#49 異世界への突入
地球769を出発し、地球760へと向かう我々遠征艦隊10隻と戦艦ニューフォーレイカー。
ほぼ半ばまで来ており、あと10日ほどで到着する予定だ。
私は今、艦橋にいる。次のワープはワームホール帯の集結地点、ワープ航路の交差点である白色矮星近傍に突入する。
この交差点という場所は厄介で、連合、連盟どちらの陣営の船も使っている場所。このため、しばしば敵艦隊と遭遇することがある。
その場合、情報収集のため哨戒機は直ちに発艦することになるため、パイロットである私は艦橋に控えていた。
「ワープ2分前!各部確認!」
艦橋内ではワープに向けての準備が進む。今度のワープは、一気に200光年を飛び越える大ワープとなるため、いつもより入念にチェックが進められる。
ただし、私自身は不測の事態に備えるためここにいるだけなので、何も出来ない。航海中、パイロットというのは案外やることがない。もっとも、パイロットが活躍するような事態というのはろくなことがない。私が暇だということは、この艦が平和だということだ。それはそれでいいことなのだろう。
さて、いよいよワープ航路に突入する。
「ワームホール捕捉!ワープに入ります!」
周りが一瞬暗くなる。いわゆる「次元トンネル」に突入したことをしめす。
ここを抜けると、その先は白色矮星がいるはずだ。そこに敵艦隊がいる場合もある。
すでに我々は防衛艦隊とも別れ、10隻プラス戦艦1隻だけの航海だ。こんな状態で敵と遭遇したらひとたまりもない。正直、逃げる他手はない。
などと考えていたら、次元トンネルを抜けた。緊張の瞬間だ。
「…あれ!?」
早速、レーダー担当が不穏な言葉を発する。何か見つけたのか?
「どうした!」
「いえ、何か変です。そんなはずは…」
「不明瞭なことばを発するな!状況を報告せよ!」
「はい…レーダー圏内に艦影なし!ただし、広大な平面が確認されています!」
「平面!?なんだそりゃ?」
「地面です。それもめちゃくちゃ大きくて、地平が確認できません!」
「そんなバカなことがあるか!もう一度確認しろ!」
我々の艦のレーダーは、周囲2000万キロまで探索可能だ。その範囲全てに地面があると言っている。ここにある白色矮星はそれほど大きくはない。いったい、何を捕捉したのか?
おまけに重力も確認された。ただし1G。ごく普通の重力だ。さらにここは大気もある。
よく見ると、ここは暗いが、宇宙空間ではない。黒い雲で覆われた空が見える。
それぞれの担当から、宇宙空間ではあり得ない報告ばかりが届く。気温23度、大気圧1気圧、重力1G、この艦の下1000メートルにある地表面は果てしなく広がり、草木まで生えている。そこはまるで惑星上のような様相だ。
戦艦ニューフォーレイカーの小隊司令部より、航空隊に発艦命令が出た。この地表面を探索せよ、というものだ。私は大急ぎで格納庫に向かう。
が、またそこにはあの面倒な魔女がいた。
「ちょっと!私も連れて行きなさいよ!」
「ダメだって、遊びじゃないんだよ?」
「わかってるわよ、でもさっきモニターで外を見てたら、ちょっと気になることがあるの。」
「なに、気になることって。」
「シリーズ17に、よく似てるのよ、ここ。」
なんのことだか分からなかったが、マデリーンさん曰く、ここは1年ほど前に放映された映画「魔王」シリーズの17番目の作品の世界によく似た光景だという。
この先に見える標高100メートルほどの山地。映画ではあの山地の麓で10万人の兵と魔王軍がぶつかるところから始まる。
…んだけど、ここは映画の世界じゃあるまいし、そんなことあるわけないだろう。
しかし、駄々をこねるマデリーンさんに負けて、結局また乗せてしまった。マデリーンさんは目がいいし、前回のように何かの役に立つかもしれない。
哨戒機発艦、とりあえず、他の艦の哨戒機に追いつく。
機内にはモイラ少尉とマデリーンさん、それに武器担当のワーナー少尉が乗り込む。モイラ少尉がレーダーで周囲を監視している。
しばらく飛ぶと、マデリーンさんが言っていた山地のあたりに到達する。
そこには、驚くべき光景が広がっていた。
人だ、それもたくさんいる。皆、甲冑を身につけて、山地の方に向かっている。
私もあの映画は見た。うろ覚えだが、確かに映画の冒頭にこんな光景があった。
そして、山地の向こうから現れるドラゴンの群れと、倍以上のオークとゴブリンの軍勢に全滅させられるという話だったはずだ。
まさか、これからそれが起こるのか?映画だぞ、あの話は。
すると突然、モイラ少尉が叫ぶ。
「レーダーに感!距離60キロ、不明機多数!速力60でこちらに接近中!」
まさか、本当にドラゴンの群れではなかろうな。一応確認することにした。
「タコヤキよりクレープ!不明機多数捕捉!映像をこちらに転送して欲しい!」
「クレープよりタコヤキへ、こちらでも捕捉した。直ちに転送する。」
しばらくすると、駆逐艦からの映像が送られてきた。
「た…大尉殿!?これは…」
黒光りした体表に、大きな羽根、トゲトゲしい頭部に尖った尻尾。これはどう見ても、ドラゴンだ。
しかも無数にいる。いったいここは、なんだ!?
