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#63 地味な作戦参謀

「あの豚野郎を悶えさせるいいグッズってないかしら?」

「ございますよ。例えばこれなんかいかがでしょう?この札に呪いをかけたい方の名前を書いてこの壺に入れて燃やすと、三日三晩は精気が高まり過ぎて悶え続けるというものです。」

「うふふ…それはいい呪いねぇ…」


などと危険な会話をしているのは、アリアンナさんとパナラットさん。そう、ここは例の魔女グッズ専門店だ。


マデリーンさんは娘の魔力を上げることにご執心のようで、そういうグッズを求めてやってきた。すでにガラガラやおしゃぶりはここのを使ってるし、ベビーカーはラピスラズリなどのパワーストーンで装飾されている。


さすがにマデリーンさんは呪いのグッズは不要なのでパナラットさんとは関わりがなさそうだが、パナラットさんが勧める危険な魔力アップアイテムには手を出していた。


例えば、ベビーカーに付けられた黒い石。黒曜石で作られたそのブローチは、闇の力を集めてくれるそうだ。


しかし、この星の魔女って、空飛んだり物を持ち上げたりするだけでしょう?闇要素なんて必要ない気がするんですけど、我が娘にそんな薄黒い闇の力を与えて、いったいマデリーンさんはこの娘に何をさせたいのか?私の頭の中には、どうしてもあの初夢がよぎる。


アイリーンが生まれてもう4か月になった。もう首がほぼ座り、今もベビーカーの中で周りをキョロキョロしている。


このお店の棚には、様々な色の石や奇妙な形の道具がたくさんあるので、見てて飽きないらしい。抱っこして店の棚に連れて行くと、手当たり次第に商品に手を伸ばす。


しかし、今のアイリーンは掴んだものをすぐに口に持って行く。油断すると水晶でできたドクロなどをつかんで食いつこうとするので、注意が必要だ。


さて、この日はマデリーンさん、また魔力を高める系のグッズを買っていた。よほどアイリーンを最強魔女にしたいらしい。だが、すでに平和な地球(アース)760。そんな力を持っていても、使い道がないと思うのだが。


魔女グッズ店を出て、今度はベビー専門店に行く。粉ミルクやオムツ、その他赤ちゃん用の消耗品はここで買っている。


ここはここで、アイリーンの目をひくものばかり。長年に渡って幼児の興味を引くように開発されたおもちゃが一堂に並んでいるので、興味を持たないわけがない。ベビーカーで別の場所に移動しようとすると、ぎゃあぎゃあとわめいて抗議してくる。


結局、根負けしてとりあえず安いおもちゃを買ってしまう。満足げに握りしめて喜ぶアイリーン。でもまた次に来たら何かを欲しがるんだろうな。


その店を出てショッピングモール内の通路を歩いていると、正面からボサボサの髪の女性がやってきた。


ジャージのような服を着て、髪は適当に後ろで束ね、すっぴんでぼーっとしたいでたちのこの女性。実はこの人、リーダー艦となった私の艦に配属されたばかりの作戦参謀だ。


名はカルラ。階級は中尉で、歳は24。地球(アース)401出身で、独身なのに残留希望を出して防衛艦隊に転籍してきた、女性士官である。


作戦参謀としては優秀である。頭はキレるし、先読みが得意。連合側の記録に残る様々な会戦を熟知しており、頼もしい限りの人材だ。


だが、それ以外がまるでダメだ。食事は肉類など高カロリーなものばかり。姿格好に気を配らないため、この通りずぼらな格好で歩き、少し小太りで黒縁のメガネをしている。


こう言っては失礼だが、この歳まで恋愛について考えたことはないのだろうか?あまりにだらしない姿で、艦長として少し心配になる。


こういう時モイラ中尉がいてくれたら、いい相手を見繕ってくれるのだろうが…恋愛の達人はもう地球(アース)401に帰っちゃったし、残念ながら今の私には、そういう方面のことはサポートできない。


「あ…ダニエル艦長。こんなところで会うとは、奇遇ですね。」


あちらも私のことに気づいて、声をかけてきた。


「カルラ中尉、買い物かい?」

「ええ、そうです。艦長殿はご家族でお買い物ですよね…ってことは!もしかして、こちらの方があのマデリーン様ですか!?」


急にテンションが上がった。あれ、彼女、マデリーンさんのファンだったのか?


