#44 ロサの変化とエリザの過去
戦艦内に入る。いつものように電車で移動し、街に向かう。
地球769の4人にとっては、宇宙船内に鉄道があるという事実にもびっくりした様子だが、これだけの大きな船となれば、これくらいの移動手段がないと不便で仕方がない。
電車内には、我が艦の他にも補給で立ち寄った艦の乗員が乗っていた。
例によって興味津々な4人の技術者。とても宇宙船内とは思えない光景が続き、あらゆるものが気になるらしい。
「あ、ダニエル殿ではないか。」
急に声をかけられる。なんとそこにいたのは、イレーネさんだった。ローランド少佐もいる。
「あれ?駆逐艦6710号艦も補給中ですか?」
「そうだ、ついさっきついたところだ。まさかダニエル殿も来ていたとはな。」
そういえば、地球760を出発して以来、久しぶり顔を合わせる。
「なんじゃ?ダニエルさんの知り合いか?」
「はい、イレーネさんというお方で、こう見えても実は貴族のお方なんです。」
「なに?貴族?魔女以外にも貴族がいるんか?」
「ダニエル殿、こちらのお方は?」
「はい、この星の宇宙技術者の方々で、こちらはそのリーダーでいらっしゃるシュウさん。我々がこの星の政府と接触するのに仲介してくださった方です。」
「そうであったか、いや、失礼した。私の名はイレーネ、地球760のオルドムド公国の公王の次女で、今はローランド公爵の妻である。以後、お見知り置きを。」
「あ、いやこちらこそ。たいした者じゃないけん、お気遣いはええですよ。」
シュウさんは焦る。まさかそんな高貴な人物が乗っているとは思っていなかったようだ。
「そうか、ダニエル殿はこの星でも最初の接触者だったんだな。いや、さすがは王国の男爵位を賜るだけのことはある。」
「いえ、こちらのシュウさんのおかげでして、私は特に何かをしたわけではないんですよ。それに、マデリーンさんのおかげでもありますし。」
「そうよ!私だって、やる時はやるんだから!」
ドヤ顔なマデリーンさんまでしゃしゃり出て来て、電車内は妙に賑やかになった。しかしまあ、こんなところでイレーネさんに会えるとは。
そんな会話をしていたら、街のある駅の到着した。
我々にとっては、いつもの街。マデリーンさんとロサさんは、地球401に行って以来、久しぶりに来ることになる。
相変わらず商魂丸出しの看板が立ち並ぶ。現物よりもずっと見てくれのいい料理の動画、こんな安い店にこんな女優さんは来ないだろうというありえないシチュエーションの映像など、どこも懸命にお客を呼ぶよせるためのイメージづくりに熱心だ。
おかげで、そういうものに慣れていないこちらの4人のお方には、少々刺激が強かったようだ。
「なんじゃここは、看板が踊っとるぞ!?」
あまり強い刺激は、かえって購買意欲を下げてしまうのではないか?特にこういうものに慣れていない人達には、これがいったいなんの看板だかわからなくなってるようだ。
料理屋の看板だと説明すると、なんとなく納得していただけた。言われてみれば、アイドルや有名人を前面に出し過ぎて、肝心の料理が出てこないお店が珍しくない。知らない人が見るとよく分からない看板になってるようだ。お店の方々も、そろそろ気づいた方がいいんじゃないか?
さて、気がついたら結構な大人数。我々だけでも10人以上だというのに、イレーネさんまで加わった。そこで、大人数が受け入れやすい、ビュッフェ方式のお店に行くことにした。
色とりどりの食べ物、制限時間内に好きなだけ食べられるとあって、皆さん思い思いに食べ物を取ってくる。
それにしても、ロサさんはフライドポテトやサラダばかり取ってくる。あれ?ロサさんってそういうものが好きなんだったっけ?
「ロサ!こっちにハンバーグあるよ!食べない?」
「あーっ、マデリーン、私はいいわ、そういうの…」
でも以前あのハンバーグ専門店でマデリーンさんと一緒に美味しそうに食べていた気がするんだが、どうしたんだろうか?
