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#65 異なる価値観

「王都宇宙港より入電、第47番ドックに入港されたし、です。」

「宇宙港まで距離20、速力200、進路上に船舶なし。」

「両舷減速、速力100。」

「了解!機関出力20パーセント、両舷減速!」


すっかり暗くなった王都の上空に差し掛かる。3人の魔女達は、艦橋の窓の外を食い入るように見ている。


街灯りが無数に光る王都とその横の宇宙港の街。夜にこれほど王都が明るくなっているとは、ずっと平原の奥深くに引きこもっていた彼女らは知る由もない。まるで宝石を散りばめたような王都の夜景を食い入るように見ている魔女達、この光景に時代の変化を感じてるようだ。


「な、なんですか?このたくさんの光は?王都に遠くの星の人が来ているとは聞いてましたが、王都が星空になったなんて、聞いてませんよ!?」


アマンダさんが興奮気味に叫んでる。彼女は3人の中で唯一の一等魔女だ。一度夜の王都を空から見たことがあるそうだが、その時は王宮の門番のつける松明など、ぽつぽつとした灯りしか見えなかったという。


電化が進み、中流階級以上の家についた照明や王都の主要な道には街路灯が、王都を「星空」にしている。ここ一年ほどで急速に電化が進んで、いつのまにか王都とその横の宇宙港に隣接する街との区別がつかなくなった。


王都上空を高度500で飛ぶ。地上の様子を艦橋の窓に張り付いて見るアマンダさん、シャロットさん、デーシィさん。光の正体を一つ一つ追いかけては、指で差して何か話している。


艦長席から見ると、3段階の大きさの魔女が等間隔に並んで窓に張り付いて見える。なにも小、中、大と綺麗に並ばなくてもいいのに…申し訳ないが、その姿は妙にコミカルで微笑ましい。


「第47番ドック上空に到達しました!」

「よし、入港する!両舷停止!微速下降!」

「両舷停止!微速下降!艦の向き修正、左0.7度回頭!」


ゆっくりと下降する駆逐艦0972号艦。すぐ横に同じような船がたくさん並んでいるのが気になるのか、3人の魔女達は今度は横方向に見入っている。ガシャンという音とともに、駆逐艦0972号艦はドックに接合する。


「ドック接舷!1番から10番までロックよし!」

「全動力停止!下部ハッチ開錠!」


無事着陸を終えて、艦内放送で総員退艦を呼びかける。


今回は王都領内を飛んだだけなので、皆荷物もなく手ぶらでさっさと降りていく。思ったよりも早く艦内は空になった。


最後に私とマデリーンさんにカロンさん、アイリーン、そして3人の魔女とアルヴィン男爵とカルラ中尉が降りる。


私は港内作業者に手早く引き継ぎを終わらせて、待っていてくれたマデリーンさんやアルヴィン男爵達のもとへ急ぐ。ベビーカーの中では、アイリーンはすっかり寝ている。


宇宙港の建物に入りゲートをくぐると、目の前にはいつものお土産物屋が見えてきた。外は暑いが、ここはクーラーが効いていて涼しい。


周りはほとんどガラス張りの建物、おまけに涼しいこの建物を3人の魔女は珍しそうに見ている。こんなものが王都にあるなどとは知らなかった彼女たち。民間船の搭乗開始を知らせる放送が流れるたびにびくっとする。


マデリーンさんはまたいつものふわふわケーキをチョイスしている。カロンさんもこのケーキが大好きで、2人で5個も買っていた。これを売店のレジに持っていき、電子マネーをピッとあてて会計している。


その様子を見ていたアマンダさんが、不思議そうに私に聞く。


「あの~、なんでマデリーンはものを買うときにお金を払わないんですか?」

「いや、払ってるよ。あの小さいカードをあてると、お金を払ったことになるんだよ。」


まだ電子マネーの存在を知らないようだ。彼女らには、こういう細かいところから教えてあげないといけないらしい。


アルヴィン男爵とカルラ中尉の姿が見えなかったが、少し離れた場所にある案内表示板を2人は見ている。明日のデートの場所を調べているんだろうか?にこやかに会話しているのがここからも分かる。


