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#66 王都への引っ越し

以前から話はあったのだが、ついに陛下より王都内にあるお屋敷を頂いてしまった。


2年前まではとある男爵家が住んでいたが、当主が急死して空き家となっていた物件だ。


お家が断絶してしまうくらいだから、たいして大きな屋敷ではないだろう…と思っていたのだが、これがとんでもなくでかい。あまりの大きさに、私とマデリーンさん、それにカロンさんも唖然として眺めていた。アイリーンだけが無邪気に喜んでいる。


部屋数は30、3階建てで地下室まであるお屋敷。屋敷の前には広い庭があり、その左右にはそれぞれ倉庫と別邸がある。この建物群をぐるりと塀が囲んでおり、正面には大きな門が備えられている。


地下室はワイン貯蔵庫として使われていたようだ。まだワインの入った大きな樽が一つ残されている。


大きなお屋敷だが、まだ電化はされておらず電気と水道を引かないといけない。だが、空き家と聞いて感じていた印象に反して、しっかりした造りの屋敷だ。特に修繕が必要なところはなさそうだ。


というのもこのお屋敷、建てられてまだ10年ほどだそうだ。当主が建て替えた直後に若くして急死してしまったため、この新しい屋敷だけが取り残されたとのこと。


しかし、私などがこんな大きなお屋敷を頂いていいのだろうか?アルヴィン男爵の屋敷でさえ大きいと思っていたのに、こいつはそれを上回る大きさだ。たった4人で暮らすには、部屋数30はいくらなんでも大きすぎる。


とにかく、せっかくいただいたお屋敷だ。我々が住めるようにしなくてはいけない。まずは電化、そして水回りの整備だ。


お屋敷を受領した直後に工事業者に依頼して、屋敷の全部屋と別邸に電気と水道の工事を行ってもらう。ついでにエアコンなども取り付ける。ただし、リビングと寝室、それにカロンさんの個室の3部屋のみ。さすがに30部屋全部にエアコンをつける気はない。


横に建てられている別邸は、この屋敷の使用人が住む住居として使われていたようだ。なのでカロンさんにあげようと思ったのだが、彼女は別邸より同じ屋敷内の部屋がいいと言うので、当面この別邸は空き家のままにすることにした。使い道はいずれ考えよう。


と、すったもんだした挙句に、2週間ほどでようやく引っ越しまでこぎつけた。


トラック1台が、我が家の前に止まる。引っ越し業者の人が現れ、荷物の積み込みを始める。


それにしても、マデリーンさんの荷物が多い。「マデリーン」と書かれた箱が次々に運び出されてくる。3年弱のうちにこんなにたくさんのモノを買い集めていたのか。改めて思い知らされる。多くはコンビニ限定商品というやつだろう。


今度の屋敷は30もの部屋がある。そのうち2つは「マデリーングッズ部屋」になるのは確定だ。


トラックへの積み込みが終わり、王都の方へ移動開始。と言っても、車なら10分とかからない。この街の西側の壁が壊されて作られた新しいルートのおかげで、王都がより近くなり便利になった。どうして最初からこのルートを作っておかなかったのだろうか?この道があったら、あの時強盗団に襲われずに済んだのに…


いや、これには理由がある。わざわざ遠回りにしているのは、この街のショッピングモールなどが王都の商業地へ影響を与えることを避けるためだ。気軽に歩いて行ける距離に最新の商業施設があれば、王都の人たちはそちらに流れてしまう。王都の商人への影響は大きい。それで最初は敢えて遠回りなルートしかないようだ。これからは徐々に王都へ同化させていくらしい。


新しい住居に着く。トラックが門からバックで庭の中に入り、荷物の積み込みを開始する。


私とマデリーンさん、カロンさんの荷物を別々の部屋に運んでもらう。しかし30もの部屋のうち、たった5つほどが埋まっただけ。残り25部屋。どうするんだ、これ?