「ちょっと!あれドラゴンよ!今から地上の軍勢を襲うところなんだよ!」
あと1時間で地上軍とドラゴンは接触することになる。いや、待てよ?もしこの展開が映画通だとすれば…
「タコヤキよりクレープ!気になることがある!本機は単独先行して、地上を探索する!」
「クレープよりタコヤキへ、了解。ただし、こちらの対応が決まるまで、不明機との接触は避けられたし。」
「了解した!」
私は哨戒機を地表近くに降下させる。
予想通りのものが見えてきた。地上軍の先、約20キロ。大量の魔物の群れが見えてきたのだ。
いわゆるオークとゴブリンというやつだ。オークは豚のような頭をして、ゴブリンは小さな鬼のような様相。皆武装をした状態で前進している。
本当にここは、映画の中のようだ。信じがたいことだが、目の前の事実を認めるしかない。
「タコヤキよりクレープ!地上にて軍勢発見!距離20!総数不明!手前の軍勢の倍以上の兵力かと思われる!」
まさに異世界での戦闘が始まろうとしているところだったようだ。一体なんなのだ?私は夢でも見ているのか?
とにかく、一旦後退することにした。ドラゴンの編隊がすぐ目の前だ。
あと40分ほどで、両軍が激突する。そこで我々は防衛規範に基づき、停戦行動に出ることになった。
どう見ても人間の側の軍勢が劣勢だ。だから、この軍勢をかばいつつ、威嚇砲撃を行うことになった。
駆逐艦10隻を人間の軍勢の先10キロまで前進させて、そこで一斉に未臨界砲撃をする。
音と光に驚いて、彼らは止まる…と思う。
人間よりも知能が低そうだから、この手の脅しがよく聞く相手だと考えられる。早速実行に移る。
我々は空中にて待機、外から駆逐艦10隻の様子を観察することになった。
駆逐艦10隻は高度100メートルにて、横一線に並んだ。
各艦の先端が青白く光る。その次の瞬間、砲撃が行われた。
雷を数十発落としたような音と、猛烈な青白い光が見えた。ビームは出ない未臨界砲撃だが、なにせ10隻だ。相当な威力がある。
山地で砲撃音がこだまする。我々は威嚇射撃の効果を確認するため、地上近くを飛んだ。
…あまり効果がないようだ。彼らは全身をやめない。鼻息を立てて、かえって勢いが増してしまったようだ。
上空のドラゴン編隊もまっすぐこっちに向かっている。残念ながら、威嚇射撃は無効だったようだ。
困った。一応ここは大気圏内、駆逐艦の主砲は使ってはならない場所。威嚇が効かないとなると、どうやってあれを止めるのか?
