#35 夫婦戦線
私とマデリーンさんは、なぜか夫婦喧嘩の仲裁をよく引き受ける。
我々夫婦だって喧嘩することはあるが、そういう時は誰も相手にしてくれないというのに、自分たちが喧嘩を始めると我々に頼ってくる。
今年に入って1月が経つが、この1ヶ月の間ですでに2回呼ばれた。
今回の喧嘩夫婦は、ローランド、イレーネ夫妻だ。
先日、2人揃って、私とマデリーンさんの住むこの家に押しかけてきた。
「聞いてくれ!公国始まって以来、いや、この王国開闢以来かも知れん!大変な危機だ!」
自らの喧嘩の状況をこう表現するイレーネさん。いや、申し訳ないけど、この程度の危機は、公国でもしらす丼が作れるほどあると思いますよ。
喧嘩のきっかけなど聞いても仕方がない。聞いてもあまり意味がないからだ。なにかをきっかけに、普段お互いが抱えている不満が噴出する。これが夫婦喧嘩というものだ。
だから、この不満を吐き出させるなり押し込むなりして、沈静化させてやることが喧嘩攻略の基本戦略だ。
それは私自身がマデリーンさんと喧嘩するときに経験している。
だいたい200光年もの距離と、数百年分に相当する文化格差がある。いや、そうでなくても同じ星同士の夫婦でも不満というものは出るくらいだ。こればかりはどうしようもない。
男女の差というのもある。男は解決策を、女は同情を求める。これは、どの星でも同じようだ。
だから、喧嘩が起きた時に、男はこじれた状況をいかに解決するかを考える。物が壊れたのなら修理又は買い替え、近所や職場で腹の立つことが起こったのなら、対処法を考えてしまう。
女はそうではないらしい。そんなことよりもまず「そうか、大変だったねぇ」とか「ごめんよ、いつも気をつかわせて」などという言葉が欲しいようだ。
そんな言葉を並べても、問題解決には繋がらない。だから、男はひたすらソリューションを提示し続け、女は同情を得たいとさらに不満を述べ始める。すれ違い続けるから戦線は拡大する。こういうパターンの喧嘩が多い。
というわけで、喧嘩の仲裁というのは、まずお互いをクールダウンさせる、その上でお互いのことを再確認させる。そういう戦術しかない。
この時も、私はローランド少佐を、マデリーンさんはイレーネさんを連れ出して、第一段階、クールダウン作戦に入る。
この時、マデリーンさんは女子会だの魔女会だのを総動員する。こられる人は集合と呼びかけるのだ。場所はショッピングモールのフードコート。例の店のハンバーグを食べながら、相手の不満を聞くのだという。
どうせついでにマデリーンさんも不満をぶちまけてるのだろう。見たことはないが、その場は旦那さん批判大会になっていることは容易に想像できる。
ということで、この女子会に対抗すべく我々も「男子会」なるものを結成。会長は身分の高いローランド公爵閣下、副会長は私だ。
我々の集結地点は、ショッピングモールの中にあるカフェ。フードコートはすでに女子会によって占拠されているため、次に広い場所といえば、ここしかない。
今回は、ローランド会長の案件とあってか、かなりの人数が集まった。
アルベルト、アラン、ワーナー、砲撃長、ヴァリアーノ、ロレンソ、シェリフ、ブッシュ、レーガン。会員のほとんどが集結した。
なお、この会にはエイブラムとフレッドは入っていない。この2人だけは、そんなものはいらないという。
ただ、通常ならこれだけの人数が集まらない。皆、自分の相方が女子会に参加しているため、対抗意識からここに参加しているようだ。
こうなると、まるで男子会vs女子会の様相だ。
全員揃ったところで、まず場所代としてこのお店のおすすめコーヒーを1人1つ注文する。
まるで作戦会議のように、議案が提示される。今回は、ローランド少佐の騒動及び解決に向けた作戦の立案、である。
「…で、私はそう言ったのだが、イレーネのやつ、お前はなぜどうでもいいことばかり言うのだ!と恫喝してきてね。それで、カッとなって言い返したら、このざまさ。」
「いや、少佐は正しいと思いますよ。強いて言うなら…」
最初は、騒動の大元となった原因の解決について話し合われる。が、要するに、ローランド少佐の意見や態度が合理的かつ正当であったという確認をするだけだ。これで、男の方はクールダウンできる。
なおこの会合は、議事録を取らない。とったところで誰も読まないし、ここの内容が女子会側に漏洩したら最後、今の宇宙における連合、連盟の争いのようになってしまう。
記録には残らないから、ここぞとばかりに男同士で言いたい放題になる。
「この間、アリアンナがさぁ、こんなもの買ってくるんだよ。どう思う?」
「うわぁ…なんですか?これ?」
「健康器具らしいんだけど、どう考えても効き目なさそうなやつでさ…」
あの太っ腹なイメージのシェリフさんでも不満が出るんだ。こういう場は興味深い話が出てきて面白い。
だが、そういう話が始まると、次々に不満が出てくる。砲撃長までエドナさんのことを言い出した。
「いやぁ、この間は大変だったぞ!エドナのやつが珍しくキレてな!」
「えっ!?エドナさんが!?」
ドMなエドナさんがキレるというのも珍しい。砲撃長が怒鳴っても、エドナさんが恍惚とした表情で受け止めるというのがいつものパターンのようだからだ。そんなエドナさんが、どうやったらキレるのか?