この2人が戻るのを待っていると、高層エレベーターを降りてこちらに歩いてくる人物がいた。よく見ると、アルベルト大尉とロサさんだ。娘のリサちゃんはベビーカーで寝ている。


「あれ、ダニエルさんじゃないですか?まだいらしたんですか?」

「ロサさんこそどうしたんです?」

「いえ、夫の帰りを宇宙港で待ってたんです。で、せっかくだから展望台でも見ていこうということになって、今ちょうど上から戻ってきたところなんですよ。」


アルベルト大尉は私と一緒に出撃して、先ほど帰ってきたところだ。ロサさんとここで待ち合わせをしていたようだ。


「ダニエルさん、この3人があの魔女たちですか?」

「そうですよ。今から王都の方に向かうんです。」

「そうなんですか、じゃあまた会えますね。」


ロサさんは3人に向かってにこっとしている。それを見たアマンダさん、ロサさんに恐る恐る尋ねる。


「あの…私達が魔女だと聞いて、ひいたりしないです?」

「いいえ、そんなことないわよ。だって私も魔女ですもの。」

「ええっ!!ロサって、魔女だったの!?」

「そうよ、私もつい3年前までここより北にある魔女の里にいたのよ。でも今の夫に出会って、それからずっとここで暮らしてるの。」


旦那と子供がいて、しかも魔女の里出身の魔女に出会い驚く3人。当然、いろいろと質問が飛ぶ。


「あ、あの、マデリーンが言ってたけど、魔女はもう普通に出歩けるんですか?」

「魔女だとばれたら、石を投げつけられるなんてこと、ないですか?」

「えっと、私も恋愛、できるんでしょうか?」


いっぺんに聞くもんだから、ロサさんもちょっと混乱気味だ。


「あー…えーと、全く魔女への偏見がなくなったわけじゃないわよ。でも宇宙港に隣接するこの街では、どちらかというと魔女を歓迎している風潮はあるわね。」

「そ、そうなの!?でもいったいどうして…」

「3年前に地球(アース)401の人達がやってきたんだけど、あちらの星には魔女がいないためか、それとも技術が進んでるからなのか、魔女というものに全く抵抗がないのよ。彼らは魔女相手にも普通の人と同じように話してくれるし、それどころか興味を持ってくれる人もいてね。」

「ええっ!?魔女に興味なんて持つ人がいるんですか?」

「ええ、いるのよ、それが。特にマデリーンがいろいろやらかしたから、さらに魔女人気が上がっちゃってね…」


魔女の里出身ということで、この3人に近いロサさんが話すと、なおのこと説得力があるようだ。


「私もちょっと、ここで頑張ってみようかな…」


アマンダさんがつぶやく。しかし、それを聞いたシャロットさんが言う。


「だけどさ、頑張るってったって、どうすりゃいいのよ?私達全く技能がないわよ?」

「あんたは裁縫ができるじゃない。それで何か仕事をすればいいわよ。でもそうよね…私とデーシィはどうしようか。私なんて、せいぜい空飛ぶことしかできないけど、あんな大きなものが飛ぶところに、空飛ぶ魔女なんて役に立たないわよねぇ…」


急に現実的な話をしだした3人に、ロサさんが話しかける。


「んー…そうねぇ。でもきっと大丈夫よ。私なんてここに来たときはただおろおろしてて、本当に無口だったのよ?でも今じゃこうして母親をやってるくらいだし、何とかなるわよ。」

「でも、私なんて背が高いだけなのよ…魔力もほとんどないし、せいぜい見張り台に上に立って、遠くを見るしか役に立たないかも…」


どうしたって将来への不安というものはある。いくら王都が変わったからといって、長らく生活基盤を持たなかったこの地にきて何かを始めようとしても、急に仕事があるわけじゃない。しばらくは男爵のお屋敷にお世話になるといっても、いつかは自活しなければならない。


