#42 月の観測者と魔女
「だ…誰だ!あんたらは!」
その男性は突然叫んできた。
「ええと、あのですね…」
「さっきから見とったが、軍用機に追っかけられて、突然空中で止まっておりてきたじゃろ?その飛び方、あんたら宇宙人じゃろう!」
「はあ、そうですね。我々はあなた方からすれば、宇宙人ですね。」
こちらから説明することなく、あっさりと宇宙人だと理解してくれた。そうとなれば話が早い。
我々がここに来た目的を話して理解してもらおう…と思ったのだが、我々が宇宙人だと知った途端、この男はますます警戒してくる。手に持った登山用の杖を構えて、こっちを睨んでくる。
「おい!てことはあんたら、わしらこの星の人類を滅ぼしにきたんじゃろ!」
「はあ?」
突然この男は、突拍子もないことを言い出した。なんだって?我々が人類を滅ぼす?
「ちょ…ちょっと待ってください!なんだって我々がそんな恐ろしいことをしなきゃいけないんですか!?」
「何を言うとる!宇宙人が地球に来る理由など、それくらいしかなかろう!」
「ええっ!?そ…そんなことしたってしょうがないじゃないですか!」
「知っとるぞ!自分たちの星を滅ぼしちまって、移住先を探してここにたどり着いたんじゃろう。ならば、我々のような知的生命体が邪魔になる。だからあんたらはわしらを滅ぼすに違いない、そういうことじゃ!」
何という無茶苦茶な話だ。どうして我々が自分の星を失ってることになってるんだ。
「だいたいお前、その格好は我々を油断させるために化けとるんじゃろ!知っとるぞ!宇宙人は灰色の肌をして、目が大きくて、わしら人類をさらって人体実験をしとるような連中だってことを!」
「はあ!?人体実験!?」
意味のわからないことを言う人だ。別に化けてなんかいないし、人体実験などするはずもない。どうして宇宙人ということで、そんなわけのわからない話になるんだ?
我々の記録では、宇宙人としてこの地上に降り立ったのはこの哨戒機が初めてのはず。それ以前に降り立った人はいない。
だとすると、この人は一体何の話をしているのだろうか?我々以前に接触を試みた連中がいるのだろうか?連合側には当然、そんな記録はない。もし連盟側が先に接触をしていたなら、彼らの艦隊と出くわすはずだ。
第一、連合にせよ連盟にせよ、灰色の肌を持つ人などいない。人間なのか?それは。
「ちょっと、どうしたのよ。騒がしいわねぇ…」
マデリーンさんがハッチから出てきた。さっきの急減速のショックから立ち直りつつあるようだが、まだふらふらしてる。
「ああ、マデリーンさん、だめだって、もうちょっと回復してからじゃないと。」
「いや、大きな声がしたから、気になって出てきたのよ。何があったの?」
「あ、いや、ここに人がいて、話をしてたんだよ。」
「えっ!?人!?あ、ほんとだ!誰かいる!」
マデリーンさんにとっては、いや、地球760の人々にとっても、初めての未知惑星との接触となる。急にマデリーンさんのテンションが上がる。
「こんにちは、私はマデリーン!一等魔女で~す!」
「はあ!?魔女!?何を言っとるんだ、あんたは!」
「何よ!せっかく丁寧に挨拶してるって言うのに、ここの星の人は挨拶もできないの!?」
「な…なんじゃと!?」
話がややこしくなってきた気がする。マデリーンさん、今はとても挨拶などしてる状況ではないのだが。
「だいたいお前らのせいで、この先の崖に双眼鏡を落としちまったんだ!どうしてくれる!わしの双眼鏡を返せ!」
「はあ?なにそれ!?」
マデリーンさんが出てきて、かえってお怒りモードになってしまった気がする。
「なんであんたが双眼鏡を落としたのが、私達のせいなのよ!?」
「あんたらついさっき、ここで戦闘機と追っかけっこしとったじゃろ。その様子をここで見とったら突然お前らが空中で止まって降りてくるから、慌てて逃げようとしたら、うっかり手に持っていた双眼鏡を落としたんじゃよ。」
「なんだ、そんなものほっといて逃げればよかったんじゃないの…」
「たわけ!そんなこと出来るか!あの双眼鏡、わしの友人の形見なんじゃよ!」
「えっ!?形見!?」
この男性、どうやら大事なものを落としたらしい。なんでそんなものを持ってきてるんだ?
