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#55 ダニエルの奮闘

私は今、宇宙空間にいる。駆逐艦の中だ。


しかも、私が艦長席に座って航行中だ。


これは出来たばかりの地球(アース)760の防衛艦隊所属、駆逐艦0972号艦。いつもの6707号艦ではない。


つい3ヶ月前に就役したばかりの新造艦で、今私はその船の艦長ということになっている。


実はこれ、佐官クラスの研修の一環で行われる指揮官演習。私が艦長となって、この艦を運用する。


乗っているのは地球(アース)760の防衛艦隊の皆様。新造艦と新たに配属された乗員の慣らしを兼ねての訓練航海だ。


マデリーンさんはお留守番。だが、今回からカロンさんもいる。2週間ほどの航海だから、こういう時は彼女がいてくれて助かる。


さて、宇宙空間に出て駆逐艦がやる訓練といえば、艦隊戦訓練。と言っても、砲撃訓練は別途行うので、ここでは実弾を撃たずに、シミュレーションと艦の動きから判定する訓練だ。


1個艦隊同士の撃ち合いを想定した艦隊戦で、果たしてこの船をうまく誘導できるかどうか?という訓練が行われた。


私自身はすでに3回の戦闘を経験済みだが、私はその時艦橋にいて指揮を見ていたわけではない。戦闘時の艦の運用というのは全くの初体験だ。


ここにいる乗員も、正式要員ながら練度の低い乗員ばかり。果たして無事生き残れるのか?


「敵艦隊捕捉!距離31万キロ、接触予定時刻まであと5分!」

「総員、砲撃戦準備!」


さーて…とうとう始まってしまった。訓練とはいえ、初の戦闘指揮だ。


そして、あっという間に敵さんは射程内に入る。


「敵艦隊まで30万キロ!リーダー艦より砲撃命令!」

「よーし!砲撃戦用意!装填開始!」

「装填開始!…完了しました!」

「よし!撃てっ!!」


結論から言うと、2発目を砲撃する直前に、撃沈されてしまった…


「駆逐艦0972号艦、開始2分で1バルブ砲撃が直撃。判定、撃沈…」


シミュレーターの機械的な判定結果が送られてきた。


この砲撃訓練、結構判定が厳しいとは聞くが、いくらなんでも2発目で撃沈はダメ過ぎだろう…つくづく自身の指揮の悪さに落ち込んでしまった。


「艦長殿が悪いのではありませんよ、我々の連度が低すぎるのです。まだ10日以上はあるんですから、頑張りましょう!」


とはこの艦の砲撃長の談。いや、あなた方はちゃんと動いてますよ。バリア展開の判断を誤った私のミスです。


さて、一日目にしてこれだ。先が思いやられる。私は艦長などやらないのが正解だろうな。せいぜい航空隊指揮がお似合いだ。心からそう思った。


訓練を終えて、各担当科長とブリーフィング。それが終わって食堂に向かう。


食堂では、今回知り合った航海士のトビアス大尉と一緒に食べる。


「いやあ、ダニエル少佐殿。貴殿とこうして同じ艦に乗れるとは思いませんでした。」


トビアス大尉は王国出身の28歳。とある男爵家の次男で、王都宇宙港に併設された教練所の訓練生第一期生。成績は優秀、いずれ昇進して艦長になること間違いなしの人材である。私なんぞとは全然違う。


そのトビアス大尉、どこで聞いたか私の経歴を知って、なにやら感銘しちゃってるらしい。


「いきなり右も左もわからない異星での接触を見事成功に導かれた。さすがは男爵位を賜っただけのことはあります。おかげさまでこの王国も、他国に先んじて人材を輩出できる国となりました。感謝の念に堪えません。」


この星の最初の接触、確かに私は成し遂げたが、かなり運任せな所はあったような。でも、おかげで王国が帝国よりも先んじて人材育成が始まったことは確かに事実だ。もしあの時私が交渉のきっかけを作っていなければ、王国での進宙事業は数か月以上は遅れていたかもしれない。


「そういえば少佐殿は、奥様が魔女なんですよね。あの王国最速の、雷光の魔女と言われた方だそうで。」

「はい、そうですよ。」

「先日陛下より、一等勲章を授与されたとか。夫婦そろって王国の発展に寄与されるとは、うらやましい限りです。」

「まあ、偶然ああいう事態に陥ってしまったからね。そんなに大したことをしたわけではないですよ。」

「いえいえ、少佐殿にはもっと胸を張っていただかないと。我々はその栄光に乗っかっているだけです。こうして星の海に乗り出すなど、2年前の自分には考えられませんでしたから。」


