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#6 近所のコンビニと恋愛の達人

 休暇も残り2日。今日、明日は遠くに出かけず、この周辺をぶらぶらしようということになった。


 といっても、ここは住宅地域。小さなお店と公園があるが、特にこれといって何かあるわけではない。少し歩いて行ったところに、いつもお世話になっているショッピングモールはあるが、少し違う日常を味わおうと思っている今日は、とても行く気にはならない。


 というわけで、夫婦そろってあてどない散歩が始まった。マデリーンさんと2人で、この住宅地をうろうろする。


 しかし、こういう散歩も悪くない。一見すると殺風景な住宅地だが、近所の公園に行くとアイスを売ってるお店を見つけたので2人で食べてみたり、私の星では見たことのない花が咲いてるのを見つけて心豊かに感じてみたりと、何かと発見の多い散歩だった。


 公園でアイスを食べてる時には、上空に大型船が通過した。あれは民間の輸送船で、全長1000メートル、王都宇宙港に降りられる最大サイズの船だ。


 ここにはまだ家電機器や動力炉、その他大型の施設を作る工場が稼働していないため、我が母星である地球(アース)401から運んでいる。その最新機器輸送の中核をなす船が、この大型船だ。


 現在、この地球(アース)760の宇宙港は20箇所まで増えたが、まだまだ足りない。この星のあちこちで宇宙港の建設が続いている。


 大型船は、ゆっくりと宇宙港の大型船用ドックに向かう。つい半年前までは、この大型船を見てこの星の住人は大騒ぎしていたものだが、今ではすっかり慣れてしまったようだ。宇宙船が通っても、上を振り返る人々もおらず、マデリーンさんも気にすることなくアイスを食べている。


 この住宅地には、同じ形の2階建の家が並ぶ。いずれも地球(アース)401出身者で、この星に残留を決めた人々が住む家である。これらは政府から供給されたものだ。宇宙で組み立てられて地上に運ばれるため、設置されて3日もあれば住めるようになる。安く素早く家が建つ代わりに、同じ形の家ばかりになってしまうため、見た目が殺風景になるのが難点だ。


 その住宅街の中に、まるでアクセントのようにぽつぽつと存在するのが、コンビニだ。


 公園を出て少し歩いたところに、我が家から一番近いコンビニがある。2人はその横を通りかかる。


 このコンビニ、ちょっとしたものを買う程度ならばわざわざショッピングモールまで行かずとも揃えることができるのでとても便利なのだが、実はマデリーンさんはコンビニがあまり好きではない。


 どうやら人間味がないお店であるため、気持ち悪いと感じるらしい。


 まずコンビニに入るには、電子マネーを持っている必要がある。持っていない場合は、入店できない仕組みだ。店の入り口付近のセンサーで電子マネーの情報を自動で読み取られ、顔認証を受けると店内に入ることができる。


 店内の商品を適当に選び、レジに持って行くと勝手に袋に詰めてくれるロボットがいる。そこで電子マネーを当ててもいいし、その袋を持ったまま店外に出てもよし。その場合は出入り口で自動で会計される。ただし、残額が足りないと、店から出られない。商品を戻すか、お金を補充する必要がある。


 私はレジで会計をする派だ。残高不足で止められるのはちょっと嫌だし、自然と確実な方法を選んでしまう。


 人間を介することなく売買が成立するため、コンビニには店員はいても1人、無人の店も珍しくない。


 それゆえに、マデリーンさんは気味が悪いと言っている。私にとってはいまどきありふれた店なので何とも思わないが、やはりこの星の人からすれば、この高度に自動化されたシステムが感覚的にダメなんだろう。


 そんなマデリーンさんでも、時々コンビニに来ざるを得ない用事がある。


 それは、限定グッズの入手である。


 映画とタイアップして、よくコンビニではオリジナルグッズを売り出すことがある。


 店の外の電光看板を見ると、おととい観たあの映画のグッズが売り出されてる。それを見たマデリーンさん、やはり反応してしまった。


「ねえ、ちょっとここに寄っていかない?」

「えっ!?コンビニ?私はいいよ、たいして用事ないし。」

「私にはあるのよ!さあ、行こ行こ!」


 相変わらずマイペースな魔女だ。私もつられて、その店に入る。


 ショッピングモールに対し、少ない商品で勝負しなくてはならない手前、オリジナル商品を出さざるを得ないのが最近のコンビニ業界の事情のようだ。それでよく人気のある映画やドラマ、アニメ関連の提携商品を出している。それにしても、中世の魔女がたった1年でコンビニ限定商品にどっぷりはまってしまった。たくましいというか、なんというか。


 マデリーンさんは、コンビニの入り口を通ろうとするが、ピーと鳴って通れない。マデリーンさんの電子マネーが読み取られなかったようだ。


 そこでカバンから電子マネーのカードを出して、再びカメラに顔を向ける。


 ようやく認証が通り、店の入り口が開く。なんとか店には入れたが、マデリーンさんは少し不機嫌だ。


「ったく!私を誰だと思ってんのよ!王国一の魔女なのよ!?『雷光の魔女』よ!?貴族に書簡を届ける由緒ある魔女なのよ!?なんでいちいちカードを出さなきゃ、通してくれないのよ!」


