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#33 律儀なメイドと臆病な勇者

新年を迎えた。


新年早々の1月1日、任務につく。


帝都、王都上空にて、駆逐艦6710号艦以下10隻は、観艦式を行うことになったため、それに参加することになった。


帝都上空から王都に向かって、10隻がゆっくりと通過、30~50名は甲板上に整列し、皇帝陛下及び国王陛下の前で敬礼を行う。


なお、撃沈された6702号艦は、防衛艦隊からの転籍艦で補われた。


帝都でもそうだが、観艦式では、国王陛下と共に貴族も一同参列する。


で、私は駆逐艦に乗るのか、それとも貴族として参列するのかとなったのだが、今回は貴族として国王陛下と共に参列する側になった。観艦式でパイロットが乗っていたところで役には立たず、貴族として地上にいてもらった方がましだというのがその理由だ。


で、私は地上にて「男爵」として参加。ただし、軍属でもあるので、軍の礼服で参列することになった。


ゆっくりとこちらの近づいてくる駆逐艦10隻。6701号艦から順に、陛下の前を通過する。


通過時は、全員整列の上陛下の方を向いて敬礼。これが10隻続く。


我々が帝国や王国、その他この星に住むすべての人々の生命と生活を守るために存在していることをアピールする場だ。全員、気合が入っている。


さて、これで通常の観艦式は終わりなのだが、今回は1つだけ特別なイベントが加わっている。


それは、駆逐艦による砲撃である。


未臨界砲撃という威嚇用に使う中途半端なものではない。1バルブの通常砲撃だ。これを大気圏内の王都のすぐ横で行おうというのである。


通常、我々は大気圏内での砲撃は禁じられている。駆逐艦の砲といえども、何発か撃てば、惑星環境を激変させるだけの力があるためだ。違反した場合は、即座に死刑。それほど御法度な行為なのだ。


だが、今回は特別に許可が下りた。


元々は帝国の皇帝陛下が砲撃を見たいと仰せになられたことがきっかけだった。陛下に宇宙へ行幸いただき、そこでご覧になるというのが一番なのだが、陛下が宇宙に出られるということに反対する貴族が多く、断念した。


それで一発だけ、それも大気圏外にある標的めがけて撃つという条件なら、地表での砲撃デモンストレーションを認めるということになったのだが、今度は皇帝陛下ともあろうお方が、武器の使用をわが艦隊に依頼するということに異を唱えるものが出た。


そこで、皇帝陛下ではなく、帝国内で歴代武闘派とされる我が王国の国王陛下が依頼するという形で、この砲撃が行われることが決まった。


聞いてるだけでも面倒くさい過程を経て行われることになった砲撃。もちろん、王国や帝国、周辺諸国にも伝達済み。小高い場所にあるこの王宮から見ると、多くの人が空を見上げているのが分かる。みんな今か今かと待っているようだ。