そう、トビアス大尉は次男坊。つまり、家督相続の資格がない。部屋住みで一生を終えるのが嫌だったので、帝都に行き学問を学び、手に職をつけて自立しようと考えていたらしい。そんなとき、我々が出現して宇宙艦隊要員の募集を始めた…


で、成績優秀なこの男爵の次男は、いきなり大尉に昇進である。部屋住みで一生を終えることを思えばまさに天と地の差。兄上は国に貢献し、自分はこの星に貢献する。そういう誇りを持てたことが、このトビアス大尉にとっては嬉しくて仕方がないようだ。


それまでの王国貴族の次男、三男というものは悲惨だったようだ。芸術や事業などで成功する者は本当にごく一部、部屋住みになって一生遁世したり、農奴階級に落ちて畑を耕す一生を迎えるのはまだましな方で、下手をすると借金に追われて自害に追い込まれたり、帝都の貧民街に身を寄せる者までいたという。


そこへ行くと、安定的でかつ身分と誇りが保障されるこの軍人という職業は、今貴族の間で最も注目されている職業だそうだ。


もっとも、皆が志願してくるわけではない。何せ体力勝負なところでもあるし、場合によっては命の危険と隣り合わせな職業だ。誰だってなりたがるものとは言い難い。


とはいえ、選択肢がほとんどない以前の状況から考えれば、これでも大きく前進した。トビアス大尉は満足している様子だ。


敵さえ攻めてこなければ、比較的快適な職場だ。訓練や哨戒任務は大変だが、身分は保証される。


で、このトビアス大尉。今は結婚相手を探しているそうだ。ようやく大尉という安定した身分が得られたため、結婚して身を立てたいそうで、私にいい人がいないかと聞いてきた。が、あいにく今はいないなぁ…いても、あまりまともな人と知り合ったためしがないので、お勧めしがたいかなぁ。


翌日もまた砲撃戦訓練。今度は30分持った。が、その翌日は3発目装填時に撃沈。やっぱりちょっと、厳しすぎやしないか?このシミュレーター。


こんな調子で10日がたち、戦艦に寄港することになった。


我々が立ち寄る戦艦「アドミラル」は、この星の最初に就役した戦艦。帝国の対外呼称にも使われている大陸の名前が付けられた戦艦だ。


その戦艦に補給のため立ち寄る。いつも通り戦艦にアプローチしてドッキング…なのだが、今回この号令を私自身でかけなきゃいけない。


「面舵2度、両舷前進最微速。」

「艦長、戦艦アドミラルより入電!11番ドックに入港されたし、です!」

「了解した。両舷減速、俯角2度。」


私は哨戒機しか乗りなれていないが、そんな感覚でも駆逐艦というやつは扱えるものだ。今でも、中型の輸送船の船長くらいならやれそうだ。


戦艦には順調にアプローチ、そしてドック接続。


「達する。艦長のダニエルだ。これより艦隊標準時2100から翌0600までの9時間、戦艦アドミラルへの乗艦を許可する。指定時刻の30分前までには帰艦するように。」


艦内放送が終わると早速戦艦内へGo!…とならないのが艦長という立場の悲しいところ。私は補給係に艦内の補給作業を委任し、残存する乗員に声をかけた後、1時間近くしてからようやく戦艦の街に向かった。


ようやく戦艦内の街に到着。ここではネットが使えるため、マデリーンさんにメールを送る。


返事が返ってきた。写真が添付されていて、マデリーンさんとカロンさんの2人が写っていた。ほかにも、アリアンナさんやペネローザさんとの写真もある。場所はあの魔女グッズ専門店だ。それにしても、私がいないのになんだか楽しそうだな。


私は一人寂しく街の中をうろつく。この戦艦も新造艦ということもあって、中はまだ新しい。街もきれいだ。飲食店もたくさんあるが、私は一人だったこともあり、牛丼屋に向かう。


