#37 帝都の魔女
帝都は王都の数倍の人口を抱えている。
その多くが、貧民と呼ばれる人々だ。
帝都というところは、この辺りの政治、経済、産業の中枢を担っている。ほぼ一つの大陸を支配する帝国の首都だけに、宇宙時代になった今でも、他国からの使節が絶えない。
帝国中のあらゆる物品や情報がこの帝都には集まってくる。そのため、ここには多くの仕事が存在する。
これを支えているのが、貧民と呼ばれる人々だ。
安い賃金で働く彼らは、この帝国の多くの産業を支えてきた。農耕に鍛冶といった主要産業から、馬車運搬や靴磨きに至るまで、貧民がいなければ成り立たないものばかりだ。
帝都周辺は、貧民街と呼ばれる街が無数にある。まさに帝都を支える人が群がった街だ。
それにしても、どうしてこんなにたくさんの人々が帝都に集まるのか?
それは、一言でいえば「成り上がり」を目指す人々を引き寄せたからだ。
この帝国には、貧民出身の大金持ちや貴族というのは、結構たくさんいる。帝都があまりにも大きいため、ある時期貴族をたくさん募集したことがあったらしい。その時、貧民から実力で成り上がった貴族がたくさんいて、そのことが未だに貧民街に人々を引きつける動機となっている。
ましてや宇宙時代になり、産業構造の転換点を迎えた。おかげで、一攫千金を夢見て、ますます人々が群がっているようだ。
さて、その一方で、不思議とこの帝都は魔女が少ない。
人口が多い都市だ。普通に考えたら、魔女がたくさんいるのが当然だ。
だが、いない。ここより数分の一しか人口のいない王都よりも見かけない。
どうなっているのかと調べてみたら、衝撃的な歴史がそこにはあった。
なんと、つい10年前までここ帝都では「魔女狩り」が行われていたのだ。
増えすぎた人口のおかげで、治安や衛生環境は悪化の一途だったようだが、このため、治安悪化の源である犯罪者に対する処置は苛烈を極めたようだ。
パンを一つ盗んだだけで死罪。そう言われるほど、厳しい処置が犯罪者には課せられた。
それがエスカレートして、いわゆる「異形」と呼ばれる人物にまで苛烈な処置が広がっていった。
目が見えないもの、手足を失ったものや精神障害者はもちろん、魔女もその「異形」として扱われた。
生まれた子供が魔女だと分かると、親にはその子を殺せと言われるらしい。それでも生き延びて16歳の成人を迎えると、酷い措置が待っていた。
宇宙ではよくあることだが、魔女狩りといえば「火焙り」だ。
成人の魔女は、まさに火焙りの刑にされてしまったそうだ。
なぜ、魔女は火焙りなのか?どうやら、あらゆる流行病は魔女のせいとされたらしい。このため、魔女だけがこのような残酷な手段で殺されたようだ。
せいぜいものを浮かせたり、空を飛ぶだけの魔法しか使えないこの星の魔女が、病気を媒介できるとは思えない。科学知識の乏しい文化地域での流言というものは、かくも恐ろしい結末をもたらすものだ。
だが10年前に、この苛烈な処置を禁止する勅令が皇帝陛下より下された。いくらなんでも、人の命を粗末にするような慣習を改めないと、帝都に人が集まらなくなってしまうと陛下は考えたらしい。ようやくそこでこの残酷な歴史は終止符を打った。
これを聞いて思った。魔女が16歳になった途端、家を出るという慣習は、この魔女狩りを避けるために行われたのではないか?それが帝国とその属領全土に広がったのではないだろうか?
その慣習は、宇宙時代を迎えた今でもまだ行われているようだ。
そういう歴史的背景があって、未だに帝国には魔女がほとんどいない。少なくとも、もう2年近くここで暮らしている私でさえ、帝国の魔女には出会ったことがない。
マデリーンさんの言っていた「帝都は魔物の巣窟」という言葉は、魔女にとって帝都は苛烈な試練の場所だということだったのではないか?そう考えれば、合点がいく。
ともかく、今はそんなことを言ってる時代ではない。魔女であろうがなかろうが、人である以上、生存権は保障されなければならない。我々の価値観が普及し、魔女だからと言って16歳で家を出なきゃいけないという理不尽な慣習も、いずれ消えることだろう。
だが、私はいきなり帝都の魔女と出会うことになる。
ある土曜日の朝。このマンションに、突如来客があった。
ドアホンのカメラ映像を見る。そこにはホウキを持ち、黒っぽい服を着て、とんがった帽子を被る、あからさまに魔女だと分かる人物が立っていた。
マデリーンさんはこの人物を知らない。以前のミリアさんの時のように、また勝負を挑まれるんだろうか?
