#46 捕虜と戦勝パーティー
戦闘が集結し、駆逐艦6707号艦の食堂で、戦勝パーティをやろうということになった。
マデリーンさんを含むここの魔女達らは、その準備に明け暮れているが、私はその頃、哨戒機で任務についていた。
被弾して動けなくなった敵の艦艇が何隻か取り残されており、生存者有無の調査のため赴いている。
要するに、生存者がいたら、捕虜にせよということだ。
私はある船のそばに着く。この船は艦橋部分を撃ち抜かれており、船体を大きくえぐり取られている。
とても生存者がいるように思えないが、一応接近して確認する。
すると、中から船外服を着た人が3人現れた。
こんな状態の駆逐艦なのに、生存者がいた。私はその艦へ着陸を試みる。
同乗するのは、整備科の軍曹。射撃の腕は艦内一ということで、私の護衛任務についた。
船外服を着て機内を減圧し、ハッチを開ける。
後ろには軍曹が銃を構えて待機する。私は大型のタブレットを掲げた。
相手に船外服とは交信ができない。このため、こういうところではモニター越しの会話になる。
そこには統一文字で「生存者は何人いるか?」と書いてある。すると生存者の1人が指を3本立てる。
つまり、ここにいるのが生存者全員というわけだ。
連盟軍でも駆逐艦の構造は我々と同じもので、我々同様、100人で運用している。
それで生存者3人とは、かなり悲惨な状況だ。
私は手招きして、哨戒機内に誘導する。3人ならば、この哨戒機で運べてしまう。
機内に入り、ハッチを閉じる。気圧が上がって、船外服のヘルメットを取る。
「我々は連合側の地球401 遠征艦隊所属のものだ。貴官らは?」
「我々は銀河解放連盟の地球307の遠征艦隊所属、駆逐艦2113号艦の砲撃担当のものだ。私は、砲撃長のラーテン大尉だ。」
「これより、戦時条約に則り、貴官らを捕虜として扱う。」
考えてみれば、私が敵の人物と会うのは初めてだ。今まで3回の戦闘を経験したが、敵対する人物と直接接することはなかった。
一旦、彼らを駆逐艦6707号艦に収容することになった。
駆逐艦に帰還する。彼らはまず、会議室に連れて行かれた。
そこでは、交渉官のシェリフさんが、捕虜の扱いに関する説明を行う。
捕虜というのは戦時条約によって、出来るだけ早く中立星である地球075へ連れて行き、そこで連盟側に引き渡すことになっている。逆もまた然り。つまり、捕虜を政争の道具にしないことで両者が合意している。
その後、簡単な尋問のあと、彼らは艦内にて部屋を与えられる。私は主計科に行き、そこで3人分の部屋の鍵をもらう。
そこには、ジョージ少尉がいた。で、その横にはメイド服を着たアンナさんがいる。
「あれ?アンナさん、なんだって主計科の事務所内にいるんです?」
私が聞くと、一言。
「主人より、この夫に尽くせとのご命令です。だから、夫についているんです。」
相変わらずの真面目さだ。メイドの鏡だな、この人は。
「ダニエル大尉、どちら様です?この3人の方は?」
「ああ、連盟側の生き残りだ。」
「ええっ!?さ…さっきまで戦っていた相手じゃないですか。」
「そりゃそうだが、今は条約に則って、扱うことになっている。粗相のないように。」
と言ったら、部屋の案内をアンナさんがしてくれた。
「お部屋はこちらでございます。何かございましたら、そこの呼び鈴でお呼びください。公国のメイドの名にかけて、すぐに参ります。」
捕虜の3人もドン引きだ。こんなに礼節を尽くすメイドのいる駆逐艦など、聞いたことがないだろう。いや、私もこの艦以外に知らない。
「…あなた方の星は、メイドがまだいるんですか?」