独り身ならここが一番お手軽だ。そう思った他の乗員もここに集まっているようだ。


そこにはラナ准尉という女性士官がいる。彼女は王国出身のレーダー担当で、教練所の第二期生だ。


ちょっと話し方が硬くて、やや近寄りがたい印象の女性だ。私がレーダーと聞けば思い出すのはモイラ少尉だが、全然違う性格をしている。


それにしても、女性士官が独り身で牛丼屋だなんて…なんだかちょっと心配になるなぁ。ちょっと声をかけてみた。


「ラナ准尉。お一人?」

「これはこれは艦長殿。何かご用でしょうか?」

「いや…ラナ准尉が一人で牛丼屋にいるものだから、どうしちゃったのかと思ってね。」

「補給にはこの店が最も効率的です。ただ、それだけです。味など求めてはおりません。」


この調子だ。近寄りがたいと言われるのは、分からないでもない。


「艦長、せっかくお会いしたので、お話があるんですが。」

「えっ!?話し!?」

「昨日の演習時に、レーダーサイトの端にノイズが生じまして…」


ああ、仕事の話をはじめちゃったよ。あの、こういうところでの息抜きというものも大事ですよ、ラナ准尉。


ところでこのラナ准尉、この性格形成にも寄与しているかもしれないが、実は波乱含みな人生を歩んでいる。


軍の人事情報ファイルによると、ラナ准尉はとある子爵家のご落胤で、つい最近までその子爵家で侍女をやっていたそうだ。


父親は子爵だが、母親はその屋敷の侍女。だがエドナさんとは違い、比較的ちゃんと扱われていたらしい。そこで学問や礼儀作法を学んでいたそうだ。


だがやはりご落胤というのは肩身が狭いのだろうか、子爵様に「王国やこの星に尽くしたい」と願い出て、王都の教練所に来たようだ。


側から見ていても、彼女はお仕事一筋。ただその分仕事は正確で、頼りがいのあるレーダー担当だ。


しかし、ちょっと真面目過ぎる気がする。なにか見失っているようで、危うく見える。大丈夫だろうか?


他にもいろいろな乗員がいる。元鍛冶屋で、ロレンソ先輩のように器用な人もいれば、アルベルト少尉やレーガンさんのように無口でよくわからない人もいる。駆逐艦6707号艦と似たような人物は、ここでもいるものだ。案外人間というのは、どの星、どの地域でもそんなに変わらない。けれども、ラナ准尉のようなタイプは初めてだ。


そんなことを考えていると、ようやくラナ准尉の話が終わった。その場で別れて、私は映画館に行く。


マデリーンさんが知らせてくれたが、まさに今日から魔王シリーズ22が公開開始だそうだ。どうせ暇だし、マデリーンさんやカロンさんに付き合うためにも話くらい把握しておこうと思って入った。


「勇者ケンタウロスめ!今日こそ貴様を葬ってやるわ!」


いつの間にかこのシリーズ、あの脇役専門だった剣闘士のケンタウロスが今回から主役に抜擢されていた。以前の勇者は、もう少し頭脳プレーを駆使していた印象だが、脳筋野郎が主役では力技の戦闘シーンが多い。


途中で、あの蜘蛛が出てきた。しかも大量に。どひーっ!やめてくれー!と叫びそうになった。その大量の蜘蛛をばっさばっさと斬り捨てる脳筋勇者。


で、ラストシーンを迎える。魔王のやつ、ここでまた駆逐艦並みのビーム砲を放つ。


ケンタウロスに直撃する。おい、どうすんだ!?物語が終わってしまうぞ!と思いきや、なんとケンタウロス、剣を振ってビーム砲を弾き飛ばす。そんなバカな!


で、そのまま魔王の首をかっさばいてエンディング。もう無茶苦茶だ、今回の話は。


マンネリ化してきたんで、パワーに頼った話にしたようだ。この路線、マデリーンさんのお眼鏡に叶うのだろうか?


エンドロールも全部見て、館内が明るくなった。出ようと思ってふと2列前を見ると、そこにはラナ准尉がいた。


どうやら涙を流している様子。この映画、泣くほど感動するか?普段は無表情なラナ准尉の、意外な一面を垣間見てしまった。


顔を合わせたらバツが悪いのでこっそり抜け出そうとしたのだが、見つかってしまった。


「あ…ダニエル艦長…」


結局2人で外に出る。カフェの前あたりで、私は急にラナ准尉に詰め寄られる。


私の前に立ち、顔を見上げてくるラナ准尉。仮にも貴族の血筋で、わりと美形なこの娘が急に目の前に迫ってきたものだから、私は思わずどきっとした。


「艦長!」

「は、はい!」

「艦長にお話があります!」


なんだ?また仕事の話?