「今日はあやつの命日なんで、一緒にここで月を観測しようって思うて持ってきたんじゃよ…それなのに、よりによって宇宙人が現れて落っことす羽目になるとか、わしぁもうあやつに顔向けできんやないけ…」
「はあ…すいません、そんなことがあったなんて…」
思わず謝ってしまった。ああ、なるほど、それでさっきから我々にお怒りなのか、この男性は。
「分かった。じゃあ、それを取ってくればいいのね。」
マデリーンさんは突然そんなことを言い出す。
「取れるわけないだろう!結構高いぞ!この崖!」
「うるさいわね!いいから黙って見てなさい!」
そう言うとマデリーンさん、スティックにまたがってふわっと飛んだ。
「な…なんじゃお前は…」
「いいから!そこで待ってるのよ!」
そう言うとマデリーンさんは崖の下に向かって飛んでいく。
私は崖の方に駆け寄る。月明かりがあるからって、この崖の下には、なにがあるかわからない。いくらなんでも危ないだろう。私は叫ぶ。んだ。
「マデリーンさーん!戻っておいでー!夜が明けたら、私がなんとかするって!」
「うるさいわね!王国最強の魔女の名にかけて、絶対に探し出してやるんだから!」
意地になると人の言うことを聞かない魔女だ。でも、怪我などされては困るし、もし何かあって帰ってこなかったらと思うと心配で仕方がない。
だが、しばらくするとマデリーンさんは戻ってきた。
崖の上をふわっと浮かぶマデリーンさんの手には、双眼鏡が握られていた。
「ああ!それじゃ!それじゃよ!」
「はい、確かに渡したわよ!」
マデリーンさんは男に双眼鏡を渡す。
受け取ったその男、双眼鏡を撫でながら話す。
「いやあ、この双眼鏡、落とした時はどうしようかと、つい気が動転してしまった…いや、すまない。」
「いいのよ。当然よ、こんなこと。」
冷静になったこの男性は、ようやく我々と話をしてくれることになった。
「なんじゃ、あんたら思ったよりいい宇宙人じゃな。すまんかったの。あれこれ言って。」
「いえいえ…でもなんですか?灰色の肌だの人体実験だの、宇宙人だからいって、そんなことするなんて話は聞いたことがありませんよ。」
「ああ、どっかのテレビ番組でやっとったんじゃよ、宇宙人てのはそういうもんじゃゆうてな。」
なんだそりゃ?どこをどうすれば、そういう話が出てくるのか?
だが、少し考えてみた。宇宙人という存在に出会わなければ、未知の存在に対する恐怖心からそういうことになってしまうのではなかろうか?地球760での魔女がそうであるように、得体の知れないものの恐れが、行き過ぎた解釈を生み出して暴走した事例なのだろう。
「我々は、この星と同盟を結ぶためにきたんですよ。別にこの星を占領しようとか、支配しようとか、そんなことは考えてないんです。」
「そうなんか?でもあんたら、どう見ても明らかにわしらよりも強力な武器や乗り物を持っとるじゃないのか?なんでこんな遅れた文明の星と、同盟などという対等な関係を結ぶ必要があるんじゃ?」
「いや、実はですね、この宇宙は2つの陣営に分かれててですね…」
そこで1万4千光年のリング状の宇宙空間に760以上の星々があって、2つの陣営に分かれて争っていて、自身の陣営を増やすために、一つでも多くの星を見つけて、味方に取り込むという活動をしてることを話す。
「ふーん、なるほどなあ。で、あんたらはそのために地上に降りてきて、誰かと接触しようと思って来たら、いきなり戦闘機に追っかけられたと。そういうわけなんじゃな?」
「はい、そうです。彼らに我々が敵でないと伝える手段がないので、追っかけられるがまま、レーダー照射まで受けてしまい、攻撃されそうだったんで仕方がなく急減速して逃げたんです。この飛び方なら、ここの星の航空機ではついてこれないだろうと思って。」
「そうじゃったんか。でもこんな大きな乗り物に乗らんでも、棒にまたがって飛べるんなら、それでくればよかったんじゃないんか?」
「えっ!?ああ、もしかしてマデリーンさんのこと言ってます?彼女は特別なんですよ。彼女、魔女でして…」
「なんじゃ、あんたらの星には魔女というのがいるんか。」
「いえ、私の星じゃないんですよ。私もつい2年前に彼女のいる星にたどり着いて知ったばかりなんですよ。」
「なんじゃと!?あんたらそれぞれ星が違うんか!?」
話が複雑になってきた。我々の側には地球401と760の出身者がいる。おまけにもう一つ、地球627という星が絡んでいる。このややこしい関係を、一体どう説明すればいいんだ?