「まあ、勝負するならそれでもいいわ。ちょっと話してみる。」
と言って玄関に出るマデリーンさん。
大丈夫なのか?ここは帝都。王都とは少し事情が違う。変なことが起こらなきゃいいけど。
「はあい、どなた?」
「王国最速の魔女、マデリーンがここにいるって聞いたから来たんだけど、あなたがマデリーン?」
「そうよ。」
「私はロージィ。帝都では最速の魔女。私と勝負なさい!」
単刀直入すぎる展開だ。それにしても、帝都にも魔女がいたんだ。
「嫌よ。」
マデリーンさん、けんもほろろに断る。
「なんで!王国の魔女はたいしたことはなかったって、言いふらすわよ!」
嫌なやつだな。いくらなんでも、陰湿過ぎるだろう。
「いいわよ、別に。もう魔女の競走なんて、誰も興味ないわよ。」
「そ、そんなこと言わないで~私と勝負して~。お願い。」
急に泣きが入った。なんだこの魔女は。
「あなた、帝都の魔女なら、帝都の空を魔女がむやみに飛ぶことはまずいって知ってるでしょ?だから嫌だって言ってるの。」
「じゃ、じゃあ、帝都の外ならいいでしょ!?それなら遠慮なく飛べるわ!」
「今から帝都の外に!?めんどくさい。」
「ああ、お願い!私に付き合って!」
強気なのか弱気なのか、分からない魔女だ。
それにしても、帝都の魔女ということは、あの暗黒時代に幼少期を過ごしていることになる。どうやって生き延びたのか?気になった。
「いいんじゃないの、マデリーンさん。帝都の郊外まで車で行って、そこで勝負してあげれば。」
「はあ!?こいつのためにわざわざ!?」
「郊外には、帝都チキンの美味しい店があるんじゃなかったっけ?」
「あるある!行こうか、郊外に!」
エサでうちの魔女を釣り上げて、早速郊外に向かうことになった。
「ところでロージィさん。」
「はい。なんですか?」
「あなた、生まれも帝都なの?」
「そうです、帝都のある家で生まれました。」
「じゃあ、幼少期は大変だったんじゃないの?」
「魔女は処刑される時代でしたからね。親も懸命にかくまってくれました。」
「じゃあ今も親と一緒に暮らしてるの?」
「いいえ、16で家を出て、今は帝都の貧民街で暮らしてます。靴みがきと馬引きでなんとか生きてるという状態です。」
郊外に向けて走る自動運転車の中で、私はロージィさんのことを聞いた。話を聞く限り、やはりあの時代の生き残り魔女だった。
「ふうん、そんな過去があったのね。で?なんで私とやりあおうって思ったの?」
「魔女の中では、あなたが一番有名だから、それを破れば一躍有名になれて、私も今の生活からおさらばできる、そう思ったのよ!」
今さらマデリーンさんに勝ったくらいで、生活は変わらないだろう。随分と楽観的過ぎる見通しだ。
で、郊外に着いた。早速、マデリーンさんとロージィさんはそこで勝負する。
結論から言えば、圧倒的にマデリーンさんの勝ち。このロージィさん、ミリアさんはおろか、ロサさんよりも遅い。
「うう…私もうダメ…もう一生、靴みがきするしかないのかしら…」
随分と落ち込んでしまった。考えてみれば、ロージィさん的には一世一代の賭けに出たわけで、それがあっさりと負けてしまったわけだ。心の支えがなくなって、落ち込むのは当然だろう。
「これでも食べて、元気出しなさいよ。だいたい私でさえ速い魔女だっていうことで、何か収入があるわけじゃないんだし、勝ったところで何も変わらないわよ。」
帝都チキンをロージィさんに渡すマデリーンさん。
「そんなこと言われたら、余計に落ち込むじゃないですか…」
泣きそうな顔をして帝都チキンを食べる帝都の魔女。おそらくマデリーンさんとの対決で勝つことだけを支えに生きてきたから、勝てなかった上に、勝っても意味がないと言われれば、落ち込まない方がおかしい。
なんだか気の毒だが、我々夫婦にはどうしようもない。
「そういえば、マデリーンって王都にいる魔女でしょ?なんでここにいるのよ?」
「その前にあんた、どうやって私を見つけたのよ?」
「いや、帝都にマデリーンが来てるって聞いたから、それで私聞いて回ってたどり着いたんだよ。でもなんで帝都にいるのかなあって。」
「私は旦那の仕事についてきただけなのよ。」
「えっ!?この人、マデリーンの旦那さんなの?なんで魔女のくせに結婚してるのよ!?」
やはり、ここでも魔女は結婚するのが珍しいことのようだ。いや、そもそも魔女が虐げられていたところだから、なおさらか。
「旦那はあっちの星の人なのよ。こっちの人のように魔女に抵抗がないどころか、なぜか魔女に興味津々な人が多いのよ。」
「えっ!?そうなの!?知らなかった。じゃあ、私もあっちの星の人と結婚できちゃうの!?」
「まあ…相手次第だけどね…」
「いいなあ…私もあっちの星の人と巡り会いたい…いっそ奴隷商人のところにいって、私を売ってもらおうかしら?可哀想な魔女です!って言ったら、あっちの星の人、買ってくれるかも!?」
なりふり構わない魔女だな。プライドというものはないのか?
