#68 王都での新たな生活
マデリーンさんにロレンソ、アルベルト一家に別邸を貸すことを話してみると、あっさりとOKしてくれた。どうせあの別邸は使ってないし、賑やかでいいんじゃないかというのがマデリーンさんのご意見だ。
ということで、早速翌週にこの2家族が引っ越してきた。6つの部屋の内2つづつ、計4部屋を使ってもらう。
ただこの別邸は2階建のコーポのような作りで、上の部屋に行くには外の階段を経由して行く必要があるため、2階は荷物置き場とし1階がメインの居住スペースという使い方をするようだ。
「…世話になるわよ…」
「どうぞどうぞ!」
先に到着したサリアンナさん、マデリーンさんに挨拶する。サリアンナさんにしてはしおらしい態度だ。
ダリアンナちゃんもうちと同じくらいの生まれだが、こちらもすくすくと育っている。この新しい住居を見て大喜びなご様子。
遅れて、アルベルト一家も到着。ロサさんがやってきた。
「こんにちは、今日からお世話になります。」
「どうぞどうぞ!どうせ空き家だったから、じゃんじゃん使ってちょうだい!」
我々が引っ越す時に、この別邸もすでに電気と水道は開通済み。あとはそれぞれの家族の荷物を搬入するだけだ。
引っ越し業者のトラックが同時に2台入ってきたが、広い庭なのですっぽり収まる。2台の荷下ろしが始まり、ロレンソ先輩とアルベルトはそれぞれ業者に荷物の運び込みを指示している。
サリアンナさんとロサさんは屋敷のテラスで子供と一緒に、荷物の運び込みが終わるのを待っていた。マデリーンさんとアイリーンも一緒だ。
そろそろ赤ん坊同士気になるようで、アイリーンはベビーカーの中から他の赤ん坊を睨みつけている。
随分と物騒な睨みあいをしていたかと思えば、何が面白いのか急にアイリーンが笑い出す。釣られて他の子も笑う。
親に似て、少しムードメーカーなところがある。まだ言葉も話せないのにこの調子。大きくなったら、この2人も引っ張って行きそうだ。
カロンさんが帝都のお茶を入れて持ってくる。それを飲む3人。一息ついて、サリアンナさんがぼそっとつぶやく。
「はぁーっ…まさかマデリーンの家にお世話になる日がくるとは思わなかった。でも正直あの街の家を早く出られて助かったわ。」
「そうよねー。毎日のようにきてたもんね。あの事務員。今頃、私達が立ち退いてくれてせいせいしてるんじゃないかしら?」
「へえ~あの街ではそんなことになってたんだ。あとひと家族なら受け入れられるけど、誰かいるかしら?」
「いや、もう私たちが最後だったよ。他は宇宙港の横にできたでっかいマンションに移ったか、あるいは王都の郊外にできた住宅街に行ったみたいだよ。」
「そうなの。残念。まあいいや、そのうち誰かが来るかもしれないし、その時まで開けておきましょ。」
そんなたわいもない会話をしていたら、引っ越しの荷物は運び終わったようで、トラックは帰っていった。ロレンソ先輩とアルベルトがこっちに来る。
「ロレンソ、もう荷物は運び終わったの?」
「終わったけど、これから中身を出さないといけないね。今日中にいるものだけ最低限出しておかないと。」
「あ、そう、じゃあやっといて。」
「はあ?サリアンナの荷物は僕には分からないよ。ちょっとは手伝ってよ。」
「ったく、しょうがないわね。ちょっと待ってなさい!お茶飲んだら行くから!」
外ではツンツンなサリアンナさん。家に入ると途端に猫語になるというが、この新しい家でもそうなのだろうか?お茶を飲むとサリアンナさんは、ダリアンナちゃんを連れて家の方に行く。
アルベルトもロサさんと話している。
「…そうなんだ。じゃあ、頑張ってね。」
こっちは、アルベルトだけが家に戻っていく。
「あれ?ロサは行かなくていいの?」
「1階用の最低限必要な荷物はもう出したんだって。で、今から2階にアニメ部屋を作るんで、少し待っててくれって。アルベルトってこだわり派だから、なんでも自分1人でやりたがるんだよ。」
なんとまあ相変わらずのオタクっぷりだ。それを許容するロサさんの懐の深さには恐れ入る。見るからにオタクなアルベルトだが、あの見た目で、こんなに可愛らしくて一等魔女で、趣味に寛大で夫に尽くす奥さんに出会えたことは実に幸運だった。
そんなロサさんが一度だけキレたことがあったらしい。そのときは魔法少女のコスプレ衣装を包丁で切り刻んで、ゴミ袋に投げ入れたそうだ。怒らせると案外怖い奥様だ。
サリアンナさんがダリアンナちゃんを連れて新居に行ったため、マデリーンさんにロサさん、それに私とカロンさんに子供2人だけになった。
そういえば、来月はリサちゃんが生まれて1年になる。夏も終わりに近づき、王都も少し涼しくなってきた。
