#61 海賊団との戦闘
「機関停止、慣性航行へ移行。」
「了解、各艦との相対速度を確認せよ。」
「了解しました。」
駆逐艦0972号艦は今、アステロイドベルト中域にいる。チーム艦隊10隻でのパトロール任務についているところだ。
この辺りに海賊団が出ると聞いて、我々防衛艦隊が交代で見張りについている。
最近この周辺で、大掛かりな海賊団が出没している。
数少ない生き残りの証言をもとに把握している彼らの情報から、全部で20隻の黒塗りの艦隊で、民間船を襲い物資を奪い、口封じのためその船の乗員を皆殺しにするという、悪質極まりない海賊だということが分かっている。
数ヶ月ほど前から出没し、ついにこの地球760星域にも現れたようだ。すでにこの星域では、4隻の船、80人の行方が分からなくなっている。多分彼らの仕業だろう。
そこでこの海賊団捕獲のため、我々に出動がかかった。
その海賊団はアステロイドベルト付近で現れることが多いようだ。我々のようにステルス塗装を施しているわけではないため、おそらく普段は小惑星の間に入り込んで息を潜めているのではないかと言われている。
私自身、素人海賊なら捕まえた実績はあるが、今度の海賊は複数の星系で暗躍しているプロ中のプロ。しかも20隻という、海賊としては大きな集団だ。これをなんとか捕まえないと、この星域の民間船の安全が保障できない。
そこで我々は、民間船の往来が多い航路付近で機関を止め、息を潜めて海賊団の出現を待つ。
前回はおとり作戦を行なったが、ここは船の往来が多く、おとりを出したところで吊られる可能性は低い。だから、根気よく不審な船を探り当てるほかない。
で、我が艦はまるで小惑星にでもなったかのように、ふわふわと宇宙空間に漂っている。
ところが、我々が監視を始めてからというもの、その海賊団は全く動かない。何事もなく7日が経過した。
今日も数多くの船がアステロイドベルト周辺にはいる。現在、その数2300隻。
これだけいると、海賊団がいても区別できない。彼らは識別信号を擬態して地球401の船になりすましているだろうし、民間船と同じように航行しているから、動きではなかなか把握しづらい。
20隻ほどの艦艇の集団に絞ってみてもたくさんいる。それに、黒い塗装の船なんていくらでもいるから、船の色だけでは海賊団だと断定できない。
我々はしらみつぶしに船を見張るしかない。船の大きさや色、識別信号、所属など。多くの船がここを通ってるので、船の形も行き先も様々だ。
たまたま私がレーダーサイトを覗いた時に、ラナ少尉が黒い船体の船を見つけた。数は15隻。念のため、所属を確認する。
出てきたのは「グレイス貿易」。ああ、アイリスさんが勤めるあのブラック企業だ。会社だけでなく、まさかその船までブラックだったとは。シャレが効きすぎて、思わずため息をしてしまう。その私のため息に、レーダー担当のラナ准尉が反応した。
「あの…どうされました?艦長。」
「あ、いや、たいしたことじゃない。この15隻の所属する会社が、とある知り合いの貿易会社だったので、つい…」
「…ところで艦長、その貿易会社の船団の後方200キロのところに、20隻の集団がいます。この船団に近づいてるようですよ。」
ラナ准尉が指摘した通り、そのアイリスさんのところの会社の船団に、20隻の船団がゆっくりと近づいている。
数が例の海賊団と同じなので、念のため船籍を確認した。民間船には、船籍や所属する団体を示す識別信号と呼ばれる電波を発信することが義務付けられている。その識別信号から読み取れるその船団の船籍は地球401、だが所属団体を表すコードを照合したが、我々のデータベースに存在しないものが使われていた。
つまりこの船団、擬態信号を使ってることが判明。その上、船の色も黒。この不審船団は、まさに指名手配中の海賊団そっくりだ。
「艦長!このままではあと20分で、船団同士が接触します!」
この時点ではまだ海賊団だと断定できないが、ラナ准尉の分析を聞いて、我々は行動を起こすことにした。
たまたま知っている貿易会社の船に注目してたら、思わず怪しい船団を発見してしまった。私はリーダー艦である駆逐艦0980号艦に打電し、我が艦はただちにこの不審船団の追尾に入ることになった。
「両舷前進半速!仰角3、面舵20!」
「機関始動、出力40パーセント、両舷前進はんそーく!」
私と航海士のトビアス大尉の声が響く。駆逐艦0972号艦は、擬態信号を出すその船団に向かう。
