#43 約束の月へ
「両舷前進微速!目標地点まで、あと10分で到着予定!」
駆逐艦6707号艦は、ゆっくりと地上に向けて降下していた。
私は今、艦橋にいる。我々がシュウさんと接触してから7日。ついに駆逐艦で直接地上に向かうこととなった。
2キロ先には、地球627の遠征艦隊所属の駆逐艦3100号艦が並走している。
この2隻が向かう先は、我々が最初に接触したあの地方都市のすぐ近くにある空港だ。ここの政府とは、そういうことで了解をもらっている。
高度1万まで降下したところで、レーダー手が機影を捉える。
「4時方向より航空機接近、距離23キロ、速力1100、機数10。」
「事前連絡にあった護衛機だろう。注意しつつも、進路そのまま。」
やがて、駆逐艦の周辺にこの星の航空機が現れる。
私が前回遭遇した時は危うく攻撃されるところだったが、今回は違う。我々を護衛するために彼らはきた。
護衛と言っても、別に何かが起こるわけではない。逆に何も起こらないことを地上の人々に見せるというのも、この護衛の目的の一つだ。大きな駆逐艦だが、自分達の軍隊と我々が並走して飛んでいれば、見た目には友好的な関係であるように見える。
ただ、我々は着陸寸前のため、こちらの速力はせいぜい100キロ。あちらからすれば遅すぎるため、並走というよりは、我々の周りをぐるぐる旋回している。
現在、都市上空を通過中。地上ではおそらく、駆逐艦の出現で大騒ぎしている頃だろう。多分、事前に連絡されていると思うが、どうやらこの星では宇宙人というものは恐怖の対象として扱われていたらしいから、この灰色の船体にどんな思いを抱いているか、だいたい想像がつく。
だが、我々がやれることといえば、規律に従い艦を動かすだけだ。そうすればやがて恐怖は薄れ、普通の存在として馴染んでいくことになるはずだ。つい2年ほど前の地球760でもそうであったように。
着陸地点の空港が見えてきた。2隻とも着陸態勢に入る。
「両舷停止。高度100で待機。」
まずは地球627の3100号艦が着陸する。予め指定された、滑走路脇の待機場に降りていく。
周囲には小型の航空機がぐるぐると飛んでいる。この星の垂直離着陸可能な航空機、ヘリコプターというやつだ。どうやら報道機関のもののようで、我々を撮影しているらしい。
続いて、我が6707号艦が着陸態勢に入る。こちらの着陸指定場所は格納庫前。
「微速下降、ギアダウン。」
「高度30…20…10…着地!」
徐々に降下し、ズシンという音とともに着陸する。
さて、着陸を見届けた私は、早速次の任務に移る。艦橋を出ると、出口にはマデリーンさんとワーナー少尉、モイラ少尉が待っていた。
「さ、行きましょ。」
我々はエレベーターで下まで降りる。艦底部の出入り口から、我々は外に出た。
だだっ広い空港の敷地に出た。真っ平らで黒い地面が広がり、管制塔がポツンと見える。
その管制塔の方向から、車が1台走ってきた。その車は、我々の方に向かって走ってくる。
到着した車から、シュウさんが降りてきた。他にも3人が降りてくる。シュウさんと同じ、宇宙開発に関わる技術者だそうだ。
「わしの他に3人ついてきてしもうた。ええかな?」
「いえいえ、歓迎いたします。」
さて、この空港には我々地球401の駆逐艦6707号艦と、地球627の駆逐艦3100号艦が2隻現れたが、実はこの2隻の目的は異なる。
地球627の駆逐艦はまさに交渉のため、ここに常駐する前提で現れた。一方我々は、シュウさんの仲介の条件であった「月に連れて行く」ことを実現するために降りてきた。
このため、シュウさんを乗せたのちに、我々はここを出発することになっている。
「いやあ、話には聞いとったが、でっかいなあ、この船は。」
「はい、ですが、宇宙船としては決して大きいほうではありませんよ。もっと大きな民間船もたくさんあります。」
「そうなんか?じゃが、この巨大な2隻の船で地上はまるで蜂の巣を突いたような騒ぎじゃったぞ。」
