表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/151

#51 魔王対魔女

2機の哨戒機は奥に進む。


「ねえ、マデリーンさん。この次はどういう展開なのさ?」

「あのね、賢者を救うんだよ。」

「賢者?ああ、そうか。この話ではもう一人、道を指し示してくれる賢者が現れるんだよね。確か、どこかに閉じ込められているんだったっけ?」

「そうよ、蜘蛛の腹の中にね。」


…あの、今、蜘蛛って言いませんでしたか?


そういえば、うっすらと思いだした。巨大な蜘蛛が出てきて勇者と戦うという、この魔王シリーズで私が最も嫌いなシーンだ。あれは、シリーズ17だったのか?


私は昔から虫が大嫌いだった。ゴキブリやムカデはもちろん、コウロギやバッタですら触りたくはない。


ましてや蜘蛛である。この映画に出てくるのは、体長4メートルほどの大きな蜘蛛。


全身黒い毛で覆われていて、赤い目が4つあって、毒針が付いた足が8本もある巨大昆虫だ。


これを映画館で見た時は、私は卒倒しそうになった。あれは3Dで見るものじゃない。


ましてや、実物の登場である。あのおぞましい姿を、わざわざ見なければならないのか?


「マデリーンさん、蜘蛛が現れたら、ビーム砲で撃ち抜いちゃっていい?」

「ダメよ!中には賢者が閉じ込められているんだよ?そんなことしたら、賢者が死んじゃうわよ!」

「じゃあ、どうすりゃいいのさ。他に武器はないよ。」

「簡単よ、この哨戒機で体当たりすればいいだけよ。」


なるほどね、さほど強い相手ではないし、哨戒機を2、3度ぶつけて気絶させ、腹をかっぴらいて賢者を助けて終了だ。


…って、どこが簡単だ!この哨戒機の窓一杯に、巨大蜘蛛がへばりつくってことじゃないか!


「フレッド機!この先にいる巨大昆虫に体当たりをかけてくれ!」

「やなこった!こっちはいろいろ忙しいんだ!第一、そういうのは勇者の乗った一番機の仕事だろう?」


何が忙しいんだ。こういう時にはほんと役に立たない。くそ、別のパイロットにお願いするんだった。


ゆっくりと奥に入っていく。


すると、目の前には白い糸で複雑に張り巡らされた巨大な蜘蛛の巣が立ちはだかる。


その奥に、タランチュラを巨大化したような風貌の、あの巨大蜘蛛がいた。


全身に寒気が走る。手のひらサイズの蜘蛛を見ただけでも卒倒しそうなのに、こいつは手のひらどころではない。私よりも数倍大きい、現実にはあり得ない巨大蜘蛛だ。


そいつがこの哨戒機を見つけて突進してきた。


「今よ!哨戒機をぶつけちゃって!」


簡単におっしゃるマデリーンさん。しかしそのおぞましい姿に、私は思わず後退してしまう。


「なにやってんのよ!前に進むのよ!前に!」


私の後ろで騒ぐ勇者。わかってんだって、私だって。だけど本能が、前進しようとする気持ちを阻むのだ。


「ここをクリアしなきゃ、前進できないわよ。わかってんの。」

「いや、分かってるつもりだけどさ…」

「臆病ねぇ!あんたさ、もし私があの蜘蛛に捕まったら、それでも逃げんの!?」

「そんなことはない!絶対に助けに行く!」

「じゃあ、あそこに私が捕まってると思って、前進してよね!」


そうだ、私は自身の全想像力を駆使して、あの蜘蛛の巣にマデリーンさんが囚われていると思うことにした。


白い糸に絡みつくマデリーンさん、手足の自由が奪われて、動けなくて助けを呼ぶことすらままならないマデリーンさん、今にも蜘蛛に捕食されようとしているマデリーンさん。


…いかんな、この光景、悪くないぞ。エドナさんもびっくりなプレイだ。


いやいや!今は喜んでる場合ではない!囚われたマデリーンさんを救うため(仮)、あのおぞましい蜘蛛と対決するんだった!