「なんだかちょっと元気ないわね、ロサ。あんた、大丈夫なの?」
「あ、大丈夫だよ。気にしなくてもいいから。」
「気になるわよ!あんたもうちょっと肉食べた方がいいんじゃないの!?」
肉好き魔女がうるさくロサさんに肉類を勧めている。
「騒がしいのお、あんた元気じゃな。」
「そお?いつもこんな感じよ、それよりもこっちの魔女はあまり元気がなさそうなんで、心配してんのよ。」
「ほお、あんたも魔女さんなんか。何人いるんじゃ?魔女さんは。」
なんだか調子の悪そうなロサさんに代わって、私が答える。
「ここにはマデリーンさん、ロサさん、アリアンナさんにサリアンナさん、それにエリザさん。5人いますね。」
「地球760っちゅうところは魔女だらけなんか?多いのお。」
「いえ、あっちでも珍しいですよ。こんなに魔女が集まってるのは。」
そんなことを話しながら、早速取ってきた食べ物を食べ始める。
「そういえばロサ、あんた月面の実験にも来なかったじゃないの。どうしたのよ。」
「ああ、マデリーン。ちょっと私…今実験できなくてね。それにあっちに帰っても、魔法少女のコスプレを当面辞めるつもりなの。」
「はあ!?なんで!?あんた一生懸命やってたじゃないの!」
珍しいこともあるものだ。ロサさんが魔法少女辞めるって、どういうこと?
「アルベルト少尉はいいのか?ロサさんが辞めちゃっても。」
「まあ、しょうがないんですよ。」
私がアルベルト少尉に聞いても、歯切れの悪い回答しかない。
何かあったな。
そう直感した。マデリーンさんも同じだ。
「あんたどうしたのよ!?ロサらしくないわよ!」
「えーっ、私は元々こんなのだったよ。どちらかというと、控えめで草ばかり食べる、そういう魔女だったじゃないの。」
「それは2年くらい前の姿でしょう?ここ最近は活動的で、一緒に地球401まで行って、そこで一緒に空飛んでさ。いったいどうしちゃったのよ!」
「あのね、マデリーン。実は私、今、空を飛べないの…」
「えっ!?ええーっ!?」
不意に出た一言に、アリアンナさんにサリアンナさんまでやってきた。
「ちょ、ちょっと!どういうことよ!なんであんた飛べなくなったのよ!」
「そうよねー、飛べないロサはただのコスプレ魔じゃない。どうして?どこか体の調子が悪いの!?」
「そうよ、ロサ!どっか悪いんじゃないのか!?魔女が魔力を失うっていうのは、大変なことだぞ!いったいどうしちゃったのよ!」
マデリーンさん、アリアンナさん、サリアンナさんの3人の一等魔女から、一斉に詰め寄られるロサさん。
「あのね、病気とか、魔力をなくしたとか、そういうのじゃないの。ただ、一時的に飛べなくなってるだけなのよ。」
「はあ!?なんで!?魔女にそんなことあるわけないじゃないの!何言ってんのよ、あんた!」
ロサさん、ここで一呼吸置いて、少し恥ずかしそうにこうつぶやいた。
「あのね、実は…子供ができたの。」
「えっ!?ええーっ!?」
再び衝撃的な事実が発覚した。つまり、ロサさんは今、妊娠中だということだ。
「い…いつから!?」
「ここにくる直前に、急に飛べなくなったの。それで私、アルベルトと一緒に産婦人科に行ったら、おめでとうございますって言われてね…」
そういえば、魔女の力の媒介器官は子宮だということが以前の調査で判明している。ということは、妊娠中は魔女としての力が発揮できないということになる、ということか?