リサちゃんはもう伝い歩きができるらしい。うちのアイリーンはやっとはいはいを始めたところだ。5ヶ月の差は大きい。
「そうだ。カロンさん。」
「はい。」
「地球401では、子供ってどういうところにいって学んだりするの?」
「そうですね、私の場合はまず幼稚園に行き、それから小学校、中学校に上がって、普通は高校まで進みます。私は中学までですが…」
ロサさんは、カロンさんが地球401出身者だと知る数少ない人の1人。子育てを始めて将来どうするかを考えているロサさんは、カロンさんに尋ねた。
「ロサ、あんた自分の子供を地球401のやり方で育てるの?」
「そうよね、この星もいずれ地球401と同じ仕組みになるんじゃないかなって思ってさ。」
そういえば、この王都にも学校や幼稚園が作られてるという話を最近聞いた。私は何気なくこう言う。
「そうですよね。この王都でも、学校が作られるらしいですよ。すでに高校はできてるらしくて、地球401、760出身者を問わず受け入れてるらしいですよ。」
それを聞いたカロンさん、一瞬ぴくっと反応したように見えた。
そういえばカロンさんも16歳。普通にいけば高校一年生となる歳だ。この王都に高校ができた。そう聞けば、自分のことを重ねずにはいられないだろう。
そこで私は、カロンさんに尋ねた。
「カロンさん、もしかして高校に行きたい?」
私の言葉に思わずびくっとするカロンさん。彼女やっぱり、高校に未練がある。
「い、いえ、ダニエル様。私はここで働く身です。そんな高校だなんて…」
「でも高校に行って学問を身につけることは決して悪いことではないし、何よりも友人ができる。そういうつながりを持てる場所としては、悪くはないと思うけどな。」
「いや、私はこのお屋敷のメイドですよ。私が学校に行っちゃったらこの広いお屋敷の掃除をどうするんですか?第一、学費が…」
「ちょっと、カロン!」
マデリーンさんも介入してきた。
「あんた、本当はどうなのよ!?高校ってところに行きたいの!?」
「いや、マデリーン様、私は…」
「遠慮しちゃダメよ!あんたはもううちの家族なんだから、わがままの一つくらいは言いなさい!」
詰め寄るマデリーンさん。カロンさんは突然、泣き出してしまう。
「…私も高校行きたいです…だって、あっちの星にいたら普通は高校生活をしてる歳ですから、普通になりたいなあって…」
「なんだ。やっぱり行きたいんじゃないの!だったら、行かせてあげるわ、その高校ってところ。」
マデリーンさんがカロンさんに言う。私もこの意見には賛成だ。カロンさんはもう家族のようなもの、機会があるなら、行かせるべきだろう。
ところが、新学年は9月から。今、8月が終わろうとしている。入れるなら今しかない。
だが、ひとつだけ困ったことがある。
カロンさんは地球401出身者で、中学校3年もほぼ終えているため、一応高校に入る資格は得ている。
高校入学資格があれば、この学校は面接と簡単な学科試験で入ることができる。我々の星では半分義務教育っぽくなっているため、学校によっては入学条件が緩い。
が、それはあくまでも「地球401出身者」であればの話だ。
彼女は登録上、この星の帝都貧民街出身ということになっている。このため、この学歴が使えない。
ただ幸いなことに、王都のこの高校ではこの時期にこの星の出身向けの募集をまだしていることがわかった。高校の認知度が低く、定員に達していないためだ。
この星向けには学歴は不問。歳が15歳以上であれば受けられる。ただし、我々の中学校3年生以上の学力がないと通らないくらいの一発勝負の試験に合格することが条件だ。
その地球760出身者向けの最後の試験が、なんとあと3日後にあることがわかった。
それに合格すれば、晴れて9月から高校生になれる。
それを知った我々は、すぐに行動する。大急ぎでその学校に行き、その場で願書を書く。
保証人は私で、彼女は私のところの同居する使用人ということで提出した。ここで職員に聞いて知ったのだが、使用人を高校に入学させるケースは意外と多いらしい。貴族の間では、自分の子供の前に使用人を行かせて、安心できそうなところかどうかを探っているらしいのだ。それ以外にも、使用人の教養をつけさせて格を上げておきたいという思惑もあるみたいだ。
願書は通した。あとは試験だ。その日の夜から、ショッピングモールで買ってきた本を読んで勉強する。
それにしてもたったの3日。間に合うのだろうか?正直不安だが、千載一遇のチャンスをもらったカロンさん。その日から懸命に勉強する。
