#40 出発
帝都から帰るや否や、私はまた別の場所へ派遣されることになった。
今度の行き先は、なんと700光年先にある未知の惑星だ。
我々は今、地球760の近代化、宇宙艦隊設立に向けて尽力している途上だ。それなのに未知惑星への派遣命令。どうして、そんなことになったのか?
ひと月前のこと。地球401にいる観測班が、人類が生存する惑星を発見した。
当然、宇宙統一連合の一員として艦隊を派遣して、我々の陣営に引き入れるべく行動を開始するのが当然だ。一般的には、発見した惑星が探索、交渉を行うことになっている。
が、いかんせん当の地球401は、すでに遠征艦隊を地球760に派遣しており、遠征艦隊を1個艦隊しか保有していない地球401は、この未知の惑星への艦隊派遣ができない。
そこで、この星からほど近くにある、遠征艦隊を保有する地球627が、我々の地球401に代わって遠征艦隊を派遣してくれることになった。
だが、発見者である以上、こちらからも探査と交渉を協力することで合意された。
で、私が行くことになった。
この地球760で最初の実力者との接触・交渉を行ったのが私だったということもあって、この駆逐艦を含むチーム艦隊10隻が派遣されることになった。
当然、この新たな星でも都合よく接触してくれるものと期待しているらしい。一度あることは二度あると思っている。なんとも安易な理由だ。
その間、領地はほったらかしになってしまうし、ここでの私の生活をどうしてくれるんだ?と、艦隊司令部にゴネたら、まず領地に関しては、艦隊司令部が責任を持って管理してくれることになった。
で、家族同伴での派遣が許可された。
要するに、マデリーンさんも一緒に未知の惑星に行けとおっしゃる。
私は憂鬱だが、なぜかマデリーンさんは乗り気だ。
「えっ!?また他の星に行けるの!?」
マデリーンさん、魔王のぬいぐるみを抱きながら、嬉しそうに私の話を聞いていた。
「いや、マデリーンさん、今度の星はどんなところかまだわかっていないんだよ?」
「ええっ?大丈夫だよ。きっと素敵な人との出会いが待ってるはずよ!」
深い意味で言ったのではないだろうが、既婚者が、配偶者を目の前にしていう言葉ではない。
今のところ文化レベルも不明なこの星、滞在予定期間は4ヶ月。片道3週間はかかるので、半年近くこの星を離れることになる。
まだここに住んで2年。半年も離れてしまったら、この2年の間でも変化が激しいというのに、ここは一体どうなっているんだろうか?
そんな不安を抱えながら、ついに出発の日を迎えた。
さて、今回派遣されるのは、我がチーム艦隊。
王都と帝都にいる数十隻のうちの10隻が、この地を一時離れることになる。
だが、すでに帝国や王国の人で結成された艦隊が一部就役し始めており、その内10隻が我々の代わりを務めることになった。
出発前、なんと国王陛下が宇宙港に現れて、我々に期待する旨の訓示を受けた。陛下直々の激励だ。我々一同、敬礼する。
全員乗艦し、いよいよ出発だ。
「駆逐艦6707号艦、未知惑星に向けて出発する。機器の最終チェック。」
「最終チェック!レーダーよし!機関正常!通信よし…」
いつものように、出発前のチェックが行われている。高度4万メートルまで上昇し、他の艦と合流、大気圏を脱出する。
我々10隻以外には、戦艦ニューフォーレイカーが随伴する。たった10隻に小隊旗艦が付いてくるのは、途中で我々の防衛艦隊の艦船とも合流するためだ。
地球401からは、我々を含め全部で300隻を派遣。1万隻の艦隊からすれば少ない数だが、我々は2年ほど前に一つの星と交渉して、条約締結までこぎつけたという実績を持つ。
そんなささやかな実績だけを支えに、我々はあの星に向かう。
ところで、今回未知惑星についてくる家族は、マデリーンさんだけではない。