「あのですね…その…」


なんだか急にモジモジしだした。まさかとは思うが、私に気があるなんてことを…


「あの!私!艦長の奥様、マデリーン様に会わせて頂きたいんです!」


…ないですよね。そんなドラマみたいな展開。正直、がっかりしたような、ホッとしたような。なんだ、マデリーンさんに会いたいんだ。


それならと、私は彼女に家の場所を教えた。休日ならいつでもいいよと言っておいた。


敬礼するラナ准尉、私も返礼で応える。それにしても、彼女もマデリーンさんのように筋金入りの魔王シリーズオタクだってことなんだろうか?マデリーンさんへ興味があるのも、きっと魔王を倒したというあの話があるからだろう。


で、私はまたひとりぼっちになる。私はお土産コーナーに向かった。


戦艦にお土産コーナーというのも変だが、就役したばかりのこの戦艦、王族や貴族、そして平民階級にも話題らしくて、ここを訪れる人々が多いそうだ。


そういえばこの艦に、民間船が横付けされていたが、あれは観光船らしい。


軍務よりも観光名所的な使われ方をしている戦艦アドミラル。そんなわけで、お土産コーナーなんて場所が作られていた。


ということで、私もマデリーンさんとカロンさんへのお土産を買う。


ちょっと面白いものを見つけた。魔王シリーズ17の魔王のぬいぐるみがあったのだ。


ただの復刻版ではない。頭上にマデリーンさんらしき人物が剣を突き立てている。これはやっぱり、あの話を受けて作られたものだろう。


写真に撮って、マデリーンさんに送る。すぐに返信あり、可及的速やかに購入されたし、だった。


これ以外にはミリア牛ハンバーグなどというものを見つけたので、3人分買って帰ることにした。


お土産も3人分必要になったことを改めて実感する。気づけばカロンさんも、すっかり家族のようになった。


で、予定時間の1時間前には帰艦する。補給終了を見届けるためだ。案外艦長というのは、やることが多い。


予定時間30分前頃からぞろぞろと帰ってくる。私はモニター越しにその様子を見る。


艦内各科で点呼がとられ、全員帰艦したことを確認。ここでようやく、出港する。


「機関始動、船体ロック解除、駆逐艦0972号艦、発進する。両舷微速上昇。」

「機関出力3パーセント!ロック解除確認、両舷微速上昇!」


航海士のトビアス大尉が復唱する。艦はゆっくりと上昇、戦艦の無骨な岩肌から我が艦が離れていく。


徐々に上昇する駆逐艦0972号艦。新しい艦なので、機関音は少し軽くて静かな気がする。


「戦艦アドミラル、徐々に離れていきます。距離230、進路上に障害物なし!」


ラナ准尉が状況報告をする。さっき魔王シリーズを見て涙していた人とは思えないほど、いつもの無表情な顔に戻っていた。


翌日から訓練空域に戻り、今度は砲撃訓練だ。


朝から砲撃訓練を開始する。駆逐艦の砲で仮想標的である小惑星を狙い撃ちする。ただし、相手はランダムに移動するので、なかなか当たらない。


5時間ぶっ続けで撃ち続ける。私はこの訓練を航空隊として参加していたため、さほど疲労感はなかったが、艦長として参加したら、もうくたくたになってしまった。


ただ撃つだけならいいが、相手からも撃たれるというシミュレーターも稼働しての訓練。バリア展開のタイミングなどを逐一測る必要がある。


「1205標的よりロック!砲撃来ます!」

「砲撃中止!バリア展開!」


実践さながらの訓練だ。砲撃以外はシミュレーター上での判定だが、やはり実際の砲撃と組み合わせると嫌でも真剣さが増す。


結局、我が艦は撃沈7、被弾2という結果。これでも好成績な方だったらしい。


これでようやく訓練を終了し、翌日には帰還の途についた。


この艦での最後の食事。食堂でトビアス大尉に会う。


「お疲れ様でした。いやあ、厳しかったですね、この訓練。少佐殿はずっとこれを経験されて来たんですか?」

「私はいつもはパイロットだったから、もう少し気楽だったな。今回は本当に疲れた。早く家に帰りたい…」

「お疲れの様子ですね。でも、私も早く帰りたいですね。」


少し離れた場所で、ラナ准尉が一人で食事している。簡単な食事で、さっさと済ませて部屋に戻っていく。


マデリーンさんに会いたいというが、会ってどうするんだろうか?まさか仕事の話などしないだろうし、映画「魔王」シリーズの話をするためだけに我が家に来るのだろうか?でも、それ以外の話題を持っているとは到底思えない。