「はあ…すいません。しかし、こればかりは慣れていただくしかありません。今後交易が始まれば、もっと大きな船が現れることになりますし。」
「そうなんじゃよな、いきなり我々は宇宙が身近になるんじゃよな…」
たった1週間前までは、宇宙という場所は限られた人のみが到達できる場所だった。が、この星でももうすぐ誰でも行ける場所となるのだ。
その先駆けとして、シュウさんら4人の宇宙開発関係者がこの星の衛星である月に降り立つ。
「なんか緊張するのう。わしはあの天体に探査機を送ろうとはしたが、まさか自分で行くことになるとは思わなんだ。」
「それがシュウさんと我々のお約束ですから、果たさせていただきますよ。」
「ほんに宇宙人というのは、こんなに律儀じゃったんやな。いったい、なんじゃったんやろ?わしらが聞いてきた宇宙人像とは。」
聞けば、この1週間の間に、各テレビ局を通じて我々のことが報道された。760以上の星々に人が住む星があり、この星は769番目になること、2つの陣営が争っているという情勢も伝えられたという。
と同時に、これまで宇宙人の姿を特集してきた番組の実態が明らかになった。簡単に言えば、想像で作られた虚像であり、あたかも本当に宇宙人に接触していたような番組は全て嘘だと暴露されたらしい。
なにせ本物が現れたため、実際の宇宙人は全然違うじゃないか!ということで、この1週間は大騒ぎだったようだ。
とはいえ、まだ地上から我々への恐怖心がなくなったわけではない。むしろ地上との交渉に巨大な軍艦を寄越してくることに恐れを抱いている。
ただ、こればかりは仕方がない。交渉が成立していないこの時期、この星の存在を察知した連盟軍が攻めてくる可能性が高い。危なくて、この星域に民間船が来ることができない。このため、駆逐艦での行動を余儀なくされている。
そういう事情で、4人には駆逐艦に乗っていただいた。エレベーターに乗り、最上階の艦橋に向かう。
「艦長、お連れいたしました!」
「ご苦労、大尉。ようこそ、駆逐艦6707号艦へ。我々一同、歓迎いたします。早速、約束の場所までお連れいたします。」
「いやあ、よろしゅう頼む。」
艦長が4人に挨拶をする。いよいよ、月に向けて発進する。
「これより、月に向けて発進する!各員配置に付け!」
艦橋内の20人ほどが、一斉に持ち場につく。
「両舷微速上昇!駆逐艦6707号艦、発進!」
「機関出力10パーセント、両舷微速上昇!」
駆逐艦が上昇を開始する。艦長は4人に、このまま一定高度まで上昇し、全速で大気圏離脱するとの説明をしていた。
徐々に上昇する駆逐艦。我々には見慣れた光景だが、大気が薄くなって、上空の空が暗くなっていく。地平線はだんだんと曲線を描いていく。
その様子を、この4人は食い入るようにみていた。おそらく、こうした光景を生で見るのは初めてだろう。自身の星の丸さを肌で感じている。
やがて、規定高度の4万メートルに到達する。
「これより、大気圏を離脱する。機関全速!両舷前進いっぱい!」
「機関全速、両舷前進いっぱーい!」
轟音とともに、船体がビリビリと響き始める。周囲の光景はすごい早さで、我々の後ろに流れていく。
「おい!一つ聞いていいか?」
「はい、何でしょう?」
シュウさんが突然、私に向かって叫ぶ。
「何でこんなに加速しとるのに、わしら立ってられるんじゃ?普通、体を押し付けられるじゃろが。」
「ああ、それは慣性制御という仕組みにより、加速度を打ち消してるんですよ。」
「なんじゃそら?どういう原理で動いとるんじゃ?」
「さ、さあ…私にはわかりかねますが、いずれ専門のものに説明してもらいましょう。」
私は軍人だ。重力子云々の話はとてもできない。
我々の駆逐艦は月軌道上に向かう。エンジン音はだんだんと静かになってくる。
我々からすれば、月まではすぐだ。目一杯吹かせば3分で到達できるが、それでは通り過ぎてしまうため、大気圏離脱後にいったん減速し、月へのアプローチに入る。