ここで小艦隊司令部より通達があった。なんと、防衛行動ではなく、災害行動に切り替えるというのだ。
つまり、今地上軍に迫っているのは、軍勢ではなく「災害」だという。
相手は人ではない。災害だ。だから、撃っても構わない。そういうことになった。
そういうことは、もうちょっと早く判断してほしい。すでに接触まで10分を切った。
ドラゴンの数は700。これを迎え撃たなくてはならない。しかも、あと10分だ。
このとき、私には一つの考えが浮かぶ。
「タコヤキよりクレープへ!意見具申!」
大気圏内では駆逐艦の砲は使えない。が、航空機隊の砲なら使用可能だ。
そこで、上空に展開中の哨戒機18機、複座機2機の計20機で陣形射撃を行うのはどうかと言った。
相手は700。ドッグファイトを仕掛けてどうにかできる数ではない。だから、航空機隊が横一線に並んで、一つ一つ狙い撃ちする。遠距離攻撃ができない相手に対し、味方の損害も最小限にできる攻撃法だ。
ドラゴン編隊も、ある程度数が減ってくれば、戦意を失い撤退するだろう。地道に撃ち続ければ、いつか勝機が見えてくる。
貴重な時間を3分かけて、この作戦は了承された。指揮は、言い出しっぺの私が行うことになった。
まず、航空機隊を横一線に並べる。陣形ができ次第、攻撃開始だ。
「そんなまどろっこしい作戦、俺があそこに飛び込んで行けばすぐに片付くのに!」
フレッドのやつは簡単に言うが、相手は10や20ではない。こいつの機だけドラゴンの群れに飛び込んでしまうと、フレッド機に当たらないようにするため、他の機が撃てなくなる。
だから、一直線で並んで撃つのが一番攻撃力がある。
「航空機隊、射撃用意!目標、ドラゴン!順次射撃を許可する、撃て!」
全機一斉に攻撃する。青白い光の筋が、黒いドラゴン達に向かって伸びていく。私の機もワーナー少尉が撃っている。
ドラゴンはその光を浴びて、ばたばたと落ちていく。だが、相手は我々の30倍以上。焼け石に水といった状態だ。まるで真っ黒な雷雲が覆いかぶさるように迫ってくる。
「大尉!多過ぎです!キリがありませんよ!」
「それでも撃ち続けろ!全機、ゆっくり後退!一つ一つ確実に撃墜せよ!」
ゆっくりうしろに下がりながらドラゴンを撃つ我々航空機隊。かなり落としたはずだが、依然として迫ってくる。
どうやら撤退しようという気は無いらしい。最後の一匹まで戦うつもりだ。
一部地上軍にも迫っていた。ドラゴンだけに、火を放ってくる。
それでも我々は地道に陣形射撃を続けた。
攻撃開始から10分。数はかなり減って、100以下になった。
ここで、作戦を切り替えた。複座機は群れを外れて地上軍に攻撃するドラゴンをドッグファイトで叩く、哨戒機は群れへの攻撃を続行。
これを聞いたフレッド機が、まるで水を得た魚のように飛び出していく。ものすごい勢いでドラゴンを2、3機一気に落としていた。
考えてみれば、やつはこういうゲームをゲーセンでやり込んでいた。単機で突っ込ませたら、こいつにかなうものはいないだろう。
さて、空中の敵はほとんどやっつけた。
問題は、地上にいる魔物の群れだ。こちらももう間も無く地上軍と激突する。
特にオークは、アリアンナさんではないが、本当に豚野郎だ。知性のかけらもない、ただ前進し、目の前に人間がいると殴り倒す。それだけのロジックで動く集団だ。ゴブリンの方はそれよりもマシだが、正直言って大した違いはない。
彼らはすでに「災害」であるから、御構いなしに攻撃できるとはいえ、どうやってあの集団を根絶するのか?
そういえば、映画ではどういう展開だったっけ?味方の軍勢が全滅したあと、確か一瞬で魔物の群れを全滅するっていう展開だったような…
「マデリーンさん!このあと、映画ではどうなるんだったっけ!?」
「えっ!?ああ、確か魔法使いが現れて、終極爆炎をしかけるのよ!」
さすがはこの映画を何度もソファーの上で、魔王のぬいぐるみと共に何度も見続けていたマデリーンさんだ。よく覚えてる。
この戦場のど真ん中にある小高い丘の上から、それは放たれるらしい。早速我々もそこに向かう。
小さな丘が見えた。いかにもそれっぽい格好の人物がそこにはいた。
「そういえばさ、あの人、魔法を放った後にすぐ死んじゃうんだよね…」
急にそんなことを思い出すマデリーンさん。ちょっと待て、じゃああの人、今から死ぬの?