15隻のブラック企業船団に向かってくる黒い不審船団。だが後ろからゆっくりと近づいているものの、非常にゆっくりだ。あたかも普通の船団を装っており、傍目には普通の民間船同士がたまたま同じ方角に進んでるようにしか見えない。前にいたのがアイリスさんの会社の船団じゃなければ、私もスルーしていただろう。危うく見逃すところだった。
突然、2つの船団のいる方角から通信が飛んできた。通常回線で、前方にいるブラック企業船団の方だ。
「後方の船団に警告しまーす、このままでは当船団と接近・衝突の恐れがありますんで、航路変更をお願いしまーす。」
…なんだ、このやる気のない通信は。いや、ちょっとまて、もしかしてこの声、アイリスさんじゃないのか?彼女もしかして、あの船団にいるんじゃないだろうか。
すると、この通信を受けた後方の船団が突然、速度を上げてきた。前方の15隻のアイリスさんの船団に向かって行く。
「不審船団20隻が増速!前方船団に向けて接近中!」
ラナ准尉が叫ぶ。一気に緊張が高まった。
後方の船団はみるみる距離を縮めて行く。輸送船団にしてはあまりにも速い。私は直感した。間違いなくこれは海賊団だ。やはり前方の船団を狙っていたようだ。
取り憑かれたら、我々は手を出せなくなる。彼らの足を止めないといけない。
「これより、不審船団に向けて威嚇射撃を行う!目標、不審船団前方!」
ただちに砲撃準備に入る。軍がすでに追尾していることを知らせるため、ここは敢えて威嚇砲撃を行う。
「砲撃管制室より艦橋へ!1バルブ装填、砲撃準備完了!」
さすがは砲撃長、準備が早い。
「よしっ、撃てっ!!」
ゴォーンという発射音が艦内に鳴り響く。青白いビームが漆黒の闇を貫いていく。威嚇砲撃と同時に、我々は全速で追尾に移る。
「両舷前進いっぱい!!不審船団を追いかける!」
駆逐艦の存在に気づいた不審船団20隻は、慌てて方向を変える。その先には小惑星帯があって、そこに紛れ込むつもりらしい。我々は彼らに警告を送る。
「我々は地球760所属の防衛艦隊!異常接近を行った船団に警告する!ただちに停戦せよ!警告を受け入れない場合は、防衛規範に基づき攻撃する!」
やましいことがなければ停止に応じるはずだが、彼らは停船しない。やはりこの20隻の船団は、例の海賊団だ。私はそう確信した。
全力で逃げる海賊団。駆逐艦0972号艦は全力で追いかけるが、彼らはかなり速くて追いつかない。ジリジリと離される。
「艦長へ!こちらフレッド!艦載機の発艦を許可されたし!」
「不審船団は全速で逃亡中!今発進したところで、航空機のエンジンでは引き離される!追い詰めるまで待て!」
と言ったものの、駆逐艦ですら引き離されつつある。やつらはプロの海賊団だ。軍に追尾されてもすぐ逃げられるように、軽い船に高速船用の機関を積んでいるらしい。強力な機関を持つ駆逐艦といえど、重たい砲身を持つこの艦はあの船団に追いつけない。
このままでは、小惑星の間に逃げられてしまう。どうする!?なんとかして、足止めしないと…
その時、私はある作戦を思いつく。
「艦橋より砲撃管制室!眩光弾2発、発射準備!」
「砲撃管制より艦橋!どうすんだ、そんなもの!?」
「海賊船団前方で炸裂させる。それであの船団を足止めできるはずだ。」
「なるほど、そう言うことか!了解した!発射準備!」
「あの船団が減速したら、航空機隊はただちに発艦!機関を破壊し、航行不能にする!」
「こちら航空隊!了解した!」
砲撃長が、すぐに眩光弾の装填に入る。
眩光弾とは、偶発的な艦隊戦が発生した場合などで、速やかに戦線を離脱する必要がある場合に備えて開発された、照明弾のような防御兵器。巨大な光の球を数分間発生させ、相手の目を眩ませて戦線からの離脱をしやすくするために作られたものだ。
これを海賊船団の目の前で炸裂させれば、光の壁に阻まれて彼らは減速せざるを得なくなるはずだ。
「眩光弾、発射準備完了!」
「雷撃戦用意!目標、不審船団の前方200キロ!撃ち方始め!」
我が艦のレールガン発射口から、2発の弾が撃ち出される。20秒ほどすると、海賊船団前方に巨大な光の球が現れた。
突然、目の前に大きな光の壁が出現したため、不意を突かれた20隻の海賊船団は急減速する。
「艦載機発艦!海賊船団の機関を破壊し完全停船に追い込め!」
「ポテト1よりハンバーグへ!準備完了、発艦許可願います!」
「ハンバーグよりポテト1へ、発艦を許可する!」