ロサさんと3人の魔女はしばらく話し込んでいたが、アルヴィン男爵が戻ってきた。3人は男爵と共に王都行きのバスに乗って宇宙港を離れていった。


残された我々の家族とアルベルト一家はバスに乗って、この街の住宅街にたどり着く。


「じゃあマデリーン、私も行くね。」

「じゃあね、ロサ。おやすみ。」


帰宅したのは10時過ぎ。私もマデリーンさんもカロンさんもお疲れだ。アイリーンをベビーベットに寝かしつけ、我々もそそくさと寝床につく。


翌朝7時。土曜日の朝ということもあって、いつもは早起きの私も寝過ごしたが、アイリーン・タイマーによって7時きっかりに起こされる。まだこの子は時計も読めないはずなのに、つくづく正確な目覚ましだ。


アイリーンにたたき起こされた私とマデリーンさん。ぼーっと朝食を食べる両親とは対照的に、マデリーンさんの小さな胸に吸い付いてご機嫌なアイリーン。そんな家族のもとに、朝早くから来客がある。


カロンさんが玄関に出ると、その来客はカルラ中尉だった。


「艦長~、マデリーン様~!今日着ていく服、どうすればいいですか~!?」


ああ、そうだった。今日の正午に男爵と宇宙港で待ち合わせだと言っていた。だがカルラ中尉、あのジャージのような服しかないらしい。


「しょうがないわね。じゃあ、ショッピングモールに行ってみるか。」

「はい、お願いします~!」


で、我々家族とカルラ中尉は、朝9時の開店時間に合わせてショッピングモールに行く。


「あんたならこれくらいの服がいいわよ。あとその眼鏡!それはやめときなさい?相手は王国貴族なのよ、眼鏡なんてダメだって!もっとちゃんと顔を出した方がいいわね。」

「で、でもちょっとの服、胸の辺りが出すぎちゃいませんか?」

「あんたその体形を活かさないでどうするのよ!あの気弱そうな男爵ならこれでイチコロよ!絶対これがいいって!」


マデリーンさんは、少し胸の谷間が強調されてしまうワンピースをチョイス、靴はハイヒールを購入。髪の毛は時間がないので、マデリーンさんが適当にあしらった。


で、正午前に宇宙港のロビーに向かうカルラ中尉。直前まで何度もマデリーンさんに確認していた。


「あの、本当にこれで大丈夫ですか?」

「大丈夫よ!私はどれだけ貴族のご婦人方を見ていると思ってるのよ!自信持ちなさい!」


我々の感覚だと、カルラ中尉の気持ちはよくわかる。正直言って、我々基準ではカルラ中尉はあまり美人といえるレベルにはない。


だが彼女は少なくとも王国貴族の間では、ものすごい美人だということになっている。信じられないが、実際に私は貴族の反応を目にしている。多分、男爵はカルラ中尉の虜になるはずだ。


