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#7 訓練の日々

 短い休暇は終わり、今日から教練所の教官としての日々に戻る。


 休暇の最終日はどこにも出かけず、マデリーンさんと一緒に家でごろごろしていた。だが、私は教官だ。この教練所内では、だらだらとした顔を見せるわけにはいかない。


 私の担当はパイロット養成。哨戒機パイロット専門だ。私の所属する教練所には全部で30機の機体がある。6人乗りの哨戒機28機に、2人乗りの複座機が2機である。


 価格が高く、しかもほとんどドッグファイトが行われない現在では不要論が出ている複座機であるが、養成所では極限状態での訓練に必要なため、少数ではあるが配備されている。だがここでは、操縦も容易で、汎用性が高く安価な哨戒機が主に使われている。


 今日は哨戒機を使った密集隊形での編隊飛行訓練だ。機体間距離を3メートル程度まで接近させて飛行を行う。


 教練所を出て、王都上空を迂回して帝都まで飛び、再び教練所に戻る。午前中は候補生同士、交代しながらこれを数度行う。


 綺麗に離陸した4機の哨戒機。まずは王都上空から、帝都に向かう。


 ところで、ここの教練所では帝国や王国出身のパイロット候補生がいるのだが、揃いも揃って皆「騎士」階級である。


 航空機パイロットのイメージが、この星では「騎士」のようだ。だから、パイロット候補は騎士がなるものとなっているようだ。


 一方、私はごく普通のサラリーマンの息子に生まれたが、あまり裕福ではない家庭だったため奨学金狙いで軍学校に入り、そしてそのまま遠征艦隊に配属された。


 そんな身分の私が、なんとここでは「騎士」を指導する立場だ。軍に配属されたころは、思いもよらないことだった。


 砲撃や参謀、オペレーター部門には男爵、子爵クラスの人が多い。ただし、長男はおらず、次男、三男ばかりだ。


 要するに、家督を継ぐ長男のスペア的な存在で、いずれは部屋住みとなって埋もれてしまう運命の人々が、活躍の場を求めて宇宙艦隊の候補生に志願してきたようだ。貴族の家庭事情がこんなところに反映されるとは思わなかったが、この傾向は他の惑星でも見られるらしい。なお、艦長や参謀といった指揮官クラスになると、位はぐんと上がって伯爵以上の息子が多い。うちの艦長は別に貴族出身というわけではないが、いきなり位の高い人々を押し付けられて苦労していた。


 そう考えると、私は騎士クラス相手でまだ気楽な方だ。いくら次男以下とはいえ、男爵だの伯爵だのを相手にせよというのは大変なことだろうと思う。


 さて、そんなことを考えていたら生徒たちが整列を終えていた。


「本日の訓練を開始する!全員、哨戒機に搭乗!」


 この百年ほどの間、宇宙の戦闘でドッグファイトは行われていない。30万キロ以上の砲撃戦が主流の現在。哨戒機とはいえ、最高速度や旋回性能以外のスペックでは複座機に引けを取らない。


 むしろ6人乗り、最大2トンの積算能力を重視して哨戒機を採用するケースが多い。我々の軍でも保有する航空機の9割以上が哨戒機だ。


 ただこの機体、視界が悪い。前方と側面にしか窓がなく、後ろは機体で隠れている。後部モニターはあるが、距離感がつかみづらくて使いにくい。


 このため、訓練によってこの使いにくさを技量でカバーしようとしている。


 4機が垂直離陸した。上空1000メートルで密集隊形に移行し、前進する。


 訓練生は緊張している。ちょっとでも気を緩めると、隣の機体とぶつかる恐れがある。アシスト機能があるので、ある程度は勝手に避けてくれるものの、万能ではない。


 今日の訓練は比較的高度な訓練技能だが、彼らはちゃんとこなしてくれている。もう彼らの訓練は最終段階に入りつつあり、もうすぐ卒業だ。


 彼らこそ、この星で最初のパイロットとなる。私の担当は全員で30名。他の宇宙港ではまだ訓練が始まったばかりというから、私の担当を含むここの宇宙港の270人がこの星最初のパイロットということになる。