「ええ、そうよ!私は王国最強魔女にして勇者、マデリーンよ!」


出産以来、初めてこの手のセリフを言った。横でカロンさんが拍手をして盛り上げている。


「マデリーン様といえば、城攻めをする数千の兵の真上を飛び、敵兵を奔走。味方の城兵を鼓舞し最終的には勝利に導いたと言われる伝説の魔女!いやあ、単身で見事な作戦!素晴らしいです!」

「ええ、あの時は大変だったわよ。でも矢が遅くて私に当たらなかったのよ。せめて私に追いつけるくらいの矢は飛ばせなかったのかしらね。」


地球(アース)401出身者なら普通、ビル上説得事件の方を讃えるはずなんだが、こういうところはやはり作戦参謀だ。


まだカルラ中尉とは2、3回会っただけで、駆逐艦の同乗したこともないので、この作戦参謀の人となりは分からない。ただ、ある分野のマニアであることは間違いなさそうだ。


こんな調子で声をかけたものだからこのカルラ中尉、マデリーンさんに女子会への加入を勧められる。


「ええっ!?私がマデリーン様の女子会に!?む、無理ですよ~私、見ての通りあまり女らしくないですよ?」

「何言ってるのよ、せっかく縁あって出会ったんじゃないの?もったいないわよ。」

「そ、そうですか?じゃあ、お言葉に甘えて…」


で、カルラ中尉は女子会に入ってしまった。だがこの作戦参謀、どこか乗り気ではない。


「あの…誘っていただいて言うのもなんですが、私やっぱり女子会向きではないですよ。」

「そうなの?どうして?」

「だって私、頭の中は歴代の会戦だとか戦術、戦略だらけですよ?ちっとも会話についていけないですよ。」

「大丈夫よ、うちには剣術のことばかり考えてる貴族令嬢とか、変な妄想で頭がいっぱいな奴隷だっているのよ。そのくらいたいしたことないわよ。」

「で、でも私、皆さんのように恋愛もしたことないんですよ?ブサイクだし、女らしくないし…」

「えっ!?そう!?ものすごい美人よ、あんた。」


マデリーンさんが思わぬことを口走る。それを聞いたカルラ中尉、思わず聞き返す。


「い、いや、美人だなんて…私、男の人から見たら、とても魅力のない女じゃないかなぁと…」

「確かに、その身なりじゃダメだわ。黒縁の眼鏡もとっちゃいなさいよ。礼服かドレスを着て、ちゃんとした服装で社交界にいけば、間違いなく王国の貴族から引く手数多よ、あんた。」


王国貴族に大人気だとまで言い放った。いや、マデリーンさん、そんなこと言っちゃっていいの。


「…そうなんですか?こんな私が。」

「何言ってんのよ!この国じゃ間違いなくあんた美人だよ?社交界にでも行ければいいのにねぇ。」

「ええっ!?しゃ…社交界って…国王陛下が主催されてるあのパーティーですか!?」


そこまでおっしゃるか…だが残念なことに、そもそも貴族でもないカルラ中尉があの会場に入ること自体、無理だろう。


マデリーンさんから思わぬ評価をいただいたカルラ中尉、半ば判然としない顔で帰っていった。


それにしてもマデリーンさん、カルラ中尉は貴族に人気だと太鼓判を押していたが、男の私からはとてもそうは思えない。あれほど持ち上げて大丈夫なのだろうか?なんだかちょっと不安になってきた。


「いいの?貴族に大人気だって言っちゃって…」

「いいわよ。本当だもの。貴族にはたまらない肥えっぷりよ。ただ彼女、爵位がないから側室がせいぜいだけど、注目を浴びるのは間違いないわ。」


などとマデリーンさんは言い切る。言われてみれば、女性の美に対する価値観がこの星の住人と我々とで異なることは十分にありうる話ではある。が、いくらなんでもカルラ中尉がねぇ…


マデリーンさんのこの話、このときは話半分で聞いていたが、これを思い知らされる出来事は数日後に訪れる。


さて休日が開けて、いつもの仕事が始まる。


私は艦長だが、艦長と言っても普段の仕事は講師が多い。身分こそ艦長だが、元々はパイロットなので、航空隊指揮官としての講義をしている。


ただし実地訓練はやらなくなった。おかげで最近、私は操縦桿を握ることがなくなってしまった。宇宙では艦長、地上では講師。これでは、もはやパイロットではない。


ところが、今日は珍しく大気圏内で駆逐艦に乗る日だ。


半年に一度の観艦式。私が防衛艦隊にきて初の式典参加となる。しかもリーダー艦の艦長だ。


ここ最近は地上で貴族の一員として参加することが多かったのに、駆逐艦に乗れるようになった途端、いきなりリーダー艦の艦長という大役を務めることになってしまった。


王都の上をリーダー艦が先頭に立って、王宮の前を横切る。陛下や貴族の方々がいる前を通り過ぎる際に、30人ほどが甲板にて敬礼を行う。以降、残りの9隻もこれに続く。


私の他には、砲撃長にフレッド少佐、ハイン大尉、トビアス少佐、ラナ少尉、そして新たに加わった、作戦参謀のカルラ中尉である。


カルラ中尉は、以前ショッピングモールで出会った時のようなだらしない格好ではなく、礼服姿でピシッとした身なり。彼女、実は目が悪いわけではなく、あの黒縁の眼鏡は伊達眼鏡だそうで、こういう時は外すらしい。