30分ほどで月への着陸態勢に入った。眼前には、大きな灰色の大地が広がっている。
「…本当にきてしもうたんやな。なんや夢みたいや。」
この星で、この天体に到達した人はいないという。この星の2つの大国がここを目指して競争を繰り広げているものの、まだ到達していないそうだ。いきなり、シュウさんはこの星で初めて別の天体に到達した人ということになる。
徐々に接近する月面。表面には無数のクレーターがある。着陸地点は、この月の赤道付近に広がる「海」と呼ばれる砂地に決まった。
まず駆逐艦で高度1千メートル程度まで降下し、そこから2機の哨戒機に分乗し着陸。私の機にはシュウさんともう1人、マデリーンさんとモイラ、ワーナー少尉も乗り込む。残りの2人はもう一機の哨戒機で降下する。
全員、船外服を着用し、哨戒機に乗り込んだ。
駆逐艦のハッチが開く。下には灰色の平らな大地が見えている。私の哨戒機は切り離された。
高度10メートルまで降下し、そこからゆっくりと進んでシュウさんに着陸場所を定めてもらう。
「いやあ、どこにするかと言われても、特に何か決まった場所があるわけではないからのお。じゃあ、あの岩が立っとる手前の平らなところにしようかの?」
「はい、じゃあ、もう一機にも伝えておきますね。」
私は無線で別の哨戒機にも連絡し、着陸態勢に入る。
ここは砂地で、砂丘のような場所が広がっている。考えてみれば、私はこういう場所に降り立つのは初めて。地球型惑星以外では、小惑星に着陸したことがあったくらいだ。
「わあ!灰色一色ね!砂だらけ!何よここは!?」
当然、うちの魔女も初めてだ。
平らな場所に着陸した。もう一機も、私の機に続いてゆっくりと降りてくる。
機内を減圧する。気圧がほぼ0となったことを示す赤ランプが点灯、いよいよ外に出る。
ハッチを開く。灰色の大地がずっと広がっている。空気がないため、全く音がしない。静かだ。
ここには1時間滞在することになっている。シュウさんの希望で、最初にシュウさんが第一歩を記すことになった。
ゆっくり地面を踏みしめるシュウさん。手には、例の双眼鏡を持っている。
「ああ、チョウのやつと一緒に来てみたかったなあ…」
近接無線で聞こえるシュウさんの声は、涙声だった。
「何よここ!?体がふわふわするわよ!?なんか変な感じ!」
一方で、あとからついてくるうちの魔女はただうるさいだけだ。無線を使っているため、ここでは距離にかかわらず全員に聞こえてしまうから、もうちょっと静かに喋ってほしい。
シュウさんはゆっくりと歩く。着陸地点の目印にした、小高い岩に向かって歩き出す。
その根元にたどり着いたシュウさん。岩の前でしゃがみこみ、指で何やら描き始めた。
この星の文字なので読めないが、どうやら亡くなった友人の名前のようだ。
名前を書き終わると、手に持った双眼鏡を置いた。
「あれ?その双眼鏡、置いて行くんですか?」
「もし月の探査機ができたら、こいつも送り込もうと思ってたんじゃよ。いいんじゃ、これで。」
手を合わせて何かを祈っているシュウさん。ちょうどのこの岩を、亡くなった友人の墓標にしたようだ。
「さてと、せっかく来たんやから、いろいろ見ていかんともったいないな。ここの石や砂は、持って帰ってもええんか?」
「いいですよ。袋も持って来ましたし。」
「ねえ!ダニエル!早速あの実験やってみるわよ!こっちに来て!」
今シュウさんと会話してるのに、割り込むようにでかい声で叫んでくるのは、マデリーンさんだ。
「マデリーンさん、大きな声を出さなくても聞こえるから、少し小さい声で喋ってくれませんか?耳元がうるさくてですね…」
「分かってるわよ!じゃあ、行くわよ!」
…あんまり分かっていないな。耳元がキンキン響く。
実験というのは、マデリーンさんがこの星で飛べるかという実験だ。重力は小さく、おまけに船外服を着ている。
船外服を着た状態でなら一度地上で飛んだことはある。邪魔くさいものの、浮き上がることができた。
で、ここの低重力下ではどうか?ちゃんと飛べるのか?