ロサ、サリアンナ、エドナ、その他王都で家族ができてしまった人々で、子供がいない人はほぼ全員連れて来ている。
そういえば、フレッドのやつは駆逐艦6703号艦に乗っているが、どうやらアンリエットさんを連れて来ているという。
まだ婚約したばかりで結婚までは至っていないはずだが、よくあの男爵の許しを得たものだと思って聞いてみたら、なんとコルネリオ男爵自身が行けと言ったらしい。
「我が王国の貴族の一員として、輝かしい功績を挙げて参れ!」
と言われて、駆逐艦に放り込まれたらしい。いや、アンリエットさんを送り込んでも、どうしようもないでしょうが…
他にも、イレーネさんもローランド少佐についてきた。こちらは駆逐艦6710号艦にいる。
わりと揉めたのは、アンナさんだ。ジェームス少尉について行くと駆逐艦6707号艦に、イレーネさんについて行くなら6710号艦に乗らねばならないが、当初主人である6710号艦に乗ると言って聞かなかったらしい。
「おい!アンナ!こういう時は夫を私だと思って、夫に尽くせ!」
というイレーネさんの一言で、結局6707号艦に乗ることとなった。ここで気づいたのだが、いつのまにかジョージ少尉とアンナさん、夫婦になっていたようだ。
さて、実はこの6707号艦、もう1組の夫婦を乗せている。
それは、シェリフ、アリアンナ夫妻。交渉官として、未知惑星に同行することとなったのだ。
なお、6702号艦にはハイン少尉とロージィさんも乗っている。きっとまた泣いてるんだろうな、あの魔女。
結局、本来なら100人で済むこの艦には、総勢140人も乗り込んできた。他も同じような状況で、どこも120~140人もの乗員に膨れ上がっている。
元々200人の乗員まで搭乗可能な艦であるため、これでもまだ余裕はあるものの、いつもより人が多い。
私はマデリーンさんと一緒に部屋にいて、部屋のテレビで艦橋のやりとりを聞いていた。
「駆逐艦6707号艦、発進準備完了しました!」
「よーし、ではこれより、6707号艦、未知惑星に向けて発進する!両舷微速上昇!」
「両舷微速上昇!旗艦出力10パーセント!」
ゆっくりと船体が持ち上がる。いよいよ発進、私の第2の故郷である、この地球760としばしの別れだ。
アイリスさんやペネローザさんといったあのブラック貿易会社の面々は当然この星に残る。私が孵るまで頑張れるんだろうか?心配だ。
私の領地のことも気になる。ダミア村の人たちとも仲良くなってきたところで、出発前にもマデリーンさんと一緒に、村の子供らと戯れてきた。
また、ミリア村もロヌギ牛が軌道に乗りはじめて、だんだん村に人が戻りつつある。
どちらの村も電化が進んで、王都あたりと同じ生活水準ができるようになっていた。
私が帰る頃には、さらに生活が大きく変わっていることだろう。楽しみでもあるが、その過程を見られないのは寂しくもある。
そんなことを考えていたら、すでに艦は4万メートルに到達していた。
他の艦も揃ったようだ。艦長が号令をかける。
「これより大気圏離脱を行う。6710号艦のカウントで全速前進。総員、離脱準備!」
「カウント入ります!20秒前!19、18…」
すでに青くて丸い地球760が眼下に広がっている。
「3、2、1、点火!」
「機関全速!両舷前進いっぱい!」
ゴォーという轟音が響く。モニターは、地球760がすごい速度で後ろに流れて行くのを映している。
みるみるうちに大気圏を離れ、さらに地球760は小さくなっていく。
前回マデリーンさんと宇宙に出たのは、地球401という私の故郷だったから、まだ気楽に行けた。今度は文化レベルも分からない未知の星に向かっている。こういう経験は、地球アース)401から今の地球760へ向かった2年前以来のことだ。
