#38 帝都の中心街
今、私は帝都の中心街にいる。
王都と私の住む街は林を隔てて離れているが、宇宙港の街と帝都の中心街は壁を隔てて接している。このため、街から少し歩けば中心街の繁華な場所に出る。
以前、帝都の祭りに来たことがあったが、ここは普段でも人は多いところだ。屋台もちょくちょく出ているし、活気がある。王都も賑やかだが、こちらの華やかさは段違いだ。
「軍人さん!チキン食べていかない?ワインもあるよ!」
帝都というところは食べ物が豊富だ。鶏肉や牛肉だけでなく、野菜や果物も多い。近くに大きな川があるので川魚もあるが、魚は塩漬けされていて、あまり美味しいとは言えない。冷凍技術がもう少し普及すれば、新鮮な魚介類が並ぶかもしれない。
昼間から御構い無しに酒類を売る屋台も多い。ここはワインがとにかく多いのだが、エールビールもちょくちょく見かける。しかし、冷蔵庫がないので、ビールは正直美味いとは言えない。
それはともかく、私が今1人で帝都の中心街にいるのは、皇帝陛下主催のあるイベントに参加したためだ。
それは、帝国の「呼称」の正式発表が行われる式典。
これまで、帝国は単に「帝国」で通用したが、この星の他の国や地域との関係もあって、対外的に呼称を用意しなくてはならなくなった。
以前から言われていたことだが、数ヶ月かけてようやく正式発表にこぎつけた。
帝国の新たな呼称は「アドミラル帝国」。
帝国が支配する大陸の名がアドミラル大陸だからという理由でそうなったらしい。たったそれだけのことに、随分と時間がかかったものだ。
帝国には議会があって、その承認を取り付けるのに手間取ったらしい。
帝国に議会があったとは知らなかったが、帝国貴族出身者しかなれず、選挙権も貴族のみ。民主主義と呼ぶには程遠い体制だ。
帝国貴族というのは全部で約3千人いるらしい。その意見統一を円滑にするために作られたのが「議会」というわけだ。だから、貴族しかいない。議員は全部で50人。
さて、この日は同時に王国の対外呼称も発表された。こちらの名は「アーク神聖王国」。王国のある地域名を冠したとのこと。
ただ、間に「神聖」と付いたのは、他の王国との差別化するためのようだ。今まで「王国」といえば、私がいる王国を示しており、それ以外の王国はまるでパクりもののように扱われていた。
ところが、対外呼称を「アーク王国」としてしまうと、こっちの王国まで「パクり」臭くなってしまう。王国内には大聖堂があるので、それにちなんで「神聖王国」としたようだ。
なんだか、かえってインチキ臭い国名に感じるのは気のせいだろうか?まあ、私もそのパチモン王国の貴族なわけで、あまり批判はできない立場なのだが。
というわけで、土曜日だというのに式典参列のため、軍服で出かけている。
ここは帝都なので、私は単なる軍人扱い。貴族として参列することはできない。でも、この方が気楽でいい。
式典が終わったので、マデリーンさんとの待ち合わせ場所に向かう。せっかくだからこのあと一緒に、帝都中心街をうろつくことにしていた。
ところが、待ち合わせ場所のある帝都チキンの店の前で、マデリーンさんと男3人が言い争いをしていた。
「なによ!こんな娘一人相手に3人ががかりだなんて!」
「うるさいぞ!小娘!そっちが悪いんだ!文句あるか!」
なにがあったんだ?私は急いで駆け寄る。
「マデリーンさん!どうしたの!?」
「あ、ちょっと聞いてよ!この3人が、この子に言いがかりをつけていたのよ!?」
「なんてこというんだ!おい!そっちの娘がぶつかってきて…」
何かいいかけたが、その3人は私の方を見ると、ぴたっと止まった。
「た…大尉殿!なんでもありません!失礼します!」
3人が敬礼をしてきた。私も敬礼する。どうやらこの3人、軍人のようだ。軍服を着ていないということは、式典にでいていない下士官以下の軍人だろう。
「何があったの?」
「いや、この娘があの3人に絡まれてたんで、私がかばったのよ。何よあの3人、軍人だったの!?」
「…らしいね、ああいうのもいるんだね。気をつけないと。」
