#50 勇者爆誕
「災害」は消滅した。人間の軍勢も多くは無事だった。
ここで我々は一旦、駆逐艦6710号艦に集まった。
この場には小艦隊司令部の参謀達にローランド少佐、私、そして、状況が状況だけに魔王シリーズに詳しいマデリーンさんと、剣の道のことなら詳しそうだという理由で呼ばれたイレーネさんも入って、ブリーフィングが行われた。
まず、この世界は映画「魔王」シリーズ17に基づいた世界であることが、これまでの事実より判明している。
この映画を確認できればいいのだが、戦艦の街にもすでにこの映画のデータは残っていない。2、3か月で新しいシリーズが出てくる映画だから、1年前の映像なんてすぐに消されてしまうようだ。
加えて、我々はこの世界に閉じ込められてしまったことも報告された。
「閉じ込められたって、どういうことですか?」
「ワームホール帯が見つからないんです。この空間から抜けようにも、ワープできません。このままじゃ抜けられないんですよ。」
参謀からの報告だ。困ったことだ。いったい、どうすればいいのか?
「魔王よ!魔王の仕業に違いないわ!魔王を倒さないと、私達ここから出られないんだよ!」
マデリーンさんがそんなことをおっしゃる。
「いくらなんでも、それはないでしょう。」
「魔王ってのは、この世界を統べる存在よ。多分そのワームホール帯ってのも魔王が覆い隠してるのよ、きっと。」
確かに、魔王を倒したら元の世界に帰れたって話もあったよな。そういう存在なのだろう。
「ということは、魔王を倒さないと出られないということになるな。どうしたらその魔王を倒せるんだろうか?」
「ええっ!?ローランド少佐までそんな話を信じちゃうんですか?」
参謀の一人である若い中尉が、ローランド少佐に向かって叫ぶ。
「信じるも信じないも、この世界の常識で考えるしかあるまい。我々の周囲で起こっている事象は、全てその映画の出来事なのだから、その映画を基準に進むほかないだろう。」
これはローランド少佐が正しい。常識で考えてはダメな状況だから、発想を切り替えないといけない。郷に入らば郷に従え。かなり特殊な環境だが、敵を知れば危うからず。なんとかなりそうだ。
ということで、魔王討伐隊が組織された。
シリーズ17は、山中にある迷宮の奥に魔王がいるという話だ。だがその迷宮の通路は大きな魔王が歩けるように作られているためかなり大きく、哨戒機なら入れるサイズだという。
そこで、哨戒機2機で迷宮内に突入することにした。
まず1機目だが、これには私とマデリーンさん、モイラ少尉にワーナー少尉、そして魔法使いのアレキウスさんと剣闘士のケンタウロスさんが乗る。
2機目には、フレッド中尉とアンリエットさん、ローランド少佐とイレーネさんが乗り込む。
まずは映画でも出てきた賢者を探しだし収容する。賢者である魔法使いが死ななかったから別にいらないかもしれないが、どこかに閉じ込められているという設定だったから、放っておくわけにはいかない。
続いて勇者だ。どこにいるかわからない。だが、聖剣が刺さっているという玉座の間とやらに行けばいるかもしれないとのこと。
そして、魔王を倒す。聖剣を使って倒すというのが映画での展開だが、魔王も「災害」認定された。手段は問わない。いかなる手を使っても、とにかく倒す。そういうことになった。
だったら直接魔王のところに行けばいいような気がするが、もしかしたら一連の行動を取らないと魔王が現れないかもしれないという懸念から、あえてここは映画のプロセスをたどることにした。
こうして、魔王討伐隊は出発する。
「私も行ければよかったんですけどね。成功をお祈りいたします。」
「ええっ!?危ないよ~、ハインに何かあったら私、どうすんのよ~!」
ハイン少尉とロージィさんが出迎えにきてくれた。しかし、相変わらずこの魔女はよく泣く。
「こちら魔王討伐隊一番機!以降、フォアグラと呼称!これより作戦を開始します!」