今思えば、この時も地球401に郷愁の念を抱いたものだったが、まさかその向かった先で魔女の奥さんをもらって、幸せな生活を歩むなどとは思っても見なかった。
そして、同じ気持ちをこの星にも抱くことになろうとは考えてもいなかった。
「ああ…小さくなっちゃったわね、私達の星。」
マデリーンさんも同じ気持ちなのだろうか?徐々に離れていく地球760を見て、寂しそうに話す。
だが、地球760の姿が見えなくなると、急に食堂へ行くと言い出した。どうやら腹が減ったらしい。
食堂には、いつもの魔女たちが集結していた。
「あら?アリアンナとサリアンナまで乗ってるのね。」
「しょうがないよ、うちの豚野郎が行くって言うから、ついて行くしかないでしょう。」
「私もだ!全く…なんで宇宙なんかに行かなきゃいけないんだか…」
「お姉ちゃんの場合は、もうちょっと宇宙に行ったほうがいいよ。今どき宇宙に行ってない魔女なんて、ロヌギ草のしぼりカスみたいなものだから、今回のはいい機会だよ、きっと。」
「そ…そんなにダメな魔女だったのか?私は…」
アリアンナさんの酷い表現は置いておき、言われてみればここにいる魔女で宇宙に初めてきたのはサリアンナさんだけだ。ロサさんでさえも、地球401に行った時に体験済み。
もっとも、宇宙に行ったことがない魔女の方がまだ遥かに多い。駆逐艦6703号艦にいるアンリエットさんや、6702号艦のロージィさんも今回初だ。
そういえば、この船にいる魔女は4人だけだろうか?一等魔女だけでこれだけの人数が集まってるわけだから、100人の女児に一人しか生まれないという魔女の出生率を考えると、他にいなくても当然なのだが。
そんなことを思ってると、モイラ少尉が現れた。
「あら、魔女さんたちがお揃いで、どうしました?」
「別に、ハンバーグが食べたくなったから来たら、この姉妹とロサがいただけよ。」
「艦内にいても暇ですからねぇ、魔女に限らず、他の奥さん方も暇を持て余してますよ。」
「本当だ、ひまでしょうがない。何か面白いことはないのか?」
サリアンナさんが特に暇そうだ。飲んでいるスープのスプーンを回しながら、モイラ少尉に尋ねる。
「そうですね…そういえば、こちらの皆さんは魔女ですよね。」
「見りゃわかるだろ!どんだけの付き合いがあると思ってるんだ!?」
「わかってますって、当たり前じゃないですか。でも実はこの艦に、もう1人魔女がいるって聞いたら、どうです?」
「ええっ!?まだいるのか!?魔女が!」
モイラ少尉から、ちょっと驚きの事実が明かされた。なんと、魔女がもう一人いるのか!?
「なにせ引き合わせた張本人ですからね、よく知ってますよ。」
「誰なんだ!?今この食堂にいるのか?」
「ええっと…いないですね。でも、多分あそこにいると思うんで、見に行ってみます?」
「あそこ」というのは、機関室のことだった。
その魔女の名はエリザ。歳は23歳。動力科のバーナルド中尉の奥さんで、モイラ少尉のサポートのおかげで、4ヶ月前に結婚したそうだ。
彼女は二等魔女だそうだが、重さ100キロ程度までなら持ち上げられる、やや力のある魔女らしい。
だが彼女の特徴は、そんな魔力ではないそうだ。とにかく、行けばわかるそうだ。
私とマデリーンさん、ロサさんにアリアンナ、サリアンナ姉妹、それに途中で出会ったエドナさんと一緒に、機関室に向かった。
左側機関室に彼女はいた。機関室なんてところに女性がいることが珍しい。だから、すぐにわかった。
入り口の前には大型の核融合炉があり、その奥には重力子エンジンが見える。
そのエリザさんと思しき女性は、その重力子エンジンの方をまじまじと見上げている。
「ちょっと、あんたがエリザ?」
マデリーンさんが声をかける。
「えっ!?はい、エリザです。あの…どちら様でしょうか?」
