#67 砲撃訓練
王都に引っ越して、のんびりとした空間での生活が始まった…はずなのだが、引っ越しの2日後には、けたたましい騒音と緊張感に支配された砲撃訓練に出ることになった。
私がいるのは駆逐艦0972号艦。場所はアステロイドベルト。小隊300隻と戦艦アドミラルが集結。ここで実戦さながらの訓練を行う。
小艦隊は横一線に展開して、まずは模擬戦闘訓練を行う。ここでの訓練は5日間。初日は砲撃は行わず、シミュレーション空間上に登場する敵艦隊との擬似的な戦闘を行い、その後4日間は撃って撃って撃ちまくる地獄の猛特訓を敢行する。
戦艦アドミラルから、敵艦隊相当のレーダー情報が送られてくる。それに基づいて、我々は艦船を動かし、仮想敵との間で砲撃やバリア展開を行う。
そういえばこの訓練の内容提案には、あのカルラ中尉が関わっている。より実戦的なプランを立ててくれと頼んだが、実際にはどういう内容になっているのかは、実は私も知らない。
我々は小隊の10倍、3000隻の艦隊という想定で行われる。指定時間になり、いよいよ訓練開始。レーダーに敵艦隊が映される。
…なんだこれは…
「距離20万キロ!約3000隻の艦隊が3隊に分かれ、前方と左右10度に展開!」
敵は1万隻、3隊に分かれて、鶴翼陣形で迎撃態勢をとっている。
「敵艦隊!砲撃を開始しました!」
「バリア展開!こちらも砲撃準備!」
いきなり3方向から砲撃を受ける。ランダムウォークで避けるものの、我がチーム艦隊10隻のうち、5隻が初弾で撃沈した。
バリアは、真正面からの攻撃には有効だ。だが、わずか10度ずれた攻撃に対しても途端に防御力が落ちる。
このため、左右の敵艦隊からの攻撃に対して、バリアはほとんど無効。我々には運任せでよけるほか方法がない。しかも敵は3倍。こちらが1発撃つ間に、3発が撃たれる。
なんだ、この訓練。実戦的な訓練だが、めちゃくちゃ厳しいじゃないか。
小艦隊司令部より「後退」命令が来た。ひたすら後退し、敵艦隊の射程外に逃れよというのだ。
「左右から攻撃、来ます!」
「後退しつつ反撃!なんとしても射程外まで持ちこたえろ!」
「0971号艦、撃沈!我がチームは残り4隻です!」
実際には何もない虚空の宇宙で、駆逐艦が右往左往しているだけだが、レーダーサイト上は3倍もの敵がいることになっている。撃沈と判定された艦は下方向に離脱して戦線を離れる。
戦闘開始から10分で、ついに我が艦も撃沈された。敵艦隊からの距離は22万キロ。射程外までの道は、あまりにも遠かった。
「ふっふっふ…これこそが、我が連合最大の敗北と言われた、あの白色矮星1036会戦の再現です。いかがでしたか?実戦的な訓練をという艦長のリクエストに答えて、最高の戦場をご用意いたしました!」
撃沈判定後に、カルラ中尉が肩を震わせて話す。この会戦のことは私も聞いたことがある。37年前のこと、連合軍3000隻がワープアウトした直後に、突如3つに分かれた1万隻の艦隊に急襲されたという会戦だ。
わずか10分で、損耗率75パーセントという大敗北を決してしまった戦い。後退してワープアウトできたのは、3000隻のうち748隻だったといわれている。
確かにあの陣形では、我々はなすすべもない。今なら眩光弾という目眩しの防御兵器があるが、艦隊全体で同時に使わないと意味をなさない兵器であるため、混乱時には使用するのが難しい。今回は全くダメだった。
この戦いの模範解答は、初弾を撃たれる前に眩光弾を撃ち、戦場から離脱するというもの。だがこれを行うには、小艦隊司令部がすぐに決断しないとできない。ちなみに小艦隊司令部の作戦参謀はあのローランド中佐。カルラ中尉の作戦に、まんまとしてやられた。