「あ、ありがとうございます、おかげで助かりました。」
「いやいや、軍のものが迷惑をかけてしまった、こちらこそ申し訳ない。」
で、この娘の話を聞く。名前はアリエッタ、歳は19。どうやら配りものをしていたら、あの3人の内の1人に手がぶつかって、それで絡まれたらしい。
で、その配りものというのを見ると、ポケットティッシュだった。
その表面に書かれていたのは「グレイス貿易」という名前。はて?どこかで聞いたことがある名前だ。
「アリエッタさんは、なんでポケットティッシュを配ってるの?」
「はい、紹介所で仕事をもらったんです。あちらの星のお仕事は賃金がいいので、よく仕事を頂くんですよ。」
服を見たところ、どう見ても貧民街の人のようだ。その上から、支給されたであろう赤い上着を着ている。彼らの賃金は1日平均で1、2ユニバーサルドル程度と言われており、ティッシュ配りでも1時間やれば、それを上回るお金が得られてしまう。
アリエッタさんと話していると、ある人物が現れた。
「あれ?マデリーンさんにダニエルさん、どうしたんですか?こんなところで。」
アイリスさんだ。帝都にまでいたのか?このブラック社員。
「アイリスさんこそ、なぜこんなところにいるんです?」
「そりゃ、この娘にティッシュ配りのバイトをお願いしているんで、見にきたんですよ。」
「ということは、このティッシュ、アイリスさんの会社の宣伝用だったの!?」
「そうですよ。新しく帝都出張所を作ることになったので、宣伝しているんですよ。」
とうとう帝都にまで進出してきたのか。業務拡大する気満々だなぁ。
「実は本社の係長がやってきて、帝都出張所の所長をやることになったんですよ。」
「はぁ!?係長で所長!?」
思わず叫んでしまった。さすがはブラック企業。常識や法律の及ばないところでは、やりたい放題だ。でもいいのか?いくら人件費が安いからって、そんな職級の人間に所長なんてやらせて。
聞けばその係長、数年前に奥さんに逃げられて、ずっと落ち込んでいるらしい。歳は40で、本社の片隅でひっそりと仕事をしているので、気分転換にとここに飛ばされたらしい。
余計に落ち込むんじゃないかと思うのだが、いいのだろうか?そんな安易な理由で一人の社員をよその星に飛ばしてしまって。
で、やはりというかその係長、すっかり落ち込んでしまって、アイリスさんが応援に出ているのだという。
「いや、ちょっとかわいそうな気がするな、その人。」
「何言ってるんですか!心機一転、しがらみを捨ててやり直せるいいところですよ、ここは!私なんてこの通り、月3日の休みでも働ける体になりましたし。」
社畜自慢はあまり褒められたものじゃないな。アイリスさんも心配だ。
「あの…ちょっと聞いていいですか?」
アリエッタさんが、申し訳なさそうに話しかけてきた。
「なに?」
「こちらの方、マデリーンさんとおっしゃってましたけど、もしかして王国最速の、あの魔女様ですか?」
「そうよ!雷光の魔女っていった方が、分かり易いかしら!?」
久々にドヤ顔のマデリーンさん。またマデリーンさんのことを知る者が現れた。ほんと、あっちでもこっちでも有名人だなぁ、マデリーンさん。
「うわぁ!感激です!まさかあの伝説の魔女に会えるなんて、夢みたいです!」
アリエッタさんに感激されてしまった。魔女不毛の地のこの帝都で、珍しいことだ。
「あなたも魔女好きなのね。いやあ、カッコいいですもんね。ビルの上に颯爽と現れた魔女マデリーンさんのこと、未だに忘れないわ。」
アイリスさんも同調する。
「はい、でもこの街は、あまり魔女のことをよく思ってはいない人が多いのですけど。」
「そうなのよねぇ~、私も帝都ではよくバカにされたものよ。」
「はい…で、私、内緒にしてたんですけど…」
アリエッタさん、急にもじもじし始めた。
「実は私…これでも魔女なんです…」
「えっ!?ええっ!」
一番驚いてたのはアイリスさんだ。まさか、自分の雇ったバイトが魔女だったなんて、知らなかったからだ。