砲撃は、我々のチームのリーダー艦である6710号艦が行うことになっている。


10隻全てが90度回頭し、王都に背を向ける格好になった。その状態で6710号艦は、他の艦よりやや前側に出た。いよいよ、地上での特別砲撃が行われる。


「おい、ダニエル殿。あの砲撃というのは、どういうものなんじゃ?」


と聞いてくるのは「小言男爵」ことコルネリオ男爵。


「はい、あの船の3倍もの太さの青白い光が、雷のような音とともに放たれます。」

「そうか、じゃあ、それはどれくらいの力なんじゃ?」

「そうですね、駆逐艦なら一瞬で消滅するくらいの力はあります。」

「…もしそれが、この王都に向けられたら、どうなってしまうんじゃ?」

「おそらく、一瞬にして焼け尽くされると思いますね。」


事実を淡々と述べたが、この男爵にとってはちょっとショックだったようだ。それほどの破壊力のある砲が、まさに今、放たれようとしている。


「6710号艦、配置についた。前方3万キロに標的確認。他の船は軸線上より全て退避。砲撃準備よし。」

「艦隊司令部より駆逐艦6710号艦へ。こちらでも確認した。発砲を許可する。」


6710号艦と、衛星軌道上にいる司令部とのやりとりが、大型スピーカーで流される。


「ロック解除!照準よし!装填開始!」


砲塔内のエネルギー粒子が臨界に達する時に出す、キィーンというやや甲高い音が周囲に鳴り響く。


「装填完了!撃てっ!」


雷を10発ほど落としたような、強烈な音が鳴り響いた。その場にいた貴族の方々はびっくりして耳をふさぐ。


地上でも、多くの人が驚いて伏せていた。こんな大きな音、聞いたことがない。


私は軍人で、何度も砲撃訓練を経験しているが、地上で聞くのは初めて。とてつもない天災でも起こったかのような音は、慣れている私でさえおっかない。


こうして放たれた駆逐艦よりも太い直径100メートルほどの青白いビームが、まっすぐ天空を貫く。


直後に、ビームの先で光の玉が広がるのが見えた。約3万キロ彼方に置かれた標的用の小惑星に着弾したようだ。


「弾着を確認!標的は消滅!砲撃、終わり!」


淡々と駆逐艦6710号艦から砲撃の成功と、終了を知らせる掛け声が流れてくる。


駆逐艦6710号艦はそのまま後退し、隊列に戻る。再び90度回頭して、一列に並び、宇宙港に向かう。


陛下はもちろんだが、貴族たちもこの砲撃にはかなり衝撃を受けていた。


「あんなものをついこの間、宇宙で撃ち合っとったんか!?お前は?なんとも恐ろしい話じゃ…」


コルネリオ男爵もびっくりな様子だ。見ると聞くとでは大違い。その破壊力の大きさを思い知らされたようだ。


帰り際に、コルネリオ男爵は私に言う。


「それにしても、あんな武器を持っとったんなら、あれで我らを屈服させて支配しようとは思わなんだのか?お前らは。変わった連中じゃ、本当に。」

「まあ、いろいろあるんですよ、こちらにも。おかげで私は、今のように王国や帝国の方々と仲良くやれて、よかったですけどね。」

「ふん!」


小言男爵様は不機嫌そうに返事をされたが、内心ホッとしてるのではないか?もし我々が昔の地球(アース)001のような態度で接していたら、この星は大変なことになっていただろう。私も、マデリーンさんと出会えなかったかもしれない。


さて、そんな派手な砲撃で開けた年だったが、それから数日たった今、イレーネさんから相談事を聞いているところだ。ローランド少佐もいる。


その相談とは、イレーネさん専属メイドのアンナさんのことだ。


最近、ぼーっとしていことが多く、気がかりだという。この2日ほどそんな状態らしいので、心配になったようだ。


「…というわけなのだが、何か心当たりはないか?」

「うーん、ないですね。イレーネさんの方がずっと一緒にいるのだから、私よりも何か知ってそうな気がしますが。」

「それがないから困っている。うーん、何かあったのだろうか?」


ちなみに今、アンナさんは家で留守番をしているそうだ。貴族の集まりがあると言って、ローランド少佐と抜け出して来たらしい。


「何か食べたいものでもあるんじゃ無いの?お腹すいたらぼーっとするでしょう。」


とは、マデリーンさんのご意見。いや、そんな単純な理由じゃないでしょう。マデリーンさんじゃあるまいし。


でもイレーネさんは困ってる様子。今まで何年も共に暮らしていて、こんなことになるのは初めてだそうだ。


おかげでこの2日ほどは、買ったもののアンナさんがずっと料理や皿洗いをしてくれていたため使わずじまいだった台所用ロボットが、アンナさんの調子が悪いここ2日間は活躍しているそうだ。


それにしてもどうしたんだろうか?変な病気でなければいいのだが。


「おや、皆さんお揃いでどうしたんですか?」


ショッピングモールのフードコートで話をすると、どうしても余計な人物があらわれる。モイラ少尉だ。夫のワーナー少尉も一緒。夫婦で買い物のようだ。


「これはこれは公女殿下。ご機嫌麗しゅう…」

「お主が言うと胡散臭いな。別に気など使ってもらわなくても良いぞ。」


この意見には同感だ。私を男爵呼ばわりするときも、何かわざとらしさを感じる。


「公女殿下といえば、メイドのアンナさんはどうしたんですか?」


珍しいな、モイラ少尉からアンナさんの名が出るなんて。


「いや、調子が悪いので家で休ませている。」

「そうですか。いや、その後どうなったのかなあって思ってですね。」


なんだろうか?モイラ少尉がアンナさんを気にかけるなど。アンナさん、モイラ少尉と何かあったのだろうか?


