やっぱり、思想が私達とは全然違うのね。私はうらやましいなあ、そういう星は。」
なるほど、ここでもう一つの疑問も解消した。使用人のカロンさんに対等に接してくれているのは、カロンさんが地球401出身だと悟ったからのようだ。いくらなんでも、貴族が急に使用人と対等に接するはずがない。
ここでエマニエルさんは、自分の話をし始めた。
エマニエルさんはカロンさんと同じ16歳。家族は両親のほか、2歳年下の弟がいるそうだ。
高校の存在を知った父上が、エマニエルさんに昨年試験を受けさせるも落ちてしまい、この1年頑張って再受験して、やっと今年入れたそうだ。
この先の時代、女性でも学を身につけて宇宙に行く時代だとカルロス男爵は言っているらしい。地球401の人々は、貴族のような身分制度が存在しない。ということは、いずれこの星も地球401のようになり、貴族が特権階級でいられなくなるはずで、何ができる人材であるかがその人の価値を決める時代がくる。そういう時代にカルロス家を絶やさないためにも、彼らの知識を吸収していく。カルロス男爵は、そう考えてるようだ。それで自分の娘や息子を地球401の文化に触れさせることに熱心なようだ。
これには私も全く同感だ。身分というものはこの先、たいして意味をなさなくなるだろう。
だが、それを貴族が言い出すのは少々変な気がする。むしろ貴族は今の体制が存続することを望むものであり、この未来像を認めない存在であるはずだ。だが娘が魔女ゆえに、カルロス男爵という方は文化の変革を望んでいる。そういうことなのだろう。
しかしカロンさんの正体を見破るとはたいしたものだ。私やカロンさんにも詰めの甘さはあったものの、わずかな振る舞いの差だけで見破るとは、このエマニエルさん、侮れない。
それにしてもカロンさん、できた友達がいきなり魔女とは驚きだ。あの高校の1年生の人数は305人。内、地球760出身者が3分の2と言うから200人ほど、半数が女子だとして100人。魔女が生まれる確率は100人に1人と言うから、おそらく確率的にはエマニエルさんはこの高校唯一の魔女である可能性が高い。
エマニエルさんもここで実際に、ホウキにまたがって飛んでみせた。本当に一等魔女だった。ただし、おおっぴらにできないため一度も本気で飛んだことはなく、速度や飛べる距離は分からないと言う。
「ねえ、あんた。うちの女子会に入らない?」
「女子会?何ですか、それ?」
「私の知り合った女性がわいわいやる会よ。貴族に軍人に奴隷に魔女、地球401出身者だっているわよ。もちろんカロンも入ってるわ。」
「あ、じゃあ、私も入れてください。」
早速マデリーンさんが、エマニエルさんを女子会に誘っていた。こうして彼女もまた、マデリーン一派にされてしまった。
さて、エマニエルさんがカロンさんやマデリーンさんと話している中、私はちょっと買い物に出かけるため、王都にあるコンビニに歩いていく。
その途中、偶然にもアイリスさんを見かける。その横には背の高い人がいる。
まるでグラビアアイドルのような格好のその女性。でも気のせいか、どこかで見たことがある。
「あら、ダニエルさん、今日はお一人?」
「ちょっと買い物にコンビニに行くんです。そういうアイリスさんは、こんな土曜日に仕事ですか?」
「ええ、デーシィの撮影会をやってきたんですよ。」
「…あの、もしかして、こちらにいるのはデーシィさん!?」
言われてみれば、デーシィさんだ。あの3人組で一番背が高い魔女さん。しかし、髪型も格好もあの時とは大違い。
「デーシィって、背が高くてスタイルがいいから、うちの会社の専属モデルにしようってことになったんですよ。ほらこの通り、いい美容師さんに頼んでコーディネートしてもらったんですが、すごいでしょ?」
「いや、本当にすごい…でも、ここまで変わるとは。」
よく見ると、背後にたくさんの男性陣が控えている。アイリスさんによれば、あれは会社の男性による「取り巻き」だという。すっかりアイドルのようだ。
ちなみにアマンダさんは、あの凸凹コンビのアウレーナさんとジーナさんの現場監督をしているそうだ。あの2人に空中で指示ができるのは一等魔女でないと務まらないので、仕切り屋なアマンダさんが適任だということになった。
シャロットさんは、能力を活かして荷物運びだ。運んでいるのは主に衣料品。裁縫が得意だというだけで、衣料担当にされてしまったようだ。だが荷物の仕入れにも関わっているとのこと。
地球401の服をこの星に持ち込んで売ろうとしたそうだが、なかなかこちらの好みにマッチしたものを仕入れられない。が、シャロットさんは王都で受けがいい服かどうかを見極められるため、衣料分野の開拓に貢献しているようだ。