私は哨戒機を前進させた。またあの蜘蛛が出てきた。


今度はためらうことなく、私は蜘蛛に突進した。


哨戒機の前面ガラス全体に、あの蜘蛛の腹の部分がへばりつく。


一度ぶつかっただけではまだ足りないようで、奴はまだ動く。もう一度体当たりを仕掛ける。


昆虫嫌いの人には申し訳ないが、想像していただきたい。


ガラス越しとはいえ、体長4メートルもの巨大蜘蛛の、てかてかとなまめかしく光る黒い毛、その一本一本がぞわぞわと動いている。これを目の前で見せつけられるのだ。しかも、3度体当たりをしたため、これを3回も見る羽目になるというトラウマな展開だった。


多分、夢でうなされそうな光景を私は目に焼き付けてしまった。さっきまでのあられもないマデリーンさんの想像図など、一瞬で吹き飛んでしまう。


ともかく、蜘蛛は気絶した。地面に落っこちている。


「じゃあ、中をかっぴらくわよ!」


哨戒機を降りたマデリーンさん、先ほど手に入れた聖剣を蜘蛛の背中に突き刺して、まるで牛の丸焼きの解体ショーでもやっているような調子で、ザクザクと切り刻んでいる。


緑色の体液がどぼどぼと零れ落ちている。何とも言えない生臭いにおいが漂う。よく平気でいられるな、うちの勇者。ああ…早くこの場を立ち去りたい…


さて、映画の展開通り、中から人が出てきた。


賢者といっていたが、よく見ると女性だった。それも素っ裸ででてきた。


まあ、映画向けのサービス的な設定だったのだろう。おぞましい姿の蜘蛛から、凄い美人が現れる。見せ場としては悪くない展開だ。


だが、さすがに男の私がそこに立ち会うわけにはいかない。ここはモイラ少尉のお願いすることにした。


「ひええ!あの蜘蛛の死体の所に、行けとおっしゃるのですか!?」

「仕方ないだろう、私が行くわけにもいかないし。」


渋々向かうことになったモイラ少尉。恋愛の達人も、昆虫は苦手のようだ。


大きなタオルと、機内に一着だけあった替えの服を持って向かうモイラ少尉。生臭いにおいがたまらないのか、ふらふらしながらマデリーンさんのもとに向かう。


しばらくして戻ってきた。その女性賢者はまだ意識が戻らない。まあ、蜘蛛に捕食されたら、普通なら死んでるだろう。生きているだけましというものだ。


それ以上に、モイラ少尉の意識が飛びそうだ。もうかなりやばい精神状態になっている。


「はああ…もう当分緑色の液体が見られない…ほうれん草スープなんて飲めないよ…」


ワーナー少尉が心配してモイラ少尉を介抱している。申し訳ない、だが、仕方がない。相手が男だったら、私が行くのだろうが。


さて、モイラ少尉の精神を破壊寸前にまで追い込んだ甲斐もあって、女性賢者が目を覚ます。


「…ここは…」

「大丈夫よ!あなた、助かったのよ!」

「おお、そなたはもしや、伝説の賢者イシュタルではないか!?」


どうして初対面で、いきなりこの人の名前がわかるんだ?魔法使いさんよ。


「その通りです。私の名はイシュタル。数百年もの間、勇者の現れるのを待っていたのです。勇者はどこにいらっしゃいます?」

「私よ!王国最強の魔女にして勇者!マデリーンよ!」

「えっ!?あなたが勇者!?」


数百年って、ずーっと蜘蛛の腹の中で待ってたんだろうか?いや、そんなことよりも、勇者がマデリーンさんだということに驚いている。想定外の事態なのだろう。


「…失礼いたしました。では、あなたを魔王のもとに導きます。我々の指し示す方向に進んで…」

「知ってるわよ!まずこの先を右に曲がって、それから…」


やっぱり賢者要らなかったんじゃないのか?この人よりも、何度も映画を観てるマデリーンさんの方が詳しい。


ともかく、この先の迷路をイシュタルさん、いや、マデリーンさんの導きに従って進む。


迷路を抜けると、そこには1人の男が立っていた。


「あの男、あれは…」


このシーン、私もよく覚えている。あれは魔王の最高幹部の一人で、智を司るアロケルという悪魔だ。