「前に魔女が子供を授かったら、飛べなくなるって聞いたことがあったのよ。それで、もしかしたらって思ってね。」
顔を真っ赤にして、もじもじと話すロサさん。ああ、なんにせよ、めでたい話には違いない。
「ロサ!やったじゃないの!おめでとう!」
「ええー!?ロサに先越されたのぉ!?私の方が先だと思ってたのにさ。」
「いいじゃないか、アリアンナだっていつかは授かるさ。とにかくおめでとう、ロサ!」
一つわかったことがある。地球401の人間と、地球760の魔女の間でも、子供ができるってことだ。
私は、この騒ぎをぽかんとして聞いていた。決して他人事ではない。我々夫婦にもいつか訪れる現実だ。
「何を騒いでいるんだ?ここの魔女は騒がしいな。」
「騒がずにはいられないわよ!ロサに子供ができたんですって!」
これを聞いたイレーネさんも、途端に騒ぎ始めた。
「なんだ!それで騒いでいたのか!ははっ!めでたい話じゃないか!」
「だけど、一つ心配なことがあるのよねぇ。ロサ、あんたさ、こんなところにいていいの?」
「うん、別に宇宙旅行自体は問題ないってお医者さんも言ってたし、大丈夫だよ。」
「いや、つわりとかあるんでしょう?大丈夫なの?」
「今のところ大丈夫かな。ただ、脂っこいものがダメなの。フライドポテトみたいに塩味なものや、さっぱりしたものしか受け付けなくてね…」
「おい!骨がもろくなるらしいから、チーズのようなものがいいと聞いたことがあるぞ!?」
「ああ、大丈夫ですよ。チーズや牛乳のようなカルシウムってやつが入ってるものをちゃんととって、紫外線を浴びるようにすればいいってお医者さんもおっしゃってたし。」
もう女子会モードに入っている。そこにエリザさんも現れた。
「あえ?皆ひゃん、ろうひゃれらんれすか?」
もぐもぐとアメリカンドッグを頬張りながら登場。
「あら?核融合炉バカのエリザさんじゃないですか?聞いてくださいよ、実は…」
アリアンナさんは人の表現方法にかなりの問題がある。それはそれとして、エリザさんもロサさんのことを聞いて驚く。
「ええっ!?子供を授かったら飛べなくなった!?おめでたいのやら、残念やら…」
「何言ってんのよ!おめでたいことでしょうが!」
魔女としては、力を失うことに抵抗があるんだろう。エリザさんの言ったことはごもっともなこと。マデリーンさんもそうなったら、少し複雑な気分になるのではないか?
ここにモイラ少尉まで加わって、壮大な女子会となってしまった。もはやこの雰囲気は、ショッピングモールもフードコート状態だ。
で、残された男子一同は集結する。
「ロサさんがおめでたとは…なかなかやるじゃないか、アルベルト少尉。」
「いや、あなた方だっていずれそうなりますよ。」
「そうだろうな、だが私はまだ自分が親になるという自覚がない。まだ先のことだと思っているな。」
「ローランド少佐、そんなこと言ってる年齢ではありませんよ。奥様はともかく、少佐はもう30を超えていらっしゃるわけだし。」
「うっ!痛いところを突いてくるな…実は公王様からも催促されているんだよ。早く孫の顔が見たいと。」
「そういうダニエル大尉殿はどうなんですか?ロサさんだって子供ができるなら、マデリーンさんとだってできることが証明されたわけだし。」
「そういうワーナー少尉だって、人ごとではないだろう。」
「年齢的には、少佐殿や大尉殿が先ですよ。」
で、次は誰かという話で盛り上がる。
「私はまだ結婚したばかりで、まだ子供のことなんて…いつぐらいから考えたほうが良いのですか?」
「バーナルド中尉、その答えを持つものが、ここにいると思っているのかい?」
「あ、そうですよね。皆さんまだいらっしゃらない方ばかりですよね…失礼しました。」
少しロサさんの話に引きづられすぎた。私は、話題を変えることにした。
「ところで、バーナルド中尉はどうやってエリザさんと知り合ったの?」
「ああ、実はですね、変な魔女がいるから会ってみないかとモイラ少尉に誘われてですね、私も魔女と聞いて興味津々だったので、ついOKを出したんですよ。」
「へえ、それで?」
「確かに変な魔女でしたね。ご覧の通り、パワープラント好きで、最初のデートも街の発電所でしたよ。」
「何で、魔女なんかに興味を?」
「そりゃ大尉殿と奥様のあの話のおかげですよ。魔女と聞いて、結婚相手にしたいという人は多いですよ。でも正直、私は最初エリザのこと、あまり好きにはなれなくてですね。」
「えっ!?そうだったの?」
「だってあの通りの機械好き、さすがに私だってひきますよ。」
「変わった娘じゃったの?核融合炉とか、何で好きになったんじゃ?」
シュウさんまで加わってきた。
「あ、すいませんね。我々の話に付き合わせてしまって。」
「いや、ええんじゃよ。おかげであんたらのことが身近に感じられるようになった。なんや気になるしな。で?何であんたはあの魔女のこと、好きになったんや。」
