#34 小言男爵と凄腕飛行士
突然だが、アンリエットさんとフレッド中尉の交際が、コルネリオ男爵にバレてしまった。
その報がもたらされたのは、3日前のことだった。
アンリエットさんがこの街にいるとき、たまたまコルネリオ男爵もいらっしゃったことがあって、そこでフレッドのやつと一緒に歩いているところに遭遇したらしい。
男爵はもうかんかんで、アンリエットさんはこの街への出入りを禁止され、王都から出られなくなった。
「このままじゃクレープ食べられないんです!誰か、何とかして下さい!」
という悲鳴のような文書が、王都魔女会のグループメッセージに飛んできた。問題はクレープだけなのか?フレッドのことはいいのか?
私はコルネリオ男爵のことも、フレッドのことも良く知っている。
確実に言えることは、この両者は絶対に合わない。フレッドのあの態度、男爵が見たらきっと激怒するだろう。
ということだから、なんとかしてあげたいけど、何ともなりそうにない。どこから手をつければいいのか、全く分からない。
まずフレッド中尉とコルネリオ男爵の両者を会わせることができない。フレッドはともかく、男爵がこんな下賤な男と会おうなどとは、到底思っていただけないだろう。
仮に会見が叶ったところで、フレッドのあの話ぶりでは、多分男爵は不快に思うだろう。アンリエットさんとの対面時にやらかしたように、失言が飛び出すかもしれない。
両者の間には、地球401と760の210光年の距離以上の乖離を感じる。何か奇跡でも起こらないと、この両者がうまくやれるとはとても考えられない。
ところで、当のフレッド中尉はというと、この件あまりショックでもないらしい。
「まあ、そのうち何とかなるでしょ!」
ひどく楽観的だ。こっちが悩んでるのが馬鹿らしくなる。
ということで、アンリエットさんが宇宙港の街に来られなくなって、2週間ほどが経った。
この日は、国王陛下の御前で航空隊によるデモンストレーションが行われた。
私はパイロットなので、このイベントに当然参加できるものだと思っていたが、哨戒機乗りは要らんと言われ、結局観艦式の時と同様に貴族として参列した。
陛下の前に、10機の編隊が登場。複座機3機、哨戒機7機である。
考えたら、我々にはこの2種類しか軍用機がない。地球001には数種類あるらしいが、我々に技術開示されたのはこの2種類の機体だけ。もっとも、駆逐艦の砲撃戦が主流のこの時代、我々にはこの2種類で何も困らない。ただこういう時にちょっと物足りないと思うだけだ。
この2種類の機体の紹介がスピーカーより流され、10機の編隊はそのまま横切る。その後、複座機2機による模擬戦闘が行われた。
1機はベテランの大尉、そしてもう1機にはフレッド中尉が乗る。
我がチーム艦隊には、複座機乗りが4人、機体が3機しかない。だから、その中で技量的にましな2人を使って、この模擬戦闘は行われた。
とはいえ、迫力満点だ。2機ともいきなり超音速でベイパーコーンを出しながら通り過ぎる。
ソニックブームによるバリバリという騒音が、この貴族席にも鳴り響く。
両機とも急上昇して、急降下に転ずる。お互いの背後に回り込もうとするが、ここで腕の差が出た。
明らかに1機が素早い動きをする。機体をねじりながら後方に回り込んだ。
それを受けて、もう1機はさらに降下する。もう地上にぶつかりそうな勢いで、突っ込んできた。
だが、背後を取られている機体が先に機首を起こす。しかしもう1機はさらに地上に降下を続ける。
地面すれすれで機首を上げる。音速近くであの距離、いくらなんでも無茶すぎる操縦だ。このとき、地上に生えた木のすぐ真横を通り過ぎたが、ソニックブームをもろに受けたその木から大量の葉っぱが吹き飛ぶのがここからも見えた。
だがこの機体は悠々と上昇し、再びもう1機の背後を取る。
勝負ありということで、ここで模擬戦闘は終わった。
私は確信した。あのキレた飛び方、フレッドのやつだ。
