#59 母親魔女マデリーン
「私は王国最強の魔女、そして今、邪悪な力を手に入れ、魔王の母となった!この世に生きるすべてのものを撃ち滅ぼすのだ!」
「ま、マデリーンさん!?何をするつもりなの…」
「…もはやお前は用済みだ…魔王復活の記念として、まずお前の命を頂く。我が子によって殺されるのだ、本望であろう!ゆけっ!魔王よ!」
そして私は、魔王の出す青白いビームによって、その身を焼かれていった…
…という夢を見た。全身嫌な汗をかいてしまう。
横ではマデリーンさんがすやすやと寝ている。その周りには、魔王のぬいぐるみがずらりと並んでいた。
マデリーンさんが突然、魔王には強い魔力があるじゃないかと考えて、最近はこうしてぐるりと魔王のぬいぐるみに囲まれて寝るのが日課になった。確かに、魔王には魔力があるけれど、魔王のぬいぐるみにはあるのかどうか…
しかし、さっきの変な夢の原因は、紛れもなくこいつのせいだ。こんなに魔王に囲まれて寝てれば、うなされて当然だ。しかもこの夢が、私にとって初夢となってしまった。
マデリーンさん出産まで、あと1か月ほどとなった。ちょうど年が明け、王都は冬真っ只中だ。
外には雪がちらついている。この1週間ほどは雪がよく降る。
ところで、このところ私は宇宙に行くことが増えた。どういうわけか、艦長としての訓練が増えてしまったのだ。
前回、指揮官訓練で艦長として宇宙に行った後、2度ほど「艦長」として宇宙に出た。乗るのは毎回、地球760 防衛艦隊、駆逐艦0972号艦だ。
どうやら私の「艦長」としての成績が意外によかったので、司令部がこのまま艦長としての訓練をしてしまおうということになったらしい。ええと、それって私に艦長をやれと言われるのですか?
特にこの先のことを告げられることもなく、12月初頭にも艦長として宇宙に出る。マデリーンさんのお腹がどんどんと大きくなりつつある時期だったので、正直言ってあまり宇宙に出る気にはならなかったのだが、命令だから仕方がない。
当然、トビアス大尉とラナ准尉とも同じ船だ。トビアス大尉とラナ准尉、艦橋内ではまるで会話をしないが、当直を終えて食堂に行くと、そこでは一緒に話をしていた。
「あ、ダニエル少佐殿!一緒に食事しませんか?」
トビアス大尉に誘われて、私は食事をもって行く。
「いいのかい?お2人の邪魔になるんじゃないのか?」
「いえ、パイロットから艦長に転属しそうな有能な指揮官であらせられるダニエル少佐殿とご一緒できるのは、大変光栄なことですから!」
「そうです、コンラッド伯爵様と気軽に会話でき、勲章も授与されたダニエル艦長殿とお食事できるなんて、この上ない幸せです!」
この2人、本当に名誉だとか勲章だとかに弱いようだ。私の方をキラキラした目で見つめてくる。
この調子だからこの2人、お付き合いもうまくいっているようだ。この後も戦艦アドミラルに寄港した際、一緒に魔王シリーズの映画を観に行ったようだし、2人で本屋で兵法書を読んでいたりした。
なぜ急に、私などと一緒に食事したいと言ってきたのか?次の質問で私は察した。
「そういえば艦長殿、地球769星系での艦隊戦の後、連盟軍の兵士と会話されたとか。是非その時のことをお聞かせ願いたいのです。」
「いいけど、なんでまた?」
「『彼を知り己を知れば、百戦して危うからず』といいます!是非、敵を知っておきたいのです!」
2人でこの調子だ。まあ、勉強熱心なことはいいことだが。
そういえば、今年のクリスマスは帝都チキンを贈ることができなかったので、マデリーンさんに抱き枕をプレゼントした。
お腹の大きくなった妊婦さんは、横に寝るのが楽だという人がいる。が、マデリーンさんは横向きになると少しバランスが悪いらしくて、枕を股に挟んで寝ていた。それで、抱き枕を買ってみたのだ。
これが意外と大当たりで、マデリーンさん、夜ぐっすり寝られるようになったようだ。
今もその抱き枕を使って寝ている。これで少しでもストレスが下がるといいんだけれど。
窓の外を眺めてながらそんなことを考えていると、カロンさん起床。
「おはようございます。最近、ダニエル様の起きる時間がお早いですね。歳のせいですか?」
私はまだ29歳ですよ。そこまで歳じゃありませんて。
そのカロンさんは、きっかり7時にマデリーンさんを起こしに行く。
マデリーンさんがごそごそと起き出す。この魔女は、いつまでたってもこの朝の習慣が身につかないらしい。
マデリーンさん、すっかり見た目は妊婦さんだ。大きなお腹を抱えて歩いてくる。ただでさえ機動力が低い朝のマデリーンさん、大きなお腹によりさらに機動力が落ちる。
のそのそとまるでモンスターのように移動するマデリーンさん。まったりと着替えを済ませて、ぼーっとした顔で朝食を食べる。
ところで、ロサさんの子供はもう5か月になった。首は座り、寝返りもできるようになったという。
「へえ~っ!早いんじゃないの?もう寝返りができるなんて。」
「そうね、ちょっと早い方かもしれないわね。でもね、面白いのよ、この娘。」
ロサさんは、リビングのカーペットの上にリサちゃんを乗せる。
そして、大好きなぬいぐるみをリサちゃんに見せて、少し離れたところに置く。
するとリサちゃん、なんとそのぬいぐるみめがけて、ゆっくりと寝返りで移動を始めた。そして、ぬいぐるみをゲットして嬉しそうな顔をするリサちゃん。