「おい、モイラ殿、アンナと何かあったのか?」

「いえ、私とは何もないですよ。ジョージ少尉とですよ。主計科の。あれ?皆さん、ご存知ないんですか?」


アンナさんに関する重要そうな話が出てきた。早速イレーネさんが突っ込んでくる。


「おい、何があったんだ!?最近アンナの調子がおかしいんで気になっているところだ!聞かせてはくれまいか!」

「ああ、分かりました。分かりましたから、あんまり興奮しないで…」


イレーネさんの気迫に押されて、さすがのモイラ少尉は後ずさりする。


「あれは3日前の夕方のことですよ。アンナさんが1人で歩いてるのを、このショッピングモールで見かけたんですよ。」

「ああ、買い物を頼んだときだろう。3日前なら、確か食材を買いに行った日だ。で、それがどうしたんだ?」

「で、アンナさんって、あの格好じゃないですか。」

「あの格好?」

「メイド服ですよ。」

「ああ、メイドだからな。」

「でも、こういう場所では目立つんですよ。あの服。多分それで、2人組の男に言い寄られていたんですよ。」


モイラ少尉によると、その時のやりとりはこうだ。


「お嬢さん1人?どう、僕らと一緒にどこか行かない?」


アンナさん、ナンパされていたようだ。だが、そういう人に全く興味が湧かないアンナさん、けんもほろろに断る。


「仕事中です、どいてください。」


だが、この態度が相手に余計火をつけたようで、2人にぐるりと囲まれてしまった。


そのときだった。


「ああ、ごめんごめん、待たせてしまって。」


と言ってアンナさんを連れ出そうとする男がいた。


「誰だ!お前は!?」

「ああ、この人の連れのものですよ。」


と言ったものの、


「誰ですか?あなた。」


とアンナさんに言われてしまう。


絡まれているアンナさんを上手く連れ出そうとして打った芝居のようだが、アンナさんはそういうことに同調するわけがない。当然、相手は怒り出す。


「なんだてめえ!俺らの邪魔をしようっていうのか!?」


胸ぐらをつかまれたその男、その時、相手に何かを見せつける。


それは、軍籍証だった。


「私は軍人!その私に手を出すということは、どうなるかお分かりか!?こっちの人なら、居住権剥奪。あっちの方なら強制送還!それでも私に手出ししますか!?」


実は法律上、軍人相手に暴力をふるったからと言って特別措置はない。暴力をふるった相手が一般人だろうが軍人だろうが、傷害罪扱いになるだけだ。だからこの男のいうことは嘘だ。だが、この時はハッタリが効いて、相手はすごすごと立ち去っていった。


モイラ少尉、その後の2人の様子を見ていたようだ。これはきっと、素敵な出会いに違いない。そう直感したらしい。


ところがこの男、2人組が立ち去ったあと、へなへなとその場に座り込んでしまった。


「…ああ…こ、怖かった…」


見たところ、軍籍証を持つ腕は震えており、かなりビビった様子だ。


「大丈夫ですか?」


アンナさんはしゃがんで、その男の様子を見る。


「だ、大丈夫ですよ。もうちょっとしたら、立ち上がれますから。」


絡まれてるアンナさんを助け出そうと飛び込んだものの、気が弱い男のようで、へたり込んでしまったようだ。


これを見てモイラ少尉、彼が誰か分かったようだ。


この男の名はジョージ。駆逐艦6707号艦の主計科所属で、階級は少尉。


食堂のすぐ横にある事務所で、いつもおどおどと仕事をしているのがいるが、その人がまさにジョージ少尉だ。


一度、そのジョージ少尉に直接話したことがある。あれは5ヶ月ほど前の、訓練生を乗せて宇宙に出た時のこと。私の部屋の照明が調子が悪くなって、直してもらおうと思って事務所に行った時だ。