我々夫婦も驚く。帝都では魔女なんてほとんどいないと思っているから、突然の魔女の出現にびっくりだ。
「あ、でもそんなにたいした魔女じゃないですよ。せいぜいこんなことができるだけです。」
と言って見せてくれたのは、ポケットティッシュの入ったカゴを宙に浮かせてくれた。
これくらいの重さまでなら浮かせられるというが、どう見ても1キロもないくらいの物体だ。確かに、あまり役立つとは言えない。
「ちょ…ちょっとあなた!今仕事してる?」
「えっ!?仕事ですか?いや、日雇いをこなしてるだけで、定職がなくて困ってますが…」
「じゃあ、うちに来ない?勤務地はここ帝都の出張所で!いいでしょう?」
「ちょっと、アイリス!また雇うの!?」
「いいじゃないですか、うちは魔女ウェルカムで、この人は仕事くださいと言ってるわけだし、お互いウィンウィンじゃない?」
「そうだけど、カゴを一つ浮かせられるだけの力、なにに使うのよ?」
「湯呑みくらい浮かせられるでしょう?それだけできれば十分ですよ!」
お茶汲みさせるつもりなんだ…帝都では貴重な魔女なのに…
「アリエッタさんでしたっけ?帝都の場所案内はできる?」
「は、はい。貴族の方が住んでるところでなければ、一通り分かります。」
「じゃあ、決まりね!採用!」
ということで、お茶汲みと道案内、それにティッシュ配りをやってもらうことで、アイリスさんはアリエッタさんを雇うことになった。
「ところで、なんでティッシュ配りなんてやってるの?貿易会社が街の人にティッシュなんて配って、意味あるの?」
「いやあ、あんまり意味はないと思ってるんですが、ティッシュがあまりにたくさんあるので、配ってるんですよ。」
「ティッシュが大量にあるって…そりゃまたなんで?」
「いや、アランのやつが大量に発注しちゃったおかげで、大騒ぎになってですねぇ…」
聞けば、とある会社からの注文で、ポケットティッシュを6千個を発注しようとしたらしい。ところがアランさんは余裕を見てちょっと多めに注文しようと桁を一つ増やし、これを6万にした。
6千を6万にすることを「ちょっと」という感性がすでに突っ込みどころだが、よりによってさらに一桁間違えて入力して、結果60万個のポケットティッシュを発注してしまった。
コンテナいっぱいのポケットティッシュを目の前にして、さすがのアイリスさんも青ざめたそうだ。6千のはずが60万個。まさか200光年彼方に返品するわけにもいかない。こんな大量のティッシュの山、どうしようかと。
だが、この大量のポケットティッシュが思わぬ需要を生む。
やけになっていろいろなところに売り込みをかけたらしいが、なんと貴族には大受けだったらしい。
ポケットティッシュというのは、真っ白で清潔感があり、それでいて使い終わったらゴミとして捨ててしまえばいい。このお手軽な使用感が王国の貴族の間で人気となり、爆発的に売れたそうだ。
私も王国貴族だというのに、そんな話があったとは知らなかった。今、王国貴族の間で大人気なんだ、ポケットティッシュ。
とはいえ、総勢60万個。さすがに多すぎるため、貴族に売れた程度ではさばききれない。そこで、こうして自社の宣伝用にも使ってるそうだ。
あいかわらず豪快なアランさんだが、それを逆手にとって商売に使おうというアイリスさんのたくましさにも感心する。
「でも、だからといって貿易会社がポケットティッシュを配って、どうするの?」
「いやあ、帝都出張所が立ち上がったら、また人手が足りなくなってですね。で、こうして宣伝していたら、また魔女を雇えるんじゃないかって思ったんですよ。」
で、まさか配ってる本人が魔女だったというオチが待っているとは思わなかったらしく、思わぬ収穫にアイリスさんは大喜びだ。
「魔女だからというだけで雇うのなら、私も雇われてみようかしら?」
「えっ!?本当ですか?マデリーンさんなら大歓迎ですよ!所長の座を譲ってもいいくらいです。」
またマデリーンさん、そういうことを言う。別にこんなブラック企業で働かなくても…いや、ちょっと待て。所長の座を譲る?
