#41 未知の星
3週間の旅は、長く楽しく騒がしい旅だった。
途中でマデリーンさんとサリアンナさんが大喧嘩をしたり、エドナさんの性癖話を毎日のように聞かされたり、戦艦の街でアンリエットさんがクレープばかり食べているのを見たり、彼女の気を引こうとゲーセンでハッスルするフレッドを見たり。
語りつくせないほどの話がそこにはあるが、そんな3週間をなんとか乗り越えて、我々は未知の惑星に到着した。
その星はすでに登録申請がなされており、いずれ「地球769」と呼ばれる星だ。
すでに先行調査隊が軌道上から調査を進めており、その恒星系のアステロイドベルトに到着した我々に、その先行調査結果がもたらされた。
その星の文化レベルは4。ラジオやテレビ放送が行われており、ごく初期型のコンピューターが稼働を始めているほどのレベルの星であることが分かった。
放送電波が飛び交っているおかげで、どこが統一語を使っている地域かもすでに把握されている。
また、この星の上空にはジェット機が飛んでおり、空港がいくつか確認されている。衛星軌道上にも人工衛星が確認され、有人宇宙船もすでに打ち上げられているようだ。
マデリーンさんの地球760よりは、数百年進んだ文化の星であることが分かった。が、それだけに、地上の状況はやや深刻な状態であった。
この星の上で、どうやら2つの陣営が争っているらしい。経済的にも軍事的にも対立した2つの陣営が、各地で紛争を起こしている。
放送電波からも、それを裏付ける内容の放送が何度も流されている。我々の陣営がいかに優れいてるかを喧伝する放送。同じ地上で、互いの陣営を非難しあうという愚行が繰り広げられている。
もっとも、これに関して我々は非難できない。我々は彼ら同じことを、宇宙レベルでやっている。しかも、この宇宙レベルの争いごとに彼らを巻き込もうとしているところだ。
だがそれは、彼らに共通の「敵」を提示することになり、少なくとも地上からは争いごとが消滅することになる。これはどの星でも起こっていることだ。
実際、この星の戦乱地域での生活はかなり悲惨なことになっているようだ。戦闘による死傷者だけでなく、飢餓や伝染病の蔓延による死者も数多く発生しており、我々の出現でこうした地上の争いごとが消滅に向かうことは、決して無意味なことではない。
そういうわけで、いよいよ我々は地上降下作戦に向けて動き出すことになった。
時を同じくして、地球627の艦隊も集結しつつあった。我々はこの星系においては、彼らの指揮権に入ることとなる。
我々は途中で合流した防衛艦隊の艦艇と合わせて300隻で、この未知の惑星に向かう。一方の地球627の艦艇も1千隻がこの惑星に向かいつつあった。
「両舷減速!大気圏突入よーい!」
いよいよ大気圏突入だ。我々の担当地域に向けて、まず我がチーム艦隊10隻が最初に降下する。
通常、人的接触の前に大気組成や気候・地質調査といった、惑星の基本データの収集に向かうのが常だ。が、そういう仕事は地球627の艦隊が請け負ってくれるので、我々はいきなり人的接触に専念せよというお達しだ。
すでに地球760で経験済みだろうから、なんとかなるだろうと思われているらしい。だが、あの時とここでは文化レベルも状況もかなり異なる。そんなにうまくいくかどうか…
青白い地球型惑星に向けて、降下する我が駆逐艦6707号艦。周りはバリアと大気との接触で発生した高温のプラズマで覆われている。
向かう先は、統一語圏と思われる地域の、ある地方都市付近の上空2万メートル。いきなり大都市の調査では地上が混乱に陥る可能性があるため、やや人口の少なめの地方都市から接触を試みるというのは、我々連合側の交渉マニュアルの基本だ。
「高度5万2千、大気圏突入シーケンス終了。これより予定空域に向けて降下します。」
艦内放送で今の状況を知らされる。私はマデリーンさんと一緒に、モニターで外の状況を見る。
まだ海の上空、地上は青い海が広がっていた。
「いっつも思うんだけどさ、どこ行っても人の住んでいるところって青くて丸いじゃない?もうちょっと赤とか黄色とかないの?」
なぜか急に地上の様子に文句をつけるマデリーンさん。いや、マデリーンさん、そういう色の大地は人が住めない場所だから。青でいいんですよ、青で。
首尾よく上空2万メートルに到着した。私は早速、格納庫に向かう。