まあ、度量のあるマデリーンさんのことだ、きっと上手く相手をするだろうと思う。多分。


「少佐殿?どうしたんですか?ラナ准尉と何かあったんですか?」


あ…視線がバレたか。まずい、おかしな方向に勘ぐられては困るな。


「いや、ラナ准尉が妻のマデリーンさんに会いたいと言うんだ。いいよとは言っておいたが、いったいどんな話をするのかと思ってね。」

「ああ、なるほど、そう言うことでしたか。そうですよね、彼女、仕事以外に何をしているのかなんて、全く知りませんからね。正直言って、私は近寄りがたいです。」


嫁募集中のトビアス大尉からもこう言われてしまうとは、よほど負のオーラが強いようだ。やっぱり少し、ラナ准尉の行く末が心配だな。


あと7時間で帰港だ。それにしても、艦長という職業は実に窮屈だ。ずーっと艦長席に座ってなきゃいけない。一応8時間勤務が原則で、席を離れることもあるが、座ってる間は特にすることもない。ただ座ってるだけ。各種センサーの状況をモニターで確認するが、何もない宇宙空間では、変化することはほとんどない。


そういえば、艦長の間では電子書籍が流行ってるという話を聞いたことがある。こういう時に暇つぶしに読むようだ。


帰還途中で、私は訓練の成績を受け取った。意外にも私は、中の上ぐらいの成績だった。普段は中の下が多い私にしては思ったよりも好成績を得て、今回の指揮官訓練は幕を閉じた。


真っ暗な宇宙空間を数時間進んで、やっと地球(アース)760が見えてきた。


いよいよ大気圏突入、入港だ。艦橋内は急に慌ただしくなる。


「両舷減速、航路確認。」

「進行方向に障害物なし!進路クリア!」

「高度6万、艦外温度2400度!順調に降下中!」


艦の周囲は大気圧縮に伴って発生するプラズマに覆われている。バリアを使ってこれに耐える。


高度4万メートルまで降下すると、減速が終わってプラズマもなくなる。


宇宙港まであと30キロ。速力100で進む。


「王都宇宙港より入電。第47ドックに入港されたし、です。」

「了解した。進路そのまま!両舷前進最微速!」


いつもだと、この辺りくらいからマデリーンさんが飛んできて、レーダーが捉えて私がすごすごと甲板に出る…という恒例行事があるのだが、今は飛べないマデリーンさん。今日はそういうイベントはない。


ゆっくりと宇宙港に滑りこんで行く。指定されたドックの真上で停止して降下。


ガシャンという音が鳴り響く。船体ロックがかかった音だ。私は艦内放送で、任務完了を知らせる。これを聞いて、皆一斉に降りる。


さて私も帰るか…とはいかないのが、艦長の悲しいところ。全員の下艦を確認して、それから宇宙港の職員に船の引き継ぎをする。最後に宇宙港にある軍の事務所に出向き、航海記録を提出。これでようやく帰れる。


初の艦長業務で疲れてしまった。私はゾンビのようにうなだれながら家路につく。


「ただいま…」


玄関についた。


「お帰りなさいませ、ダニエル様。」


カロンさんがまず出迎えてくれた。続いて、マデリーンさんが出てきた。


「うわぁーん!やっと帰ってきたぁ!」


相変わらず激しいお出迎えだ。これをいつも甲板上でやってたんだよな。派手に抱きつくマデリーンさんに、カロンさんもドン引きしてる。


その日の夜は、戦艦のお土産コーナーで買ってきた「ミリア牛ハンバーグ」を食べることにした。考えてみればこれ、私の領地のミリア村でも同じものを売ってるだろうから、わざわざ宇宙で買うものじゃなかったよね。


そう思いながらも、2人の笑顔と共に食べたこのハンバーグ。久しぶりに心と身体があったまるのを感じる。ああ、やっと帰ってきたんだと、私は実感した。

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