「バカねぇ、そんなことしたら、帝国貴族があんたを買っちゃうかもしれないじゃない!そしたらあんた、悲惨だよ?ここの貴族が魔女のことどう思ってるか、知ってるでしょう?」
「うげぇ…それはやだなぁ…せっかく魔女狩りの時代を生き残ってきたのに、間違って貴族に買われたら、絶対殺されるわ…」
おっかない話をするものだから、またロージィさん、泣きそうな顔をしている。泣き虫な魔女だ。よくあの時代を生き延びたものだ。
「地球401の人と巡り会う方法なら、ひとつだけ知ってるよ。」
「えっ!?本当?何ですか?それは。」
私の言葉に、ロージィさんが反応する。
「あんた、そんな方法あるの?」
「マデリーンさんなら覚えてるでしょう。ミリアさんが、エイブラムと出会ったところのことを。」
「あ…紹介所!」
そう、帝都にも紹介所があるはずだ。あそこなら、地球401の人間しか利用しない。おまけに最近この帝都の宇宙港の街ができて、我々の星からさらに人がやってきた。チャンスかもしれない。
「じゃあ、私がその紹介所ってところに登録すれば、あっちの星の人が拾ってくれるんですか?」
拾うとか…犬や猫じゃないんだから。
「いや、すぐに来るとは限らない。こればかりは待つしかない。」
「ええっ!?すぐにこないんですか?」
また泣きそうな顔をした。この調子で大丈夫なんだろうか?
というわけで、紹介所に連れて行く。スマホによれば、私のマンションのすぐ近くにあるようだ。
というわけで、車で再び宇宙港の街に戻る。そこから歩いて街を出て、帝都側に入ったすぐのところに紹介所があった。
「いらっしゃい。雇い人探しかい?」
紹介所の主人が挨拶してきた。
「こんにちは、実は、使用人登録をしたいんですが…」
「へぇ、あんたが?」
「いや、こっちの人なんですけどね。」
「あ、私、ロージィって言います。」
「ロージィさんね、じゃあ、こっちにきてくれる?」
すごすごと席に座るロージィさん。
「ええと、じゃああんたの出来ること、教えてくれる?」
「はあ、出来ることですか?」
「今までやってきた仕事とか、特技とか。お客さんに紹介するには、そういうものがないと紹介しづらいだろ。」
「そうですよね。ええと、まず靴みがき、馬引きをやってました。」
「ありきたりだねぇ、もっと他にないの!?」
どうした?ロージィさん。魔女だと言わないと。
「あと…実は…ままま魔女…なんですが…」
ああそうか、さすがに魔女だと言いづらいんだ。マデリーンさんならともかく、帝都の人間に魔女だと告白することは、王都以上に抵抗があることだろう。
「なに!?魔女だって!?」
突然、紹介所の主人が叫ぶ。びくっと驚くロージィさん。マデリーンさんもなぜか一緒に驚いている。
「いやあ!ここでは初めてだよ、魔女。実は引く手数多で、来る人来る人魔女はいないかって言ってくるんだよ。でもここは魔女がいないからって、いつも言って帰ってもらってたんだ。まさか魔女が来るなんて、いやあ良かった。」
帝都始まって以来じゃなかろうか?魔女が歓迎されるなんて。紹介所の主人、ロージィさんの手を握って大喜びだ。
「どうしても魔女がいいってお客さんがいて、現れたら連絡が欲しいって人がいてさ。今から呼び出してみるよ。ところでロージィさん?あんた、住み込みでも大丈夫かい?」
「えっ?住み込み?いいですよ、どうせ今暮らしてるところは野宿同然のところですから、できれば住処があったらいいなあって…」
「よし!決まりだ!じゃあ、ちょっと待って!」
そういうとご主人、早速電話をかけていた。
「ああ、ハインさん?帝都の使用人紹介所です。…ええ、そうですよ、きたんですよ。で、今ここにいらっしゃるんですがね?お会いになりますか?…分かりました。じゃあ、お待ちしてます。」
どうやらここに来るようだ。ハインさんというらしい。
「10分ほどで来るそうだから、少し待ってて。ああ、お連れの方も、一緒に待ちますか?」
「はい、そうします。」
マデリーンさん共々、ロージィさんの雇い主に会ってみることにした。
で、10分ほどすると、そのハインさんがきた。