確か勇者をさまざまな欲望で惑わし、危うく勇者を暗黒の闇の中に連れ込むところまで追い詰めた、そんな悪魔だったはずだ。


「マデリーンさん、この悪魔との対決、私が行ってもいいかな?」

「えっ!?いいけど、なんで!?」

「いや個人的に、こいつだけは叩きのめしたくてね…」


私は詐欺という行為が嫌いだ。お金を払わせておいて、何一つ金銭提供者に見返りを渡さないやつは、特に嫌いだ。


映画で観た時に思ったのだが、この悪魔のやってることは、つまるところ詐欺。どうにも許しがたいやつだ。


まさか本当に会えるとは思っていなかったが、こうして出会った以上、私の手で葬ってやりたい。


身体は黒く、よく見ると獅子のような頭を持っている。目は光っており、その目で相手に幻想を見せるのだという。


「クックック…来たか、勇者よ…我が名はアロケル。魔王様より、智性を司る者…」


しゃがれた大きな声で話しかけてくるアロケル。私は答える。


「私の名はダニエル、階級は大尉。地球(アース)401遠征艦隊所属の駆逐艦6707号艦のパイロット。勇者ではない。」

「えっ!?アース…401…パイロット?なんじゃそら?」


想定外の敵が現れて、この悪魔は困惑しているようだ。


「ゆ…勇者ではないのか!話にならん!勇者を出せ!」

「勇者ではないが、勇者の代理人だ。法的には私を勇者だと思っていただいて差し支えない。」

「くっ!」


こういう相手には、法だの規約だのを前面に出すと黙る。


「よかろう…ではお主に聞く。魔王様を倒すため、お主はここへ現れたのだろうが、魔王様のもとに居れば、素晴らしい世界が与えられるのだぞ?例えば…」


来た。この悪魔、最大の武器である幻想だ。


金、力、色の3つの欲望を刺激する幻想を見せつけて、相手を惑わす。


まずは「金」の幻想が私の頭に飛び込んできた。


広大な平地に、黄金の砂や石が無数に広がっている。見渡す限りの黄金。まさに金欲を刺激する絶景だ。


「どうかな?これだけの金があればあらゆることが思いのまま、魔王様につけば、ここにあるすべての金はお前のものとなるのだ。悪い話では…」

「断る!」


勧誘詐欺に引っかからないための3つの心構え、惑わされない、信じない、はっきりと断る。


具体的に、分かりやすく、きっぱりと断るのがポイントだ。


「バカか、こんなにたくさんの金があったら、取引市場での金の価格は暴落し、それこそただの石ころと同じ価値になってしまう。不要だ!」

「くっ…ならば、これはどうか!?」


今度の幻想では、大海原の真ん中にいる。


突然そこに巨大な大陸が現れて、さらに人々が作り出されていく。


これは「力」の幻想だ。


「どうかな?万物を生み出し、あらゆるものを作り出すことができる力、己が王となりたければ王国を、魔王となりたければ魔界を作り出せるこの力、手に入れてみたいとは…」

「不要だ!こんな力、生活に支障が出る。不便きわまりない!」

「くっ…やるな。では…」


今度は「色」だ。


要するに、全裸のお姉さんがぐるりと私の周りを囲んで、快楽の園へと誘い込む、そういう幻想だ。


ちなみに映画では、勇者はこの幻想にころっとやられる。で、危うく闇に堕ちそうになったとき、女神に導かれて我に帰る。そういう話だった。


だが、私にはすでに心のうちに女神がいる。外の女神など、必要ない。


「話にならないな!私には面倒くさいが愛しい妻がいる!こんな世界を実現されても、私は見向きもしない!」

「くっ!おのれっ!」


3つの欲望での誘いに乗らなかった私に、やつは最後の手段に出る。


剣を抜き、私に切りかかってきた。


だが、私は拳銃を取り出す。こいつは幻想術こそすごいが、それ以外は大したことはない。


「いまどきネット詐欺でももう少し凝った幻覚を見せてくれるぞ!己の不勉強を悔やむがいい!これで終わりだ!」


私は一発、発砲した。奴の頭を撃ち抜き、あっという間にその悪魔は倒れた。


マデリーンさんが哨戒機から出てきた。


「ダニエル!あんた、大丈夫だったの!?」

「ご覧の通りさ。なんてことない相手だった。」