「あ、いや、彼女は地球760出身なんです。我々は今、地球760に駐留する艦隊のものなんですが、いろいろあってこの地球769に派遣されて、その際に地球760出身の家族がついてきてしまいましてね…」
捕虜に、このややこしい状況を説明する私。
「あれ、あんたもう帰ってたの。」
マデリーンさんとばったり会う。
「ああ、ついさっきね。」
「もうすぐ始まるわよ!さっさと食堂に…って、そこの3人は?」
「ああ、連盟側の生き残りの方達だ。」
「ふーん、そうなの。」
マデリーンさん、しばらく考え込む。
「ねえ、この人達も戦勝パーティに呼んじゃダメ!?」
「ええっ!?あのパーティに誘うの!?」
「そうよ、敵とはいえ、生き残ったんでしょう?」
「そりゃそうだけど、でも…」
「王国ではね、敵の生き残った兵士を讃える風習があるの。次の戦いで正々堂々と戦うことを約束して、一緒に飲み交わすのよ。王国流に従うなら、彼らを誘うべきだよ。」
そういえば、聞いたことがある。王国では戦争で勝利しても、敵を敬うのだという。再戦の誓いを立てて相手を解放するのだが、そこまでされた相手はもはや王国に戦いを挑んでこない。そうやって、多くの国を制してきたらしい。
実は捕虜といっても、行動は比較的自由だ。部屋と食堂の間なら自由に行き来できる。武器も持たないし、駆逐艦一隻奪ったところで何もできないから、捕虜には寛容だ。
だが、さすがに捕虜の3人はこの誘いをためらう。
「いやあ…我々はちょっと…」
「何言ってんのよ!王国最強の魔女が誘ってんのよ!断ったら死ぬまで後悔するわよ!さ、行きましょう!」
「えっ!?魔女!?」
3人は半ば強引にマデリーンさんが誘ってしまった。私も彼らと共についていく。
食堂に着くと、派手に装飾が施されていた。すでに何人かが飲んでおり、
「おう!どうした、ダニエル大尉!しけた顔して!」
砲撃長だ。もうこの人、だいぶ飲んでるようだ。
「あ、いや、ちょっと捕虜の人たちをですね…」
「なにい!?捕虜を連れてきたのか!?」
その声に一同、固まった。
「あっはっは!そりゃいいや!俺も一度敵さんと一緒に飲んでみたいと思っててよ!早速飲もうじゃねえか!おい!エドナ!」
「はいはい…なんですか?ミラルディ様。」
「生き残った彼らに、祝杯を注いでやってくれ!」
「はい、お注ぎ致します。」
砲撃長の一声で、早速ビールが注がれていた。
「あの…大尉殿?先程、魔女というのは…」
「あ、ええとですね。地球760には魔女がいるんです。空を飛んだり、物を持ち上げるだけなんですが、そういう人がいてですね…」
「先程の方は?」
「彼女はマデリーンさん。私の妻ですよ。」
「ええっ!?魔女の奥さんがいるんですか?」
連盟側にも魔法を使える人々の星というのはあるそうだが、あまり知らないそうだ。いきなり身近に魔女なんてものが現れるとは、思っていなかったらしい。
「さあ、揃ったようね!始めるわよ!」
マデリーンさんが食堂の奥で、勝手に開会宣言を始めた。
「我々の艦隊の勝利と、生き残った敵さんの幸運と、ロサの懐妊をお祝いして、乾杯!!」
「乾杯!!」
手に持ったグラスを想い想いに乾杯する駆逐艦内の人々。エドナさんは砲撃長と、ラーテン大尉殿のグラスにビールを注いでいる。
「へえ!あんたも砲撃長か!同じ砲撃長同士、たくさん飲むぞ!」
「は、はい、いただきます…」
どうしてこの艦隊戦で自分たちが負けてしまったのかを悟ったのではなかろうか?この砲撃長の迫力には、なかなかかなうものはいない。
「いやあ、この人、こう見えてもいやらしいんですよ…昨日もベットに私を縛り付けて…」
