#47 受験生と魔女の後悔
あの3度目の艦隊戦を辛くも生き延びた我々は今、地球769に降り立っている。
駆逐艦6707号艦は、郊外の広場に降り立った。その場所はいずれ宇宙港にする予定だという。
そこから歩いてすぐのところに、街があった。私とマデリーンさんは、少し散歩に出ていた。
ロサさんはこの時期、あまり歩き回らない方がいいらしいので、駆逐艦の甲板に出て日向ぼっこをする毎日。アルベルト少尉も一緒になって寝転がっているそうだ。もっともこの2人、寝っ転がりながら仲良く動画を見ているらしいが。
「なんだかとってもあったかいわね。ここはちょうど春みたいね。」
そういえば、地球760もそろそろ春だ。ここと季節がほぼ一致している。今ごろまた帝都では祭りが行われていて、チキンが売られてるんだろうな。
一応魔女用スティックを持ってきたが、飛ぶまでもないようだ。地上で十分気持ちいいらしい。
今日のマデリーンさんは、青いワンピース姿。長いさらさらとした髪の毛は、春の暖かい風にあおられてなびいている。
車がたくさん走っているが、この車は旧世代の技術で作られているため、内燃機関で動き、排気ガスが出る。こういうものに慣れていないマデリーンさんは、車通りの少ない道を歩きたがる。
街に着くと、商店街が見えた。
この商店街は、宇宙港のショッピングモールにはない奥深さがある。アーケードが作られており、大小さまざまなお店が点在する。
履物を売る店、野菜が並ぶ店、仕立て屋に小さな飲食店。王都や帝都の街とはまた違った街並みだ。
そんな商店街を眺めて歩いていたら、商店街の外れに赤い回転灯がいくつも見える。
随分と目立つお店かと思ったら、そこは学校のようだった。
「何?学校って?」
マデリーンさんには学校という概念がないらしい。同じ年齢の子供達が集まって学問を学ぶ場所だと話した。
「ああ、騎士の訓練所のようなもの?」
「そうだね…近いといえば近いけど、もうちょっと学問が主のところかな。」
その学校に、たくさんの車が集結している。多分あれは警察のようだ。
なぜ、警察の車両がこんなに学校に集まっているのか?
「あれ!建物の上に誰かいる!」
マデリーンさんに言われて、私も学校の屋上のあたりを見る。
人が立っている。それも、屋上のフェンスを乗り越えて、端っこに立ち下を覗き込んでる。あれは、多分飛び降りようとしてるのだろう。
どうやらその人を説得するために、警察が集まってるらしい。飛び降りようとしているのは、おそらくこの学校の学生だろう。
フェンスの向こう側にも警官らしき人がいて説得しているようだが、今にも飛び降りそうだ。
それにしてもこの状況、以前にも似たようなことがあって、あの時は確か…
「ちょっと何よ!あの娘!危ないじゃない!」
ああ、やっぱり。そう言って、うちの魔女は飛んで行ってしまった。
前回もそうだがマデリーンさんは、ああいうのをほっとけない性格だ。
突然現れた魔女に、周囲は騒然としている。そりゃそうだろう。空を飛ぶ人なんて、重力子エンジンが実用化している我々の星でさえいない。
相変わらずマデリーンさんは、相手を指差して何かを叫んでる。どうせ「あんた!そこで何してんのよ!」などと叫んでるのだろう。
私は大急ぎで駆け寄る。警察の車両を乗り越えて、その奥に行った。
「ああ、すいません、ここは立ち入り禁止なので…」
「今、空を飛んでる魔女の家族です!」
「ああ…ええ!?あの人の!?」
何とか入れてもらい、マデリーンさんの真下あたりに駆け寄った。マデリーンさんの声が聞こえる。
「で!なんでこんなところから飛び降りようとしてるの!?」
「だって!家に帰ったらまた怒られるんだもん!耐えられないよ!」
「…あんた、何歳なのよ?」
「私?17よ。」
「じゃあ、立派な大人じゃない!そんな家、出ていけばいいのよ!」
「ええっ!?そんなこと、ダメだよ!」
「死んでしまう方が、よっぽどかダメよ!死のうと覚悟した者が、どうして独り立ちできないの!?」
マデリーンさんの国の常識を唱えたって、ここでは平行線だ。不味いな…今度ばかりはうまく行く気がしない。
「でもさ、なんで叱られるのよ!」
「そ、そりゃテストの点数が悪かったからよ。」
「テスト!?なにそれ!?」
「な、なんでもいいでしょ!それが悪いと、いい大学に行けないのよ!」
「いい大学って、行ったらなにがあるの!?」
「そりゃいい就職先に巡り合って、お金稼いで…」
「別にそんなこと、その大学とかいうところに行かなくったって、できることじゃないの!」
「それはそうだよ!でも、ママがそうしないとダメだって!」
「ママ!?誰よそれ!?」
いちいち一般常識で引っかかるマデリーンさん。話が進むんだろうか?