宇宙港に向かって慣れないハイヒールを履いてぎこちなく歩いていくカルラ中尉を見送っていると、反対側からとぼとぼと歩いてくる集団がいる。


まるで携帯電話のアンテナ強度を表すアイコンのように、小中大と並んで歩く3人。ああ、例の魔女3人組だ。マデリーンさんの姿を見つけて、急いで駆け寄ってくる。


「マデリーン!お願い、助けて~!」

「ど、どうしたのよ!何かあったの!?」

「私達、どうやってここで暮らそうか考えてたら、夜も眠れなくて…」

「ほんとです、どうすればいいですか?」


この3人を引き取ったアルヴィン男爵は、今日はそそくさと出かけてしまって相手してくれない。そこで彼女らはお屋敷を出てここまで歩いてきたらしい。


確かに、今日のアルヴィン男爵はそれどころではないだろう。なにせ一世一代のデートが控えている。それが彼女らを余計に不安にさせたらしい。


「しょうがないわね、全く。今日は朝から頼られてばかりだわ。」


ということで、本日2度目のショッピングモールに行く。いつものフードコートで食事しながら、この先のことを話そうということになった。


「で、あんた達、いったい何ができるのよ?アマンダから聞こうかしら。」

「はい、私は空を飛べます。それくらいですかね…」

「あー…今それはあんまり役に立たないわ。私も郵便屋をやってたけど、もうこの時代、魔女が何かを運ぶ仕事はないわねぇ。」

「ですよねー…どうしましょう、本当に。」


アマンダさんとマデリーンさんは考え込んでしまう。


「まあ、アマンダはおいといて、シャロット、あんたは何か得意なことある?」

「私は二等魔女なので飛べません。多少重いものなら持てますけど…ああそうだ、私、裁縫が得意です!」

「ダメね。役に立たないわ。」

「ええっ!?で、でもこの街にだって裁縫が必要な仕事くらいはあるんじゃ…」

「今はね、そういう仕事は機械がばばってやっちゃうのよ。人が針でちくちくやるより、圧倒的に早いわよ。」

「そ、そうなんですか…どうしましょう…」

「3人目のあんた、デーシィだっけ、あんたは何ができるのよ。」

「私は背が高くて、目がいいことくらいです。あ、見張りなら得意ですよ。」

「今どき見張りなんていらないわよ。はあ~…思ったより深刻ね。どうしましょう?」


思わず考え込んでしまうマデリーンさんと3人組。4人がうなだれている姿が面白いのか、ベビーカーの中できゃあきゃあと喜ぶアイリーン。


「仕事を選ばなければいろいろありますよ。18歳以上なら特に問題はないはずですし。」


停滞状態に入ったこの4人の会話に、カロンさんが横から割り込んでくる。


「でもさ、せっかく魔女なんだし、なんかこう魔女らしいことを探してあげたいじゃない?」

「そ、そうなんですか、すいません…口をはさんでしまって。」

「でも、ここはカロンの言う通りよね。確かに今は仕事を選んでる場合じゃないわよ。このショッピングモールなら何か仕事があるかもしれないし、探してみましょう!」


ということで、昼食を食べ終えたらショッピングモール内の求人募集でも見に行くかということになった。


と、そこにある2人組が現れる。アイリスさんと、マドレーヌさんだ。


「どうもー!今日も明るい奴隷のマドレーヌでーす!マデリーン様にダニエル男爵!皆さんお揃いでどうしたんですか?」

「ああ、いや、ちょっとこの3人の相談にのっててね…」

「あれ?マデリーンさんじゃないですか!ちょうどよかったです!私の相談も聞いてくれませんか?」

「はあ!?今この3人の相談で忙しいのよ!これ以上相談なんてのれないわよ!」

「そういわずに、お願いしますよぉ~!」


アイリスさんまでマデリーンさんに相談事とは、今日のマデリーンさん、朝から頼られ過ぎだ。


「…で、なんなのよ、相談って。」

「あのですね、都合よく無職の魔女がいないかなぁ~っていう相談なんですが。」

「はあ!?魔女!?」


この言葉に、魔女3人組も反応した。


「魔女なんかどうすんのよ!?もう何人かいるでしょうが!」

「それがですねぇ…本星にあるうちの本社が、ここのプロモーションビデオを作ろうとしてるんですよ。魔女が働く楽しい職場!地球(アース)760支社!って感じのを。」

「はあ!?魔女がいて楽しい職場ぁ!?」

「夢があるじゃないですか、魔女って!うちの星にはいませんからね。例のビル上事件の話もありますし、本星では今魔法少女ものブームの真っただ中ですからね、これに便乗して会社のイメージアップを図ってしまおうとしてるんですよ。」


なんとまあ、相変わらずしたたかな会社だ。そんなことを考えていたのか。


「ですが、今うちの会社には、王都支社に3人、帝都出張所に1人しかいないんですよ。なんかこう、もっとどーんと魔女社員がいます!ってやりたくてですねぇ。」

「なんなの、それ。それだけのために魔女を雇うっていうの!?」

「何言ってるんですか、この星の魔女は貴重ですよ。770以上の星があるっていうのに、魔法を使える人の住む星は、そのうち数個しかないんですから。」


いや、それはその通りだが、だからといってそれを会社のイメージアップに使おうというのは、やっぱりどうかと思うのだが。


「…いることはいるわよ…その魔女。」


マデリーンさんがぼそっと言う。


「えっ!?そうなんですか!?まさかマデリーンさんとか!?」

「いや、私じゃないわよ。目の前にいるでしょ?3人。」

「えええっ!?こちらの3人、魔女だったんですか!?」


マデリーンさん、ようやくこの3人が魔女だと明かす。私もうすうす気づいていたのだが、アイリスさんに相談すればこの3人を受け入れてくれるだろうとは考えていた。だが、それはどこかいけないことのように感じていたため、言い出せずにいた。