ちなみに「ハンバーグ」とは、この艦のコールサイン、勝手につけた艦名だ。マデリーンさんの大好きな食べ物にあやかって、私が名づけた。ポテトとは、この艦の艦載機のコールサイン。ポテト1はフレッド大尉搭乗の複座機で、ポテト2はヴァリアーノ中尉が乗る哨戒機を指す。こっちはなんとなく付けたコールサインなので、特に深い意味はない。
この艦載機2機が発艦。それと同時に、20隻の海賊船団から我々に向けて一斉に砲撃してくる。
といっても、彼らの武器は航空機に搭載されたビーム砲と同じもの。こっちはその数百倍の威力の砲撃に耐えられるように作られてる。駆逐艦のバリアの前には無力だ。
また、彼らの武器には自動追尾迎撃システムがついてるわけではないため、小さくてすばやく動く航空機も落とせない。
で、彼らの相手は、ゲーセンの貴公子と呼ばれるあのフレッド大尉だ。
あの異空間で出会ったドラゴン数十匹の群れをわずか数分で叩き落としたフレッド。この船団の船の間を飛び回り、正確に彼らの船の後方の噴射口を撃ち抜いていく。次々と火を噴く海賊船団。
僅か40秒で、海賊船団20隻の機関を撃ち抜いてしまった。ヴァリアーノ中尉機が着く頃には、すでにフレッドが機関部を破壊済み。
だが、動けなくなった海賊団は執拗に攻撃を続ける。そこで、この2機は武器破壊に転じる。
フレッドほどではないが、ヴァリアーノ中尉もなかなかの腕前のパイロットだ。その2機によって、数分も経つと彼らの武器は破壊される。20隻の海賊船団は、完全に沈黙した。
ここで我々は航空機2機を回収。不審船団に突入し、身柄確保と行きたいところだが、相手は20隻もいるので、たった一隻ではさばききれない。そこで、我々はひとまずチーム艦隊の到着を待つ。しかし相手はこちらのチーム艦隊の艦艇数よりも数が多いので、近傍の艦艇にも増援をお願いすることになった。
同時に、海賊船団にも投降を呼びかける。だが、海賊船団からは全く通信がない。到着した我々チーム艦隊にぐるりと囲まれても、彼らは沈黙を保っている。何か企んでいるのだろうか?不気味だ。
しばらくすると、たくさんの駆逐艦がやってきた。全部で120隻ほど。海賊団確保と聞いて、大慌てでやってきた。
ここでようやく、20隻全てに船内突入が敢行された。私の艦も一隻に取り付き、突入を行う。
突入隊の指揮は砲撃長が行った。特に抵抗もなく、船内の船員は捕まえることができた。だいたい1隻あたり20人づつ乗っており、全部で400人ほどが逮捕される。
彼らはこの艦の会議室に集められ、私が取り調べを行うことになった。そこで海賊団は自らの罪を認め、これにて一件落着…とは、ならなかった。
私が確保した船の船長らしき人物を取り調べる。
「私は地球760防衛艦隊、駆逐艦0972号艦の艦長、ダニエルだ。これより不審船乗員の取り調べを行う。」
「へえ、あんたが民間船を襲った軍人の頭領ってわけだ。こんなことしてタダで済むと思ってんのか!?」
「我々は正当な手順に沿って、あなた方を捕らえた。他船団への異常接近、停船勧告無視、そして我々に対する攻撃。これらの事実はこの空域にいる艦艇によって記録されている。」
「ない事実を記録と言われてもねえ…だいたい、我々の通信を無視して、先に撃ってきたのはお前ら野蛮人どもだろうが!」
ここで同席した砲撃長がキレそうになる。が、ここは冷静に対処するしかない。まずは、彼らの言い分というやつを聴くことにした。
その船長は主張する。我々は民間船であり海賊団ではない、我々が何度も通信したにもかかわらず、こっちが応じずに発砲してきた、弁償しろ、と言うのだ。
「この船団から民間バンドの通信は出されていない。我々以外の艦艇もそれを確認している。」
「は!?何言ってんだ!最近まで野蛮人だったお前らだから、無線機の使い方がなってないだけじゃねえのか!?ちゃんと調べろ、この蛮族ども!」
まだ設立されて1年にも満たない地球760防衛艦隊を「蛮族」だと罵ってきた。それにしても、この期に及んで見苦しいことこの上ない。なんと言われようが、軍隊相手にこんな稚拙な恫喝は通用するわけがない。
取り調べは続く。偽の識別信号を使っていたことについては、そんなはずはない、確認しろ、の一点張り。また船内からは、先日不明となった船舶の荷物が出てきたのだが、これも我々の荷物だと言って譲らない。
挙げ句の果てに、ここで船を修理して我々を解放しろと言ってきた。どんな物証を見せても彼らは動じない。解放しろ、の一点張りだ。
さすがの私もキレそうになる。なんと面の皮の厚い連中なのだろうか。直前の行動記録や物証から、すでに彼らが海賊団であることは証明済みだ。にも関わらずこの開き直りようはなんだろうか?