「私はマデリーン。あんたが魔女だって聞いたので、ちょっとご挨拶にと思って来たのよ。」
「へっ!?マデリーン?もしかして、王国最速の魔女、ビル上説得事件の奇跡の魔女と言われる、あのマデリーンさん?」
「そうよ。」
さすがは地球401の旦那さんを持つ魔女だ。両方の名前を知っている。
「うわぁ!この船にいらっしゃるとは聞いてましたが、まさか本当に会えるとは思ってもいませんでした!感動です!」
「何言ってんのよ、同じ王国の魔女よ、気楽に声をかけてくれていいんだから。」
などという調子で挨拶が進行する。ロサさんやアリアンナ、サリアンナ姉妹、ついでに現れたエドナさんとも話す。
「ところであんたさ、なんでこんなところにいるのよ?」
「ふっふっふ…よくぞ聞いてくれました…この機関室は我が夫の職場。そして、この船のあらゆる力の源。つまり、この機関があるからこそ、この巨大な船を動かすことができるんですよ。」
今まで和気あいあいで喋っていたのに、急におどろおどろしい雰囲気で語り始めたこの魔女。
「魔女とは力の源を持つもの。自身の魔力の探求に明け暮れていたある日、私は王都の近くで、出会ってしまったんですよ。強大な力に…」
「…まさか、それが…」
「そう、核融合炉と重力子エンジン。あの山脈のような大きな船でさえ動かせるこの力の源に、私は魔女としてすっかり虜になってしまったんですよ。どうです?核融合炉の出す重低音にびりびりと来ませんか?重力子エンジンのあの青い光に、身体の芯からしびれて来ませんか?」
「いやあ…全然…」
思わずマデリーンさんは素直に答えてしまった。多分ここにいる一同、皆ドン引きだろう。
と思ったら、たった1人同調する者が現れた。
「私、分かります。魔女じゃないけど、あの青い光を見てると、なんだか痺れて来ちゃって…」
「ああ、分かってくれる!?素晴らしいわよね、この冷たくも力強い機関たちの声!」
「ええ、私もこの機械たちに打ちのめされたい…」
ああ、エドナさんのドMな妄想が捗ってしまった。すっかりその気だ。
2人して重力子エンジンの方を興奮気味に見ている。一方は力強い機械が好きな魔女、もう一方は変態奴隷。嗜好が異なるこの2人の不思議な同調を目の当たりにした。
いくらドン引きする相手でも、分け隔てなく女子会と魔女会に誘うのはマデリーンさんのいいところだ。早速、エリザさんを両会に誘って、スマホで連絡先を交換していた。
で、機関室で恍惚とした表情で機関類を見つめる2人をほっといて、我々は食堂に戻る。
途中、砲撃長とすれ違う。
「おい!ダニエル大尉!エドナのやつ見なかったか!?」
「ああ、エドナさんなら今、左機関室にいますよ。」
「ああ!?機関室だぁ!?何してるんだ、全く…」
ブツブツと言いながら、機関室に向かう砲撃長。やばいな…またエドナさんが喜んでしまう。
今度は正面から、ロレンソ先輩とアルベルト少尉が現れた。
「あっ、ロレンソ先輩にアルベルト少尉。どこにいたんです?」
「どこにいたも何も、格納庫だよ。肝心のパイロットが来ないんで、ブリーフィングが中止になったんだよ。」
あ…忘れてた。そういえば、哨戒機にどんな惑星探査用装備をつけるかを話し合うってことになっていたんだ。
謝る私、やや気まずい雰囲気で、ロレンソ先輩とアルベルト少尉はそれぞれの奥さんを連れて帰っていく。
「なんですかねぇ、一回や二回打ち合わせをサボったくらいで文句を言うなんて、錆びた馬車の車軸みたいな野郎ですね、全く。」
相変わらずアリアンナさんの表現は独特すぎてついていけない。そんなアリアンナさんの最大の理解者であるシェリフさんも現れて、私とマデリーンさんだけが残った。
こうして、未知の惑星への旅が始まった。ここから3週間かけて、何が待っているか分からない星へと向かう。