残りの2人の捕虜さんに、エドナさんはまたドMな性癖の話をしている。この2人、すでに顔が赤いが、多分ビールのせいではあるまい。
「ではここで、私がテーブルを持ち上げて見せまーす!」
そう言って料理が乗ったテーブルを突然浮かせるのは、エリザさんだ。
「旦那もこの通り!簡単に浮かせられまーす!」
今度はバーナルド中尉の肩に手をかけて、宙に浮かせていた。
向こうでは、マデリーンさんが空中に浮かんでいる。食堂の掃除用のモップにまたがっているようだ。
「やだ!私だって王国最強の魔女よ!芸の一つや二つ、見せてやるんだから!」
「危ないって、やめときなよ。ほら、ハンバーグもあるわよ。」
食堂を飛び回ろうとするマデリーンさんを、ロサさんが必死に止めている。私は駆け寄って、マデリーンさんを引きずり下ろした。
エリザさんも旦那さんに頭を殴られていた。調子に乗りすぎて、とうとうバーナルド中尉も怒ったようだ。
もう、あちこちでめちゃくちゃなことになっている。アルベルト少尉はしゃべり上戸で絡んでくるし、マデリーンさんはラーテン大尉に魔女の自慢話をし始めるし、アリアンナさんはご主人をブタ呼ばわりしてドン引きされてるし、サリアンナさんとマデリーンさんは相変わらず罵り合ってるし、エドナさんが急に服を脱ぎ始めて、砲撃長が大急ぎで部屋に連れて戻るし。
「あっはっは!たーのしーっ!」
マデリーンさんは上機嫌だ。こういうお祭りごとが大好きだからな、この魔女は。
「いやあ、この船は変わった人が多いですね…」
「はあ、お恥ずかしい限りです。」
「ところで、あの魔女さんとは、どこで知り合ったんですか?」
「いや、それがですね、地球760を飛んでたら、彼女が悠々と空を飛んでたんですよ。それで…」
なぜか、捕虜であるラーテン大尉に、私とマデリーンさんの馴れ初めを話してしまった。
聞けばラーテン大尉も、奥さんがいるらしい。もちろん魔女ではないが、マデリーンさんのように元気な人だという。
「艦が被弾した時、もうダメだと思ったんです。でも奇跡的に生き残った。早く妻に生き残ったことを知らせてやりたい。」
「明日には、地球075に旅立つ戦艦に移乗することになってます。他の生き残りの方々と一緒に、2300光年先までお送りすることになっています。」
「2300光年か、遠いな…しかし、艦内の他の人はもっと遠くに行ってしまった。私など、まだマシだろう。」
私はマデリーンさんと一緒にいる。だが、もしマデリーンさんと2000光年以上も離れてしまったら、私はかなり落ち込むことだろう。だから、気持ちはよくわかる。
こうして、軍人と民間人と魔女と捕虜が飲み会うという異例のパーティは、幕を閉じた。
さて翌朝、マデリーンさんは二日酔いでひっくり返っていた。調子にのって、飲み過ぎだ。
この艦はすでに地球627の、中立星である地球075に向かう戦艦に到着していた。
駆逐艦の艦底部の通路に、私は向かった。そこには数名の警備の兵と、ラーテン大尉ら3人がいた。
「ラーテン大尉殿!」
「ああ、ダニエル大尉殿。昨晩はお世話になりました。これから、長い旅に出ます。」
「道中、お気をつけて。」
「ダニエル大尉殿も、お元気で。今度会うときは、また戦場ですかな?」
「お手柔らかにお願いしますよ。」
お互いに敬礼する。そして、彼はそのまま振り返ることなく、戦艦に移乗していった。
敵と呼ばれる人々。彼らは我々となんら変わりない人々だった。お酒も一緒に飲めるし、話せば分かりあえる、そんな人達だった。
そんな人々と、我々は戦争をしている。この戦争、いつか誰かが終わらせてはくれないものだろうか?私はふと思った。