「ママっていうのは、お母さんのことよ!」
「ああ、母親なんだ。じゃあ、なおさら文句言っといた方がいいよ。」
「言えるわけないじゃん!?何言ってんのよ!」
「私は母親と喧嘩して、15で家を飛び出したわよ!あと少しで死ぬというところまで落ちぶれて、そこで拾われて王国一の魔女になったの!死ぬ気なら、なんだってできるわよ!」
「あのさ!さっきから魔女って言ってるけど、あんた何者よ!」
「私は地球760から来た、王国最強の魔女マデリーン!戦場の上を弓矢よりも早く飛び、雷光の魔女と呼ばれる者!」
「…でさ、なんでその雷光の魔女って人が、私みたいな落ちこぼれに付き合ってるのよ。」
「困ってる人を助けるのは、当たり前じゃないの!あんた、困ってるじゃないのよ!」
「そりゃ困ってるけどさ、でも魔女が来たって、どうにかなる話じゃないでしょう?」
幸い高さが10メートルほどの建物なので、会話がかろうじて聞き取れる。だがこの説得、一向に前進しない。お互いの価値観や背景が違いすぎるため、交わろうともしない。
「でもさ、なんであんたの母親は、そんなにいい大学とやらに行かせたいの?」
「さっきも言ったでしょう?いいところに就職できて、将来が約束されるんだって。」
「じゃあ、あんたを心配してるんじゃないの!なんでそれに逆らって死のうなんて思ってんのよ!」
「私には分かんないんだよ!こんなつまんないものをやって、それで本当に将来が明るくなるのかって!」
「それ…ちゃんと母親に言った方がいいわよ。」
「ど、どうして!?」
「私は言えなかったわ。今思えば、もう我慢できないって、一言言えばよかった。何も言わずに家を飛び出して来ちゃったから、もう言えないのよ。」
そういえば、マデリーンさんの場合も16歳で家を出る前にいろいろ詰め込まれて、それが嫌になって飛び出したと言っていた。あの時のこと、後悔してるんだ。
「そんなこと言ったら、めちゃくちゃ怒られるわよ!」
「そりゃそうよ。おそらく親子で大げんかよ。それで分かりあえるかどうかなんて、分かんないわ!でも…」
「でも!?」
「…ここであんたが死んだら、その母親は、間違いなく一生後悔するわよ。それがお望み!?」
マデリーンさんのこの一言に、急にその学生はハッとしたようだ。
「そうだよね、死んじゃったら、ママは悔やむだろうね。」
「ちょっと、隣いい?」
「え!?ええ、どうぞ。」
「私はね、そのとき母親に後悔させたかったんだ。そりゃそうでしょ。人の気も知らないで、まるでもの扱い!私は呪われた魔女だけど、立派に生きている1人の女よ!絶対後悔させてやる!ってさ。」
「へえ、で、どうなったの?」
「さあ、分かんない。それ以来会ってないし、別に知りたくもない。でもさ、最近ちょっと思うんだよ。」
「何を!?」
「同じ魔女が最近、子供を授かってね、そのうち母親になるんだよ。」
「そうなの?」
「で、私も旦那がいるから、いつかは子供ができるんだなって、そう思ったの。」
「そりゃそうだよね。結婚してれば、そうだろうね。」
「でさ、もし自分に娘が生まれて、大きくなったある日突然、その娘が何も言わず家から出て行ったら、私はどうなるんだろうって、考えてみたのよ。」
「で?」
「多分、娘がちゃんと話してくれていたら、って思うんじゃないかな。」
「そうなの?」
「大事に思ってる人が急にいなくなったら、どうしていなくなったかって知りたくなるじゃない?ましてや、自分の娘だよ。そんなに嫌だったら、言ってくれればよかったのに、そしたらもう少し配慮してあげられたかもしれないなんて思うよね。その前に出て行っちゃったら、すごい後悔だよ、きっと。それを自分の母親にやっちゃったんだよね、私。今になって、私が後悔しちゃったわよ。」
「そ、そうなんだ…そんなことがあったんだ、魔女さん。」
で、そこからはこの学生さん、母親に言うだけ言ってみようと決意して、アイリスさんの時のように2人で一緒に降りてきた。
警官が駆け寄ってくる。私もマデリーンさんのところへ行く。ともかく、また1人助けてしまった。
「はあ…なんとかしたわよ。」
疲れた表情で話すマデリーンさん。前回とは違い、表情が暗い。
「大丈夫?マデリーンさん。」
「大丈夫よ…ただ、自分の嫌な過去を振り返っちゃったから、なんだか疲れちゃって。」
あまりいい思い出じゃなさそうだよな、家を飛び出した話。今にして後悔してるんだ、マデリーンさん。
学生さんはそのまま家に連れていかれることになった。別れ際に、その学生さんは話しかけてきた。
「いろいろ言っちゃって、ごめんなさい、マデリーンさん。私は後悔しない、させない生き方をしてみます。今からきっと大げんかになるかな。」
「大丈夫だよ、きっと。」
「私の名前は、リン。もう会えないかもしれないけれど、一応名乗っておくね。」
「じゃあ、リン。頑張ってね!」
そう言って、彼女は家に向かって歩いて行く。
多分もう、会えないだろうな。我々がここにいるのはあと1ヶ月半ほど。さすがにもう接点はなさそうだ。
人1人助けて、我々夫婦は駆逐艦に帰って行く。帰るや否や、マデリーンさんはハンバーグを2つも食べていた。たくさん食べることで、紛らわそうとしてるのか?