続いて行われた模擬戦闘訓練は、1000隻同士で距離2000キロという極短距離で撃ち合うという戦闘だった。これも実際の戦闘に基づくもので、つい数年前に行われた戦闘だ。この時、各艦に積まれていたミサイルを目眩しに使って戦線を離脱するという、若い作戦参謀のアイデアで難を逃れたという。この時の戦闘がきっかけで、眩光弾が生まれたそうだ。
ここはローランド中佐はセオリー通り、眩光弾を使って戦線を離脱する。おかげで、ほとんど損害なく終える。
が、次の模擬戦は、途中までは同数同士の撃ち合いが続き、途中で敵の増援がワープアウトしてきて急にピンチになるというシチュエーション。ここでも我が艦は撃沈する。
次から次へと、厳しい戦いばかりが続く。アステロイドベルトに潜んだ敵が撃ってくるとか、突如増援が現れて窮地に陥るとか、そんな戦いばかりだ。いずれも、実際に連合側が敗北を喫した戦いをもとに作られた模擬戦闘だ。
レーダーサイトをほくそ笑みながら見ているカルラ中尉。アルヴィン男爵の家を朝帰りしようとしてばったりあった時に、それをはぐらかすように言った私の一言を忠実に守ってくれたようだが、それにしてもカルラ中尉、あの時履きなれないハイヒールで歩きながら、こんなことを考えていたのか?おそるべし作戦参謀だ。
王国貴族の間では「絶世の美女」な彼女は、我が軍においては相当な戦闘マニアだ。そのギャップはあまりに大きすぎる。
こんな性格で、あの男爵とうまくやっていけるのだろうか。レーダーサイトの前で肩を震わせて、敵艦隊に翻弄される味方を見て酔いしれているカルラ中尉を見ながら、私はふと心配になった。
さて、模擬戦闘訓練は終わった。予想以上に疲れる。レーダー担当のラナ少尉も過激な敵ばかりを相手にしていたため、かなりお疲れのようだ。
「なんだぁ!?みんなだらしないぞ!これくらいで疲れるとは、気合いが足りないんだよ!気合いが!」
食堂で砲撃長が皆に向かって叫んでいる。いや、砲撃長、食事の時間くらい気合いを入れないで、気を抜かせてあげませんか。
なにせ10回の模擬戦闘で、この艦は8回沈んだ。そりゃくたくたにならない方がどうかしている。特に艦長の私は、精神的にも肉体的にも疲れ果てた。
食事も喉を通らないほど落ち込んだ。もう少しうまくやれたのではないかと考えてしまう。今回の模擬戦闘はいくらなんでも無理ゲーすぎるが、実際にこういう場面に出くわせば、私の艦は撃沈されてしまう可能性が高いということを思い知らされる結果となった。
この艦103人の乗員の命を守れないかも知れない。そう考えることは、艦長としては正直辛い。以前の戦闘で撃沈された駆逐艦6702号艦のことを思い出す。
翌日は一変して、通常の艦隊戦を想定した訓練になる。ただし、砲撃のみ実際に実弾を使用する砲撃訓練だ。小惑星を削って作られた偽装艦をターゲットにして撃ちまくる。
ただしこの偽装艦、実際の敵艦のようにランダムに避ける。その動きを予測して当てなければならない。だがこの偽装艦、常にバリアを張りっぱなしで何度当てても沈まない。だから、弾切れになる5時間ぶっ通しで撃ち続ける。そういう訓練だ。
これを1日1回行い、その後戦艦アドミラルに横付けして、砲撃用のエネルギー粒子の補充を行う。翌日はまた訓練。これが4日間続く。
一般的に、砲撃の命中率は2~5パーセントほど。30万キロ離れたランダムに動くわずか30メートル×70メートルの物体を射抜くのだ。そんなに簡単なことではない。
30万キロも離れているので、レーダーにせよ光学観測にせよ、我々が見ている敵は1秒前の姿だ。砲撃して敵の場所に到達するまでに1秒かかる。だから今見ている敵の姿の2秒後に、敵がどこにいるかを予測して砲撃を加える。