私は余裕を見せる。だが、マデリーンさんがこんなことを言い出す。


「あんたさ。」

「なに?」

「まさかとは思うけど、3つ目のあの幻想、あれが観たくてこの対決に志願したわけじゃないよね!」


…ああ、そういう捉え方もできるな。いや、でも私はそんなつもりはない。一生懸命、マデリーンさんに言い訳しておいた。


で、ついにラスボスのいる、魔王の間に行く。


アロケルを倒すと、奥にある大きな扉が開いた。あの先に魔王がいる。哨戒機に乗り、奥へと向かう。


その奥で、ひときわ大きな物体が見える。


人型で、全身が真っ黒な衣装で覆われた、体長10メートルほどの物体。間違いなく、こいつが魔王だ。


太くて、身体の芯から恐怖を覚えずにはいられない極低音の声で、我々に話しかけてくる。


「よくきたな…愚劣な人間の勇者よ…我こそはこの世界を統べる魔王。数百年前、ここで戦いに敗れ…」


ここで魔王が滔々と昔話を語るのがこのシリーズの黄金パターン。この隙に、我々は攻撃態勢に移る。


「フォアグラ、キャビア両機で魔王攻撃に移る!撃ち方用意!」


両機の砲口が魔王を捉える。


「照準よし!充填完了!」

「よーし、撃てっ!!」


哨戒機2機から、青白いビームが放たれる。魔王の胴体部分に着弾した。


と同時に、魔王の体が吹き飛び、バラバラに飛び散る。


「やった!」


砲撃手のワーナー少尉が叫ぶ。だが、どうもあっさりしすぎている。私は、何か嫌な予感がした。


その予感は的中。なんと魔王の体が復元されていく。


「魔王はこの世界を統べる者、この世界が消えぬ限り、やつは死なぬ!」


そういうことはもうちょっと早く言ってもらえませんか?アレキウス殿。


「おのれ…魔王の話を最後まで聞かず、いきなり襲ってくるとは…無礼で卑劣な人間どもめ!なぶり殺してくれる!」


魔王がお怒りだ。まあ、どうせ結果は変わらないから気にすることはないのだが、初弾で撃ち漏らしたのは痛い。敵の反撃がくる。


「ところでマデリーンさん、この魔王ってどういう攻撃をしてくるんだっけ!?」

「ビームよ!無数のビームを撃ってくるの!」


は?ビーム?なんでそんな武器を使えるんだ?映画の世界では、剣と盾しか持たない勇者たち相手に、いくらなんでも卑怯だろう?


と言ってるそばから、魔王の攻撃が始まった。


2、30本ほどはあるだろうか?青白いビームが辺り一面に放たれる。


我々はバリアで対抗するが、間断なく攻撃を仕掛けてくる。


あんなの相手に、よく生身の体で挑んだな、映画版勇者よ。我々の哨戒機でさえ、近づくことすらできない。


影に潜んで発砲すれば、魔王の攻撃はしばらく止むが、すぐに復活して攻撃に転ずる。全くもって強すぎだ。誰だ!?こんな設定、考えたやつ!?


一時魔王の間を出て、アロケルの間まで撤退した。作戦を立てないと、太刀打ちできない。


「がはははっ!どうした!?愚かな人間どもよ!コソコソ隠れるとは、恥知らずなやつだ!」


なんとでも言え。最後に勝つために我々は撤退しただけだ。そんな挑発には乗らない。


さて、魔王の倒し方をアレキウスさんに伺った。


「魔王は倒せぬ!」


…あっさりと言いやがったよ、アレキウスさん。でも映画じゃあの魔王を倒してるんだが。


「ただ、魔王を封印することはできる。それがその聖剣の力なんじゃ!」


ああ、そういう役割だったんだ、聖剣って。でもまた復活するから、この魔王シリーズが終わらないわけなんだな。案外、厄介な設定だ。


ここで話を整理してみる。


魔王は死なない。が、勇者自身の手で聖剣を刺せば、魔王は封印され、活動を停止する。


だがあの魔王、我々もびっくりなビーム攻撃をしてくる。哨戒機では、接近もままならない。


マデリーンさんによると、映画では、イシュタルさんが放つ爆炎魔法で魔王の身体を傷つける。すぐに魔王は復活するが、その瞬間に魔王は攻撃を停止するため、その隙に懐に飛び込んだ勇者が、復活した瞬間の魔王に聖剣を突き刺す。