ちなみに一番機がフォアグラ、二番機がキャビア、討伐隊限定のコールサインだ。
「あ~あ、なんで俺がこんな鈍い哨戒機に乗らなきゃいけないんだよ~」
フレッドがいちいちうるさい。仕方ないだろう、複座機では人が乗れない。それにドッグファイトをする必要がない。魔王との戦いは運搬能力だよ、フレッド。
さて、山のふもとについた。ここにいかにも迷宮の入り口ですっていう感じの門構えがある。
ゆっくりと進入する哨戒機2機。ここでマデリーンさんに確認する。
「マデリーンさん、入り口付近ではどういう敵が現れるの?」
「そうねぇ、たしか雑魚ばっかりよ。オークとかスライムとか、そんなのが襲い掛かってくるのよ。」
なるほど、映画の序盤からいきなり強敵は現れないようだ。
「フォアグラよりキャビアへ、これより先、しばらくバリアシステム起動!」
「キャビアよりフォアグラへ、なんでよ!?」
「雑魚がいっぱい出てくるそうだ。面倒だ、強行突破する。」
言ってるそばからたくさんのオークやゴブリン、そして天井からスライムが落ちてきた。
次々にバリアの餌食になる魔物ども。機体の周囲で次々に焼けて吹き飛んでいく様を見るのはあまり気持ちのいいものではないが、彼らは「災害」だ。最小限の労力でここを切り抜けさせてもらう。
しかしこれが映画化されたら、おそらくつまらない場面だろう。まるで見せ場がない。こういうところは本来、勇者が次々に倒してこその場面だ。
そんな雑魚ゾーンを難なくクリアする我々。ようやく、敵の攻撃がやんだ。
すると今度は、ぽっかりと空いた大きな空洞に出た。マデリーンさんに聞く。
「ここは確か…そうだ!オーガが出るのよ、ここ!」
「オーガ?なんだっけ、それ?」
「オーガというのはね…」
マデリーンさんが説明しようとした途端、説明が不要になった。
目の前に、そいつが現れたのだ。
青い皮膚に大きな牙、体長7、8メートルほどの筋肉質な大きな怪物が現れたのだ。
「敵性怪物、オーガを視認!撃ち方、用意!」
剣闘士のケンタウロスさんは打って出るというが、危なっかしい。ここは2機の哨戒機で迎え撃つことにした。
「撃てっ!」
哨戒機からビームが放たれた。
が、このオーガ、予想以上に俊敏な動きをする。あっさりとよけられた。
「ぐぁぁぁっ!」
手に持ったこん棒で殴りかかってくる。ここはバリアでしのぐ。
そのまま機体を前進させて、オーガ自身にもバリアをぶつける。
…が、なんということか、オーガは何事もなかったかのように立ち上がる。
「ダメよ!オーガは溶岩を浴びてもへっちゃらな怪物なのよ!バリアごときでは効かないわ!」
マデリーンさんが叫ぶ。そんなチートな設定、誰が考えたんだ!?
ということは、ビームを当てるしかない。が、装填時にはビーム発射口が光るため、発射タイミングを読まれてしまうようだ。
困った…我々の兵器が効かないぞ?どうすりゃいいんだ?
「フレッド!得意のドッグファイトで何とか倒せないか?」
「無理だよ~っ!こんな遅い機体で、しかもこんな狭い場所、あてられるわけないでしょ~っ!」
こいつは真剣になるということがないのか?そういう口調でしゃべっている場合ではないのだが…
とにかく、足止めできればいいのだが、どうやって止める?
ここは岩壁の空洞、天井には鍾乳石のつららが無数にある。特に大きいのが、右奥にある。あれを使えば…
「フレッド!あいつを右の壁際に追い込めないか!?」
「右?そんなことして、どうすんのよぉ?」
「いいから!」
「あいよ!じゃあ、いくわよ~!」
ふざけた野郎だが、腕は確かだ。今は奴に頼るしかない。
「ワーナー少尉!フレッドがオーガを右壁際に追いやった瞬間を狙って、あの天井にある大きな鍾乳石を撃て!」
「は、はい!」
その直後にフレッドの機がオーガの足元に攻撃し、やつを後ろのジャンプさせた。
壁際に追いやった。チャンスだ!
