#36 帝国騎士と王国貴族パイロット
突然、私は帝国に行くことになった。
1ヶ月間だけ、帝国の教練所の教官を手伝って欲しいとのことだった。
はて?別に人手が足りないと言うわけでもない。それに、なぜ私だけなのか?
理由がよくわからないまま、一時的に帝都の横の宇宙港の街のマンションの一室で暮らすことになった。
で、マデリーンさんもついてくると言い出した。1ヶ月間も1人は耐えられないとのこと。相変わらず、可愛くて面倒な魔女だ。
で、マンションに行く際、マデリーンさんは大量の魔王のぬいぐるみを持ってきた。
「あの~、マデリーンさん?そんなにたくさん、魔王が要るの?」
「帝都は魔物の巣窟よ!これくらい魔王がいないと、不安なのよ!」
狭いマンションの部屋に魔王のぬいぐるみを並べたところで、魔物が退散するとは思えないが、彼女の気の済むようにさせた。
帝都までは車で2時間ほど。王都の横の街から通えないこともない距離。だが、毎日車で2時間と言うのは大変だ。ロージニアの通勤事情ではあるまいし。この星に来て、そんな長時間通勤にはすっかり耐えられない体になっていた。
さて、翌日から帝都の横の宇宙港に併設された教練所に行く。
すでに第1期生の訓練が始まって3ヶ月が経ったところだった。訓練期間は6ヶ月なので、ちょうど半分だ。王都の教練所とは設立の時期の関係で、4ヶ月ほどずれている。
そこで私は、なぜ私がここに呼ばれたのかを知った。
教官が全員、無位無官であるため、それを理由に一部訓練生が真面目に取り組んでいないという問題に直面していたのだった。
で、王都の貴族である私が召喚されたというわけだ。一応、無位無官ではない教官は、私と、先日騎士の称号を受けたばかりのフレッドくらいだ。
で、その問題児4人の訓練を受け持つことになった。
この4人、確かに頭はいい。授業では成績優秀。だが、実技での態度が不真面目で、このままでは訓練延長は確実だという。
「本日より、王都から来たダニエルだ。君らの訓練を受け持つことになった。よろしく頼む!」
ところで彼らは全員、帝国の騎士の称号を持っている。
それ故に、たとえ貴族でも、王都の人間をバカにしている節がある。
だから、教官が私に変わったくらいでは、態度を改める気はなさそうだった。
さて、私が飛行訓練に付き合うこと3日。事前に聞いていた通り、確かに彼らの練度は低い。
普通に飛ぶ分には問題ない。が、緊急行動ができない。
哨戒機に搭載された安全装置で、大抵の危険は回避できる。だが、そういうものはいつもあてにできるものではない。突然故障したりするものだ。
慣性制御、衝突回避システム、レーダー、そして核融合炉。人の作りしこれらのものは、絶対に壊れないという保証はない。
このため、これらのものを故意に切ってその状態でも安全に飛行できるように訓練する。これができないと、哨戒機といえどもとても乗せられない。
だが、レーダーを切っただけでまともに飛べなくなる。明後日の方向に飛んでしまうのだ。こういう時の知識は持っており、これまでも航法訓練をしているはずだから、この程度はできないはずがない。が、できないのだ。
だが、だんだんとわかってきた。できないのではない、やらないのだ。
訓練時、後席に乗るものはベルトを装着するというのがルールだが、それすらしていない。明らかに、我々教官は舐められている。
王国貴族、いや、パイロットとして、この状況は看過できない。
そこで私は、思い切った行動に出た。
故障想定訓練としては、最も難易度の高い「核融合炉停止」をいきなり前触れもなくやった。
上空1万メートル、帝都郊外の野原のあたりを飛んでいるときに、教官席にあるこの核融合炉スイッチをオフにした。
ガクンと機体が揺れる。と同時に、慣性制御も止まった。機体は自由落下するため、突然機内は無重力のような状態になる。
慌てたのは後席の訓練生だ。ベルトをしていないから、体が浮き始める。慌ててベルトを装着していた。
だが、それだけでは収まらない。空力的にかなり無理がある形状をしている哨戒機という機体は、エンジン出力が切れると途端にきりもみ飛行を始める。機体は降下しながら、くるくると回り出す。
「うわぁー!」
前後席から、悲鳴が聞こえるが、私は御構い無しにそのまま核融合炉を切ったままで飛ぶ。
前席の訓練生はこの突然の状況で、完全に操縦桿から手を離したままだ。
そこで私は、きりもみ飛行のまま訓練生に言った。
「では、ここで核融合炉停止時の対処法を教える。よく見ておけ。」
私は操縦桿を握る。こういう時でも予備電源で、哨戒機の小さな羽根だけは操作可能となっている。
きりもみ飛行を止めるため、操縦桿を逆に動かす。徐々にではあるが、回転が止まる。
そして機体を水平にして、なるべく揚力を得るようにする。そうすれば、哨戒機といえども不時着できるくらいには安定する。