で、正直あまり魔力や特技がなくて一番心配だったデーシィさんは、この通りモデルさんになっていた。この会社、本当に余すことなく人を使う。いろいろとやばいところはあるが、考えようによってはいい会社だ。
これからアイリスさんは会社に帰って、デーシィさんの写真を使った広報誌を作るんだそうで、取り巻きの皆様も引き連れて会社に帰っていった。その様子を見た王都の人々は、何事かと騒然としている。こういうアイドルだのファンの集団だのという存在はこの星にはまだない。不思議に思うのは、仕方がないだろう。
だが、これはまだ王都の極一角が騒然としたに過ぎない。
この数日後、王国貴族が騒然とする事態が発生した。
場所は社交界。この日は王族の何かの記念日だとかで召集された。いつものように、王国貴族が集結する。
私が王都に引っ越して初めての社交界、歩いてレンタル馬車乗り場に行き、馬車で100メートルほど行ったところで降りて、王宮の中にある会場に向かう。相変わらず面倒な手順を踏む必要がある。
最近私は礼装軍服ではなく、普通の貴族と同様に燕尾服に蝶ネクタイという格好にしている。いつまでも、他の星気分ではいけない。マデリーンさんは以前と変わらずイブニングドレス。ただしマデリーンさんは、夫人としては珍しく勲章をつけている。
私のいる場所は、会場の外縁部分の男爵エリア。奥の方は伯爵や王族、それにイレーネさんたち公国の人たちだ。
「ダニエル殿!久しぶりだな!」
いつもの調子で、ローランド中佐とイレーネ夫人が挨拶にくる。
「よろしいのですか?男爵エリアに公爵級のお二人がふらっとやってきて。」
「構わんよ。明確な仕切りがあるわけでもなし、それに王国貴族で知り合いがあまりおらんしな。だからいつもここに寄ってしまうのだよ。」
確かにイレーネさんは公国出身で、しばらく王国とは交際が途絶えていた。知り合いが少ない社交界に毎回くるのも大変だろう。
とはいえ、以前よりは話す相手も増えてきたようだし、イレーネさんもすっかりこちらの貴族になったと言える。ショッピングモールによく出没することを除けば、だが。
そのイレーネさんと、ローランド中佐と話している時に、それはやってきた。
この男爵エリアに、あのアルヴィン男爵が現れた。その隣には、青くて裾の長いイブニングドレスに身を包んだ人物が寄り添っている。
これを見た王国貴族の方々からは、どよめきが起こる。子爵、伯爵の皆様も一斉にアルヴィン男爵の方を向いた。
アルヴィン男爵とその青いドレスの女性は、腕を組んで会場に入ってくる。この2人の出すオーラのようなものを感じた他の男爵は、思わず道を開ける。
このドレスを来た人物、私はすぐにそれが誰か分かった。カルラ中尉だ。
今日のカルラ中尉は、我々が見てもとても綺麗な姿だ。今まで見た中で、間違いなく最高に輝いている。我々基準で見てもそう思うカルラ中尉を、王国貴族が見るとさらにその威力は増大している。
貴族にとっては、もはや超新星爆発並みの破壊力である。王国始まって以来の美人が現れたと表現する人もいるほどのカルラ中尉が、アルヴィン男爵と腕を組んで現れたのだ。そりゃあ動揺するのが当たり前だ。
これが意味するところのものは、たったひとつ。要するにカルラ中尉は、ついにアルヴィン男爵の夫人となった、ということだ。
そういえば、今週は3日連続で有給休暇を欲しいと言って休んでいたが、こういうことだったのか。
イレーネさんも言葉を失っている。横のローランド中佐は、この雰囲気がよく分かっていない様子だ。
「おい、ダニエル中佐。何が起こってるんだ!?」
「私にもよく分からないんですが、うちの艦のカルラ中尉は、ここではすごい美女らしいですよ。それがとある男爵と一緒に現れたものだから、皆騒然としてるのですよ。」
「そういうことか…って、あの横の夫人は、お前の駆逐艦の乗員なのか?」
地球401の男性同士、小声で現状把握をする。当たり前だが、いくら公爵でも、ローランド中佐は地球401側の人物。王国の男性貴族の感性は分からない。
ただならぬ雰囲気の中、アルヴィン男爵とカルラ中尉がこちらにやってくる。
「ダニエル男爵殿。もはや貴殿にはお分かりだと思うのだが、私とカルラは本日、夫婦の誓いを交わし、共に歩むこととなりました。今後ともよろしくお願い申し上げる。」
アルヴィン男爵とカルラ中尉は、私に向かって深々と頭を下げる。
「あの…艦長。今日のこと黙っててすいません。なんだか言い出しにくくてですね…」