砲撃時は我々自身も動いている。当然だが、じっとしていたらこっちも撃ち落とされてしまう。敵と同様に、ランダムウォークする。
自身も動きながら、30万キロ離れた予測のつかない動きをする数十メートル四方の物体を撃ち落とす。いくら迎撃管制装置を駆使しても、簡単に当てられるものではない。
砲撃とは、要するに勘と経験で狙った敵艦の動きを予測し、その予測めがけて迅速に砲撃を加える。ただ、それだけの訓練だ。
砲撃中は、艦の操作系や砲撃、バリア展開など攻撃に関わる一切を砲撃管制室に一任する。砲撃管制の指示に従って艦橋側で艦を操作するという「二人羽織」では、とても戦闘はできないからだ。それで、戦闘中は操縦系を砲撃管制に一切譲ってしまう。艦橋はというと、戦闘中は複数の敵艦を光学観測で監視し、直撃弾が来ないかをチェック。直撃が予測されるときは、砲撃管制室に砲撃の中止とバリア展開を指示する。
こちらの砲撃は実弾を使用するが、敵艦からの攻撃はシミュレーションで代用する。光学観測の映像に、戦艦で作られたシミュレーション結果を重ねて、相手のエネルギー充填具合を偽装艦の映像に重ねて表示されるようになっている。これで、実戦さながらの訓練ができるというわけだ。
前回の訓練では、我が艦の命中率は2.7パーセント。平均よりちょっと低いが、これでもこの艦隊ではまだマシな方で、ここにいる300隻の平均は1.6パーセント。これではとても戦闘に耐えられない。
この4日間の訓練では、これを3パーセントまで引き上げるのが目的だ。だがやることといえば、ひたすら撃って撃って撃ちまくる。勘と経験を体得するまで続ける。これを5時間ぶっ続けだ。
「敵艦隊捕捉!距離31万キロ!射程内まで、あと2分!」
「艦の操縦系を砲撃管制室に移管する。砲撃戦用意!」
「了解、操縦系を移管します。」
「砲撃管制より艦橋!操縦桿は頂いた!砲撃準備完了!」
この艦の操作の一切が、砲撃管制室に渡された。実質的には、この時点で戦闘開始だ。
ところで、砲撃管制室を仕切るのは、あの砲撃長だ。戦闘中はあのパワハラ男に、艦の操作の一切が委ねられる。ものすごく不安だが、冷静に考えてみれば駆逐艦6707号艦にいた時からそうなっていた。今までの3度の戦闘でも、あの砲撃長が仕切っていたのだ。その結果、私はこうして生き残っている。だから、彼に任せてもなんら問題ないはずなのだが、いざ自身が艦長になった途端、不安を感じてしまうのはなぜだろうか。
「敵艦隊まで30万キロ!射程内です!」
「小艦隊司令より信号受信!砲撃開始せよ!」
「撃ち方始め!」
私は砲撃の合図をする。砲撃管制室より砲撃長が叫ぶ。
「主砲充填開始!…撃てっ!」
目の前が青白く光るビームで覆われる。この眩しい光のおかげで、艦橋からは正面に何があるのか全く見えなくなる。
頼みはレーダーと光学観測用のカメラ映像のみ。これらを高速に処理して予測を返してくるコンピューター予測結果も表示されるが、この予測が当たった試しがほとんどない。
そこは人間の勘で補う。運もあるが、うちの砲撃長くらいになると、なんとなく動きが読めるという。
「なんとなく」というふわっとした理由にものすごく不安を覚えるが、実際に砲撃長は訓練でも実戦でも結構な命中率を誇る。言葉に表現できない、経験に裏打ちされた何かがあるのだろう。
この砲撃長、命中率は申し分ない。
問題は、言葉遣いだ。
「おいこらっ!!装填遅いぞ!気合いが足りねえぞ、バカヤロウ!」
「撃つのが遅いんだよ、このグズ!ボケ!カス!そんなんじゃ当たらねえだろ!」
「なにぼーっとしてんだ、このウスノロ!すぐに撃ち返すぞ!」
この調子だ。アリアンナさんも真っ青なほどの罵り具合だ。おまけに時々マイクをバンバン叩くので、艦橋内にもガンガンと耳障りな音が鳴り響く。