「目標、鍾乳石!撃てっ!」
天井めがけて私の哨戒機は発砲、見事大きなつららの根元に当たる。巨大なつららがオーガにのしかかり、奴は下敷きになった。
もがいているが、まだ動く。私は無線で叫ぶ。
「フレッド!今だ!一斉射撃で撃つ!」
「ええっ~!?動けない奴を撃つの~!?かっこ悪い~!」
「バカ!早く撃て!」
もう奴には任せられない、私はワーナー少尉に射撃を指示した。
青白いビームは、オーガの頭部めがけて放たれる。
奴の頭をビームが貫く。断末魔と共に奴はついに斃れた。
「お…終わったの!?」
マデリーンさんがつぶやく。そこには、頭がないオーガの死体が横たわるだけだ。ようやくこの場所は、静かになった。この場は何とか切り抜けたようだ。
「そういえば…この奥よ。」
「なにが?」
「いや、聖剣が置いてある場所。」
「えっ!?せ、聖剣!!」
まだ勇者がいないのに、聖剣のある場所にたどり着いてしまったようだ。
「どうするんだ!?勇者がまだいないっていうのに…」
「しょうがないじゃないの!でもほら、聖剣のある場所に勇者がいるかもよ。」
そんなわけないだろう…いたらこんなオーガ、とっくに倒されているはずだ。
とはいっても、一応確認してみることにした。聖剣のある場所というのはこのオーガのいる場所の奥の通路にある。
その奥の通路は、先ほど崩した鍾乳石のおかげでふさがってしまった。
落ちた時の衝撃で砕けているが、私の力ではびくともしない。ケンタウロスさんでもダメだった。見てくれは筋肉質ですごい力がありそうな剣闘士だが、案外この人、力がないな。
かといって哨戒機のビーム砲を使って砕くと、通路そのものをふさいでしまうかもしれない。
困った…こういうときペネローザさんがいたら、こんな石すぐに退けてくれるのだろうが、ここにはいない。
あ、いや、そういえばそれに近いのを連れてきてるんだった。
私は2番機に向かって歩いていく。哨戒機のハッチをノックする。
「2番機に何の用さ!?」
「アンリエットさんを連れてきてほしいんだが。」
怪力系二等魔女のアンリエットさんの出番だ。
「アンリエットさん、申し訳ないんですが、あの石をどかしてもらえませんか?」
「ええっ!?化け物の死体の真横にある、あの汚らしい石をどかせるんですか?嫌ですよ、私!」
拒絶されたが、あとでクレープを好きなだけおごると言ったら、ほいほいと石を飛ばしてくれた。ちょろい魔女だ。
これを見たケンタウロスさん、大いに驚く。
「なんですか…あの娘は…あんな華奢な体で、どこからあんな力が…」
説明してもよかったけれど、二等魔女の説明はややこしいからやめておいた。
私とマデリーンさん、それに魔法使いのアレキウスさんと剣闘士のケンタウロスさんの4人で向かうことにする。モイラ少尉とワーナー少尉は留守番、不測の事態に備え、2番機も待機。
その聖剣のある場所に向かって、首なしオーガの凄惨な死体の横を横切って進む。
「さっきから気になっとったんじゃが、お主らの武器はいったい何なのじゃ?」
「はあ、なんだといわれても、ああいう武器なんですよ。本来はもっと遠くから狙い撃ちするものなんですけどね。」
そんな会話をしながら、我々4人は「玉座の間」と呼ばれる場所にたどり着く。
目の前には階段があって、その上にはまさしく玉座がある。その玉座の前に、透明な材質でできた剣が一本刺さっていた。
「あれよ、あれ!あれが聖剣なのよ!」
マデリーンさんはすっかりはしゃいでいる。そりゃそうだろう。一度はこの世界に来て見たかったらしいから、願ったりかなったりだ。
マデリーンさんは早速その聖剣のある場所まで飛んでいく。それを見たアレキウスさんが一言。
「なんじゃ?あの娘、魔法使いじゃったんか?」
「はい、魔女ですよ。ただし、空を飛ぶだけですけど。」