で、そこから30分ほどかけてこの人に説明した。なんとか、この人は理解してくれた。
「うーん、分かったが、ややこしいのお。アース401に627?そして760?なんで数字で呼ぶんじゃ?」
「いやあ、昔からそういうことになってるんですよ。いちいち名前で呼ぶより分かりやすいということらしいですが、特に深い理由はなさそうですよ。」
「で、わしらのこの星はなんて呼ばれるんじゃ。」
「はあ、地球769になるそうです。」
「なんじゃ、あと一つ後だったらちょうどいい番号じゃったな。」
「いや、そうですけど、発見順で登録されるので、こればかりは…」
言われてみれば、数字というのは随分と味気ない。私の星も401なんて言われているが、もう少し格好の良い名前を名乗れないものかと思ったことがないわけではない。特にこういった、他の星の住人と出会った時などにはそう思う。
「で、あんたら、これからどうするね。」
「はい、この星の政治家や為政者との接触を試みるつもりです。それが我々の任務ですから。で、ええと…お名前ってなんでしたっけ?」
「わしか、わしはシュウ。歳は50になるのお。」
「シュウさん、あのですね、そういったお知り合いの方っていらっしゃいませんか?」
「政治家の知り合いねぇ…おることはおるぞ。」
「ええっ!?そ、そうなんですか!?」
「こう見えても、わしは宇宙ロケット開発の技術者の長じゃからな。国家事業に絡んでおるゆえ、政治家に近いやつの1人や2人、知り合いはおるわい。」
なんということだ。いきなり強力な人物と巡りあってしまった。
「ぜひお願いします!我々すぐにでもこの星の政治家とつながりを持ちたいんですよ。」
「ええぞ。じゃがな、ひとつだけ条件がある。」
「なんでしょう?」
「わしを、月に連れて行ってはもらえぬか?」
「はい?月にですか?」
この星の衛星に行きたいというシュウさん。なぜ、あんな殺風景な場所に行きたがるのだろうか?
「艦隊司令部に聞いてみますが、そのくらいのことなら多分、大丈夫だと思いますよ。」
「そうか、さすがは宇宙人じゃな。では、わしもなんとか説得して、政治家を連れてきてやろうかの。」
で、早速次の接触場所を打ち合わせた。この麓にある街の外れが適切だろうということになり、その場所にこの哨戒機で行ってみることにした。
だが、さっきの戦闘機が気になる。爆音は聞こえなくなったが、まだいるかもしれない。一度機内でモイラ少尉に確認してみよう。
と、機内に行くと、モイラ少尉はワーナー少尉とレーダーサイトの前で何かをしゃべっていた。
「ええっ!?そんなことがあったの!?」
「そうよ!でねー…」
全然外に出てこないと思ったら、こんなところで油を売っていやがった。
「あーっ!ワーナー少尉にモイラ少尉!現在は作戦行動中である!私語は慎め!モイラ少尉!?例の2機は?」
「あ、はい、大尉殿!少し前にはレーダー範囲外への離脱を確認!現在、上空に飛行物体はありません!」
「わかった。直ちに出発する。各員、配置につけ!」
バタバタとワーナー少尉とモイラ少尉が配置につく。
「シュウさん、こちらの席へどうぞ。」
「…ああ、すまんな。ほんとにええんか?乗っても。」
「大丈夫ですよ、あと2人は乗れるので、シュウさん一人なら大丈夫です。」
「あの~、大尉殿?どちら様ですか?この方は。」
「ああ、ここで出会ったシュウさんというお方だ。政府関係者との仲介を行っていただくことになった。」
「えっ!?いきなり接触されたんですか?さすがは大尉殿!」
この2人は人的接触という現場に出くわすのは初めてだ。レーダー担当と砲撃担当なので、地球760の時はそういう現場には派遣されなかったためだ。私についてきたばかりに、ファーストコンタクトに立ち会うことになる。
「なんや若いのばかりじゃが、大丈夫かいの?」
「大丈夫ですよ。一応これでも訓練を受けた軍人ですので、ちゃんと任務についてくれますよ。」
「魔女さんも軍人なのかい?」
「いいえ、私はただの魔女よ!」
「そうなんですよ。大尉殿の奥さんなんですよ。」
「ええっ、てことはあんたら、星が違うのに結婚しとるんか!?」
「そうよ!私にべたぼれなのよ、この人は!」
このシュウさんからすれば、ただでさえ複数の星の宇宙人が現れてややこしいことになっているというのに、星違いのカップルが存在するということにも衝撃を受けたようだ。