「艦長より管制室より!マイクがうるさくて指示が聞こえない!もうちょっと冷静に行動願いたい!」
「うるせぇ!今忙しいんだこのバカ野郎!」
艦長に向かってもこの調子だ。暴言が当たり前。これでは部下がたまらない。
と思いきや、案外部下は気にしていない。彼らは王都での剣術指導でもっとひどい暴言・暴力を受けていたらしく、砲撃長の暴言などたいしたことではないそうだ。むしろ、暴力がなくなっただけありがたいと感じていると言っている。王都の騎士訓練所のブラックな側面を垣間見てしまった。
戦闘開始から、4時間が経過した。光学観測担当が叫ぶ。
「敵艦の照準!直撃コース!」
「砲撃中止!バリア展開!」
その直後、艦内に警告音が鳴り響く。ああ、間に合わなかった。これは「撃沈」の合図である。
我々も通算3隻を撃沈している。が、この戦闘ではあと1時間というところで自身も撃沈されてしまった。
「バカヤロウ!もっと早く指示を出せ!」
興奮状態の砲撃長から、艦橋に向かって罵声が飛ぶ。このあとしばらく、聞きたくもない精神論を淡々と叫び始める。
が、ここで私が一言
「戦闘訓練を再開する。撃沈情報を抹消、戦闘に復帰する!」
というと、砲撃長は黙る。訓練中のこの掛け声は、艦長としての「命令」であり、これを無視して喋り続けることは「命令違反」とされる。ここは軍隊だ。上官の命令は絶対。破れば懲罰対象となる。いくら頭に血が上った砲撃長でも、命令違反行為はしない。
撃沈により一時中断はあったものの、5時間の砲撃訓練を終了。この艦は撃沈4隻、ただし被弾も1回、つまり1度撃沈されている。チーム10隻では、撃沈15隻、一方で被弾が12回だった。
チーム全体でせめて20隻は沈めたかったが、まだ練度が低い。この日は特に0977号艦が撃沈0ということで、チーム内のブリーフィングでも槍玉に上がってしまう。
ということで、翌日の訓練ではこっちの砲撃長が乗り込んで指導することになった。少し可哀想な気もするが、一度くらい砲撃長に鍛えられるのもいいだろう。
一通りの工程を終えて、この艦は補給に入る。戦艦アドミラルに接舷してエネルギー粒子のみ補充。この補給中に戦艦への乗艦はない。30分ほどで完了し、離艦する。
これで艦長業務は終了、ようやく食事の時間だ。私は食堂に向かう。
料理を選び、食堂に入る。そこには砲撃長とラナ少尉にトビアス少佐がいた。
「おお!来た来た!」
砲撃長が手招きする。さっき怒鳴られた相手に呼ばれるなどあまりいい気はしないが、私は招かれるままに、トレイを抱えて向かう。
ちなみに今日の夕食は、マデリーンさんが大好きなデミグラハンバーグだ。今日は1日緊張しっぱなし。家で待つマデリーンさんが恋しくなって、つい彼女の好きなハンバーグを選んでしまった。
「おい、そんなに落ち込むな!パイロット上がりの分際で、お前はうまくやってる方だよ!ガハハ!」
…妙に上機嫌だな、砲撃長。褒めてるのかけなしているのか、解釈に悩ましいことを言ってくる。それにしても、この艦内で艦長にタメ口をたたける、数少ない乗員の1人だ。あとは、フレッドにロレンソ先輩くらいか。
「いや、正直いうとお前が艦長でよかったよ!以前よりやり易くて俺は満足だな!」
いやあんたはいいが、私はたまらない。戦闘中に艦長に怒鳴り散らしてくるこんな砲撃長はいやだ。多分、家の中でもこの調子なのだろう。エドナさんもよく耐えているものだ。いや、彼女の場合はむしろちょうどいいのか。
「いやあ、今回の砲撃訓練はいつになく厳しいですね。初日から難易度が高い模擬戦に、2日目にしてなかなか高密度な戦闘訓練でした。今回の訓練は、やりがいがありますね。」
トビアス少佐は言う。そうか?そんなにやりがいがあるのか?
