#39 帝都デート
1週間が経った。
毎週、いろいろ邪魔が入るが、今週こそはやりたいことがある。
マデリーンさんと2人きりで「帝都巡り」をしたい。
たったこれだけのことが、魔女の勝負だの帝国呼称お披露目式だのブラック企業の社員だのによって阻まれ続けた。
今週は帝都で過ごす最後の週末。来週には王国に帰ることになっている。だから、今週末がラストチャンス。
この帝都には多くの名所がある。お城あり、競技場あり、祭りあり。
今まさに祭りの真っ最中だ。皇族の何かのお祝いらしい。だが帝都というところは、ほぼ毎月のようにお祭りがある。
最大のものは以前参加した建国記念日の祭りだが、あれ以外でも大なり小なり祭りが行われている。
要するに、この帝都の人々は祭り好きばかりのようだ。
最近では我々のクリスマスも取り入れていたらしい。なんだかわからないが、宇宙からめでたいものがやってきたから取り込もう、そういう勢いだったそうだ。
ということで、帝都に一歩踏み込むと、そこはもう屋台と人でごった返す場所と化していた。
「やっぱり、この祭りの雰囲気がお似合いよね、帝都は。」
マデリーンさんはご機嫌だ。目線の先には、チキンのお店がいくつもある。お目当は、やはりそれか。
帝都に入ってわずか200メートルほどを前進したところで、もう3個目のチキンを頬張っている。なんとまあ、帝都チキンが好きなことで…
帝都でこれほどチキンがもてはやされるのには理由がある。
今から250年ほど前に、この帝都がある国に攻められたことがあったらしい。
敵兵にぐるりと囲まれてしまい、身動きが取れない。そこで、当時帝都内にたくさんいた鶏を食べてなんとかしのいだそうだ。
やがて冬が到来し、寒さで動きが鈍った敵を、チキンで精力をつけた帝国兵たちが急襲してこれを排除。奇跡の大勝利をおさめたというのだ。
それ以来、帝都ではチキンがもてはやされているとのこと。で、帝国を救った鶏を讃えて、冬にはチキン祭りというのもあるそうだ。ただ、鶏からすれば、結局食われるだけで迷惑なお祭りだ。
ともかくチキンが盛んに食べられているのはそういう理由だ。
私もワイン片手にチキンを食べる。確かにここのチキンは美味い。この味ばかりは、地球401の技術力を持ってしてもかなわない。
食ってばかりではつまらないので、2人で帝都の中心街のはずれにある古城に行ってみた。
スリュムヘイム城。帝都の名を冠したお城だが、思ったよりも小さい。というのも、帝都ではここ100年以上戦闘がない。領土を広げ過ぎた結果、ここが戦場になるということがなくなってしまった。このため、スリュムヘイム城はどんどん小さくなっていき、代わりに宮殿や競技場、議事堂などが作られた。今残っているのは、かつての見張り台だけだそうだ。しかし、見張り台だけで城の体を成しているほどだから、かつてこのお城がいかに大きかったかということがわかる。
「そういえば、マデリーンさんってお城に降り立ったことがあるって行ってたよね。」
「あるわよ。ここじゃないけど。」
「どんなお城だったの?」
「そうねえ、帝国の属領の国のお城で、ここよりはもうちょっと大きかったかな。そこには城兵が500人いてね…」
今から5年ほど前の話、当時マデリーンさん17歳。
王国のとなりにある小さな国の城に、突然5千もの兵が襲いかかってきたそうだ。
王国には救援要請が届く。直ちに出兵となった。