私は駆逐艦6707号艦に無線で連絡をする。
「タコヤキよりクレープへ、地上にてこの星の住人と接触、要人との接触ポイント確認のため離陸し、別の地点へ向かう。」
「クレープよりタコヤキへ。了解、現在飛行物体無し、進路クリア。離陸されたし。」
「タコヤキよりクレープへ、了解。離陸する。」
重力子エンジンの甲高い音が響く。ゆっくりと上昇する哨戒機。
「ほんとに面白い飛び方をする航空機じゃな。なんでこんな飛び方ができるんじゃ!?」
「ええとですね、重力子エンジンというのを積んでいてですね…いずれあなた方にもこの技術は供与されます。その時にでもお聞きください。」
高度500メートルまで上昇。ただ、レーダーを警戒して低空のままゆっくりと進む。
「そういえば、あんたらはこの航空機で、この地球まで来たんか?」
「まさか。上空に我々の母船である駆逐艦がいるんですよ。それに乗ってこの星まできたんです。」
「ふーん、駆逐艦ねぇ。ということは、戦闘艦なんじゃろうな!?」
「そうです、初期の接触には我々武官が担当することになってまして、その後文官の方に引き継がれて、本格的な交渉に移行することになっているんです。」
こんな感じの会話をしながら、私はこの丘のふもとに降り立った。
幸い、この星の戦闘機に発見されることなくたどり着いた。今度出くわしたら面倒なことになる。慎重にことを進めないといけない。
「ここならあまり人もおらへんし、昼間でも大丈夫じゃろう。」
「はい、ありがとうございます。では、明日の正午、太陽がてっぺんに登るころにもう一度ここに来ます。」
「おう、分かった。それまでに一人でも連れて行けるよう、説得することにするわい。」
そういってシュウさんは去っていった。
我々はすぐに離陸し、駆逐艦に着艦した。
「あれ?ダニエル大尉。どうしたの、この哨戒機。鋲がいくつか飛んでるよ。」
ロレンソ先輩に指摘されたが、考えたらあれだけの急減速をやってのけたのだ、無事で済むはずがない。
ロレンソ先輩には修理をお願いして、私はすぐに艦長のもとに行った。
途中、シェリフさんを見つけたので、地上での出来事を話す。するとシェリフさんも一緒についてきてくれた。
それから艦長に報告し、続いて地球627の艦隊司令部にも連絡し、明日の準備に駆逐艦内はてんやわんやすることになった。
翌日。正直、ちゃんと寝たとは言い難い私だったが、約束の正午が近いため発艦する。
今度は昨日の4人に加えて、シェリフ交渉官が加わった。昨日シュウさんと示し合わせた場所に向かって降下した。
が、よく考えたらマデリーンさんはついてこなくてもよかったんじゃないのか?それに気づいたのは、高度5千メートル付近まで降りた後のこと。マデリーンさん、あまりに当たり前のように乗り込んできたので、すっかり乗せてしまった。でも、シュウさんとの間を取り持ってくれたのはマデリーンさんだし、今回は連れて行った方がいいだろう。特に何も言わず、そのまま飛行を続けた。
ゆっくりと目標地点に降りる。そこには、既にシュウさんと、2人の男性が立っていた。
「ただいま参りました。よろしくお願いいたします。」
「おう、ちゃんときたようじゃの。」
「お初にお目にかかります。交渉官のシェリフといいます。以後は武官より引き継ぎ、私が交渉に当たらせていただきます。」
この時点をもって、シェリフさんに交渉権を委ねることになった。
2人の男性は政府関係者だった。いきなり中枢につながる重要人物が現れたのは、昨日のスクランブルでの戦闘機パイロットからの報告と、宇宙開発者からの報告と、両方の不審機の特徴が一致したためである。このため、この場に重要人物が出てきたようだ。
おそらく、見えないけど軍関係者も配置されているのだろう。まあ、何もしなければ撃ってはこまい。
交渉官と2人の政府関係者は、少し離れた場所にある小さな小屋の中で交渉を行っていた。
「そうだ、シュウさんが昨日願い出ていた月へ行くというお話、許可が出ました。」
「おお!そうか!それはありがたい!」
「でも、空気もなく灰色の細かい砂や岩だらけの場所ですよ。そんなところに行ってどうするんですか?」
「いや、わしの友人との約束でな。あの地にわしらの手で探査機を送り込もうと約束しておったんじゃよ。」
「そうなんですか。でもまた、なんで?」