 だが、一個艦隊を編成するには最低でも1万人は必要だ。まだまだ教練は、始まったばかりだ。


 帝都上空に差し掛かる。そういえば、まだ帝都の祭りは続いているようだ。ここから見ても、祭りの賑わいぶりがよく分かる。


 帝都上空でゆっくりと旋回する。これを見る地上の人々は、まさか自分たちの星の人間が乗った航空機が飛んでいるとは思ってもいないだろう。だがあと3年もすれば、この惑星の人間が航空機や宇宙船を飛ばすのが当たり前になっているはずだ。


 その後、王都上空に戻り、教練所に着く。各機、ゆっくりと着地。無事終了した。


 これを5往復して、午前の訓練は終わった。午後からは、航空法規講義の時間だ。その前に昼食だ。


 私は食堂に向かう。そこには、砲撃担当の教官もいる。無論、砲撃長もいた。


 生徒には厳しいことで知られているこの砲撃長、私はこの人にぜひ聞きたいことがある。


「砲撃長殿!」


 私の声に、何故かビクッと反応する砲撃長。


「…なんだ、ダニエル中尉、どうした。」

「いや、『その後』を伺おうと思ってましてね。」

「その後?何のことだ?」

「エドナさんのことですよ。」


 露骨に嫌な顔をしている。砲撃長ほどの人でも、女性と同棲しているという事実はあまり知られたくないんだろうか?


 砲撃長は、ここでは「鬼教官」として知られている。砲撃は気合と精神力で行うもの、そういって訓練生を容赦なく怒鳴りつけるため、ひ弱な貴族の息子は参ってしまうようだ。


 そんな砲撃長だが、なぜか私とは普通に話せる。当初はパイロットなぞ不要だと私に突っかかってきたのだが、何がきっかけなのかわからないが、普通に話せる仲になってしまった。


 おかげで、この鬼上司に怒鳴られている砲撃科連中から相談されることが多い。結果、私は砲撃科の人とかかわりが多い。


「あれ?ダニエル中尉殿、珍しいですね、こんな鬼教官殿に話しかけるなんて。」


 ワーナー少尉も現れた。彼もその相談を受けたことのある一人だ。


 一度彼とこの砲撃長との間に入って話し合ったことがあった。そのおかげで、ワーナー少尉は砲撃長と腹を割って話せる仲になってきた。


「なんだ、ワーナー。午後からのシミュレータの調整はできたのか?」

「ばっちりですよ、砲撃長のお好みの『3対1』仕様にしておきましたから、今日の訓練生は想定以上のビームの雨で、ビビるはずですよ。」


 2人してにやにやしている。ワーナー少尉はわりと真面目な砲撃担当だが、だんだんこの砲撃長の嫌なところが似てきたような気がする。


「あら、仲がおよろしいことですね。」


 モイラ少尉まで現れた。


「なんだ!?恋愛のなんとかといわれているモイラ少尉じゃないか?珍しいな、こんなところに。」

「私だって昼食は食べますよ。この教練所にはここしか食堂がないんだから、ここにいるのは当たり前ですよ。それよりも。」


 モイラ少尉、ワーナー少尉の横に座った。


「最近、砲撃長と一緒にいらっしゃるあの方。誰なんです?」


 この自称「恋愛の達人」、単刀直入に本題に入った。


「ななな何を言い出すんだ?」

「私が何も知らないとでもお思いですか?土曜の夜に、街の事務所で小柄な女性と一緒にいるところをある人に目撃されていること、翌日、ショッピングモールに入っていくところも見られてます。小柄な女性だと言ってたので、同一人物でしょう。そして、私自身も昨日、まさに小柄な女性と一緒にコンビニに入っていくところを目撃しましたよ?誰なんです?この小柄な女性とは?」


 恋の情報収集能力はおそらく最高クラスの彼女、私は何も話していないのに、どうやってこれだけの事実を集めていたんだ。


 このときの見透かしたような顔で話すモイラ少尉。これこそ、いつもの彼女だ。


「…プライベートなことだ!いちいち言う必要はないだろう!」


 あれ?開き直ってしまった。


「そうですか。ではそれ以上、私もお聞きいたしませんよ。」


 モイラ少尉もあっさりと引いてしまった。


「ですが、私のプライベートなお話は、聞いてもらえます?」


 急に話を切り替えてきた。何を言い出すつもりだ?