厳しい訓練をすれば、練度が上がるという考えが王国出身者には多い。あながち間違いではないが、厳しければなんでもいいというものではない。ある程度、理論に裏打ちされたものがないと、空回りで終わってしまう。
だが今回、王国出身者は特に士気が高い。この厳しい訓練で、かえってやる気になっているようだ。今までの訓練とは違う雰囲気、これは好感触だ。そう考えれば今回の訓練、得られるものは多いかもしれない。
ちなみにトビアス少佐が食べているのは、クヌーデルというじゃがいも料理。ラナ少尉はじゃがいもの炒め物。食堂を見渡すと、皆じゃがいも料理だ。どうやら王国では、戦闘時にはじゃがいも料理を食べるのが習わしらしい。王都がじゃがいも畑で囲まれているくらいだから、戦闘食といえばじゃがいも。それで、戦闘時にはじゃがいも料理を食べる。それが王国の常識なようだ。そういえば、私のハンバーグにもたまたまフライドポテトがついている。辛うじて私も王国の風習に準じた食事だったようだ。
さて、翌日も砲撃訓練は続く。砲撃長ことミラルディ少佐は、昨日の打ち合わせ通り0977号艦に移乗し、代わりにハイン大尉を「砲撃長」として訓練を行う。
命中率はガタ落ちになるかと思いきや、ここ日の撃沈数は3隻。悪くはない。さすがはハイン大尉。
だがハイン大尉は訓練中、ちょっと口数が多い。
「1バルブ装填してちょい右に移動、ああちょっと行き過ぎた、少し左に寄せて照準器を確認して…」
喋ってる間に、敵に逃げられそうだ。こんな調子だから1度バリア展開遅れがあり、今日も被弾1だ。
5時間もの間撃ち続けて、その後は関係者でブリーフィング。そしてエネルギー補充。これまでパイロットとして訓練に参加してた頃は、こんなに忙しくはなかった。傍観しているか、レーダー任務で宇宙に出ているかのどちらかで、訓練終了とともに暇になり食堂にたむろするというのがパイロット時代の砲撃訓練の過ごし方。そう考えると、艦長というのは大変だ。
昼食なんか食べてる暇がないから、砲撃訓練中にサンドイッチを頬張る。砲撃訓練の準備のため、朝食もそこそこに艦橋に上がることが多い。まともな食事はいつも夕食だけだ。
せめて副長がいてくれたら私も少しは楽になるのだが、人材不足で副長がいない。副長になれそうな人材は全て艦長に回されているのが現状で、指揮官不足は深刻だ。
防衛艦隊は今年中に4000隻まで拡大するつもりのようで、当分人材不足は続く。フレッド少佐にさえ、艦長の誘いがきているほどだ。彼はそのつもりがないようだが、私もあれを艦長にするのはやめたほうがいいと思う。
こうして、艦長には忙しくてストレスの溜まるばかりの砲撃訓練の日々が4日間続いた。
カルラ中尉の無茶なプランと砲撃長の有難いパワハラ指導によって、最終日には我がチーム艦隊の命中率は3パーセントまで向上した。
小艦隊全体でも平均2.6パーセントと、ほぼ並みの艦隊ほどのレベルまで向上。あと一回訓練を積めば、連盟軍ともやりあえるくらいにはなるだろう。
やっと帰還の途に着く。せっかく広いお屋敷に引っ越したというのに、引っ越し後に新たな住居より駆逐艦にいる時間の方が長い。
早く家に帰りたい。まだ慣れた我が家ではないけれど、マデリーンさんにアイリーン、カロンさんが待っている。艦長業で溜まったストレスを早く解消したい。
そんな話を、食堂でばったり会ったロレンソ大尉とアルベルト大尉にしてしまった。すると、ロレンソ先輩が反論する。