ところが、ここでトラブル発生。
「えーっ!私も行く~!こんなところでじっとしているなんてヤダ!」
マデリーンさんが駄々をこね始めた。
「いや、マデリーンさん、軍の任務だから、おとなしく留守番しててよ。」
「やだやだ!私も行く!」
どうしても行きたいらしいが、連れて行くわけにはいかない。何があるかわからない、初めての地上探索だ。
「いいんじゃないですか?大尉殿。連れて行っても。」
部屋の前で争っていると、モイラ少尉が現れてこんなことを言い出した。
「モイラ少尉、これは軍規に則った作戦行動だ。口を挟まないでくれるか?」
「いいえ、大尉殿。この作戦の実施事項の一つに『魔女の能力がこの惑星上でも機能するか?』というのもありましたよね?」
…モイラ少尉め、そんな細かいことよく覚えているな。
ということで、晴れてマデリーンさんもついていけることになった。
「じゃあ、言ってくるね~」
「足引っ張るんじゃないよ!ただでさえうるさいんだから、お前は。」
「なんとでもいいなさい。よかったわねサリアンナ、旦那が整備科で。お留守番、お願いね~」
いちいちこの2人は罵りあわないとやってられないのか?ここまでの道のりで、あれだけ大喧嘩したのを忘れたのだろうか?まるで反省がない。
「タコヤキよりクレープへ、これより発進する。」
「こちらクレープ、タコヤキへ、発進許可了承。ハッチ開く。」
アンリエットさんが聞いたら喜びそうな名前だが、クレープというのは駆逐艦6707号艦のコールサインだ。誰が付けたのか知らないが、この艦ができて50年、ずっとそういうことになっているから仕方がない。
さて、この哨戒機に乗り込むのは4人。私とマデリーンさん、モイラ少尉、そして万一に備えて哨戒機の武装担当としてワーナー少尉が乗り込んでいる。
上空2万メートルの大気圧に合わせ格納庫内は減圧され、ハッチが開く。
アームが伸びて、我々の機体は空中に出され、そのまま切り離される。
ゆっくりと降下する哨戒機。まずは高度1000メートルまで下がることにした。
今、この辺りは夜だ。ほぼ満月の月が輝いている。
下は森のようで、木々がうっそうと茂っている。その上をゆっくりと飛ぶ哨戒機。
で、この森の上でマデリーンさん、早速魔女の能力チェックを行うと言い出した。
「いや、マデリーンさん。一旦地上に降りてからでないと危ないって。」
「何言ってんのよ!もう飛んでるわよ!」
哨戒機の中の狭いところで、ふわふわと浮いているマデリーンさん。やる気満々だ。
仕方がないので、ハッチを開く。
「何かあったら手招きするので、すぐに戻ってきてくださいねぇ。」
「分かったわよ、モイラさん!じゃあ、行くね!」
モイラ少尉とのやり取りのあと、マデリーンさんは外に飛び出した。
上空1000メートル、速力は80。小さなLEDライトをつけたホウキならぬ特製のフライングスティックにまたがるマデリーンさん。月夜の中を悠然と飛ぶその姿は、まさに私がマデリーンさんと出会った時と同じ光景だった。
不思議なものだ。ここは未知惑星。そこを飛ぶマデリーンさんを見ると、私がちょうど地球760に降下したばかりの、2年前のあの時に戻ったようだ。
だが、あの時はマデリーンさんは初めて見る哨戒機に驚いて焦って飛んでいたが、今はその哨戒機と並んで飛んでいる。
魔女というのは、空を飛んでいるときがやっぱり輝いて見える。気持ちよさそうに飛ぶマデリーンさんを見て、そう考えていた。
が、突然、その静寂さを打ち消す事態が発生した。
「レーダーに感!距離30キロ!速力2200!音速の約2倍で、2機の航空機が接近中!」
レーダー担当のモイラ少尉の緊迫した声が響く。まずい、この星のレーダー網に引っかかったらしい。
だがこの哨戒機、電波吸収材を塗料に使ったステルス塗料で覆われた機体。この星の技術レベルくらいでは探知されないはず。もし探知できる能力があるのなら、駆逐艦が真っ先に探知されてもいいはずだ。なぜ見つかってしまったのか?
あ、いや、わかった。
マデリーンさんだ。
ステルス性のないマデリーンさんが探知されたようだ。間違いない。
レーダーサイト上では、哨戒機よりもマデリーンさんの方が大きく映る。明らかに人為的な飛び方をするマデリーンさんを、不審飛行物体として判断しスクランブルがかかったのではないか?