これを見たコルネリオ男爵、早速私に聞いてきた。
「お主もああいう飛び方ができるのか?飛行機乗りだと言っとっただろう。」
「あそこまでは無理です。あれは我々のところでも上位のパイロットだからできる飛び方です。」
「なるほど、わしらでいう騎士のようなものかいの。」
「まあ、そんなところです。」
で、この2機の機体が地上に降下してきた。キャノピーが開き、中から2人が出てきた。ヘルメットを外して陛下に一礼。会場からは拍手が起きた。
で、コルネリオ男爵、突然このパイロットに会いたいと言い出した。
「あの機体のパイロットにですか!?…私はよく知る人物ですけど、やめた方がいいと思うんですが…」
「なぜじゃ?あれだけの腕のもの。一度会ってみたいと思うのは当然であろう。」
ということで、私は渋々了解した。
会場の下にいたフレッド。数人の騎士と会話をしていたところに、私とコルネリオ男爵がやってくる。
「おお、これはこれはダニエル男爵様!ご機嫌麗しゅうございます!」
「もういいよ、そんなわざとらしい挨拶は。」
「はっはっは!どう!?俺のテクニック!哨戒機でちんたら飛んでるやつでも分かるだろう?あの凄さは!」
「もういいよ。それよりも、お前に会いたいという方がいて、お連れ申し上げた。」
「えっ!?俺…あ、いや、わたくしめに?」
変な言い直しをするフレッドに、コルネリオ男爵を紹介した。
「こちらは、コルネリオ男爵様。この王国草創期から続く由緒ある男爵家のご当主であらせられる。」
「お目にかかれて光栄です。男爵様。わたくし、フレッドと申します。駐留艦隊のパイロットをしております。」
「うむ、先程の模擬戦闘では見事であった。形は違えど、我々の騎士道にも通づる見事な戦いぶりであった。王国のため、これからも精進致せ。」
「ははっ!ありがたき幸せ!」
こういう時は、こいつの調子の良さがうまく噛み合っている。
「…ところでお主、どこかで見たことのある顔じゃが…っておい!お主!もしかして、宇宙港の街で、アンリエットと歩いておらんかったか!?」
あ…いきなりバレた。こいつの顔は特徴がありすぎて、分かりやすい。おかげで、まずい展開になってしまった。
「はい、アンリエット様とはよくお会いしておりました。」
「やはり…お主か!アンリエットをたぶらかしておったのは!!」
「はい?」
ああ…まずい。これ絶対まずい展開だ。
「アンリエットのやつがスマホとかいうのを買ったり、妙に色気付いた格好をしているかと思ったら、その原因はお主だったのか!!」
「ああ、もしかして、アンリエット様のお父様でいらっしゃいましたか。いつもアンリエット様にはお世話になっております。」
「おい!下賤の身で、アンリエットの名を気安く呼ぶな!」
「はい、下賤の身で、ゲーセンによく行っております。」
だめだ、話が噛み合わないどころか、かえって火をつけた。だいたい予想通りの展開だ。
「しかし男爵様、私はいざという時には命をかけてこの王国の方々をお守りする所存!そんじょそこらの下賤とはひと味違いますぞ!」
「うむ…そうだな。確かにあの腕前、ただものとは思えぬな…」
あれ?納得しちゃったよ。どうした、小言男爵様。
「おい!一つ聞きたい。お主はアンリエットのことをどう思っとるんだ?」
「はい、可愛いと思ってます。」
「か、可愛い!?」
「はい、そうです。」
「お、お主は我が娘を、その程度の言葉でしか表現できぬのか!!」
ああ…また怒っちゃったよ、男爵。せっかくおさまったと思ったのに、またぶり返してしまった。どうするんだ!?フレッドよ。
「とんでもない男爵様!『可愛い』とは、容姿端麗、才色兼備、柔和温柔、山盛定食、あらゆる美貌と才能を兼ね備えたさまを表現する言葉なのです!だから、可愛いと申し上げたのですぞ!」
嘘だ、絶対嘘だ。こいつ、勢いに任せて適当なことを言いやがった。
「そ…そうなのか?それは知らなかった。」
いや、男爵、こいつに騙されてます。そこは言い返すところでしょう。