このとき、魔王に捨て身の攻撃を仕掛けてイシュタルさんは死んでしまうそうだ。それじゃあ、イシュタルさんにやってもらうわけにはいかない。


魔王の攻撃を一瞬止めることなど、我々の哨戒機の攻撃でも可能だ。


そこで、私は作戦をたてる。まず我々の機が魔王の注意を引き寄せている間に、フレッド機が魔王を攻撃する。


だいたい2、3秒魔王の動きが止まるから、その隙に魔王のそばまで接近してマデリーンさんを下ろす。


マデリーンさんはそのまま、魔王に聖剣を突き刺す。


これで終了、のはずだ。


マデリーンさんに危険が及ぶが、致し方ない。勇者である以上、この世界のため、我々駆逐艦10隻、戦艦1隻のため、やってもらうしかない。


「ごめんね、マデリーンさん。この映画を観たときには、魔王が攻めてきても我々がすぐに倒すって言い張ったのに、マデリーンさんに頼る羽目になるなんて…」

「いいわよ。勇者だもん。やってやるわよ、あんな魔王。」


強気で話すマデリーンさんだが、やはりちょっと無理をしている気がする。表情が硬い。


この世界のあらゆるものの運命が、普段魔王シリーズを観ているだけの魔女の肩にのしかかってしまった。早くこんなこと終わらせて、普段の可愛くて面倒くさい魔女に戻って欲しい。


作戦が開始された。私の哨戒機が離陸する。


「卑怯なやつ!そんな荷馬車のようなものに頼らねば、わしに近づくこともできぬか!?」


挑発してくる魔王。なんとでも言え、ゴタゴタ言えるのは今のうちだ。


手筈通り、フレッド機が魔王に攻撃を加える。魔王の胴体に穴が空き、攻撃が止む。


「今だ!前進!」


私の哨戒機を一気に前進させる。そして、マデリーンさんを下ろす。


マデリーンさんは魔女用スティックにまたがり、聖剣片手に飛び出した。


が、次の瞬間、魔王の攻撃が再開した。


早い、予想以上に早く復活してしまった。私は哨戒機をマデリーンさんの前に移動する。


哨戒機に魔王のビームが2、3発当たるが、外装をかすっただけで済んだ。なんとかマデリーンさんは後ろに回り込んだ。ここで、バリア展開。


「はっはっはっ!愚かなり人間ども!このまま、なぶり殺してくれるわ!」


強烈なビーム攻撃が魔王から発せられる。やばい、一旦後退だ。


だが、マデリーンさんに言葉を伝えるすべがない。前にも後ろにも動けない。どうする!?


そのときだった。


マデリーンさん、なんと魔王の真上に移動していた。


「思い出したわ、魔王の弱点!」


何を言ってるんだ!?マデリーンさん、そんなこと言ってる場合じゃないのに、何を呑気に魔王に話しかけてるんだ!?


「魔王、あんた!どのシリーズでも、何故だか真上に攻撃するところを見たことがない!つまりあんた、頭上に立たれるのが苦手なのよ!」

「ぬぅ!?」


あれ?魔王がひるんだ。そ、そうなんだ、魔王って真上が弱いんだ。


「どうよ!私を撃てるかしら!?」


自信満々のマデリーンさんを、魔王がなんとか撃とうと体勢を変え始めた。


魔王自身が上を向けば撃てるだろう。が、魔王ってのは硬い鎧を身にまとっているためか、まっすぐにしか立てないようにできていて、上が向けない。


いっそ後ろに倒れて仰向けになってしまえばいいのだが、今度はカッコ悪い。それに魔王って、倒れたら自分で起き上がれるのだろうか?