「すいません。」


と声をかけただけなのに、書類を見ていたその男、突然ビクッとして私の方を見る。


「ああ…す、すいません、どどどどういったご用件でしょうか!?」


この時のリアクションのおかげで、私にはジョージ少尉は気が小さいというイメージがついた。


そんなジョージ少尉が、2人組に囲まれたアンナさんを助け出したのだ。信じられないが、多分ありったけの勇気を振り絞った行動だったのだろう。


モイラ少尉によれば、この男は臆病だが、職務には忠実なようだ。この時も多分軍人として、街の人を守るべきだという義務感が働いたのだと思われる。


そんなジョージ少尉が我にかえったため、急にへたり込んでしまったらしい。正直、かっこ悪い。


だが、アンナさんは放ってはおけない。彼女もまた義理に生きるタイプの人間だ。助けてもらった以上お礼をしたいと思ったようで、ジョージ少尉が立ち上がれるまで待っていたようだ。


その後2人は近くの喫茶コーナーで30分ほど話して、別れてしまったとのこと。


「なるほど、そんなことがあったのか。だが、アンナはそんなこと一言も言わなかったぞ。」


イレーネさんも知らなかったようだ。


ただこの事件のあった日と、アンナさんがぼーっとするようになった時期が重なる。どう考えても、これがきっかけだろう。


「アンナさんの今回の件と、関係ありそうですね。」

「そうだな、多分ジョージというやつが原因だろうな。しかし、それでどうしてぼーっとするようになったんだ?」

「公女殿下、アンナさんがどうしたんですか?」


そこでイレーネさん、モイラ少尉にアンナさんのことを話す。


「うわぁ!それ絶対恋の病ですよ!やっぱり、ジョージ少尉に惚れたんですよ!きっと!」


恋愛の達人が叫ぶ。


「ええっ!?私ならそんなへたれな男、やだなぁ。」


マデリーンさんが反論する。まあ話を聞く限りでは、確かにかっこいいとは言い難い。


「いや、アンナはどちらかというと相手に尽くしたがる性格だ。もしかしたら、そういう男の方が尽くし甲斐がありそうだから、アンナの好みなのかもしれない。」

「そうですよね!多分、母性本能がくすぐられてるんですよ!私が支えなきゃって、そう思ってるのかもしれませんね!」


そういうモイラ少尉も、お節介心をくすぐられたようだ。恋愛サポート精神を刺激してしまった。


「そうと分かれば話が早い。アンナとジョージとやらを引っ付けてしまえばいいんだろう。モイラ殿、お願いできるか?」


ペットじゃないんだから、そんな簡単にはいかないでしょう。


「分かりました!では、公女殿下のため、私がなんとかいたしましょう!」


ということで、翌日の朝にまたこのフードコート集合ということになった。モイラ少尉はジョージ少尉を、イレーネさんはアンナさんを連れてくることになった。


いつもは妻のお節介さにやきもきしているワーナー少尉だが、今回は珍しく乗り気だ。同じ艦内の仲間ということもあるんだろうが、だんだんとこのお節介妻の行動に慣れてきたのか。