薄っすらと頬を赤くして話すカルラ中尉。普段の戦争マニアぶりからは想像もつかない姿だ。彼女にとっても意中の人と結ばれることとなり、とても幸せそうだ。
「いや、そんなことは気にしなくてもいいですよ。とにかく、アルヴィン男爵殿とカルラ中尉、結婚おめでとう!」
「いやあ、お似合いだよ、二人とも。おめでとう!」
私とマデリーンさんは、お二人に祝福の言葉を述べた。
その様子を見ていた他の貴族は、私のところにやってくる。いったいどういう経緯で、あの2人は出会ったのか?なぜ、私のところに挨拶にきたのか?などなど。
挨拶に来たのは、カルラ中尉が私の部下だからだが、経緯については存じ上げない、私も結婚については今日知ったとだけ答えておいた。事実、結婚するなどとは今日まで知らなかった。遅かれ早かれこういう日が来るとは思っていたが、その日はあまりにも突然やってきた。
「だ、ダニエル殿!なんだ、あの女性は!なぜダニエル殿のところに来たのだ!?」
イレーネさんまで質問してくる。そうか、まだカルラ中尉とあの女子会で顔合わせしていないんだな。
「あのですね、実は彼女、私の駆逐艦の作戦参謀なんですよ。」
「はあ!?作戦参謀!?ということはあやつは武官なのか?」
「ええ、そうですよ。地球401出身の武官です。」
「あれほどの人物が武官とは…どうなってるんだ、お主の船は!?」
いや、どうもこうも、彼女がこれほどまで王国貴族の間でモテるとは、考えたこともなかったのです。
破壊力抜群なカルラ中尉が、さらに男爵と結婚するという衝撃をもたらしてくれたおかげで、この社交界は王族ではなく、男爵エリアに熱い視線を向けられる羽目になった。
うーん、しかし不味いな…仮にも国王陛下が催された社交界。それを王族そっちのけで、男爵が注目を浴びていいものなのだろうか?
ところが国王陛下までカルラ中尉に関心を寄せられて、アルヴィン男爵とカルラ中尉を招き寄せて祝いの言葉をかけられた。なんとまあ、懐の深い陛下であることか。
周りが騒然とする中、声をかけてきた貴族がいる。
「いやあ、ダニエル男爵殿のところは、個性的な方が多いようですな。」
「はあ、そうですね。おかげさまで退屈いたしません。」
歳は40前後と思われる貴族だが、私は面識のない方だ。誰だろうか?
「失礼、私はカルロスと言います。先日は私の娘がダニエル殿のお屋敷にお邪魔したようで、娘は喜んでおりました。」
この方、エマニエルさんの父上だった。初めてお目にかかる。
「あのような娘ゆえに、悩み事が多いのです。ダニエル殿の使用人が娘と同じ学校に入ったと聞きましたゆえ、実は娘に言って近づけさせたのです。が、私の予想以上によい友人であったようで、私も喜んでおります。」
「はあ、そうだったんですか。うちのカロンもいい友人に出会えたと喜んでいます。」
「そうですか。あなた方、地球401の人々がもたらす文化によって、やがてこの星でも貴族だ平民だという時代ではなくなります。しかもあなた方は、ダニエル殿の奥様や私の娘のような者でも受け入れる文化をお持ちときた。私はこの文化が1日も早く浸透するよう、尽力するつもりです。どうか今後とも是非お付き合いを頂きたい。」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いいたします。」
深々と頭を下げるカルロス男爵と奥様。私とマデリーンさんも慌てて頭を下げる。
ここは貴族の多い社交界ゆえに、敢えて自分の娘が魔女とは言わず遠回しな言い方をしてきたが、要するにカルロス男爵は娘が堂々と生きていける社会にしたいと願っているのだろう。
王国貴族が騒然とした社交界は幕を下ろす。私は王宮の外にある控室に行き、そこで待つアイリーンとカロンさんの元に行く。
長時間に渡るアイリーンの世話だけは、まだレアさんには頼めない。まだアイリーンが慣れてくれないからだ。社交界の間の世話は、アイリーンが生まれた時から一緒に過ごしてきたカロンさんにしか頼めない。
「お疲れ様でした。いかがでしたか?今日の社交界は。」
「いや、すごかった…まるで超新星爆発のようだった…」
「は!?超新星!?」
私も変な表現で答えてしまったが、カルラ中尉の衝撃を、私はこう表現する他ない。
だが、カルロス男爵にも会えた。エマニエルさんとカロンさんの出会いには、なんとなくカルロス男爵自身の野心的な何かを感じずにはおられないが、魔女である娘が安心して生きていける社会に変えていきたいというのは紛れもなく本心だろう。私の妻も娘も魔女だ。だから、そんなカルロス男爵の願う社会の実現に、私も関わっていくことになるだろう。