「何をやらかしたんですか?」
「ああ、あるものを捨てたんだよ。」
「それって、エドナさんの大事なものだったんじゃないですか?」
「まあそうだが、もう要らないと思ったんだよ。なのにすごい剣幕で怒り出して、そのまま近所のコンビニに引きこもってしまったんだ。新しいのを買ってやるから、勘弁してくれって言ったら、やっと家に帰ってきたんだよ。」
「なんなのですか?その大事なものって。」
「手枷だよ。」
「手枷?」
「あいつを買った時に、手についていたあれだ。」
「ええ!?まだ持ってたんですか?あれ!」
「そうだよ、だからいい加減捨てようと思って捨てたら、こうなったんだよ。」
「で、どうしたんですか?その後。」
聞けば、砲撃長は翌日に帝都の奴隷市場に出向いて、新しいのを買ったらしい。もう1人いかがと勧められたものの、手枷だけ買ってきたそうだ。
それにしてもエドナさんのドMっぷりは筋金入りだ。新しいのを嬉しそうに使ってるそうだが、使ってるって…なんだかくらくらしてきた。
ワーナー少尉の不満はだいたい把握している。モイラ少尉のあの追跡っぷりはなかなか激しい。あれに付き合うというのも、なかなかストレスだ。そういえば、ついこの間もジェームス少尉とアンナさんの8時間にも渡る追跡をしてたっけ?
「なんか嫌ですよ、ストーカーみたいで。でもモイラ1人を放っておくのも心配で…」
「相変わらず大変だねえ。ワーナー少尉も。」
「そうですよ、ほんとに。ところで、そういえばジェームス少尉とアンナさん、その後どうなったんですかね?」
「ああ、アンナは平日昼間はうちで仕事をしているが、夜になるとジェームス少尉の家に帰っていくぞ。もうすっかり同棲状態だな。」
「うまくやってるんですかね?あの2人。」
「べったりらしいぞ、イレーネの話では。」
だんだんとローランド少佐も怒りがおさまってきて、普通の会話になってきた。
さて、ここのカフェ。なぜかアルコール類も扱っている。
となると、男性陣の飲み物も、だんだんアルコールが増える。
ここのビールは美味しい。カフェビールというイカれた名前のビールがあるが、別にコーヒーが入ったビールではない。ごく普通のビールだ。
1時間もすると、もう飲み会の様相だ。ただでさえうるさいブッシュさんが、酒の勢いで喋り出す。
「いやあ、うちの嫁、ほんま大変ですわ!事あるごとに奴隷アピールでっせ!どう思います?マドレーヌなんて紅茶菓子のような名前しとるんやから、おひとついかが?っていうアピールでもすれば…わしが真っ先に食べてしまいそうやわ…」
ネタにしてるくらいだから、気にしていないのかと思ったら、案外気にしてたのね。あのマドレーヌさんの自虐ネタ。
アルコールが入ると、普段は喋らないアルベルト少尉も喋り出す。
「聞いてくださいよ~、ロサのやつ、魔法少女を辞めたいって言うんですよ~?」
「そろそろ辞めたほうがいいんじゃないのか?」
「いや、あのやや幼顔に魔法少女は似合うんですよ~。魔法少女のロサは、僕にとっても天使のような存在なんですよ~。」
だったら、家の中だけでやらせておけばいいじゃないか?なんでわざわざボランティアでショーを開く?自分の欲望のために、奥さんを表舞台に立たせるとは、こいつ意外と鬼畜な奴だ。
なお、似たようなタイプのレーガンさんは、飲んでも変わらない。相変わらず喋りたがらない。
「アランさんはあまり不満はなさそうですね。」