そして翌日、フードコートに集合。私とマデリーンさんがこのフードコートにくると、すでにイレーネさんとローランド少佐、そしてアンナさんがいた。


確かにちょっとぼーっとしている感じだ。イレーネさんの横にいつものように立っているが、なんだか目の焦点があってる感じがしない。


「あの、アンナさん?なんだか調子悪そうですが、大丈夫ですか?」

「あ…ええ、ダニエル様、何故だか少し集中できなくて…申し訳ありません。」


うーん、重症だ。メイドとしてイレーネさん一筋に尽くしてきたから、それ以外の人に心奪われるということに慣れていないんだろう。


さて、そこへモイラ、ワーナー夫妻と共に、ジョージ少尉が来た。


それを見たアンナさん、さっきまでとは明らかに違う反応をする。


「い、イレーネ様!?あの…」


アンナさんにしては珍しく、どぎまぎしている。


「あ、あれ?ダニエル大尉殿ではありませんか?それに魔女の奥さん…それに、アンナさんまで。ど、どうされたんですか?」


ジョージ少尉に趣旨を説明せず連れてきたようだ。かなりびびっている。


「と、ところで、モイラ少尉?アンナさんの横にいるお方はいったい…」

「アンナさんのご主人である、オルドムド公国の御息女イレーネ公女殿下、その殿下の夫であるローランド少佐ですよ。」

「ええっ!?こ…公女殿下に少佐!?どうしてまたこんなところにそんな凄いお方がいらっしゃるんですか!?」


ショッピングモールのフードコートに、まさか一国の姫がいるとは普通は思わないだろう。


イレーネさんとモイラ少尉など、総勢6人のお節介集団のど真ん中に、アンナさんとジョージ少尉がいる格好となった。


イレーネさんが立ち上がる。


「よし、揃ったな。おい!アンナ!」

「は、はい!イレーネ様!」

「お前に確認するが、お前はこの男に惚れているのか?」

「わ、わかりません。ですが、この方のことをずっと考えておりまして…」

「具体的には、どういうことだ?」

「はい、4日前にこのお店の入り口で妙な男達に絡まれていたところを助けていただいたんです。私などのために、ありったけの勇気を出していただいたこのお方のことが忘れられなくて…」

「なるほど、このジョージとやらは、お前にとって勇者というわけか。」

「はい、そうです、イレーネ様。」

「よし。ではジョージ殿!」

「は、はい!」

「お前、なぜアンナを助けようと思ったのだ?」

「ええと、あの時アンナさんが2人の男に言い寄られてたんです。明らかにアンナさんが困ってる様子なのに、周りは見て見ぬ振りをするだけ。こ、こういう時は、私が行くしかないのではと…思ったんです。」

「ほう?なぜ?」

「わ、私は軍人です。軍人はこの星の人の生命と生活を守るため、命をかけろと言われてます。だから思わず出て行ったんですが…近くで見るとあの2人組、思ったよりもおっかなくてですね…」

「そうか、いや、私はつい昨日までその話を知らなかった。すまない。アンナを助けてくれたこと、礼を言う。」


そういうと、今度はイレーネさん、アンナさんの方を向いてこう言った。


「アンナ!」

「はい!」

「お前、この男に尽くせ!」

「はい?」


アンナさん、突然のイレーネさんからこんなことを言われ、驚く。


「そ…それは、私にイレーネ様のメイドを辞めろということでございましょうか?」

「そんなことは言っていない。お前は私のメイドだ。」

「では、なぜこの方に…」

「私はお前の主人だ。ならば、お前を幸福にする義務がある。好きな相手がいるというのなら、それを支えるのも主人としての務めだ。」

「…分かりました。では、そのようにいたします。」


ずいぶんと上から目線な幸福論だが、アンナさんの背中を押すために、これくらいがちょうどいいかもしれない。


「そして勇者ジョージよ!」

「は、はい!」


いつのまにか勇者にされちゃったよ、ジョージ少尉。


「お前にアンナを託す。彼女のことを頼む。」

「はい…ありがたき幸せ…って、そんな私なんかに…よ、よろしいんですか!?」


焦る勇者ジョージ。


「何を言う、いい女だぞ、アンナは。よく尽くし、よく働く。これほどの者は、我が公国のみならず、王国にもおるまい。」


それを聞いてアンナさん、ジョージ少尉の前に立つ。


「ジョージ様、公女殿下の命により、あなたとお付き合いさせていただきます。どうかよしなに。」


ジョージ少尉の前にひざまづくアンナさん。これを見たジョージ少尉、さらに焦る。


「あああアンナさん!そんなひざまづかなくてもいいですよ!どうかお立ちください!」


気が弱い上に、公女殿下など6人に囲まれ、おまけにガチのメイドにいきなりひざまづかれた。彼の人生最大のイベントではなかろうか?