「…このままゆっくりと地上に降下し、ギアダウンして不時着する。これが、核融合炉停止時の基本的な対処法だ。」
すでに高度は1000メートルほどだ。ここで私は、核融合炉のスイッチを入れる。
機体は再び息を吹き返す。慣性制御は復活し、いつもの快適な状態に戻る。
「おい!教官!何するんだ、いきなり!」
後席の1人が叫ぶ。
「この訓練はいきなりやるものだ。これくらいの時期の訓練生なら、別に普通に行われるカリキュラムだが。」
「哨戒機が操縦できなければ、そこで命を投げ打つまで。それが騎士道というものだ!何故機体が故障してまで、自身の命にこだわる必要があるのだ!?」
「これからこの星を支えるパイロットが、機体の故障ごときで失われては、帝国だけでなく、この星にとっても重大な損害だ。だからこそ、命を守ることにこだわらなければならない。」
「だが、砲撃戦が中心のこの時代に、パイロットなどがいったい何の役に立つのだ!?」
「砲撃戦ばかりが戦場ではない。海賊などの不審船への対応は、我々の仕事だ。パイロットだからといって、不要な存在ではない。」
もっともらしいことを言ってくるが、私は一つ一つ論破する。
そして、ついに彼らは本音を出した。
「王国の貴族ごときが、我ら帝国騎士に意見するなど、許し難い暴挙だ!」
私は返す。
「王国の騎士でも、3ヶ月であのくらいの抜き打ち訓練を確実にクリアできる。帝国騎士とは、この程度なのか!?」
この一言が、彼らの心に火をつけた。
翌日から、まるで取り憑かれたように危機訓練を志願してくる。
レーダーに管制装置、そして核融合炉停止訓練もなんと1週間でものにした。
私は懸命に訓練に取り組む人には、自らの持てる技能の全てを教える。帝国だ王国だというこだわりは、私にはない。
いつしか私は彼らに認められたようだ。呼び名も「教官」から「教官殿」になった。
元々素質のある人物ばかりだったようだ。短期間で、他の訓練生に追いついた。
「教官殿!さらに上の訓練をお願いしたい!」
教官業も大変だ。やる気が出た途端、こっちがタジタジになりそう。
さらに高みの技能習得を欲した彼らのため、私は最強の王国騎士パイロットを呼ぶことにした。
「はぁい!俺はフレッド、王国で騎士をやってまぁす!」
我がチーム艦隊では最強のパイロット、フレッド中尉だ。
「…教官殿…本当にあの娼婦みたいな喋り方をする人物が、王国で最強の騎士パイロットなのでありますか?」
「信じられないだろうが、事実だ。やつの飛び方を見れば分かる。侮るな、危険な男だ。」
彼らのフレッド中尉への評価は、その飛び方を見て一変する。やつはこの飛行術で騎士の称号を得た男。素人でもプロとわかる飛び方、飛行訓練を受けた彼らには、痛いほどにそのすごさが分かる。
早速、フレッドの管制装置なし訓練を受けるが、地上に降りる頃にはすっかりたじたじだ。格が違いすぎる。
「もぉ、みんなだらしないわねぇ!もうちょっと訓練してから遊んであ・げ・る!」
こうして、フレッド中尉は帰っていった。
昼食時、帝国騎士達の愚痴を聞く羽目になる。
「確かにすごいパイロットです。それは認めますが、なんですか?あの態度は!?」
「…いや、私もやつだけはどうしても馴染めないんだ。あの調子でトップパイロットになった男。悔しいが、事実だ。」
「分かりました!教官殿、我らがあと3年でやつを超えてみせます!ぜひご教授ください!」
変なきっかけで、結束が固まってしまった。まあいいか。結果オーライだ。
だが、まさかフレッドのやつ、こうなることを計算して、あんな態度に出たのではあるまいな。だとしたらすごいやつだが、そこまで計算高い人物である気がしない。
こうして、1週間ほどで教練所は見違えるように士気が上がった。
「いやあ、ダニエル君、ありがとう。さすがは武闘派で知られる王国の貴族。訓練生達が見違えるように変わったよ。」
あまり大したことをやったわけではないが、結果オーライだ。私の役目は果たしたが、予定通り、1ヶ月間はここにいることとなった。
ところで、我が家の状況だが、魔王のぬいぐるみが増えていた。
あれ?あの映画の新作って、まだないんじゃなかったっけ?不思議に思って、マデリーンさんに聞いてみた。
「ああ、これ。ここのコンビニに、帝都限定魔王シリーズってのがあってね…」
そんなものがあるんだ。コンビニの商魂のたくましさにも感心したが、それを見つけて買おうと思うマデリーンさんにも呆れるのを通り越して、感心してしまう。
おかげで、このマンション備え付けのあまり広くないベッドは、たくさんの魔王で埋め尽くされた。その合間に、私とマデリーンさんが寝るという状態に陥る。おかげで、最近はたくさんの魔王相手に哨戒機で戦う夢をよく見る。
帝都は魔物の巣窟。思い上がった騎士だったり、ぬいぐるみだったりするが、確かにそういうものはいた。この先も、この魔物達と仲良くやれるんだろうか?