「あれ!?ダニエル大尉ではありませんか?」
…名前を聞いて、まさかとは思っていたが、やはりそうだった。お互い、敬礼をする。
ハイン少尉。最近、帝都の教練所に来たばかりの新人。担当は砲撃科で、駆逐艦6702号艦の砲撃を担当しつつ、普段は訓練補佐をしている。
先日の戦闘で撃沈された駆逐艦6702号艦の代替として、2ヶ月ほど前に防衛艦隊から一隻ここにやってきて新6702号艦とされた駆逐艦がある。ハイン少尉は、その新6702号艦と一緒にやってきた乗員だ。
「まさかダニエル大尉殿も使用人を雇われるんで?」
「いや、使用人登録をする人を連れてきたんだが…」
「あれ!じゃあ今横にいらっしゃるこのお方は、大尉の奥さまの魔女のマデリーンさんですよね!」
「ええ、そうよ。」
「うわぁ、本物に会えるなんて、思いもよらなかった!サインください!」
すっかり舞い上がっている。このハイン少尉、よっぽど魔女好きらしい。
「ハインさん、あの、こちらの方を先にやってもらえんですかね?」
「ああ、すいません、そうでした。で、まさか魔女の使用人って、マデリーンさんではないですよね?」
「そんなわけないだろう。そちらにいるロージィさんという人だ。」
「えっ!?この人?ほんとだ、ホウキ持ってるし、いかにも魔女って格好だ。可愛いなあ!ねえ、空飛べる?何キロくらい出せる?」
「えっ、あの、その…」
ロージィさん、矢継ぎ早に喋るこの少尉にちょっと押され気味だ。また泣きそうな顔をしている。
すぐに契約することになり、晴れてロージィさんはハイン少尉のところに住み込みで働くことになった。
紹介所を出て、ハイン少尉と話す。
「ところで、なんで少尉は魔女を雇いたいって思ったの?」
「なに言ってるんですか!大尉!今や魔女は大ブームですよ!あのマデリーンさんのビル上説得事件で、地球401は魔女ブーム真っ盛り!魔女5人組のアイドルまで結成されて、もう大変なことになってるんですよ!」
「えっ!?魔女のアイドル?」
「いや、本物じゃないですよ。5人とも地球401の人間ですから、空は飛べないんです。でも今人気急上昇のアイドルなんですよ。」
まだあの事件が尾を引いてるのか。
「で、ここに派遣されることが決まって、その時に私は決めたんです。私も、魔女を嫁にしようって。」
いきなり嫁にしちゃうの?それはちょっと性急すぎないか?
「というわけで、どう?私の嫁にならない?」
「ええ!?いいですけど…嫁って、なにをすればいいんですか?」
「そうだな、一緒にお話しして、一緒に寝て、お風呂も一緒に入って、空飛ぶのを眺めて、それから…」
「ええっ!?嫁って、そんなにいろいろやらないとダメなんですかぁ!?」
また泣きそうな顔をしてる。そんな彼女に自分の願望丸出しで接するハイン少尉。なんだか、ロージィさんが可哀想になってきた。
で、翌日。帝都横の街でも相変わらずショッピングモールのお世話になりっぱなしの我々夫婦。ここには例のハンバーグ専門店がなくてブーブー言ってるマデリーンさん。その分、帝都チキンをよく食べる。
そのチキンを売る店の前で、ハイン少尉とロージィさんを見かけた。
「あれ?ハイン少尉にロージィさん。」
私は声をかける。
「大尉殿、おはようございます。」
ロージィさんは見たところ笑顔で歩いていたようだが、大丈夫だったんだろうか?
「ロージィさん、少尉の家はいかがでした?」
するとロージィさん、また泣きそうな顔になる。
「あのですね、お布団ふかふかで、お風呂があったかくて、食事は美味しくて、ああ、魔女でよかったって思ってたんですよ、昨日は。」
なんだ、嬉し泣きか。それにしてもこの魔女、すぐに泣く。
「じゃあロージィ、このあと昼ご飯食べて、服買って、下着も買い揃えて、ああそうだ、ベッドも大きいやつ買ってから家に帰ってまた空飛んでもらって、それから…」
「ええっ!?そんなにいっぺんに言われても、覚えられないですよぉ~」
マシンガンのように喋る少尉と泣き顔魔女。意外とこれはこれで、うまく行くかもしれないなぁ。これまで不遇の魔女さんに、幸あれ。