「なんだ、そのプライベートな話とは。」

「ワーナー少尉と私、近々結婚することになりました。ついては、上司であるあなたにお知らせしておこうと思いまして。」


 いきなりワーナー少尉との結婚話を切り出してきた!何をするつもりだ、モイラ少尉。


「ななな何だって!?本当か!ワーナー少尉!」

「本当ですよ。この休暇中に2人で決めたんです。」

「お前!こいつがどういう人物か知っての決断なのか!?」


 本人を前にして、酷い言い様だな。私も確かに普段のモイラ少尉からすると、意外な組み合わせだと思ったが、そこまで動揺することでもないだろう。


「ええ、とても素晴らしい女性ですよ。私にはもったいないくらいの方ですが、私の申し出を受けて下さいました。」

「モイラ少尉!いいのか!?こんな男で。普通の男だぞ!」


 よっぽどモイラ少尉には普通じゃない方がお似合いだといわんばかりだ。さっきから、失礼じゃないか?砲撃長。


「あら、とてもいい方ですよ。少なくとも、付き合ってる事実を認めようとしないちっぽけな男よりは、はるかに素晴らしい男性ですよ。」


「モイラ節」が炸裂した。一本取られたな、砲撃長。笑顔で見つめあう両少尉。


「ええい!分かった分かった!話せばいいんだろ、俺の話を!」


 この雰囲気に負けて、砲撃長もついに観念した。それにしてもモイラ少尉、まさか自分の婚約の件も使って揺さぶりをかけるとは、さすがは自称「恋愛の達人」だ。


「その小柄な女性の名前はエドナ。ちょっといろいろあって、私の家で『使用人』として同居している。」

「そうなんですか?でも、すごく仲がよさそうでしたよね。」

「まあ、なんだ。珍しく気があってな…って!そこまで話さなきゃならんのか!?」

「私は何も言ってないですよ~?砲撃長殿が勝手に話し始めたんじゃないですか。」


 あの砲撃長を手玉に取るとは、たいした人だ。


「で、どうするんです?私たちのように結婚されるんですか?」

「ばか!まだ出会って4日目だ!!もうちょっといろいろと付き合ってだなぁ…」

「あら、じゃあ将来は考えてるんですか。そこまでの仲とは知りませんでした。」


 彼女がすごいというより、嘘が下手な砲撃長の弱点が露呈しただけのようだ。ぼろぼろと本音が出てくる。


「そんなに気楽なわけないだろう!俺と彼女よりも9歳も離れているんだ!彼女からすれば、おっさんだぞ!俺は!!」


 食堂中の人が振り向く。さっきからこの砲撃長、この教練所一の大声で話しているから、内容が筒抜けなのをご存知だろうか?


「別に10歳以上年の離れたカップルも知ってますよ。9歳差くらいなんだというんですか。」

「うむむ…」

「まあ、焦らずにお考えください。いつでも相談に乗りますよ。」


 そう言って、ワーナー少尉と一緒にその場を立ち去る。私にばれたからだろうか?もうこの2人、急に人目を気にせず一緒に歩くようになった。


 さて、午後の部が始まる。私は午後には1時間の講義を担当し、その後明日の訓練に備え、整備や手順を確認する。


 後半の整備をしている時に、あの砲撃長の怒鳴り声が聞こえてきた。今日はいつもよりも気合が入っている。


「パイロットなんぞ不要だ!!艦長など飾りだ!!戦場では我々こそが主役!!気合を入れて行くぞ!!」


 …頼むから、そういうことはパイロット候補生に聞こえないように言ってほしい。


 ところで、通常我々軍人同士は、階級で呼び合う。モイラ少尉、ワーナー少尉といった具合だ。私のことは皆「ダニエル中尉」と呼ぶ。ところがこのミラルディ大尉だけは、誰もが皆「砲撃長」と呼んでいる。


 あの声の大きさ、そして歯にもの着せぬ発言、まさに「砲撃」の呼び名がふさわしい。おそらく、将来出世して砲撃科から離れても、砲撃長といわれ続ける気がする。


 さて、今日1日の仕事が終わった。私は帰宅する。


 家に着くと、そこにはマデリーンさんの他にエドナさん、そしてワーナー少尉とモイラ少尉までいた。


 エドナさんに会ってみたいというモイラ少尉のメールを受けて、マデリーンさんが自宅に招いたようだ。


 …ちょっと待て、なぜ我々がエドナさんのことを知っていると、モイラ少尉は知ったのだ?何も話していないぞ!?