しかし艦長とはやはり大変な立場だ。こんなのを相手に、決められた項目の事情聴取を遂行しなくてはならない。頭に血が上っても、冷静さを保たねばならない。かなりの精神力が要求される。
一通りの聴取を終えて、彼らを独房に入れる。他の艦とも連絡をとったが、どこも似たような態度を取ってきたようだ。もう我々ではらちが明かないので、アステロイドベルト近くで治安当局に引き渡すことになった。この駆逐艦にいた人員20人ほどを当局の大型船に移乗させる。
カトリーヌさんの時のような潔さは、彼らにはなかった。ともかく、複数の星域を荒らしていたであろう海賊団を、我々は偶然にも捕まえることができた。
「全く、卑劣な海賊どもでしたね!フレッド大尉の見事なドッグファイトでエンジンが次々に火を噴いたところを見て、私はすっとしましたよ!」
「そうよ!やっぱり俺って、天才なのかな!?」
食堂でヴァリアーノ中尉とフレッド大尉と一緒に夕食をとったのだが、フレッドのやつはすっかり上機嫌だ。今回は一気に20隻を撃墜。これで文句なしに彼は「エース」となった。
ヴァリアーノ中尉機も8隻分の武装を破壊しており、輝かしい功績を挙げた。
そして、私にとっては防衛艦隊で初の功績となった。しかも相手は宇宙統一連合の全域で指名手配されていた大規模な海賊団。これは、十分すぎるほどの戦果だ。
でも、今はなによりも家族の待つ家に帰りたい。この海賊団捕獲により、予定より5日早く帰還できることになった。私にとっては、こっちの方が嬉しい。
翌日には帰還の途に着く。大気圏突入し、王都宇宙港に向かって飛んだ。
「速力800、宇宙港まであと200キロ。」
「王都宇宙港の管制より入電!第47ドックに入港されたし、です!」
我が駆逐艦0972号艦は、ゆっくりと王都上空にさしかかる。現在、王都の時間は夜の7時ごろ。以前までは夜の王都は真っ暗だったが、今は電化が進み、夜でも王都の形がはっきりとわかるくらいの街灯りが見られるようになった。その街灯りに照らされて、我々は飛ぶ。
47番ドックにたどり着く。そのままゆっくりとドックに接舷。ロックがかかり、機関停止。
そこから私は、全員の退艦を確認し、宇宙港の担当に引き継ぎを行う。入港して40分でやっと任務完了だ。宇宙港ロビーを経由して、バスに揺られて家に向かう。家に着く頃、時刻はもう9時を過ぎていた。マデリーンさんはまだ起きてるだろうか?
そして、9日ぶりに私は家に帰ってきた。
「ただいまー。」
私の声を聞いて、カロンさんが姿を現した。
「あ、お帰りなさいませ、ダニエル様。」
「うわぁん!やっと帰ってきた!」
マデリーンさんもすぐに現れて、2人が玄関で出迎えてくれた。すぐ横にカロンさんがいるというのに、マデリーンさんはお構いなしに私に抱きついてきた。
寝室で寝ているアイリーンを見た。たった数日離れただけだが、やはりちょっと大きくなった気がする。
こうして私はやっと、我が家に帰ってきた。どんな功績よりも、家に帰れることの方が嬉しい。私は改めてそう感じたのだった。