「いやあ、そんなことないですよ。帰りが遅い日が多いのが不満ですね。うちの会社、忙しいのに人をなかなかよこさないから、いっつも帰りが遅くなるんですよ。あんまり遅い日が続くんで、先日は休憩所でアイリスに襲いかかってですね…」
そういう不満はあるのか。だからと言って、会社でやっちゃいかんでしょう。ブラックだなあ、相変わらず。
「ヴァリアーノさんはどうなんです?カトリーヌさんと上手くやってるの?」
「ええ、実は新年早々、入籍しました。」
「えっ!?そうだったの?知らなかった。」
実は昨年いっぱいで第2期の訓練生は卒業。ヴァリアーノさんは訓練生から研修生となり、王国内を頻繁に飛行している。
卒業をきっかけに、夫婦になろうと言うことになったそうだ。今はこの街の郊外にできたマンションで一緒に暮らしていると言う。
「へえ、上手くやってるようだね。」
「それがですね、一つ不満があるんですよ。」
「えっ!?そうなの?」
「はい、以前は海賊の頭領に、今は輸送船の船長をやってるくらいなので、親分肌なところがあるでしょ?だから、いろいろ仕切りたがるんですよ。」
「はあ、なるほど。そりゃ大変だ。」
「マンションを買うときも揉めてですね。結構大変でしたよ。まあ、結果的に彼女の言うとおりにしておいて、よかったんですけどね。でも、その後ベッド一つ買うのもこだわりがあるのか、時間がかかってですねぇ…」
一見上手くいってそうな夫婦でも、いろいろあるようだ。
さて、楽しく愚痴のこぼしあいをしたところで、そろそろ2時間になるため、締めないといけない。
この会合として、最後の結論を出す。
「ローランド少佐殿、気持ちはわかりますが、今回はすまなかったと一言言ってあげればいいんじゃないですか?あと、ぎゅっと抱きしめてあげれば、それで解決ですよ。」
「…そうだな、せっかくの機会だ。イレーネの話ももう少し聞いてやろうとも思うしな。」
「そうですよ。聞いてあげてください。」
夫婦喧嘩の攻略術は単純だ。両者冷静になったところで、お互いを認め合う。男の側がまずするべきことは、相手の話を聞いて頷いてやることだ。だいたいこれで上手くまとまる。
最後に地球001より伝わる「イッポンジメ」というのをやって、男子会は終了する。そのままフードコート方面に進軍すると、女子会側もこちらに向かってくる。
「イレーネ、あの…さっきは悪かった…」
「いや、ローランド殿、私も言いすぎた。許せ。」
と言って抱き合う2人。見守る男女会一同。
これをもって両会とも解散。私はマデリーンさんと一緒に帰る。
「でさ、なんで男どもは皆酒臭いの!?」
「こういうものに頼ったほうが、いろいろ捗るんだよ、男ってのは。」
「ふうん、そうなんだ。で?今日あんたは私のどんな悪口言ってたの?」
「言ってないよ。ひたすら誰かの不平不満を聞いていたんだよ。」
「へぇ~本当かしら?」
あたりはすっかり夜になっていた。まだ王都周辺は明かりが少なく、星空が綺麗だ。
星の数だけ、夫婦喧嘩も存在する。夫婦喧嘩は犬も食わないと言うが、ならば人間が上手く消化してやるしかない。私とマデリーンさんのように、せっかく200光年の距離を超えて出会った夫婦もいるわけだし、男子会と女子会で支えてやろうと思う。
なお、このわずか2日後に、今度はワーナー、モイラ夫婦の間で戦闘が発生、再び男子会、女子会が招集されることになるのだった。我々の闘いの日々は続く。