「ある時、私が聞いたんです。何で力のある機械ばかり好んでいるのか?何気なく聞いたんですけど、彼女の回答は『家族を守りたいから』というものでした。」
「えっ!?家族を守る!?」
「何を言っているのか分からなかったので、さらに聞いてみると、彼女は帝国の北の外れのウルティア王国出身だというんです。」
「そりゃまた随分と遠くの国に住んでたんだね。」
「聞けば、その国で内乱があったらしいんですよ。その時のどさくさで、彼女以外の家族は全員皆殺しにされたらしいんですよ。」
「皆殺しって…」
「目の前で殺されたらしいですよ。そりゃあもうショックだったと思います。その上彼女は見てくれもいいっていうんで捕らえられて、帝都で奴隷として売られるため連れてこられたんだそうです。」
今の振る舞いからは感じられないが、あのエリザさんには凄惨な場面を目の当たりにした、衝撃的な過去があった。
「ただ、帝都に着いた時に脱出したらしいんですよ。結構な力を出せる魔女なので、それを駆使して扉を破って、一緒の小屋にいた人達と逃げてきたんですよ。で、王都に逃れてきた。」
「その後、その奴隷商人からは追っかけられなかったの?」
「あの王国って、帝国領内でもちょっと特別なところで、いわば治外法権状態なのですよ。一旦王国に入ってしまえば、奴隷が禁止されている王国に奴隷商人は入れませんからね。何とか逃げ延びたらしいです。」
「なんじゃ、地球760っちゅうところは、奴隷だの内乱だのと、随分と物騒なところじゃの。」
「つい2年前までは、剣と弓で戦をやってるようなところでしたからね。」
「そうじゃったんか。じゃがそういうところじゃ、魔女は迫害の対象じゃなかったんか?わしらんとこの星でも、昔は魔女狩りなんてものがあったくらいじゃ。」
「つい10年前まではあったらしいですよ。今でも魔女に対する蔑視な感情を持っているところがあるようです。そこに我々のように魔女を珍しがる人々が現れた、というわけです。」
「ふーん、そんな事情があったんじゃな。あんたの奥さんも、相当苦労したんじゃろうな。」
「ええ、らしいですよ。あ、バーナルド中尉、すまない、話を折ってしまって。で、それからどうなったの?」
「はい、そういう事件があったので、彼女は力というものにこだわるようになってしまったようです。あの時もっと力があったら、って言ってましたね。」
「気持ちは分からんこともないのお。わしらロケットでもおんなじことを思っとるからの。もっと力がありゃあ、大きな衛星が飛ばせるって、よう思っとるからの。」
「はい、で、王都に我々がきて、最初に駆逐艦に興味を持ったようですよ。で、力の源が核融合炉だって聞いて、もうベタ惚れなようです。」
「ふうん。で、バーナルド中尉はそれを聞いて、どうしたの?」
「何だか急に、彼女のこと守ってあげなくちゃって思ったんですよ。その話を聞いたその日に、私はプロポーズしたんです。」
「なんて言ったの?」
「私が君を守る、それだけの力を私は持っている。だから、一緒になろうって、そう言ったんですよ。で、その日のうちに入籍して、一緒に暮らして、今に至るというわけですよ。」
なかなかすごい話だった。一同食い入るように聞いていた。プロポーズの場面なんざ、私の場合より数倍いい話だ。地球401で話したら、映画化されるんじゃないのか?
あっちの女子会で、エリザさんは大はしゃぎだ。あんな過去があったとはとても思えない。そういう暗い過去を紛らわせるために、明るく振る舞っているのかもしれないな。
その後はシュウさん達が行きたいところに向かった。まずは本屋に行きたいとのことで連れて行ったが、考えたら文字が違うので読めない。が、文字を覚えるためのタブレット型の文字学習機と一緒に、何冊か買っていった。我々の技術をすぐにでも学びたいということだった。
で、そのあとはバーナルド中尉とエリザさんについていって、戦艦の大型核融合炉を見に行った。
私とマデリーンさんは、最新の魔王シリーズの映画を観に行く。そこには、イレーネさんとローランド少佐もいた。特にイレーネさん、こういうのが好きそうだなあ。
映画が終わって、2人でカフェに行ってお茶を飲んでいる時、マデリーンさんが私に聞いてきた。
「ねえ。」
「なに?」
「…あんたもそろそろ、子供欲しいって思ってる?」
「うーん…どうだろう…私は自分が人の親になるっていう気がしないから、今はまだ早いのかなって思ってるよ。」
「…そう。」
それ以上、マデリーンさんはこの話題を口に出さなかった。彼女自身は、どう思ってるんだろうか?この時ついでに聞いておけばよかったのだが、なぜか聞き出せなかった。
こうして戦艦での街滞在は終了。我々は、地球769と呼ばれる星へ帰還する。