これまで住んでいた2階建のプレハブハウスに詰め込まれていたたくさんの荷物を、この屋敷はまるで吸収力バツグンのスポンジのように吸い上げてしまった。しかし、ほとんどの部屋はまだ空っぽ。この屋敷、こちらを見てまだ荷物はないのかと語りかけてくるようだ。おのれ…化け物め。


荷物の搬入が終わって、業者は帰っていった。最低限の荷物だけ出したところで、アイリーンを連れて散歩に向かう。


朝からアイリーンはご機嫌斜めだ。引っ越しのおかげで誰も構ってくれない。業者が帰って横で荷物を出していたら、ついに大声で泣き出した。


仕方がないので、家族で王都を散歩することにする。カロンさんが押すベビーカーに乗って、辺りを興味深く見渡すアイリーン。いつもと違う風景であることを感じているようで、なんだかそわそわしているように見える。


しかし、露店に並ぶ色とりどりの野菜や果物に興味津々だ。指を挿してあーあーと騒いでいる。要するに、あれをよこせと言っているらしい。


ということで、パプリカのような赤い野菜を1つ買う。ここはまだ電子マネーが使えない店が多いので、銅貨で支払う。


何の変哲もない野菜を握りしめるアイリーン。赤い色が気に入ったのか、まじまじと眺めている。なんでも興味を持つ年齢、こんなものでも面白いらしい。


それにしても王都というところは、車も増えたが、まだ馬車の姿を見かけることが多い。


そのせいか、宇宙港の街と比べるとここは時間の流れが緩やかに感じられる。


人の歩く速さ、点在する店の人とお客のやりとり、道を走る馬車。全ての動きがとてもゆっくりだ。


効率化やスピードアップを追求しすぎた我々の街は、どこか慌ただしい雰囲気を持っている。街を歩く人も目的地に向けてすたすたと歩く人が多いし、バス等の乗り物に頼ってさっさと移動する。周りの風景など、かえり見る暇などない。一方で王都の人々は実にゆっくり歩く。店の前で立ち止まり、しばらく眺めてまたゆっくりと動き出す。隣の店で気になるものがあるとまた止まる。これの繰り返しだ。地球(アース)401のペースに慣れた者には、この王都のペースがとても遅く感じてしまう。。


でも、果たして人としてどちらの環境がいいのだろうか?便利さを求めて改良に改良を重ねた結果、我々はなにかを見失ってしまったのではないだろうか?王都の街をのんびりと行き交う人々を見ると、ふとそう感じてしまう。


「あ、見て見て。あそこにコンラッド伯爵様のお屋敷が見えるわ。うちからこんなに近いんだ。」


マデリーンさんが指差す先に、コンラッド伯爵様の白いお屋敷が見える。3年前に私がシェリフ交渉官を連れて、哨戒機で降り立った伯爵様のお屋敷だ。我が家も大きいが、さすがは伯爵家、哨戒機がらくらく着陸できるほどの中庭があるほどの広大な敷地を持っている。


その中庭に降り立ってから3年、今では王都の空も駆逐艦や民間船、航空機が普通に飛び交うようになった。今では空飛ぶ物体が飛び交っていても、誰も驚きはしない。


しかし王都自身は3年前とほとんど変わっていない。街灯がつき、車やバスが時折走るくらいで、その他の風景はほとんど3年前のままである。


確かにスマホを持ち歩く人も増えた。人々は着実に我々の持ち込んだ文化に染まりつつある。しかし生活のリズムだけは頑なに守ろうとしているようだ。


王都に会社を構えるアイリスさんが言っていた。王都のある会社の周辺と宇宙港の街では、空気が違う。その言葉の意味が、今はよくわかる。


街の方に入っていくとたくさんのお店が立ち並ぶ。雑貨屋や飲食店に…あれ、コンビニまである。いつのまに王都にコンビニができたんだ?