が、王国の救援軍が向かっているという知らせは敵兵に阻まれて届けられない。このままでは城兵の士気が落ちて、城が陥落してしまう。
そこでマデリーンさん、コンラッド伯爵様より書簡を受け取って、この城に届けることになったそうだ。
戦場についたマデリーンさん。5千の軍勢を飛び越えていくのだが、この時あえて低空で飛んだそうだ。
「なぜ低空で飛ぼうって思ったの?」
「空高くから舞い降りていったらただの郵便屋だわ。だから、敵兵の上を悠々と飛んでいってやろうって思ったの。それを見れば、城兵の士気も上がるでしょう?」
マデリーンさんは低空で侵入、軍勢からは矢が放たれる。
だがマデリーンさん、これを巧みに避ける。時速70キロで飛び、矢よりも速いマデリーンさんに成すすべもない5千の軍勢。
あえてまっすぐ飛ばずに、遠回りで飛びまわるマデリーンさん。魔女1人に愚弄されたとますます意気がる軍勢。だが、上空を素早く飛ぶマデリーンさんを、ついに落とせなかった。
城の真上で停止して叫ぶマデリーンさん。
「我が名はマデリーン!王国軍はこの国救援のため、2万の兵を派遣!あと少しだけ踏みとどまれとの陛下からの激励をいただいたわ!」
実際には救援軍は7千だったそうだから、ハッタリをかましただけなのだが、これを聞いた城兵は大いに鼓舞され、士気は上がる。一方の敵兵は混乱に陥る。
結局、王国軍到着前に敵は撤退を開始。だが、その背後から王国軍が追いつき、敵の軍勢を撃ち破った…
で、戦場を矢よりも速く飛んだおかげで、その時の敵兵からはまるで稲妻のようだったと評され、以後「雷光の魔女」と呼ばれた…
これが、マデリーンさんを一躍有名にした事件の顛末だ。おかげで、王国や帝国中の魔女から慕われ、羨ましいがられ、時々勝負を仕掛けてくるやつが出る始末だ。
「いやあ、本当言うとね、結構怖かったわよ。後ろから矢が無数に飛んでくるのよ、いきた心地がしないったらありゃしない。でも今更高く飛んで逃げるなんて嫌だったから、あの時は死に物狂いで飛んだわよ。」
当たり前だが、この星の兵は航空機の撃墜方法を知らない。自動追尾がない兵器で上空を飛ぶ物体を落とすには、正面からまっすぐ向かってくるときに撃つというのがいいとされる。それ以外ではまず当たらない。だから、ゲリラが潜んでいそうな場所を低空で飛ぶときは、ジグザグに飛ぶようにしろと言われたことがある。
マデリーンさんはそんなことを知らないが、敵を翻弄させ城兵の士気を上げる為に敢えてまわり道をしたのは正解だった。まっすぐお城に向かっていたら、軌跡を読まれて撃墜されたかもしれないからだ。そうなれば、今ここにマデリーンさんと一緒にいなかったかもしれないのだ。
いくつかの幸運の上に、我々夫婦はいることを改めて思い知らされた。横で平和そうな顔でチキンを食べるマデリーンさんにも、そんな無茶なことをしている時代があったんだ。
このお城は一般開放されている。と言っても、敷地内に入れるだけで建物は鍵がかかっていて入れない。
そのお城の中は、どちらかというと私と同じ地球アース)401が多いようだ。そういう服装が多い。なにせお城というものを直に見られるわけだ。地球401にも歴史的な建造物はあるが、修復でコンクリート作りに変わったりしているものが多くて、現役のお城というのは我々には珍しい。
私は、マデリーンさんの方を見る。
さっきああいう話をしたからだろうか?マデリーンさんの横顔をまじまじと見る。