 気持ちは分かるが、機械に怒っても仕方ない。コンビニにとっては空を速く飛べる能力よりも、お金を持ってることの方が重要だ。王国一の魔女であろうが、国王陛下だろうが、関係はない。


 しかもこのとき、この店は無人だった。人がいないことが、かえって店からは雑な扱いを受けてるように感じてしまうのか、マデリーンさんはますます気に入らない様子だ。


 と言いつつも、お目当のものを見つけると笑顔に変わる。お目当ての「魔王シリーズ」の限定グッズが並ぶ棚を目にすると、一目散に駆け寄る。しばらく物色した末に彼女が手にしたのは、マグカップにスマホ用ストラップ、そしてぬいぐるみ。何を買ってるんだか。


 しかも全部「魔王」関連。「勇者」はない。映画を観てあれだけ魔王に恐れをなしていたのに、グッズは全て魔王で統一とは、何を考えてるかよくわからない魔女だ。ちなみに、魔王のぬいぐるみは意外と可愛い。


 私は特にこれといって欲しいものがないが、ポテチの「帝都チキン味」と言うのがあったので、気になったから買うことにした。


 これらをまとめて、私の電子マネーで払う。しかし魔王のぬいぐるみの値段が表示されると、私の心の中に一瞬、戦慄のようなものが走る。このぬいぐるみ、ちょっと高くないか!?


 コンビニを出る直前、私は思いついたように入り口付近にあるコンビニ常設の情報端末に行き、キーワードを入力してスマホを近づけ、あるファイルをゲットしておいた。


 コンビニを出ると、マデリーンさんが私に尋ねる。


「ねえ、さっきあのコンビニを出るとき、何してたの?」

「ああ、これだよ、これ。」


 それは、昨日行ったあのテーマパークの宣伝用電子パンフレットだ。


 コンビニならもしかしたら、昨日撮影されたマデリーンさんの写真を使ったパンフが入手できるんじゃないかと思って、ゲットしてみたのだ。


 案の定、マデリーンさんが観覧車や展望台やジェットコースターのそばで写っている写真が出ていた。こんなところで魔女に会える、そんな感じのキャッチコピーとともにマデリーンさんの写真が使われていた。


「うわぁ!何よそれ!?私も取り込まなきゃ!」


 慌ててマデリーンさんはコンビニに戻ろうとするが、私が制止する。


 わざわざ戻らずとも、端末間の転送機能を使って彼女のスマホにもこの写真付きパンフを入れることができる。私からパンフを受け取ったマデリーンさん、早速ドヤ顔だ。よっぽど嬉しいらしい。


 プロの仕事だから写真も綺麗だし、なかなかいい出来で、まるでアイドルのような扱いだ。だがこの写真に写っているのは我が妻で、しかも魔女だ。


「このまま私、魔女のアイドルとして華々しくデビューしようかしら?」

「いや、それは困る。」

「何で?」

「……アイドルなんかになったら、私のマデリーンさんじゃなくなっちゃうようで、ちょっと嫌だな。」


 と言ったらマデリーンさん、私の腕に抱きついてきた。


「大丈夫だよ、ダニエル。あんたから離れたりしないから。いつまでもすぐそばにいてあげるって。」


 にこやかに私の腕にしがみつくマデリーンさん。ツンデレで少々面倒くさい妻だが、この笑顔を見ると改めて惚れてしまう。


 とまあ、特に目的もない散歩だったが、マデリーンさんにとっては収穫があったようだ。特に魔王のぬいぐるみが気に入ったらしい。魔王を抱く魔女と、帝都チキン味のポテチを持つパイロットは、家路についた。


 その途中、思わぬ人物に出会った。


 モイラ少尉である。とある家の前で1人、立っていた。


 彼女は確か教練所の横の宿舎に住んでいるはずだが、こんな住宅街に一体何の用なのか?


「あら?こんなところでお二人揃って、どちらへ行かれるのです?」


 我々を見つけて、モイラ少尉は声をかけてきた。


「今から家に帰るところですよ。モイラ少尉。」

「そうだ、モイラ!うちに寄ってかない?」

「え?ええ、そうね、いきたいところだけど、ちょっと約束があってですね……」


 モイラ少尉にしては、少し歯切れが悪い受け答えだ。何かあるな、直感でそう感じる。


「おまたせ、モイラ少尉!さあ行こうか……って、あれ!?ダニエル中尉!?」


 突然その家から現れたこの男、我が駆逐艦6707号艦の砲撃担当で、あの砲撃長の部下でもあるワーナー少尉だ。そういえばこの2人、同期だったはずだ。


「ちょ……ちょっと、ワーナー、急に出てこないでよ!」

「へ?いや、そんなこと言われても……痛たっ、あんまり押さないで!」


 ははーん、どうやらこれがモイラ少尉のお相手か。以前から誰かと付き合っているという噂はあったが、彼女が顔を赤くしているところを見ると間違いない。


 このワーナー少尉、真面目という言葉がぴったりな人物。それ故に、砲撃長からの信頼も厚い。おかげで、彼に対して期待をかけすぎているようで、よく怒鳴られる。それで一度、彼に相談されたことがある。