「お嬢様はまさに王国一、いやいや帝国一『可愛い』お方だとわたくしは確信しております!なればこそ、お嬢様が街へお越しの際はわたくしがお守り申し上げていた次第!」
「うむ、そうか、そうであったか。」
調子いいなあ…フレッドのやつ、あの男爵をここまで手玉に取れるとは思わなかった。
「分かった!アンリエットとお主との交際を認める!」
「ははっ!ありがたき幸せ!」
「ただし!無位無官の男に娘は預けられん!陛下より騎士の称号を賜ること!精進して、我が娘と釣り合う男となるのじゃ!これが条件だ!!」
なんとフレッドのやつ、条件付きだが、あの男爵からアンリエットさんとの交際許可を取り付けた。恐ろしい男だ。
さらに恐ろしいことが起こる。翌日になると、陛下がドッグファイトを行った2人にいたく感銘されて、2人のパイロットに「騎士」の称号が贈られることになったという知らせが入ってきた。
まさに「奇跡」だ。今回の件、これ以外の言葉を思いつかない。
こうして、コルネリオ男爵の出した条件をあっさりとクリア。晴れてアンリエットさんは、宇宙港の街に戻ってくることができた。
ショッピングモールでフレッドと嬉しそうに歩くアンリエットさんと出会った。
「あ、ダニエル様、マデリーンさん、お久しぶりです。先日は私のためにお骨折りいただいたようで、ありがとうございます。」
「いえ、ただ単にコルネリオ男爵様をフレッドに引き合わせただけで、何もしておりませんが…」
「いや、父は褒めてましたよ、ダニエル様のことを。」
「はい?」
「さすがはダニエル殿、あやつの人脈は侮れない!なんておっしゃってたんですよ。」
「はあ、そうですか。」
フレッドの場合は腐れ縁というやつだ。人脈などと呼べるものではない。
似たようなのにエイブラムというのがいるが、そういえば奴もコルネリオ男爵に紹介したことがある。あちらもうまく行ってるようだし、あながち私の人脈、いや、腐れ縁も悪くはないかもしれない。
「そういえば、先日あの魔法グッズで強化されたアンリエットさんの魔力、その後どうなりました?」
「はい、あれですけど…実はブレスレットは関係なかったようです。」
「ええ!?じゃあ、あれがアンリエットの実力だったってこと!?」
「はい、マデリーンさん。自分で気づいてなかっただけのようです…お恥ずかしい…」
ある日、ブレスレットを外した状態で公園にある重たいゴミ箱を持ち上げてみたそうだが、あっさりと持ち上がったらしい。
ペネローザさんほど重いものは無理そうだが、怪力系魔女であることは間違いない。
「いや、アンリエットさん、そういうところも可愛いですよ!」
「ほんと!?フレッド!」
「当たり前じゃないの!王国一、いや帝国一、いやいやこの星で一番可愛いのは、貴方ですよ!」
「もう!やだ!フレッドったら!」
自販機の土台を破壊して持ち上げられる能力が可愛いとは、あまり思えない。彼の可愛いという言葉の定義について、もう少し議論したいものだ。
でも、こういう調子の良さは我々の星の人間には警戒されてしまうのだが、この星はまだ純粋な人が多く、ころっとのせられてしまう。よかったな、フレッドよ。いい人に巡り会えて。
「そういえば、父も最近私のことを可愛いだなんて言ってくれるんですよ。どうしたんでしょう?急にそんな言葉を使うようになって。」
「お父様もアンリエットさんのことを大事に思われて、かような言葉をお使いになられたのでしょう。いいではありませんか。」
可愛いという言葉を、最高の褒め言葉だと男爵に植えつけてしまった奴が、今あなたの真横にいますよ。こいつのせいです。
こうして、アンリエットさんとフレッドは、仲良くショッピングモールの雑貨屋に消えていった。
王都魔女会のグループメッセージで、王都復活を果たしたアンリエットさんの喜びの言葉が載せられた。
「やったー!クレープ美味しい!」
アンリエットさん、たまにはフレッドのことを思い出してあげてください。