結局、真上にいるマデリーンさんを撃つことかなわず、下で罵り続ける魔王。


「おのれーっ!やはり人間どもは卑怯だ存在だ!勇者としての誇りがあるなら、正々堂々と勝負しろ!」


さっきまでビームを四方八方に撃ち放ってたやつがどの口で言うかと思うのだが、マデリーンさんはますます調子にのる。


「魔王、私に封印されるまでのわずかな時間、覚えておいてちょうだい。私は王国最強の魔女!」


マデリーンさんは剣を真下に向けた。


「そして勇者、マデリーンよ!!」


思い切り真上から、魔王に聖剣を突き刺すマデリーンさん。魔王が断末魔をあげる。


「ぐあああああっ!」


みるみる石に変わっていく魔王。あっという間に、魔王の形をした像のようなものができた。


戦いは、終わった。


マデリーンさんはゆっくりと地面に降りる。私も哨戒機を着陸させる。


「おお!勇者殿!見事じゃ!」


アレキウスさんにイシュタルさん、そしてケンタウロスさんが駆け寄り、マデリーンさんを抱きしめる。


夫がすぐここにいるというのに、あまり気持ちのいい光景ではないが、映画でもこういう終わり方だったから仕方がない。


陽の光が差し込んできた。暗い雲が晴れて、太陽が現れたのだ。


って、ここで気づいたけど、魔王のいる場所って、地下迷宮じゃなくて外に面していたんだ。こんなことなら駆逐艦に連絡して、もっと増援を呼ぶんだった…


「勇者殿の活躍は、我々の間で語り継がれるであろう…ありがとう、勇者マデリーンよ!」


ちょうど映画なら、エンドロールが流れてるところだ。手を振るマデリーンさん、立ち去るアレキウスさんにイシュタルさん、そしてケンタウロスさん。


それにしても、アレキウスさんは序盤で魔法を放ったけれど、それ以外の人達は結局何もしなかったな。


何もしなかったと言えば、ローランド少佐とイレーネさんが一緒にいるはずなのに、妙におとなしかった。何をしていたんだろう?


気になって二番機に行ってみた。


「おい!魔王が倒されてしまったではないか!どうしてくれるんだ!」

「しょうがないだろ、上手く行ったんだから、それでよしということに…」

「馬鹿者!それでは意味がないではないか!どうして聖剣の場所に私を行かせてはくれなんだのか!?」


フレッドに聞くと、どうもマデリーンさんが聖剣を抜いたあたりからずっとこの2人は夫婦喧嘩をしているらしい。


マデリーンさんが聖剣を抜いて勇者になったと聞いた途端、どうして自分にやらせてくれなかったんだとイレーネさんがゴネ始めたのがきっかけらしい。それからずっとローランド少佐と言いあってるそうだ。


アンリエットさんが一生懸命仲介してるらしいが、なかなかおさまらない。全く、そんな暇があったら、少しは手伝って欲しかった。


こっちの戦いはまだ終わらないが、我々の戦いが終わったことを告げる連絡があった。


「クレープよりタコヤキへ、ワームホール帯を捕捉、これより全艦ワープに入る。直ちに帰投されたし。」


こうして、我々はこの異世界から脱出する。


「次元トンネル通過完了!周囲に艦影、及び平面なし!大気圧はゼロ、白色矮星を確認!通常空間です!」


駆逐艦内の全てのセンサーは、通常の航路に戻ったことを示していた。


ところで、私の哨戒機は大変なことになっていた。


あの蜘蛛の毛がところどころ付着し、ビーム攻撃による損傷が数か所あり、あちこちが黒焦げで見るもおぞましい機体に様変わりしていた。ここでは部品が足りず修理不能なため、地球(アース)760で修理することになった。


さて、16時間も道草を食っていた我々だが、そこからは異世界に飛ぶことなく、予定通り地球(アース)760に着くことができた。


さて、帰還してからも、我々にはあの出来事がつきまとう。


艦隊司令部が、この空白の16時間の調査のため、我々を呼び出してきた。


駆逐艦10隻と戦艦1隻の全ての乗員が、異世界に飛ばされた時の様子を語った。


単なる集団で同じ夢を見たというわけではなく、映像や各種センサーの記録もある。2000万キロに広がる平面、草木や山々に、ドラゴンやゴブリン、オークの群れの映像も残っている。


まるで映画のような映像だが、我々が直面した現実である。特に私の哨戒機に残る記録映像は、まさしく映画の中の世界である。


私だけでなく「勇者」となったマデリーンさんも一緒に呼び出された。私は起こったことを淡々と、マデリーンさんはいつものように中二病臭い調子で報告した。


ところで、我々が抜けてきたワームホール帯は、もう存在しなかったらしい。あの世界への道は閉ざされてしまったようだ。


結局、謎のままこの空白の16時間の件はまとめられ、連合の総司令部に報告されたそうだ。


この事件をきっかけに、一つだけ変わったことがある。


「私は王国最強の魔女!そして勇者マデリーンよ!」


マデリーンさんの肩書きが少し長くなった。


いつの頃からか「最速の魔女」が「最強の魔女」に変わっていたことも気がかりだったのだが、今回の件で本当に「最強」を名乗っても差し支えない実績を作ってしまった。魔王を倒した訳だし。


さて、この件では、とある専門家がこんな仮説を唱えている。


人間が想像したもの、小説や漫画、映画にアニメ、これらのものは元々この世のどこかに存在しているという説だ。


我々が迷い込んだ世界は、まさにその世界だというのだ。


にわかには信じがたいが、実際にそこへ足を踏み入れた者として、この説は信じざるを得ない。


だが、あんな思いはもう二度とごめんだ。巨大な蜘蛛、魔王との対決、あんなにはらはらする思いは、もうしたくない。そう思う今日この頃だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