「はえ~っ、寝返りで移動するんだ。」
「ねっ?面白いでしょ?よく考えたわね、この娘。」
ハイハイする前に、転がって移動する子はまれにいるらしい。こんな芸当ができるなら、リサちゃんは案外魔女かもしれない。私はそう思った。
ロサさんの子供がどんどん大きくなるが、マデリーンさんの方はまだお腹の中だ。もうすぐ生まれる子供。どんな個性をもって生まれてくるのだろう。
予定日までひと月を切ったところで、医者からはなるべく散歩するように言われた。
それまでは流産や早産する恐れがあるのであまり歩くことは勧められなかったが、この時期からはむしろ歩く方がいいそうだ。
あまり動かないと、予定日を過ぎても生まれず、その結果お腹の子供が大きくなりすぎて、最悪は帝王切開になるという。そのため、体を動かして出産を即す行動に出るよう勧められるのだ。
ということで、マデリーンさんは毎日散歩をする。家を出てショッピングモールに行き、そこでハンバーグを食べて公園を経由して、コンビニに立ち寄って家に帰る。
おかげで、毎日コンビニ限定商品を買ってくる。最近は「聖剣を握る魔女」のフィギュアが売られていて、マデリーンさんもこれを買ってきた。
でもこれ、明らかにマデリーンさんがモデルでしょうが。以前にもこういう製品を出していた。断りもなく勝手に商品化されることが多いが、そろそろ抗議しようかな。
とまあ、コンビニ商品が増えるだけの毎日を過ごしていた、そんなある日。
予定日まで、あと9日と迫っていたその日の夜。
マデリーンさん、リビングで大きなお腹を抱えて歩いていたのだが、急に立ち止まる。
「あっ!」
急に叫んで立ち止まる。いったいどうしたのか?下を向いたままマデリーンさん、突然動かなくなってしまった。
「どうしたの?マデリーンさん。」
「…生まれる…」
それを聞いた私は、思わず駆け寄った。どうやら「破水」したらしい。
カロンさんを呼び、大急ぎで病院に行く準備をする。マデリーンさんとカロンさんを車に乗せて、病院の救急受付に向かった。
直ちに陣痛室に連れて行かれる。だが、病院についたこの時点では、マデリーンさんはまだ余裕があった。
しかし、ここから本当の戦いが始まる。
いわゆる「陣痛」というやつが、マデリーンさんを襲う。
「うーん!イタタタッ!」
周期的に痛みが襲いかかってくる。マデリーンさんが悲鳴をあげるたびに、カロンさんと私はマデリーンさんの背中などをさする。
「おのれぇ…魔王の子が私を蝕んでくる…しかし私は勇者…こんなところでくたばるわけにはいかない…」
何を大袈裟な、などと思ってはいけない。男には分からないが、これは本当に死ぬほど痛いらしい。魔王に勝利した勇者マデリーンさんでも、この戦いはかなり苦戦してるようだ。
時間が経つにつれ、この陣痛が襲ってくる周期がだんだんと短くなってきた。
しばらくするとお医者さんがきて、そろそろ頃合いだと言い、マデリーンさんを分娩室に連れて行った。私とカロンさんは、分娩室の前の長椅子に案内される。そこで腰掛けて待つ。
いきなりの事態でまるで実感がないが、冷静に考えたらどうやらあと少しで私は父親になるらしい。そして、マデリーンさんは母親だ。ソファーで寝転がって、魔王のぬいぐるみを抱きながらスマホを見てたあのだらしない魔女が、人の親になるのだ。
それにしても、私は今日も普通に教練所に行って講義をして、そのあと指揮官向け講義を受けるという、先生と生徒をやって帰ってきたばかりだった。
まだ分娩室からは何も言ってこない。いったい中はどうなっているのか?
おそらくはマデリーンさんにとっては、今まさに修羅場だろうが、ここからは伺い知ることはできないが。
静かな病院の廊下。なかなか開かないマデリーンさんのいる分娩室の扉。いつまで待たされるのだろうか?カロンさんとやきもきしながら待つ。
そして、日付が変わる直前、病院について5時間ほど経過した時。
ついに、扉が開く。
現れたのは、看護婦さんだった。
「おめでとうございます。元気な女の子ですよ。」
この瞬間、私は父親になった。まるで実感がないが、父親になってしまったのだ。なんだか、信じられない。
私とカロンさんは、扉の奥に通された。そこには、長い戦いを終えたマデリーンさんがいた。
「ま、マデリーンさん…大丈夫!?」
「あーっ、何とかしたわよ。最強の魔女の誕生よ…」
まだ魔女かどうか、分かんないでしょ?それはともかく、マデリーンさんのすぐ横にある小さな容器の上に、その子はいた。
体長50センチ、体重2970グラム。口元がマデリーンさんそっくりな赤ちゃんがそこにいた。
看護婦さんが、せっせと身体を拭いている。まだこの世に出て来て数分程度のその子は、周りを見ている。
私はその容器を覗き込む。多分、この子にはなにかが見えてるはずだが、それがなんなのかが分かっていないようで、目線が定まらない。ただ、人の顔には反応するようで、私や看護婦さんの顔の方を見てるようだった。
カロンさんも恐る恐る覗き込む。そして、なぜか涙を浮かべていた。
思えば、マデリーンさんのことをすっかりお任せだった。最近は散歩にも付き合ってもらってたわけで、マデリーンさんと一緒に歩んでようやく出会えた命。思わず込み上げるものがあったのだろう。
こうして、王国最強の魔女は、母親になった。