翌朝、突然シュウさんが駆逐艦に現れた。
「おい!これ、あんたじゃろ!?」
マデリーンさんに新聞を見せてくれた。が、ここの文字が読めないので、読んでもらう。
そこには「異星の魔女、自殺しようとした受験生を救う」という短い記事が書かれていた。扱いとしては小さいが、この事件で宇宙人に対する意識が変わったと、最後にこの記事は結んでいる。
「こんなことする魔女いうたら、あんたくらいじゃろ。じゃから急いで持ってきたんじゃ。」
「おっしゃる通りですよ。昨日そういう現場に居合わせちゃいまして…」
「全く、たいしたもんじゃの。さすがは、ええと王国最強の魔女、じゃったかいの?」
「そうよ!私にかかれば、こんなもんよ!」
「それにしてもこの学生さん、なんで飛び降りようとしたんじゃろうか?」
「はい、どうやらテストの点数が悪くて、親に怒られると言って嘆いていましたよ。」
「ああ、受験生か。全く、最近の学歴主義はなっとらんな!目的もなくただ勉強ができたところで、意味がないじゃろが!」
「この星も、学歴主義っていうのがあるんですね。」
「なんじゃ、ダニエル大尉の星にもあるんか?」
「ええ、似たようなものですよ。夜遅くまで勉強するとか、勉強しろとうるさい親と喧嘩して怪我をさせるとか、そういう話は私のいた星でもありましたよ。」
「ねえ、学歴主義ってなあに?」
「給料のいい会社に就職するため、いい大学に行こうって考えのことだよ。確かに、いい大学に行けばいいところに就職しやすいって環境はあるから、わからないでもないんだけどさ。でもやりすぎちゃって子供自身がつぶれるケースが後を絶たないんだよ。」
「ふーん、そうなんだ。大変だねぇ。」
「魔女さんの星はどうなんじゃ?そういうのはないんか?」
「ほとんど身分で決まっちゃうからね、将来なんて。貴族で長男なら安泰、娘でも嫁ぎ先が決まれば何とか、騎士は剣術を磨けばどうにかなって、平民はとにかく職を身に着けるため右往左往する。で、魔女はさらにひどくて、どうやって生き延びるかって考える毎日。」
「なんじゃ、魔女の扱いは酷いのお。」
「そうよ、自活できなくて死んじゃう魔女だってたくさんいるんだから。私なんてまだうまくやれてる方よ。」
「それがいいとは言わんが、しかし学歴主義っちゅうのも、いいもんじゃないぞ?」
「そうね、あの娘の話を聞いてたら、そう思うわ。」
マデリーンさんの星は、申し訳ないが数百年も遅れた社会だ。
生きるためには必死にもがかなければならない。さもなければ、文字通り死が待っている。
私のいた星も、この星も、その暗黒の時代を克服したはずの社会。誰もが生きる機会を約束されたような社会、本来なら理想的な環境のはずだった。
しかし、そんな社会でも命を絶とうとするものが出てしまう。いったい、我々は何を目指していたのだろうか?
ついそんなことを考えてさせられる事件であった。私もいずれは人の親になるかもしれない。その時は自分の子供に負担をかけてしまうんだろうか?そういう未来が来ないよう、私とマデリーンさんは言い聞かせていた。