残念だが、この世界の魔法使いのように爆裂爆炎な魔法が使えるわけではない。ハンバーグが大好きで、せいぜい王都から帝都までひとっ飛びできる程度の魔女だ。
「ダニエル~!スマホで写真撮って~!」
台座に突き刺さった聖剣の柄の部分に手をそえて、私に手を振るご機嫌な魔女。その剣を握るべき勇者がまだいないっていうのに、お気楽なものだ。
で、ポーズをとるマデリーンさんを何枚か撮影する。
「それにしてもマデリーンさん、大丈夫?その剣、抜けたりしないの?」
「大丈夫よ。この剣はね、勇者出ないと抜けないようになってるのよ。だから私が引っこ抜こうとしてもこの通り抜け…」
そう言いながら、マデリーンさんが剣に手をかけた、その時だ。
一瞬、剣先が青く光ったかと思うと、なんと聖剣が抜けてしまったのだ。
「おお!聖剣が、抜けた!」
アレキウスさんが驚く。
「ちょ、ちょっと!マデリーンさん!この剣って、勇者にしか抜けないんじゃなかったの!?」
「そ、そうよ、確か。だって映画ではケンタウロスが抜こうとしても抜けない場面があったから、勇者にしか抜けないってことになってるはずなんだよ。」
「いや、その通りじゃ!この剣はのぉ、古より伝わる言い伝えで、その時の王が魔王と対峙したときに…」
なんだか説法臭い話がはじまってしまった。かいつまんで言うと、何百年か前にも魔王が現れたが、時の王が作らせたこの剣で魔王を退治してしまった。で、ここに突き刺して、魔王が復活した折には再びこれを使うよう言い伝えを残したのだという。
ただこの剣、選ばれし者しか抜くことができない。この数百年の間何度も抜こうとするものが現れたが、誰一人抜くことはできなかったという。
当然、魔王はこの剣を抜くものが現れないよう手を打つ。それがさっきのオーガだ。だが、我々が倒してしまった。おまけにそれを抜くものまで現れた。
「…そしてついに勇者が現れた!天に在わす十七の神、地に宿る百八の神よ!勇者の誕生を祝し、我らに力を与えたまえ!!」
勇者マデリーンさんの誕生である。ここにマデリーンさんは魔王との対決を硬く心に誓った…
わけではなさそうだ。
「ちょ、ちょっと!なんで私が勇者なのよ!」
「いやあ、剣抜いちゃったし。」
「そんなこと言ったって私、剣術の心得はないわよ!?どうすんのよ、これ!」
こんなに狼狽する勇者も珍しい。とても映画では見せられない勇者だ。空を飛ぶ速度だけなら誰にも負けないけど、その程度の能力でさすがに魔王を倒せと言われても困るだろう。
だが、もはや引き返せない。勇者がほかにいない以上、何とかするしかない。
「マデリーンさん、行くしかないでしょう。我々には哨戒機もあるし、いざとなったら駆逐艦だってあるんだし、やるだけのことをやろう?」
「ええっ!?あんたさ、気軽に言うけど、そんな生易しいもんじゃないわよ!大変なのよ、勇者って!わかる!?」
嫌がる魔女…いや、勇者を連れて哨戒機に戻る4人。今さらじたばたしても仕方がない、マデリーンさんを全力でバックアップして、魔王を倒すしかない。
どのみち、誰が勇者でも我々のすることは決まっている。魔王の御尊顔を拝すや否や、高エネルギー砲で撃つ。それだけだ。一気にけりをつける。
「おかえりなさい。あれ?マデリーンさん、どうしたんです?その剣は。」
「あのね、聞いてよ~!もう最悪~!」
モイラ少尉に泣きつくように語り始めるマデリーンさん。あまりの覚悟のなさに呆れ果てるアレキウスさんとケンタウロスさん。
「だ、大丈夫かいの?あの勇者。」
「大丈夫だと思いますよ、あれでも戦場を駆け巡った経験はありますから、魔王を目の前にしたら多分何とかしてくれますよ。」
その場は適当に応えておいて、私はさらに奥に進んだ。
だが、次の戦闘が私にとって最悪なものであることを、このときはまだ知らない…