やや気になる発言だ。私は確認する。
「もしかしてアイリスさん、王都の出張所はアイリスさんが所長?」
「そうですよ。他になり手がいませんからね、あの出張所。」
「いや、そうだけど、平社員が所長なんてやっててもいいの?」
「いいんじゃないですか?別に本社に迷惑をかけているわけじゃないですし。」
いや、そういう問題ではない。組織として、そういうことでいいのかと思わずにはいられない。我々軍隊で例えるなら、モイラ少尉が駆逐艦の艦長をやるようなものだ。そんな危ないこと、軍組織では決してやらない。
なんだかこの会社、想像以上にブラックだぞ。そんなところに魔女が3人もいていいのか?
ついでに、さらにやばいことを聞いた。
帝都の出張所は、宇宙港併設の街ではなく、帝都中心街の中に開設されている。
貧民街のすぐ横あたりの3階建の建物を借りて、営業しているそうだ。
そういえば王都でも、宇宙港の街ではなく王都の中に作られている。宇宙港の街ならば地球401の法律で運用される治外法権地域だし、治安もいい。なぜわざわざ宇宙港の街の外に作るのか?
アイリスさん曰く、その「治外法権」がダメらしい。労働基準法や税制法が地球401基準になってしまうため、企業としては都合が悪い。
その点、この星の都市内に作ってしまえば、法人税はかからず、労働法規も守る必要がない。だからわざわざ外に作っているとのことだ。
聞いてて思わず感心してしまうほどの、清々しいまでのブラックぶりだ。社員の安全を優先しないのか?この会社は。
そんなブラック企業で生き生きと働くアイリスさん。今は新しい市場開拓で上り調子だからいいけど、いずれどこかで破綻するような気がする。
そんなところにアリエッタさんがいくわけだ。なんだか可哀想な気がするが、一方でアリエッタさんの住む貧民街の方はといえば、ブラック企業が可愛く見えるほどの場所らしい。
窃盗や強盗、殺人は日常茶飯事の街。アリエッタさんも、せっかく稼いだお金を何度もとられたことがあったらしい。このため、彼女は稼いだお金を持ち帰らず、全て物に変えてから帰宅していたそうだ。
お金を蓄えるということができないため、毎日働かないと食事にありつけない。超絶ブラックな環境だ。それに比べたら、アイリスさんの会社なんてかなりマシな方だ。
住む場所は、安全な帝都横の宇宙港の街の中に確保され、休みもある。なによりも貯金ができる。貧民街で暮らすことを思えば、まさに天国だ。
ということで、アリエッタさんも大喜び。貧民街を出られるとあって、ようやく生きる希望を見出せたようだ。
超絶ブラック環境から普通のブラック企業に行くことになったアリエッタさん。このあと帝都出張所に立ち寄って、入社手続きをすることになった。
思わぬところで出会ったこの二等魔女さんの話を聞くと、こういう人があの貧民街にはたくさんいるのだろうと悟った。そのうちたった1人を救い出したに過ぎない。我々の文化や技術が浸透して、この街が消える日はいつの日か?