「何言ってんだよ。中佐なんてまだ贅沢な方だよ。僕らなんか、あの狭い家を早く出ろって言われ始めててさ、結構肩身がせまいんだよ。」
「あれ、そうなんですか?でも、なんでまた出て行けなんて言われるんですか?」
「ダニエルのうちのあった付近が更地になって、急に区画整備を進めたいと街の管理事務所の奴らが言い出したんだ。で、最近うちの周辺も退去を迫ってくるようになってね。うちのあるブロックで残ってるのは僕のところとアルベルトだけになり、あとは帰星したか引っ越してしまったんだよ。でも引っ越そうにも、うちの給料と家族の人数に見合ういい住処がなくてねぇ…」
ロレンソ先輩から意外な話を聞いた。あの周辺は今、そんなことになってるんだ。
聞けば、事務所の連中はあそこを住宅地として売り出すつもりらしい。今のプレハブ住宅ではなくて、ちゃんとした家を建てて綺麗な街にしたいというのがその意図だ。
まだ7年は住んでもいいことになっているが、事務所の奴らは毎日のように訪れるらしい。それが今この2家族の悩みのタネになっているようだ。
そういえば、ロレンソ先輩と同じブロックにいた砲撃長はすでに引っ越している。今は王都の郊外にある家を買って住んでいる。あそこならどんなに大きな声を出しても平気だという理由で買ったらしい。
シェリフさんとアリアンナさんは元々王都の小さな屋敷に住んでいるし、ハイン大尉は帝都からこっちにきた時に、すでに宇宙港側に建てられたマンションを購入している。バーナルド大尉も同じマンションに引っ越し済み。ジェームス大尉はアンナさんと共に、王都にできたイレーネさんのお屋敷の中にある使用人住宅の一室に移り住んでいる。私の知りあいでは、この2人だけが武官向けのあの住宅街に残っていることになる。
私などは、4人家族では持て余すほどの広さの屋敷を頂いた。確かに贅沢な話だ。これで文句を言っていたらバチが当たる。
彼らが住める家がどこかに転がっていればいいのだが、そんな家がそうそうあるものでは…いや、待てよ?そういえば、そんな家があるぞ。
「ロレンソ先輩とアルベルト、ちょうどいい家があることはありますよ。」
「ええ!?どこにある?」
「うちですよ。うちのお屋敷の敷地内。使用人用の別邸だったところですが、今空き家になってるんですよ。」
あそこは3DKほどの間取りの部屋が6つある。1家族で2つづつ使っても、3家族は住める。ロレンソ、アルベルト一家くらいなら十分受け入れ可能だ。
ただ、問題はマデリーンさんだ。ロサさんはともかく、サリアンナさんと同じ敷地内に暮らすことをどう思うか…一度マデリーンさんに確認して、2人に返答することにした。
食事を終えて食堂から艦橋に戻ると、窓の外に小さな青い星が見えてきた。地球760だ。
「地球760まであと200万キロ。あと30分で周回軌道に入ります。」
「よし、大気圏突入準備。」
「了解、大気圏突入準備!」
現段階では、この青い星のすべての国が統一政府に参加できているわけではないが、我々はこの星すべてを守るためにこうして日々訓練を続けている。
まだ一個艦隊を相手にできるほどの力は我々にはない。地球401の遠征艦隊の力がまだ必要だ。
あと7年で、自分の星を自分で守れるほどの力を得られるのだろうか?船はともかく、人が足りない。この星の防衛艦隊は、指揮官の多くを我々残留組に頼っているような状態だ。そんな我々の中にも、住む場所の不安を抱える人がいる。どっちを見ても不安だらけ。この先本当に大丈夫だろうか?近づく地球760を眺めながら、ふとこの先のことを考えていた。