それよりもここはショッピングモールのフードコート。いくら朝早いといっても、それなりに人がいる。


そんな場所であまりに目立つことをしてるものだから、人が大勢集まってきた。


「あ、アンナさん。あの、なんて言うか、こんな気弱なやつですが、よろしくお願いします。」

「はい、お願いいたします、ジョージ様。」


手を取り合う2人。それを見た周囲の人から、思わず拍手が起きた。


「おめでとう!この2人に祝福あれ!」


モイラ少尉がさらに場を盛り上げる。


「よし!ではジョージ殿とアンナ!早速デートをしてこい!」

「は?デート、ですか?」


ジョージ少尉、突然デートしろと言われても、どうすればいいかわからないようだ。


「まずはこの先にあるカフェでお話して、それから…」


こっそり耳打ちするモイラ少尉。すぐに2人にあったデートプランが頭に浮かんだようで、2人に指示を出す。さすがは恋愛の達人。


「ジョージ様?デートというのは、どのように行けばよろしいですか?」

「そ、そうだね、まずは一緒に並んで歩けばいいかな?」

「腕を組んだ方がよろしいですか?」

「い、いや、そこまでしなくても…手をつなげば、いいと思うよ。」


と言って、手をつなぐ2人。周りに集まった人々が作った花道を通り、2人はそのまま歩いていった。


「さてと、ではローランド殿、アンナもデートしていることだし、我らも参ろうか。」

「はい、よろしいですよ。どこに行きますか、公女殿下。」


こちらもノリノリだ。


なお、すでにモイラ少尉とワーナー少尉の姿はない。2人を追尾してるんだろう。


残された私とマデリーンさん、せっかくだからとそのまま魔女グッズ専門店へ行く。


そこには、ロサさんとアルベルト少尉がいた。またイベントでもあるのだろうか?


マデリーンさんが、シャロンさんとロサさんにさっきの話をする。


「ええ!そんなことがあったんですか!?私も見たかったなあ。」

「いいですねぇ、この店にも是非寄っていただきたいですね。幸せが持続するというグッズ、ありますよ。」


だんだんとこのお店、魔女グッズ専門店というより占いグッズ店になりつつある。店頭にも、幸福を導く石だとか、そういうものを前面に出すようになってきた。


実際、最近はカップルのお客さんが多いようだ。魔女のお店がデートコースというのも変な話だが、面白そうなものが売ってるという期待感でもあるんだろうか?


で、マデリーンさん、そこでまたよく分からない石を買う。クリソベリルという緑っぽい石だが、なんでも富を引き寄せるという。本当かなあ。


夜になって、モイラ少尉からメールが届く。ジョージ少尉とアンナさんのその後が送られてきた。マデリーンさんと一緒に読む。


我々と別れた直後の1100、この2人はまずカフェに行く。そこでしばらく話をしたのち、1200、レストラン街にて食事。1300、映画館に行く…というように、順調にデート行程をこなしたようだった。時折、モイラ少尉がジョージ少尉にメールで指示を送っていたようだ。なんともお節介な影武者だ。


で、その後は宇宙港に行き、そこのホテルの最上階にある展望台に行く。その後、ロビーにあるカフェに行って話をしていたようだ。カフェが好きだな、この2人。


この時の写真が送られてきたが、この時点では2人ともすっかり笑顔になっている。いかにも恋人同士という顔だ。イレーネさんに命じられるようにお付き合いを始めたアンナさん。そのままいつものようにクールな顔で過ごしているのではないかと心配していたが、そうでもなかったようで安心した。


で、いまはどうしているかと思いきや、2人でジョージ少尉の家にいるようだ。この時点でモイラ少尉の追跡は終了した。


多分、人生最大の勇気を振り絞ってメイドを救い出した臆病な勇者。アンナさん共々、幸せになれることを祈る。

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