 さて、思いっきり付き合い相手を見られてしまったモイラ中尉は私に、言い訳を試みる。


「い……いや、中尉殿!実は彼の上司である砲撃長殿が、女性と歩いてるところを見たというんですよ!だから、一緒に探ってみようということで、彼を誘ってたんですよ!ほら、私、駆逐艦6707号艦の恋愛情報担当ですから!」


 自称「恋愛の達人」というだけあって、早速砲撃長の件を嗅ぎつけたようだ。だが、本当にそれだけだろうか?


「そういいながらさ、この男とデートに行くところじゃなかったの?」

「いや、マデリーンさん、違いますよ!」

「ほんとにぃ~?だって、私とダニエルが付き合い始めた時に、駆逐艦内での恋愛ノウハウを指南してくれたのはあんたじゃないの!あまりに詳しいから、付き合ってる人がいるんだろうなぁって、前々から思ってたのよ!」

「ううっ……」


 実際、私とマデリーンさんの関係を最初に察知し、接触してきたのはモイラ少尉だ。あの時は散々探りを入れられたが、今回はその時と逆の立場だ。


「……お2人とも、周りの人には言わないでくださいね。内緒ですよ、内緒!」


 普段は、まるで見透かした物言いをするモイラ少尉が、しおらしくなってしまった。


「うん、いいけど、別に隠す程のことでもないんじゃない?お似合いだよ、2人とも。」

「いや、恥ずかしいですよ、やっぱり。恋愛の達人が、恋愛してるなんて恥ずかしいじゃないですか!」


 そうか?よく分からない理屈だが、モイラ少尉にとってはそういうものらしい。顔はかつてないほど真っ赤だ。こんなモイラ少尉が見られるとは思わなかった。


「そういえば中尉殿、僕らですね、実は近々結婚することになったんです。」

「ええ!?そうなの!おめでとう!!」

「ちょ……ちょっと、ワーナー!こんなところでそこまで言わなくても……」

「いいじゃない、もう付き合ってるってばれちゃったわけだし。それに中尉にはかつていろいろと相談にのってもらったこともあるし、信用できるお方だよ?」

「う……まあ、そうだけどさ……」


 このやりとりを聞いていると、2人はもうずいぶんと親密な間柄のようだ。結婚するといってるくらいだしな、付き合いも相当長いのだろう。


「じゃ、じゃあ私たち、もう行きますんで。近いうちに遊びに参りますね、マデリーンさん。」

「いいわよ、今度、2人でいらっしゃい!」


 こうして、この若いカップルを送り出す。


 想定外の発見をして、ようやく家にたどり着いた。早速、今日の戦利品をリビングで並べてみた。


「なによ、このポテチは?」

「『帝都チキン味』だって。」

「はあ?チキンのポテチ?意味わかんない!」


 と言いつつ、帝都チキンマニアのマデリーンさんも気になるようだ。そこで早速、食べることにする。


 マデリーンさんは帝都で人気の紅茶を入れてくれる。先ほど買ってきた「魔王マグカップ」を使っていた。


 紅茶が入ったところでこのポテチの袋を開けると、マデリーンさんはすかさず一枚つまんで口に入れる。


「うーん、確かにあのチキンっぽいわね。でもやっぱり帝都チキンを名乗れるほどのものじゃないわよ、これ。」


 などとと文句をいいつつも、ぼりぼりとなかなかのペースで食べている。気付けば、あっという間に空になってしまった。これ、私が買ったポテチなんだが……結局私はほとんど食べることなく、大半が魔女の腹の中に納まってしまった。


 そこからは家にいて、テレビやスマホで各々コンテンツを見る。さっき買ってきた魔王のぬいぐるみを胸にかかえ、ソファーの上で足を組んでスマホを片手に動画を見る魔女。


 こんなだらしない格好をしているが、これでも生身の体で時速70キロを出せる伝説の魔女。そして、私の妻。でもこの通り、ホウキを持たなければ普通の人となんら変わりがない。なんだかとっても不思議な気分だ。


「ん?どうしたのよ、私の方をじーっと見ちゃって。」

「いや……なんでもないよ。」

「なによ、私に甘えたくなったんじゃないの?しょうがないわねぇ……」


 自意識過剰なところもマデリーンさんらしい。その言葉に甘えて、魔王のぬいぐるみを奪い取り、私はマデリーンさんの胸元に飛び込む。


 こうして、何でもない一日が終わる。今日の収穫は、モイラ少尉のお相手がわかったことか。しかも、結婚の予定まであるという。恋愛の達人のわりには堅実な相手だったのは意外だが、どうやらモイラ少尉もうちのご近所さんになりそうだ。

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