ちょっと面長で、高い鼻が特徴。サラサラとしたストレートヘアが、真冬のこの帝都の風に吹かれてたなびいている。
マデリーンさんは胸が小さい。本人は女らしくないと気にしているようだが、私の趣向にはジャストミートだ。
もう何度も見ているはずなのに、改めてじろじろと見てしまった。マデリーンさんも気がつく。
「なによ!私の胸ばっかり見て!」
おっと、目線がバレてしまった…。胸元を隠すマデリーンさん。私相手に、今さら隠してもしょうがないでしょうが。
「いや、私がマデリーンさんと出会って、もうすぐ2年になるなあって思ってさ。」
「ああ、そうね、春になったら、ちょうど2年になるのね、私達。」
「出会った時はマデリーンさん、確か帝都から王都に向かう途中だったんだよね。」
「そうよ、いきなり空にでっかい箱が現れて、私を追っかけてきたんだもん。びっくりしたわよ。王国一速い私が振り切れないなんて、なんてやつだって思ったら、それがあんただったのよね。」
あの時は資源調査専門の技術武官が乗っていて、空を飛んでる魔女がいるから追いかけろって言われ追っかけたのだが、まさかその時の魔女と夫婦になるなんて、その時は思っていなかった。
今では帝都の上空にも多くの航空機や宇宙船が飛び交い、哨戒機が飛んでるのも珍しくなくなった。だがつい2年前までは、魔女以外は空を飛べる人がいない星だったのだ。
そんなことを考えてると、正面からあるカップルが登場。
ハイン少尉とロージィさんだ。手をつないで歩いているところを見ると、2人もデートしているようだ。
「ハイン少尉!」
私は声をかける。
「あれ?ダニエル大尉殿ではありませんか。どうしたんですか?こんなところで。」
「祭りだし、2人でデートしてるんだよ。」
「いやあ、お熱いですねぇ。」
「いや、そっちの方が熱いでしょう!?」
思わず、突っ込んでしまった。
「マデリーンさんはここのチキンがお好きなんですね。」
「そうよ。こればかりは地球401のはかなわないわよ。」
「これも美味しいわよ、食べてみたら?」
ロージィさんが見せてくれたのは、どう見ても玉ねぎ。一口サイズの小さいやつがいくつも袋に入っている。
「いやよ、玉ねぎなんて。そんなものが美味しいはずないじゃない!」
「そんなことないよぉ~一口食べればわかるって~」
また涙顔だ。よく泣くなあ、この魔女。
で、マデリーンさん、結局ひとつもらって渋々口に入れる。次の瞬間、こう言いだす。
「なにこれ…甘いじゃない…」
帝都名物に白玉ねぎだそうだ。これをちょっと油で揚げると、玉ねぎ特有の辛さはなくなり、甘い味だけが残る。
「どうよ!玉ねぎとは思えないこの味!」
「うーん、確かに美味しいわ…でも、これならクレープとかの方がいいかな?」
「ええ~っ!クレープなんてやつより絶対こっちの方がいいってば!」
ロージィさん、また半泣きだ。マデリーンさん、彼女のこと知っててわざと泣かしていないか?
「そういえばロージィは、クレープ食べたことないんじゃないか?街に戻って食べに行ってみるか。」
「えっ?ほんと?ところでクレープってどんな食べ物なの!?」
「そうだなぁ、薄い皮でいろんなものを巻いている食べ物なんだ。例えば、クリームにブルーベリーにキウイにバナナにストロベリーにパイナップルに…」
「ええっ!?そんなにたくさん入ってるの!?食べられないよぉ!」
また泣いた。この2人のやりとりも面白い。やっぱりこの2人、いいコンビじゃないか?