ふわりと浮き上がるマデリーンさん。徐々に浮き上がって、5メートルほどの高さまで浮き上がる。
「マデリーンさん、どんな感じ?」
「うーん、なんかちょっと力が出ない感じ。なんでだろうね?」
地球401でマデリーンさんとロサさんの調査をしていた地球001の研究員の人が言っていたのだが、地球760の魔女の力は、重力に比例しているかもしれないそうだ。
そのときその理由を説明されたが、私にはさっぱり分からなかった。しかし、どうやらその予告通りだったようで、マデリーンさんも四苦八苦している。
「あれ?全然速く飛べないよ?どうなってんの?」
上空でぎゃあぎゃあ文句を言いながら、ゆっくり飛ぶマデリーンさん。ただでさえ船外服を着ていて邪魔くさいのに、力が出ないことが追い討ちをかけてるようで、ストレスを感じているらしい。
その後は、シュウさん達が石や砂を拾い集めるなどして、月面の調査を行なっていた。
一方でモイラ少尉とワーナー少尉は
「いやあ、こういう場所でデートというのもいいわね。今度カップルを見つけたら、こういう場所でのデートプランを勧めてみようかしら?」
「他人のことばかりじゃなくてさ、僕らのデートスポットとしてもふさわしくないかい?モイラ。」
「そうねぇ…悪くないわね、ワーナー。」
などと言いながら体を寄せ合っていた。お熱いのは結構だが、会話は全てダダ漏れだ。気づいているのだろうか?この2人。
こうして皆、想い想いに1時間を過ごす。
哨戒機に戻り、ハッチを閉じる。機内気圧を上げて、ようやく船外服を脱げるようになった。
「ぷはーっ!この服やっぱり着づらいわ。なんとかならないの?」
そんなこと私に言われても、どうしようもない。
「また来たいですねぇ。地球760の月にも行ってみようかしら?」
「そ、そうだね。どうやって行くかは知らないけど。」
「おお、2人とも月の上が気に入っとったようじゃったしな。仲のええ夫婦だことで。」
「えっ!?私達、そんなに熱々に見えました!?」
全く自覚がなかったらしいが、側から見ればシュウさんのように思うのは当然だ。
「では、帰還いたします。座席についてください。」
私はそう言って、哨戒機を始動。哨戒機はふわっと浮き上がった。
徐々に月面から離れて行く。シュウさんは窓の外をじーっと見つめていた。友人の墓標となったあの岩を眺めている。私はこの位置を記録、いつかまた立ち寄ることができるよう、シュウさんにお渡しした。
さて駆逐艦に戻ったのだが、そのままあの星に帰るのかと思いきや、戦艦に寄港することとなった。
補給も必要だが、せっかくだからシュウさん達に戦艦内を見てもらおうということになったようだ。
「ほぉ、戦艦。でっかいんか?その船は。」
「大きいですよ。でも、名前のわりに戦闘用ではないんですけどね。我々からすれば、どちらかというと補給用の船です。」
「わざわざわしらが行くということは、何かあるんか?」
「そうですね、街がありますよ。」
「街?船の中にか?」
「はい。ご案内いたしますよ。」
シュウさん一同、興味津々だ。宇宙船内に街、想像したこともない組み合わせに、どんなものがあるか気になるようだ。
駆逐艦6707号艦は、この月のさらに外側にあるラグランジュポイントに向かう。そこに戦艦ニューフォーレイカーがいる。
私は4人を連れて、再び艦橋に来た。すでに戦艦が見えてきている。我が艦は戦艦ニューフォーレイカーへのアプローチに入った。
大きな船といったが、その大きさは彼らの想像を超える大きさだったようだ。全長4千メートル、幅は600メートルあるこの船は、彼らからすれば「小惑星」だ。
実際、戦艦は小惑星を一部削って船の形にしているため、外観には岩肌がむき出しになっているところもある。そこにドックや艦橋、砲門が点在している。
「何じゃこれは!まるで小惑星じゃないんか?」
「はあ、小惑星を削って作ってますから、おっしゃる通り小惑星ですね。でも、こういう作り方の方が大きな船でも安く作れるんですよ。」
「はあ、そういうもんか。なるほどの、この大きさなら、街があってもおかしくはないの。」
我が艦は、戦艦ニューフォーレイカーの中程にあるドックに向かった。
「ニューフォーレイカーの第12番ドックに入港する。両舷前進微速。」
艦長の声が艦橋内に響く。しばらくして、ドック内の船体ロックに接続された音が鳴り響く。
「戦艦ニューフォーレイカーに到着致しました。補給の為、9時間の間ここにとどまります。ぜひ艦内をご覧ください。」
艦長が4人の技術者に説明する。その後のことは、私に引き継がれた。
艦橋を出ると、いつものメンバーが待っていた。入り口すぐには、マデリーンさんとロサさんにアルベルトがいた。
今回はアリアンナさんとシェリフさんも加わる。この星までの航海で知り合ったばかりのエリザさんも一緒についてきた。
「いやあ!戦艦ですよ、戦艦!絶対核融合炉を見に行きます!さぞかし大きくて硬くて力強いのがいるんでしょうねぇ!楽しみです!」
夫のバーナルド中尉が言う。
「まずは食事だ。こんな駆逐艦の中の味気ない食事から解放されるチャンスなんだから、しっかりいいもの食べていこう。」
「いえいえ、私は核融合炉があれば、パンだけでもいけますよ!はぁ~早く核融合炉に会いたい…」
危険なまでのパワープラント好きな魔女だ。さすがの技術者4人も呆れている。
こうして我々は、戦艦への通路に向かう。
しかし、そこで私とマデリーンさんは、ある衝撃的な事実を知ることになるのだったが、このときはまだなにも知らない。