大急ぎで哨戒機を着陸させる。いくらなんでも、死ぬとわかっている魔法を撃たせてはダメだろう。止めさせないと。
だが、我々が着陸した時には、もう手遅れだった。
「天に在わす十七の神、地に宿る百八の神よ、我に力を与えん!灼熱の焔たる炎よ、我が手に集いて来たれ、人類に仇なす軍勢を撃ち滅せ!」
掌を魔物の群れに向けて、その魔法使いは呪文を唱えた。
次の瞬間、とてつもない巨大な炎がその手から吹き出した。
コクピットの中まで熱気が伝わる。灼熱のその炎は、魔物の軍勢を一瞬にして覆い尽くす。
これが10秒ほど続いたのち、炎は消える。
辺り一面、魔物の焼死体が転がっていた。グロいといえばグロい光景だが、要するに数万の豚の丸焼きが並んでいるようなものだ。
そして、丘の上には力を使い果たした魔法使いが倒れていた。あれだけの力を生身の体で出し切ったのだ、倒れない方がおかしい。我々は哨戒機を降りて駆け寄る。
もう一方から、別の人物も駆け寄ってきた。
「アレキウス殿!」
筋肉隆々の、いかにも剣闘士といった風貌のキャラが走り寄ってきた。
「おお…ケンタウロスよ…わしはこれまでのようじゃ…勇者を探し出し、必ずや魔王を討ち滅ぼしてくれ…」
「何を言うか!アレキウス殿も行かねばどうにもならぬ!」
「無理を申すな…」
「ええっ!?この人死んじゃうの!?なんでよぉ~!」
死に際にしてはよく喋ると言うのが映画の醍醐味ではあるが、目の当たりにするとさすがにグッとくる。マデリーンさんとモイラ少尉はもう泣きっぱなしだ。
だが、このまま手をこまねいていていいのだろうか?我々がここにいて、ただ死にゆく様を見届ける他ないのだろうか?
私はふと思い出したことがあった。哨戒機に走って戻る。
そして魔法使いの元に戻る。横にいるケンタウロスさんに、あるものを渡した。
「喋れるうちなら、まだ間に合うかもしれません。これを。」
それはエナジードリンクだった。疲労回復に効果あり。もしかしたら、これが効くかもしれない。
安直な発想だったが、奇跡的にもこれが効いた。
「おお、不思議じゃ!身体が動く!」
映画のストーリーに反して、死なずに済んでしまった。まあ、すでにドラゴンの編隊を迎撃して映画のシナリオを書き換えてしまったわけだし、今さらいいだろう。
「かたじけない!お主らのおかげで助かった!だが、お主らはいったい何者か?」
「ああ、我々はですね、地球401遠征艦隊所属のものでして、どういうわけか、ここに迷い込んでしまったんですよ。」
「左様か。いずれにせよ、お主らがいなければ我らは全滅であった。礼を申す。」
さてここで、マデリーンさんの「魔王」シリーズのレクチャーが始まる。
魔王シリーズでは、勇者と、それに従う2人の人物が登場する。
賢者を兼ねる魔法使いと、力技が得意な筋肉隆々の剣闘士だ。
この3人はそれぞれの特技で難を凌ぎ、最後に魔王のところまでたどり着いて、勇者がとどめを刺す。これが黄金パターン。
ところがこのシリーズ17は、いきなり賢者である魔法使いが死んでしまうところから始まる。勇者と剣闘士の2人だけでしばらくストーリーは進行。
途中で賢者となる人物が現れて勇者を導き、魔王の元にたどり着いて勇者がとどめを刺す…という展開のようだ。
だが我々は魔法使いを助けてしまった。ここですでにそのシナリオが狂っている。
だが、もっと深刻な事態が起きていた。
「えーっ!?一緒じゃないの!?」
「何を言うとる。勇者はまだ見つかっておらん。わしらもこれから探すんじゃよ。」
なんと、勇者がいないという。一番肝心の人物だけが抜けている。これはいったいどういうことだ?
映画の世界に入り込んでしまったであろう我々は、主人公不在という局面に遭遇してしまった。これからいったいどうなるのだろうか?