ハイン少尉は敬礼して去っていった。ロージィさんにクレープを教えてるため、これからショッピングモールにいくようだ。
「さて、我々もそろそろ戻りますか?」
「いいわよ、チキンをおみやげに買って帰ろうね。」
そのまま中心街に戻っていく。
その途中、思わぬ2人組を見かけた。
あれは、アリエッタさんだ。その隣はどう見ても中年男性。
おそらく、いや、間違いなくあれは帝都出張所の所長にされたというあの係長だろう。
実はアイリスさんから、アリエッタさんのその後のことが書かれたメールを受け取っていた。
アリエッタさん、あれから出張所に行って、入社手続きをしたそうだが、そこで彼女の魔法を見せたらしい。
持ち上げたのは湯のみ。お茶汲みついでに、係長のところにお茶を持っていったらしい。
そんなささやかな魔法が、かえってその係長には心に響いたようで、いつも暗い雰囲気だったその係長は急ににこやかになったそうだ。
ところでこのアリエッタさん。どういうわけか、おじさん好きらしい。
加齢臭を嗅ぐと落ち着くらしくて、その係長と話している間、ずっと匂いを嗅いでいたとのこと。
アイリスさんもびっくりなその嗜好に、正直彼女もドン引きだったらしいが、おかげでアリエッタさんがその係長の相手をしてくれるため、少し職場の雰囲気が良くなったとのこと。
それまでは、その出張所にいた人はお互い会話もなくばらばらだったが、係長にも明るく話しかけるアリエッタさんを突破口に、急に会話が増えたそうだ。
で、そのまま2人は意気投合して、一緒に帰ってしまった。で、今は同じアパートで暮らしてるそうだ。
いや…いくらなんでも、倍も年齢が離れたもの同士、いかんでしょう?そう思ったが、それ以来その係長、生き生きと仕事をしてるらしい。元々それほどダメな社員というわけではなかったそうなので、やる気を出した途端に出張所が上手く回り出したとのこと。
おかげで、アイリスさんもようやく王都に専念できると、そのメールにはつづられていた。
で、今まさにその2人が目の前を歩いているわけだが、仲睦まじく喋っている。
が、正直言って、恋人同士というより親子といったほうがお似合いなコンビ。20歳以上も歳が離れたカップル、上手くいって欲しいような、欲しくないような。
話しかけるのもなんだか少しためらわれたので、そのまま遠くから見ていただけだった。だがアリエッタさん、先週であった時はみすぼらしい服を着ていたが、今はすっかり綺麗な服を着ていた。大事にはされているようだ。
ここで出会った2人の魔女のその後を垣間見たが、どちらも貧民街にいた時より良い生活を歩んでいる。
魔女不遇の時代があったとされるこの帝都で、この2人は幸せをつかめたごくわずかな魔女というわけだ。
こういう魔女が増えてくれると良いのだが、眼下に広がる広大な貧民街を見ると、まだまだ道のりは遠そうに感じた。
「ちょっと、あのベンチで休んでいかない?」
マデリーンさん、ワインを飲みすぎて酔っ払ったため、少し休みたくなったらしい。
「大丈夫?寒くない?」
「いやあ、いっぱい飲んだおかげで、ぽっかぽかよ。」
酔っ払ってて、少し感覚が麻痺しているらしい。
「あーっ…でもちょっと寒いかな?」
そう言って、私の腕にしがみついて寄りかかってきた。
なんでこんなところで…と思ってマデリーンさんを見ると、ちょっと嬉しそうな顔してしがみついている。なんだ、こういうことがしたかったのか。
もし私が彼女と出会わず、別々の人生を歩んでいたら、どうだろうか?多分私は別の人と別の場所で生きているか、あるいはまだ独り身で、ひょっとしたら地球401に帰っていたかもしれない。
マデリーンさんも、もしかしたら別の人と一緒にいるか、独り身だったかもしれない。
すると、アイリスさんは生きていただろうか?あのまま説得されることなく、飛び降りていたかもしれない。
すると、アリエッタさんはあの係長に出会えなかったし、ロージィさんもマデリーンさんに勝負を挑むことなく、ハイン少尉にも出会えていなかっただろう。
王都に行けば、私とマデリーンさんが引き合わせてしまった人々が大勢いる。その人たちの運命もまた、ちょっとしたきっかけで大きく変わっていたかもしれない。
いくつかの幸運の上に、我々夫婦だけでなく、多くの人がいる。マデリーンさんの顔を見ながら、私はふとそんなことを考えていた。