 彼女の情報収集能力は恐ろしい。やはり、ただものではないな。


「ちょうどさっきエドナさんも来たところなの。お茶いれるね。」


 マデリーンさんはキッチンに行き、例の紅茶を入れ始めた。


 さて、リビングではモイラ少尉にワーナー少尉、そしてエドナさんがいる。ところでエドナさん、どうやら帝都での砲撃長との出会うまでの話も、モイラ少尉にしちゃったようだ。


「…だから、身売りまでされた私が、ミラルディ様と一緒になっていいんでしょうか?あの方には、もっとふさわしい方がいると思うんです。」


 ただ、それを聞いたモイラ少尉、


「いかにも砲撃長らしいわね。でも、あなたのように奴隷市場で出会って、その後結婚しちゃったカップルも何人かいるわよ。」

「ええ!?そうなんですか?」

「うちの艦じゃまだいないけど、そういう人珍しくないみたい。」


 さすがはモイラ少尉。そんなことまで御存じなんだ。


「だから、気にしなくてもいいですよ。そんなこと。あの砲撃長と同棲できる女の人がいることの方が、よほど奇跡ですよ。」

「そうですか?いいお方ですよ、ミラルディ様。確かに声は大きいし、乱暴に見えることはあるかもしれないけれど、私に気を使ってくれて、こんなきれいな服まで買っていただいて。ほんとお優しいお方です。」

「ふうん、あの砲撃長が『お優しい』?へぇ。」


 モイラ少尉、砲撃長の意外な一面を知って、思わず笑みを浮かべた。


 とまあ、ここまでで終われば普通のほんわかカップルという印象で終わったのだろうが、思わぬ方向に話が進む。


「でもあのお方、夜になるとすごいんですよ。昨日なんて、ベッドに私の両手を縛りつけて…」


 気が緩んだのだろうか?エドナさんが砲撃長との夜の生活を語り始めてしまった。


 そういえば、先日聞いたマデリーンさんもすごいと言っていたが、私の想定をはるかに超える内容だった。さすがの「恋愛の達人」も、もちろんどノーマルなワーナー少尉や私にとっては、かなり刺激が強すぎる内容だ。


 それを嬉しそうに語るエドナさんを見て思った。間違いない、この人、相当なドMだ。あのどうみてもドSな砲撃長と相性がいいのがよくわかる。


 私はそこで確信した。やはり砲撃長とこの人、一緒になる運命だったのだ。


 そんな時、私に電話がかかってくる。砲撃長だ。いったい何の用なのか?


 どうやら家に帰ってみると、エドナさんがいなくて動揺しているらしい。私の家にいると伝えると、こっちにくると言う。


 エドナさんは慌てた。砲撃長に心配をかけてしまったと思ってるようだ。


「どうしよう…お仕置きされてしまう…」


 いや、そこは笑みを浮かべるところではないでしょう。せめて我々の前では普通に心配して下さい、エドナさん。


 程なく、砲撃長がやってきた。私とマデリーンがいるのはともかく、ワーナー少尉にモイラ少尉までいるのは想定外だったようだ。


「なんだ!?お前ら!どうしてここにいる?」

「私がエドナさんに会いたかったから、ここで一緒に話していたんですよ。いいじゃないですか、エドナさんのお友達が増えたわけですし。」

「うーん、モイラ少尉が友達とは…あまりいい影響はなさそうな気がするなぁ。」


 いや、砲撃長、あなたの夜の生活の方がよっぽどエドナさんに悪い影響を与えてますよ。


 さて、砲撃長とエドナさんは一緒に帰って行った。だが、先ほどの話を聞いて少々不安になる。今夜もあの調子なのだろうか?


「さて、私たちも帰りましょうか?」

「今夜も僕のうちに泊っていく?」

「当たり前じゃない。そのつもりよ。」


 こちらはこちらで盛り上がってきた。照れ臭くはなるけど、こっちのペアはまだ見てて安心だ。おそらく、今夜はドノーマルな夜を過ごすものと思われる。


 両少尉も帰宅した。4人も押しかけてきて騒がしかったこの家も、ようやく静寂さを取り戻す。


 ただ、エドナさんの話が刺激を受け過ぎたのか、その夜はマデリーンさんとほんのちょっとアブノーマルな夜を過ごしてしまった。


 こうしていつもより刺激的な平日は、暮れていった。

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