「ワーナー少尉!マデリーンさんを回収する!ハッチ開けて!」
「は、はい!」
私は哨戒機をマデリーンさんに寄せる。急にこっちに寄ってきた哨戒機に驚くマデリーンさん。ワーナー少尉が必死に呼びかける。
「マデリーンさーん!緊急事態です!直ちに機内に戻ってくださーい!」
なんとかマデリーンさんを回収した。だが、2機の航空機はすぐそこまで迫っていた。
私は哨戒機のエンジンを全開にする。重力子エンジンの甲高い音が機内に響き渡る。
高度1000メートルのまま、哨戒機は最大速度に達する。だが、哨戒機は時速1000キロ。一方の相手は2200キロ、マッハ1.8だ。
哨戒機ではとても逃げ切れない。これが複座機なら一気に逃げ切れたのだろうが、残念ながら哨戒機はそれほど高速に飛ぶための機体ではない。
あっという間に追いつかれてしまった。ぴったりと後ろに2機がへばりついてくる。
おそらくは無線で警告を出しているのだろう。すぐには撃ってこない。が、どのチャンネルで呼びかけているのかわからないため、こちらからは受信できない。
続いて機銃掃射してきた。曳光弾が哨戒機の右側を抜けていく。警告射撃だ。
それでもただまっすぐ逃げていたのだが、どうやら呼びかけに応じないため、彼らはこちらを攻撃をするつもりのようだ。突然、レーダー照射を浴びる。ロックオンされて、哨戒機内に警報が響く。
まずい。前や側面ならバリアが使えるが、真後ろというのはさすがの哨戒機のバリアでも無防備に近い。
これがフレッドなら気の利いた旋回飛行をして振り切ったりするんだろうが、私の腕ではそんなことは無理だ。
機速は明らかにこちらが劣る。どうするか?
しかしこの哨戒機、速力は劣るが、彼らにはできないことが一つだけあった。
「総員!頭を下げて!衝撃に備え!!」
そういうと、私は哨戒機を急減速した。
そう、最大速力は劣るが、空中に速度0で静止することができる。こんな芸当は、この星の戦闘機には不可能なはずだ。
わずか5秒で一気に速度0まで減速する哨戒機。
「んぐぅ~!」
後席からは急減速に伴う減速度に耐えるモイラ少尉、マデリーンさん、ワーナー少尉の声が響く。哨戒機搭載の慣性制御では、この急減速をすべてカバーできない。ある程度の減速度が機内にかかってしまう。
だが、一気に減速したおかげで、あっという間に2機の戦闘機を振り切った。
もっとも、そのままいたら彼らは引き返してくる。私はそのまま垂直に降下を始めた。
下は森だ。その木陰の中にもぐりこんでしまえば、戦闘機は手を出せない。
しばらく上空に残るかもしれないが、燃料が切れれば帰っていく。その隙に駆逐艦に戻ろう。そう考えて、私は地上に降りることにした。
しかし、前回の地球760の時もそうだったが、最初に接触したのは「空飛ぶ物体」だった。
ただ、前回は攻撃能力などないマデリーンさんだったため、我々は穏便な接触ができたが、今回はレーダー照射を仕掛けてきた相手だ。明らかに我々を撃墜する気だった。
ゆっくりと地上に降下する哨戒機。草が生い茂った場所に、哨戒機は降り立つ。
上空にはあの2機が戻ってきた。が、すでに我々は地上に降りている。彼らのレーダーでは探知できまい。
「上空に2機、さらに旋回中。なかなか帰ってくれませんねぇ。」
モイラ少尉がレーダーを見ながらつぶやく。確かにしぶとい。しばらくは動けそうにない。私は駆逐艦に連絡した。
「タコヤキよりクレープ、この星の迎撃機と思われる機体2機と遭遇、攻撃を避けるため地上にて待機中。」
「クレープよりタコヤキへ、こちらのレーダーでも状況を確認した。不要なトラブルを避けるため、そのまま待機されたし。」
私はエンジンを停止した。そして、そのままハッチを開いて外に出た。
空を仰ぐと、まだ2機が飛んでいた。ほっそりとした本体に三角形の主翼、2基のエンジン。いかにも戦闘機といった風格の機体だ。
だが、まだこの星はジェットエンジンによる飛行のため、垂直離着陸は困難なようだ。このため、我々のように降下してくることはなさそうだった。
しばらく航空機を眺めていたが、ふと、空から地上に目を向けた。
なんと、目の前には人が立っていた。
やや初老の男性、軽装の登山風の格好をしており、を抱えている。
戦闘機から逃れていたら、偶然にも地上でこの星の人間と接触することになってしまった。