さて、高校に向けて努力するカロンさんの裏で、我々夫婦はカロンさんが高校に行った場合に備えて、あることを考えていた。
カロンさんが抜けるということは、この広い屋敷を維持する使用人がいなくなるということになる。
掃除や洗濯はロボットがやってくれる。が、庭の手入れや買い物は人間が必要。アイリーンの子育ても手伝ってもらわないといけない。
ところが、アイリーンの子育てにカロンさんの高校の学費がかかる。それに加えて新たに誰かを雇うお金を出さないといけないのだが、中佐の給料と今の領地収入ではどう考えても足りない。
どうしたものかと悩んでいたが、ここは乗り切るしかない。マデリーンさんとは、使用人なしでしばらく頑張ろうということになった。
が、ここで私は強運を引き寄せる。
カロンさんの試験日の1日前のこと。私が職場である宇宙港横の教練所から帰ってきて、家の前に着いた時だ。
1人の男がうちの門の前に立っていた。
「あの…ダニエル男爵様でいらっしゃいますか?」
「はい、そうですが。」
「コンラッド伯爵様より、書簡を預かって参りました。お受け取りください。」
伯爵様のお使いが突如現れ、私に書簡を渡してくれた。何だろうか?突然。私は屋敷に入り、その書簡を開く。
こっちの文字で書かれているので、私は読めない。そこで、マデリーンさんに書簡を読んでもらう。しばらくジーッと読んでいたマデリーンさん。ゆっくりと口を開く。
「領地。」
「はい?」
「領地をくれるって。」
「はい!?りょ…領地!?」
書簡には、この屋敷に住んでいた男爵の領地をそっくりそのままくれると書かれていた。大きな屋敷をもらったものの、そのままでは維持できないだろうということで、伯爵様が陛下にとりなして、手に入れてくれたようだ。
その領地、ひとつの街だそうだが、その規模は私の持つ2つの村を大きく超える。
カピエトラという街で、地図で調べると、ここから南に車で3時間ほどのところにある街。人口は2万人、山間にある街で、何と温泉があるという。
書簡によれば、街から得られる収入もばく大で、ダミア村とミリア村を合わせた額の10倍を超える。これだけ収入があれば、使用人の件もカロンさんの高校の学費も問題ない。
思わぬスポンサーを得たわけだが、その分領地経営の仕事が増える。だがこの話、今の我々にはありがたい。
早速、私は伯爵様にお礼の書簡をしたためる。近いうちに、この街に行ってみよう。
あとは、カロンさんの試験だけだ。
試験当日。この日は土曜日。私とマデリーンさんは、試験会場に向かうカロンさんを見送る。
「じゃあ、行ってまいります。」
「頑張ってね!試験とかいうやつをこてんぱんにやっつけてきなさい!」
いやマデリーンさん。試験というのは、そういうやつじゃないから。
試験は昼食を挟んで4時間。3教科に、面談まである。
たった3日間で臨んだ試験。正直言って、不安の方が多い。
ロサさんもうちにやってきた。
「カロンさんの試験って、どういう風になればいいの?」
「さあ、私には分からない。3つの教科があって、それに勝てばいいらしいよ。」
「へえ、それって剣か槍で戦うのかしら?」
そんなわけがない。語学、数学、科学の3つ教科のテストを受け、一定以上の点数を取れば合格だ。
試験結果はその日のうちに判明。夜7時には、メールで結果が送られてくることになっている。
夕方に帰ってきたカロンさん。ロサさんとマデリーンさんが心配そうに聞く。
「どうだった?相手はちゃんと倒せた?」
「えっ!?倒す!?」
試験というのものがよくわかっていない魔女たちのトンチンカンな質問にも、淡々と答えるカロンさん。結構書けたとは言っていたが、正直手応えはわからないとのことだった。
で、夜の7時になる。結果が送られてくる時間だ。
私のスマホのメール受信音が鳴った。おそらく結果通知のメールだろう。
「じゃあ、見るよ。」
マデリーンさんとカロンさんが不安そうに見守る中、私はメールを読む。
結果は…合格だった。
それも優秀クラスへの編入を知らせる通知が来た。成績はかなりよかったらしい。予想以上の結果だ。ともかくカロンさん、来月から晴れて高校生になれることになった。
泣きながら喜ぶカロンさん。抱きつくマデリーンさん、なんだか分からないけど喜ぶアイリーン。家族総出で大喜びだ。
「おめでとう!さすがカロンね。」
「ありがとうございます!私、精一杯頑張ります!」
翌日にはロサさんにもお祝いされる。カロンさんも嬉しそうだ。
通常より一年遅れで高校生となるカロンさん。彼女にとっても、王都での生活の転換点を迎える。
住まいに領地、ご近所に使用人まで、何もかもが新たな環境を得て、この屋敷は秋を迎える。