が、ついにアイリスさんに正体がばれてしまった。こうなると、もう彼女のペースだ。


「いやあ、ちょうどよかったわー。じゃあ3人とも採用ってことで!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!あんた、魔女は道具じゃないのよ!?あんまり気軽に社員にしないでちょうだいよ!」

「わかってますって、大事にさせていただきますよ~!特にこの小さい魔女、かわいい~!」

「いや、あの!私これでも3人の中で一番年上なの!」

「いや、アイリス様!こっちの2人もかわいいですって!いやあ、アイリス様ご希望の魔女がこんなに早く見つかるなんて!毎日夜遅くまで働いている甲斐がありますね!」


アマンダさんに抱き着くアイリスさん。マドレーヌさんも残り2人に抱きついていた。


「あの、自己紹介しますね。私はアイリス。地球(アース)401出身で、実は飛び降りて死んでしまおうというところをマデリーンさんに助けらたんですよ。」

「そ、そうなんですか?でもまたなんで…」

「いろいろあったんですよ。でもこちらの王国最強の魔女に説得されて命拾いして、それがきっかけで私はこの星に来ることにしたんです。でもこのときの事件が私の星では有名になっちゃってですね、おかげで今、私の星では魔女の人気が高いんですよ。」

「いや、でも魔女だよ!?怖いと思う人はいないの!?」

「いないわよ、そんなの。それどころか彼女にしたいって人が大勢いて、大変なんですよ。」

「で、でも私はたいした魔力はないし…」

「私の星の住人なんて、全員魔力ゼロですよ!それから見ればちょっとでも魔力があるのはとてもすごいことなんですよ!」


思えばアイリスさんはマデリーンさんに助けられて以来、熱烈な魔女ファンだった。いや、地球(アース)401の住人の多くが魔女にあこがれを抱いているという話は本当のことだ。


ちょうどカルラ中尉が王国貴族からラブコールを受けているように、地球(アース)401の住人は魔女にあこがれている。星が違うだけで、こうも価値観が変わってしまうのだ。


カルラ中尉も陥ったこの価値観の狭間に、この3人もはまってしまった。かつて石を投げつけられるほど忌み嫌われた魔女が、今やこの街のあこがれの的と言われたのだから、戸惑わない方がおかしいだろう。


「じゃ、じゃあ…私達、アイリスさんのお世話になろうかな?」

「あんたたちいいの?アイリスの会社、結構人使いが荒いわよ!?」

「でもさ、魔女が必要だなんて言ってくれるんだよ?そういうところで働きたいって思うのが普通じゃないの?」

「そうねぇ…今のところこの会社に入った魔女たちは皆、うまくやってるようだし。」

「よし!じゃあ、決まりね!今度の月曜日から働いてもらうから!で、まずは王都にある支社に行って手続き。当面の生活費と住居はこちらで用意するので、あなた方は…」


もう受け入れ説明を始めてしまった。さすがアイリスさん、そういう仕事は早い。


この魔女達を受け入れて、しばらくは社内で何をするかを探すそうだ。会社的には魔女が働いているだけでOKらしいので、お茶汲みでもシュレッダー係でもいいらしい。でも、魔女なのにシュレッダー係なんて…うーん。


だが、魔女たちの保護者であるアルヴィン男爵抜きにさっさと就職先を決めてしまった。明日には男爵のところに行って説明しないといけない。


で、私とアイリスさん、マドレーヌさんと3人の魔女は、バスに乗って王都に向かった。アイリスさんの会社に立ち寄り、その後男爵のお屋敷に3人を送るためだ。


王都に着くと、まずアイリスさんの会社に行く。ちょうど支社長がいたので、アイリスさんは早速この3人の魔女を紹介するため支社長のもとに連れて行く。その間、私は外で待つことになった。


夏の王都は、道端で野菜や果物をたくさん売っているお店が並ぶ。赤や緑に黄色など、色とりどりのものを売る露店が今でも多い。


宇宙港の街では見られない光景だ。アイリスさんの会社だけはいまどきの建物だが、路上には我々が来る前からある露店が立ち並び、その周りにはまだ中世の匂いが残る建築物が立ち並ぶ。