それを見つけたマデリーンさん、カロンさんとアイリーンを伴ってコンビニに入ってしまった。せっかく王都に来て、わざわざコンビニに立ち寄らなくてもいいのに。


仕方がないので、私もコンビニに入る。中はごく普通のコンビニだ。マデリーンさんお目当ての限定商品も普通に売られている。が、中にいる人々は紛れもなく王都に住む人々だ。民族衣装に身を包む裕福な平民階級の人から、高価なワンピースに身を包む貴族まで、様々だ。


マデリーンさんはいつものようにコンビニ限定商品が目当てだが、多くの王都の人はお菓子を買っている。スナック菓子にアイスクリーム、それにチョコレートを持って店を出る人々が多い。


王都では見られない食べ物、特に嗜好品がよく売れているようだ。今は夏ということもあって、アイスの売れ行きは上々のようだ。


ただこのコンビニ、王都でも裕福な人々しか利用できない。電子マネーかクレジットカードが必須で、これはある程度収入のある人々しか入手できない。また、コンビニの中のものは、王都の人々の収入からすれば高価なものばかりだ。


外では、貧民層の子供達がジーッとコンビニの店内を見ている。1日の収入が銅貨数枚という家庭では、とてもコンビニの商品を買うことができない。こういう露骨なまでの格差は、あの街では見られない。こういうところはやはり王都だ。


せっかく王都に来たというのに、引っ越して最初に入ったお店がコンビニというのも王都らしさがない。そこで私は、マデリーンさんに尋ねる。


「マデリーンさん、王都には何か名物の食べ物というのはないの?」

「名物?」

「帝都でいうチキンとか、ああいうやつだよ。」

「ああ、そうね、何かあったかしら…」


王都生活が長いマデリーンさんだ。何かひとつくらいはあるだろうと期待する。が、その返答に愕然とする。


「そうだ、じゃがいもよ。」

「は?」

「じゃがいも。」

「あの…じゃがいもって…」

「じゃがいもはじゃがいもよ!他になんだっていうのよ!」


…キレられてしまった。マデリーンさんが散々考えて出てきた王都名物は「じゃがいも」だった。


言われてみれば、この王都周辺にはじゃがいも畑が多い。貧民層と言われている人々の多くは、じゃがいも畑の小作人をしている。


別に特別なじゃがいもがあるわけではない。この大陸ならどこにでもある普通のじゃがいも。ただ、やせた土地に強く、年に何度も収穫でき、戦いの際は携行食を作るのに適しているこの作物は、帝国領内で武闘派と言われた王国にとってふさわしい作物だった。


近頃は、この王国のじゃがいもを使ったフライドポテトが王都内で大流行りだそうだ。じゃがいもの新たな食べ方としてこの王都で急速に広まっている。この街でも、あちこちでフライドポテト店が立ち並んでいる。


となれば、我々も食べるしかない。通りの角にあったあるお店で我々もフライドポテトを買う。


ごく普通のフライドポテトだ。可もなく不可もなく。ショッピングモールでも普通に手に入るフライドポテトだ。思えば、王都で美味しいと思う食べ物に出会ったことがない。ここは食べ物に関してはあまり誇れるものがないようだ。以前、私の領地でロヌギ草を使ったブランド牛が作られ、その報告を聞いた国王陛下がお喜びになったというのも、こういう事情があってのことだろう。


3人が食べるフライドポテトを欲しがるアイリーン。だが、ようやく離乳食が食べられるようになったばかりのこの子には、まだ無理だ。ぎゃあぎゃあ騒ぐが、無視して家に向かう。


引っ越しは終わり、王都での生活が始まった。今まで何度も来ている場所なのに、いざ住んでみるといろいろな違いが目について戸惑う。ショッピングモールが遠くなったのも正直痛い。だが一方で、広い家でゆったりとした生活も待っている。多少の不便は、慣れるしかなさそうだ。


ところで3年間暮らしたあの家だが、引っ越しの翌日にショッピングモールに寄ったついでに見に行くと、もう跡形もなく無くなっていた。あのブロックに残っていたのは我が家だけらしくて、いなくなった途端に区画整理のため撤去されたそうだ。


悲しいことに、今までの我が家に別れを告げる間も無くなく、消滅してしまった…もうこの街に引き返すことができない。改めて、そう感じた。

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