これくらいぴしっとした格好ならば、確かに言い寄る男性もいるのではないか?そう思えてくる。


ただ、ちょっと気の毒なことに、この艦で彼女だけが勲章をつけていない。海賊団摘発時にはこの艦にいなかったので仕方がないのだが、甲板に整列している者の中で、1人だけ勲章なしはさすがに目立つ。


もっとも、本人はあまり気にしていないらしい。意外と彼女は肝っ玉が大きい。


観艦式を無事に終えてホッとしているのもつかの間、続いて陛下主催の夕食会が行われることになった。この場は、我が駆逐艦の士官以上は参加することになっている。


王宮で行われる陛下主催の夕食会とあって、まるでいつもの社交界のように貴族の方々も参列している。私も含めて駆逐艦乗員は皆、軍の礼装。私の胸元には、先の魔王退治と海賊団摘発によっていただいた、2つの勲章が輝く。


どちらも武官としてはこの王国で最高ランクの勲章。とてもではないが、なかなか拝めるものではない。しかし会場にいる多くの男性貴族の目を奪ったのは、この勲章よりもカルラ中尉だった。


「男爵殿、貴殿の部下であるこのお方は、なんという方なのですか?」


私に彼女のことを尋ねてくる男爵、子爵の方は多い。私などすっぱかして、直接話しかける御仁もいらっしゃる。次から次へと、彼女のもとに貴族が集まってきた。


軍の礼服に身を包み、いつもよりは身なりの整った姿のカルラ中尉。しかし、私の価値観からは少しぽっちゃりとした普通の女性といったところ。


だが、気が付けば20人ほどの男性貴族に囲まれてしまった。男爵や子爵、伯爵クラスまでいる。我も我もと集まってくる貴族たち。


「カルラ殿、ご一緒にワインなどいかがか?帝国産の10年ものがありますぞ?」

「いや、カルラ殿、私とお話ししませんかな?我が領地には、美しい湖があって…」


言葉巧みに誘う者、料理やお酒で釣ろうとする者、いろいろだが、どうしても彼女を独占したいと思う人が多いようだ。


どうやら、マデリーンさんが言っていたのは本当だったようだ。まさに彼女は、この会場にいる男性貴族たちを虜にしている。


これにはカルラ中尉自身が驚いていた。まさかこんなにたくさん群がってくるとは思わなかったようだ。突然のモテ期到来である。


我が駆逐艦にいる別の女性士官の一人、ラナ少尉も小柄ながらわりと美形。おまけに、一等勲章を身につけているので、貴族からも声をかけられている。が、カルラ中尉に集まってくる貴族の数は桁違いに多い。


この星出身で、同じ女性であるラナ少尉ですら


「ああ、やっぱりカルラ中尉は美人だから、貴族の殿方のお目を引きますね。」


とあっさり納得のご様子だ。


私とこの星と価値観の違いというものを目の当たりにしてきたが、今回ほどショッキングなことはない。少しショックを受けた。


ところで、言いよってくる貴族の多くは既婚者だ。だが、ここは一夫多妻制が当たり前。どうやら、彼女を側室にと狙う貴族が多いようだ。


随分とモテてるのに、正直言って可哀想な展開だ。カルラ中尉は地球(アース)401出身。いきなり側室にと言われてもきっと戸惑うだろう。


で、カルラ中尉は結局最後まで囲まれっぱなしだった。波乱に富んだ夕食会は終わった。


「…艦長…いったいどうなってるんですか!?なんで急に私、こんなにモテるんですか!?」


突然、貴族にモテモテだったカルラ中尉。本人はかなり参ったようだ。


そんなカルラ中尉には申し訳ないが、なかなか興味深いものを見せてもらった。これほどまでに文化の違いを思い知ったのは初めてだ。


で、次の社交界ではなんとカルラ中尉に特別待遇で招待状が届けられる。要するに来いと言われてしまった。いやあ、面白いこと…あ、いや、大変なことになってきた。

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