「あんたらのように簡単に宇宙へいける者にはわからんかもしれんが、別の天体にわしら自身の作ったものを送り込むというのは、そりゃ大変な技術なんじゃよ。わしとチョウのやつは、世界で初めて別の天体に到達するというのを目標に、大きなロケットを開発しとったんじゃ。」
「はあ、なるほど。ひょっとして、昨日の双眼鏡というのは…」
「そうじゃよ、そのチョウの形見なんじゃよ。」
月の話をしていたら、亡くなったという友人の話が出てきた。なにやら深い事情がありそうだ。
「でもさ、なんでそのチョウって人は亡くなったの?」
いきなり単刀直入に聞くマデリーンさん。
「マデリーンさん、あまりストレートに聞くのはちょっと…」
「いや、いいんじゃよ。誰かに聞いてもらいたい話でもあったしな。」
シュウさん、おもむろに近くのコンクリートブロックの上に座り、我々に語り始めた。
20年前、シュウさんとチョウさんとは同じ研究所に在籍する仲間だった。彼らが目指したのは宇宙。ロケットを使い、人工衛星を飛ばし、40万キロ離れた月に人工物を送り込む、これが彼らの掲げた目標だった。
ところが彼らの宇宙構想はなかなか認められず、時間ばかりが過ぎていったそうだが3年後に、ようやく予算が付き、人工衛星の打ち上げ実現に向けて大きく動き出した。
そんな矢先だった。
「チョウのやつ、双眼鏡を忘れていったんじゃよ。これからロケットエンジンの燃焼試験をやるというのに、双眼鏡がなきゃ見えんじゃろうと、わしはチョウのところに持っていこうとしたんじゃよ。」
で、昨日我々に見せてくれた双眼鏡を取り出す。
「その直後じゃった。ものすごい爆発音とともに、建物全体が激しく揺さぶられた。わしはその衝撃でその場で倒れ込んでしまったんじゃ。いったい何が起こったのか、わからんかった。」
水素爆発だった。液体水素の貯蔵タンクから水素が漏れていて、何らかの原因で引火して大爆発を起こしたのだ。
その時の事故で7人が死亡。その一人が、チョウさんだった。
「別れも言わんと、突然逝ってしもうた。せめてわしに一言、そのあとのことを任せるというてくれてもよかったんやけどなぁ…」
「ええっ!?そんなぁ…そんなに突然死んじゃったの?その人。」
「うう…悲しい話です…」
涙ぐむシュウさんと、つられて泣いているマデリーンさんとモイラ少尉。つい前日まで普通の夢を語り合った仲の友人が、突然亡くなってしまうという話に、魔女と恋愛の達人は涙せずにはいられないようだ。
「でも、やつとは約束したんじゃよ。いつかあの天体に行ける探査機を作って、わしらの夢を叶えようって。じゃから、わしはその後すぐにロケット開発を再開させた。」
で、努力の甲斐あって、その10年後にはついに人工衛星を打ち上げることに成功した。
この星の2大大国はすでに人工衛星の打ち上げに成功しており、シュウさんの国は3番目だったそうだ。
その後いくつかの人工衛星打ち上げに成功する。が、月に探査機を打ち上げる計画を持ち上げた時に、国から反対の声が上がる。
「要するにな、役に立たんというんじゃ。人工衛星は天候を予測したり、軍事情報を取得できたりするのに役立つ。が、あんな何もない天体に行ってどうするんじゃと言われた。」
で、結局人工衛星以外の予算は認められず、落胆するシュウさん。
「で、やつの命日じゃった昨日の晩に、せめて月を観測しようと、あの丘に登ったんじゃよ。そしたらどうじゃて、突然宇宙人が現れおった。最初はびっくりしたが、今思えばもしかして、やつが導いてくれたんじゃなかろうかと思うておるんじゃよ。」
確かに、すごい偶然だ。私はそういう霊的な話は信じないが、この話だけはなぜか信じたくなる。
「うんうん、絶対そのチョウって人のおかげだよ…私、昨日の夜に双眼鏡を拾ってよかった…」
「ああ、魔女さん、そんな泣かんでもええて。ほれ、この通りやつの形見は無事じゃ。ほんま感謝しとる。」
「だからあの月に行きたいんですね。いやあ、ロマンチックですよねぇ。私も応援しますよ。」
もううちの女子どもはこのシュウさんの話にすっかり感動してしまったようだ。涙をぼろぼろさせて聞いている。
我々の宇宙船ならば、あの月まで行くのはたやすいこと。それでこの方の夢が叶うならば、是非ともかなえたい。私もそう思った。
こうして、我々はシュウさんのおかげで滞りなく交渉を進めることとなった。そしてそれから一週間、我々の船が地上に降りる日がやってきた。