実はマデリーンさんとも話していることだが、そんな王都に私の家族は引っ越そうと思っている。


私の住む家は借家で、長くてもあと7年しか住めない。宇宙港の街の軍の居住区は10年で消滅することが決まっている。先日、モイラ中尉を始め多くの帰還者が出たが、その住居は早速取り壊しが始まっている。


この街も地球(アース)401の住人優先で住めるようになっているが、徐々にこの星の住人も受け入れる計画だ。最終的には壁が取っ払われて、王都の一部になる。


以前は王都の東にある宇宙港の街に入るには、一旦王都の南を回って森を通り、そこから街の南側にある出入り口から入るしかなかった。が、つい先日、王都の東に接する壁の一部が取り壊されて、以前よりは行き来しやすくなっている。


さらに、私に陛下からこの王都内のあるお屋敷を譲られるという話が出ている。すでに絶えた男爵家のお屋敷をいただくこととなったのだ。


王国貴族でありながら、王都にお屋敷を持っていないのは私だけらしい。それでも困ることはなかったが、この星の軍人になってしまったし、せっかくお屋敷までいただけるのだから、これを機に王都に住もうかと考えた。


アイリーンも生まれて、カロンさんもいる。さすがにあの家はちょっと狭くなってきた。引っ越しするには、ちょうどいいタイミングだろう。


露店の方を見ながらそんなことを考えていたら、アイリスさんと魔女の3人が建物から出てきた。


「いやあ、お待たせしました!それでは早速、アルヴィン男爵さんのお宅に行きますかね?」


アイリスさん、この様子だと支社長にでも褒められたのだろう。念願の魔女を3人も連れてきたのだから、上司も大喜びだろう。魔女達も少しにこやかな表情をしている。多分、歓迎されたのではなかろうか。


しばらく歩くとアルヴィン男爵のお屋敷に着いた。少し古めかしいお屋敷だが、思ったより大きい。そういえば男爵の屋敷って、こんなに大きいの?


今まで私は伯爵家や子爵家のお屋敷にお邪魔したことはあったが、思えば男爵家というのは初めてだ。もっと小さいものだと思っていたが、部屋数は少なくとも20はありそうだ。ちょっと、大きすぎやしないか?


そういえば、私は自分がいただく屋敷をまだ見てはいない。今度場所を聞いて確認してみよう。しかし、もしこの大きさだったら、どうしようか…


メイドさんがいたので尋ねてみたが、まだ男爵は帰ってはいなかった。そりゃそうだろう。今はちょうどデートの真っ最中だ。


「じゃあ、明日また来ますね!男爵様によろしく!」

「はい、お願いします。」

「あ、そうだ、アマンダさん、ちょっといい?」

「はい?なんですか?」


別れ際にアイリスさん、アマンダさんを呼ぶ。何をするのかと思ったらアイリスさん、アマンダさんに抱きついた。


「あ、あの!なんですか!?」

「んー!この娘やっぱり可愛い~!抱き心地最高~!」


…何をやってるんだか。普通の会社なら、同性同士であってもセクハラ行為に認定されるぞ。セクハラ、サビ残、深夜残業、なんでもありだな、この会社。


「いやあ、彼女には癒されますねぇ。明後日から一緒の職場だと思うと楽しみです!」


アイリスさんはいいだろうが、これじゃアマンダさんが気の毒だ。体が小さいばっかりに、アイリスさんの癒し用抱き枕にされそうだ。


こうしてその日は家に戻り、自宅でアイリーンの相手をする。私の持っているものになんでも興味津々なアイリーン。寝返りもできるようになり、体が動かせるようになりつつある。あと3、4か月で歩けるようになるだろう。


翌朝、私とアイリスさんはアルヴィン男爵のお屋敷に再びやってきた。3人の魔女の件で、了解をもらうためだ。


一応私も男爵だから、今日は男爵らしい礼服を着て訪れる。おかげでメイドさんの待遇が昨日より少しばかり良くなった。そのメイドさんは、2人を応接間に通してくれた。


しばらくすると、アルヴィン男爵があらわれる。


「ダニエル男爵殿、こんな朝早くからいらっしゃるとは、いったいどうされたのです?」

「あの、実はですね、アルヴィン男爵殿。あの3人の魔女の件ですが…」


昨日のうちにさっさと働き口を決めてしまったことを話し、了承をいただきたいと話す。予想通りではあるが、男爵は承諾してくれた。


「いやあ、さすがはダニエル男爵殿だ。こんなにも早く彼女らの自活の道が拓けるとは。私としても願ってもないことです。」

「そうですか。ただこの先、3人には何かと戸惑うことが多いと思います。その節はアルヴィン男爵殿のお力をお貸しいただきたいです。」

「はい、喜んでさせていただきますよ。」


という感じに彼女達の就職の件はご了承いただいた。問題は、それがあの3人にとって最善の道かどうかなのだが…


しかし、ちょっと考えてみた。アイリスさんの会社は、我々の基準では限りなく黒に近いグレーな企業だ。が、こちらの基準で見ればむしろ良心的な方ではないだろうか?王都でもまだ週休2日などという概念はないし、基本給や昇給なんてものもない。身分によって給料が変わるのは当たり前で、平民がいくら働いても、貴族には及ばない。


そういう価値観の人間が見れば、アイリスさんの会社には入れたことはむしろラッキーだろう。アイリスさんの会社は週休2日。といっても、休日出勤は当たり前だが、休みが規定されてはいる。王都の様々な職業よりは給料はよい。おまけに住む場所まで用意してくれる。こんなところにも、地球(アース)401と760との感性の違いというのがある。


アイリスさんは上機嫌だ。早速彼女達を連れて、例の大型アパートに引っ越しさせる手続きをするそうだ。


アイリスさんがお屋敷の応接間で、3人の魔女にこの先のことを話している間、私はお屋敷の外で待っていた。玄関から門までの間がちょっとした花園になっていて、夏の日差しを和らげてくれる。


その花園の奥から誰かが歩いてくる。まるで隠れるように歩いているその人物、よく見るとそれは、カルラ中尉だ。


あれ?いつのまに彼女、ここにいたのだろうか。まだ朝早いというのに、どちらかというとこれからお帰りの御様子だ。


当然、進路上にいる私とばったり出くわしてしまう。


「あ!か…艦長!?」


昨日マデリーンさんがコーディネートした衣装のままの格好のカルラ中尉が、私を見つけて驚く。


「これはカルラ中尉、貴官もここにいたのか?」

「あわわ…そ、そうです!ええとですねぇ…」


なんだか動揺している。顔も真っ赤だ。この態度で、私はピンときた。要するカルラ中尉、ここで一夜を過ごして今から帰るところだったのではないか?


まあ、似たようなことは私にも覚えがある。私の場合は当時のモイラ少尉にばれてしまったのだが、こんなところを知り合いに知られてしまうことほど恥ずかしいことはない。ましてや、相手が上官だ。


「カルラ中尉!」

「は、はい!」

「明日朝一、艦内で行うブリーフィングだが、再来週に行われる砲撃訓練の話をする。早く練度を向上させるため、貴官の実戦的なプラニングに期待している。作戦参謀が貴官しかいないので苦労をかけるが、よろしく頼む。」

「りょ…了解いたしました!」


これは、私なりの気の遣い方だ。これで少しは気まずさも紛れるだろう。カルラ中尉は敬礼し、私も返礼で答える。


履き慣れないハイヒールを履いているためか、カルラ中尉はぎこちなく歩いて帰っていく。思わぬものを目撃してしまったが、あの様子ならアルヴィン男爵との関係は上々のようだ。


それにしても、このところ地球(アース)401と760とで異なる価値観が気になることが多い気がする。いや、以前からそれはあったのだが、これまでの私は「外の星」の人間という意識があったから、違ってて当たり前という感覚がどこかにあった。だから、あまり気にしたことはない。


ところが、私はこの星の人間となることを選択した。そのためか、私はこの星の人間になりきれていないことに少し敏感になっているようだ。


しかし、今さら敏感になったところで何かが解決するわけではない。この星で頑張っていくということに決めたのだ。これからも王都の知らない常識や価値観に出くわして、戸惑うことはあるだろう。だが少しづつ、ここに馴染んでいくほかあるまい。ぎこちなく歩くカルラ中尉の背中を見て、私はふとそんなことを考えていた。

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